第125話 『高速移動』
「さて、急ごうか」
廊下の向こうへ声をかけた。
現れるのは、レーデルフィーヌ。
「置いて行かれるのかと思いましたよ」
かすかに笑っている。
「まさか。王都に行くんだよ?」
そんなわけないよと、クアルトも笑う。
「家へ帰るのに鍵を持たずに行くとでも?」
「……ああ、私は鍵ですか」
王弟直属、貴族家令嬢、の騎士。
王都の門を開けさせるのに、こんな便利な人物もいない。
「さすがでございます」
パチパチと乾いた拍手をしながら出てきたのはレイモンドだ。
「えーっと、なるべく少数にしたいんだけど?」
レーデルフィーヌとタンデムを考えているのだが?
まさか、付いて来るとは言わないよね?
「執事長が主を見送るとでも?」
いや、今までだって見送ってたことあるよね?
「あー……危ないし?」
「この老骨に不安がおありですか、ならば……『七歳の』クアルト様も危険でございますな?」
「くっ――」
やっぱ、この人いろいろ気付いてるよね?!
「あーもう! 知らないからね!」
むぅ、と膨れてやる。
「あと、追加もなし!」
あとに続きそうなメイドと執事に釘を刺す。
「お尻とメガネが重いからね!」
「私、重くないですよー!」
ヒドイっ、とアンナがむくれ、
「メガネが重いって……」
額を抑えてアーネストが肩をすくめる。
「では、軽い者だけで参りましょう」
レイモンドだけが、まるで褒め言葉でも聞いたかのように微笑む。
「……なんか、うまく誤魔化された気がする」
「急ぎましょう」
レーデルフィーヌが小さく笑った。
「王都まで、全力で行くのでしょう?」
「うん。できるだけ早く、お母さんを楽にしてあげないと」
クアルトは深く息を吸い、
胸の奥に残る疲労を押し込むようにして歩き出した。
レーデルフィーヌがその後ろに続き、
レイモンドが静かに距離を保つ。
廊下の窓から差し込む光は、
もう夕暮れの色に変わっていた。
「……急ぐよ。
今日は、まだ終わらない」
クアルトの声は低く、
けれど確かに前を向いていた。
その小さな背中を追いながら、
レーデルフィーヌはふと、
『なに』に乗るのかと考えた。
――あの子は、本当になにをしでかすかわからない。
そして、止まらない。
王都までの道のりが、
静かに、しかし確実に動き始めていた。
「というわけで、こちらに乗っていきます!」
クアルトが胸を張って指し示したのは、
湖で活躍したホバークラフト――
ただし、明らかに“別物”になっていた。
レーデルフィーヌはしばし沈黙した。
「……これは、乗り物……なのですよね?」
「もちろん。浮いて、走って、飛ぶよ」
「飛ぶ……?」
「ちょっとだけね」
クアルトは悪びれもせず言う。
後方の二本柱に取り付けられた六体の段ボールドローン。
プロペラが夕陽を受けて鈍く光った。
側面の二体は、まるで翼のように角度を変え、
前方の二体は、制動用にぴたりと伏せている。
レーデルフィーヌは、
その配置を見て、ようやく理解した。
「……推進、舵、制動……ですか?」
メリマルでの模擬戦を思い出す。
あの時、クアルトはこの一台に乗って戦場を飛んでいた。
「全部、別々に?」
「うん。そのほうが速いし、安定するから」
クアルトは当然のように言う。
「これは……もはや船でも馬車でもございませんな。
“クアルト様の乗り物”でございます」
レイモンドが感心したように頷いた。
「そういうこと!」
どういうことかはわからないが、ノリだ。
クアルトは嬉しそうに笑い、
ホバークラフトの縁に手をかける。
「じゃあ、乗って。
レーデルフィーヌは後ろ。
レイモンドは……そのへん掴まってて」
馬車の上に乗せる屋根みたく作ったものだ。
『人が乗る場所』っというものははっきり言ってない!
平べったいゴムボートみたいな船体がベース。
そこに、申し訳程度の柵、または手すりが付いているだけ。
湖で浮くだけなら充分だ。
だが、地上を『飛ぶように』走るにはちと心もとない。
「そのへん、とは……」
「落ちなければいいよ!」
レーデルフィーヌは小さく息を呑んだ。
無茶な。
そう思ったのだが……。
「やれやり、年寄使いが荒いですぞ」
わざとらしく、腰をとんとんしながら柵に摑まっている。
意外なほど姿勢が安定していた。
そして、クアルトの背中は、
もう“出発する子供”ではなく、
“走り出す者”のそれだった。
「……本当に、速いのですよね?」
「うん。速いよ。
今日は、時間がないから」
クアルトは振り返らずに言った。
夕暮れの光が、
ホバークラフトの底を照らし、
空気のクッションがふわりと浮き上がる。
レーデルフィーヌは、
その揺れの中で小さく呟いた。
「――本当に、止まらない子ですね」
クアルトは笑った。
「止まってたら、助けられないから」
そして、
ホバークラフトは静かに前へ滑り出した。
王都へ――
「クアルト、いっきまーす!」




