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『時代遅れスキル『ゴーレム制作』専門の男爵家四男が、転生者の知識でそこそこ頑張るはずが、なぜか王弟に目をつけられてしまう話』  作者: 葉月奈津・男
第三部 貴族

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第126話 『王都では』

 


 ◇王弟視点◇


 王弟の執務室。

 煌びやかなランディングデスクの上は、書類に覆われていた。


「兄上は何をしているのか――」

 片付けても、片付けても。

 減った気がしない書類に、思わず愚痴が出る。


 王が仕事を丸投げしてきているのではないか?!

 そう思いたくもなる。


「末の姫様と遊ぶのでお忙しくしておられますよ」

『忙しい』を強調した返事が来た。

 王宮のメイド長だ。


「遊んでおるではないか?!」

『忙しい』で誤魔化せたつもりか?!


「……仕事はきちんとしておられます」

 小さく肩をすくめて見せられる。


「そのうえ、私をこうして派遣しているではありませんか」

 メイド長自ら書類仕事を手伝っている。


 何が不満なのか?

 そんな目で睨まれた。


「そもそも、ペクンについてはご自分で買って出たことをお忘れなく」

『あの子』との関係性を考えて、自ら自分の管轄にした。

 それをお忘れなのかと、また睨まれる。


「買って出た時点では、こんな面倒なことになっているなど考えてもおらなんだわ!」

 領主交代だけだと思っていたのだ。


 それが、疫病が発生。

 町の封鎖。

 それによる領地全体の混乱…‥‥。

 どんどん面倒になっていく。


「まさか、第三軍を招集する羽目になろうとは――――」

 決定ではない。

 できれば、彼らの投入は避けたい。

 だが、このままでは全力で働かせることになる。


「誰か、代わりに何とかしてくれんものかな?」

 官僚が、新たな書類を運んでくる。


 見えているに決まっているのに、忍び足。

 そっと置いて、抜き足差し足で下がっていく。


 声を掛けられたくない!

 そんなオーラを放ってのことだ。

 目も合わせようとしない。


「はぁ。……王家になんぞ生まれるものではないな」


 ◇第三軍司令部◇


「王弟が苛立っておられるらしいな」

 副司令の徽章を付けた男が、肩をすくめた。


「少し違う」

 上官が首を振る。


「違う? 少し?」

「苛立っているという態度をとることで、現実逃避しているのさ」

 腰を落ち着けて向き合うとつらいから、苛立っているふりで発散している。


「上の人たちは、書類さえ整えれば仕事が終わるからな」

 サインさえすれば、仕事したことになる。


「整えただけの書類に命をかける、俺たちのほうがかわいそうだろ?」

 書類上の命令に従わなければならない。

 その命令も、今回はいつも以上に気乗りしない内容だ。


「町を焼く、のでしたか?」

 副司令官が、抑揚のない言葉を吐いた。


「……正確には、『町ごと焼く』だ」

 部屋の空気が、わずかに沈んだ。


『なにを』かは、言わない。

 言えない。


「あー……そうでしたね。『ごと』ですか」

「命令があり次第、な」

 命令がないことを祈りつつ。

 下命あれば、物を考えずに実行する。

 それが、自分たちの『仕事』だ。


 ◇親方視点◇


 クアルトが王都滞在中に暮らしていた家。

 その家の管理を引き継いだ商工会主任の親方は、いつになく塞ぎ込んでいた。


 いまは、この家に親方自身も住んでいる。

 だが、日を追うごとに家の空気が重くなっていた。


 病人がいる。

 ただ、それだけのことだ。


 だが――


「なんで、治らん?」

 親方は、

 握った拳をゆっくりと開いた。


 掌に残ったのは、

 ただの汗と、

 どうしようもない無力感だけだった。


 家の奥から、

 また咳が聞こえる。


 乾いた、細い咳。

 最初は一日に数回だった。

 いまは、数えるのも嫌になるほど増えている。


「……なんでだ」

 医者を呼んだ。

 薬も飲ませた。

 温かくして、食べられるものを食べさせて、

 できることは全部した。


 それでも――

 良くならない。


 むしろ、

 悪くなっていく。


「なんで……?」

 答えは出ない。

 出るはずもない。


 ただ、

 咳だけが、

 この家の空気を少しずつ削っていく。


 親方は、

 壁にもたれかかるように座り込んだ。


「……まただ」

 咳が止まらない。

 止まる気配もない。


 聞こえなくなる日が、

 いつか来る。

 その“いつか”が、

 もうすぐそこまで来ている気がした。


「なんで、治らん……?」

 親方の手の中で、

 小さな布切れが、

 静かに、

 音もなく潰れていった。


 夜が深さを増していく。

 明日が来る気配。


 一日が終わり、

 次の一日が始まる。


 それは、確かな、

 そして、なにかの、

 カウントダウン。


 タイムアウトが迫っていた。


 親方は、

 ゆっくりと立ち上がった。


 足元が、

 わずかに重い。


 家の奥から、

 また咳が聞こえる。


 そのたびに、

 胸の奥が、

 ひとつ沈む。


「……頼む。……もってくれ」

 治れとはもう言わない。

 せめて、終わらないでくれ。


 祈りにもならない言葉が、

 夜の空気に溶けていった。


 外では、

 王都の灯りが、

 静かに瞬いていた。


 その灯りが、

 なぜか今日は、

 いつもより遠く見えた。



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