第120話 『病状』
オレは後悔していた。
『もっと気にかけるべきだった!』と。
七歳のクアルトが気付かなかったのはしかたがない。
だけど、40過ぎた大人が気付いてやれなかったのは恥以外ない。
クアルトは子供だが貴族。
自分より上の者がいないところでは当然に場の中心。
部下や使用人を管理・統率する身分なのだ。
ともに行動している間、セティの保護はクアルトの責任となる。
たとえ、セティのほうが年上だとしても。
だというのに、世話をイーアンに委ね……投げっぱなし。
無責任の謗りは免れない。
知りませんでしたで、済ませられるものではないのだ。
◇
領主館へ戻ると、他は差し置いてセティの部屋を訪ねる。
「なにかあったのか?」
部屋の前に立つや否や、隣の部屋からイーアンが出てきた。
待っていたようなタイミングだ。
クアルトが帰ってきたと気付いて備えていたのではないだろうか?
「セティは‥‥‥大丈夫?」
どう言えばいいかと考えてみたが、こんな言葉しか出なかった。
「……なぜ、わかった?」
軽く息を呑んで聞いてくる。
外出先で気付いたことが不思議なようだ。
「出先で、ペクンで病流行の噂を聞いたんだ。で、セティの母上殿や、セティも咳をしていたなって思って」
町全体が封鎖されているとかの情報は伏せた。
不用意にパニックを引き起こすような言動は避けるべきだろう。
「……実は、かなり前から咳はしていた」
観念したように、言葉を絞り出す。
「初めはただの風邪と軽く考えていたんだが……まったく収まる様子がない」
拳を握り、苦渋の表情だ。
「むしろ、悪化していく。どうしたものかと思っていた。それが、ここ数日は咳の頻度も増えてきて、苦しんでいる」
「なんで言わないの!?」
医者を呼ぶくらい、いくらでもするのに!
「本人が嫌がるんだ」
イーアンは力なく首を振った。
「もともと、無理矢理ついてきている。これ以上は迷惑を掛けられないと言うんだ」
「なにをいまさら」
密航に気づいた瞬間ならともかく、同行を許可したからには旅の仲間だぞ!
具合が悪いなら言ってこい!
「まぁ、それはもういいよ」
昨日までどうだったかを話していても何にもならない。
「とりあえず、一緒に来て。話を聞かせて」
こんなところで立ち話を続けるわけにもいかない。
クアルトの部屋へ呼んだ。
セティの病状を聞いておきたい。
本人を直接、見たいところではあるが、起こしてまですることでもない。
明日以降にするにしても、負担はなるべくかけないようにしたい。
今夜のうちに、ある程度の目途はつけておきたかった。
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部屋に入り、しっかりとソファに腰掛けて話を聞く。
イーアンが気付いた症状のすべてを。
イーアンが差し向いに座る。
後ろにはレイモンドとアーネスト。
扉のそばにはレーデルフィーヌという布陣だ。
アンヌとは、部屋の外で別れた。
なにか、やることがあるようだ。
で、聞きだしたセティの症状。
それが、これだ。
1、乾いた咳。
一日に数十回。
本人は喉が渇く、粉っぽいというが。
水で潤した程度ではどうにもならない。
2、軽い息切れ。
階段を上るとき、ちょっと急いで走った時。
胸が重く、息が吸いづらい。
呼吸が浅くなる。
本人は「なんか疲れやすくなった」としか言わない。
3、手足の軽いしびれ。
指先が『ジン』とする。
足裏の感覚が薄布一枚分遠く感じる。
長く歩くと足が重い。
「他にも、皮膚の色が濃くなった。日焼けかもしれないが……」
「食欲がない。吐き気もあるようだ」
「微熱があって、そのせいもあるのか時々ボーっとしていることがある」
一見、『風邪?』、『疲れ?』、『栄養不足?』、そんな症状だ。
重症というほどではない。
でも、間違いなく、症状はある。
そして、進行している。
だけど――
「おかしいな」
話を聞き終えた『オレ』は首を傾げた。
「なにがですかな?」
レイモンドが聞いてくる。
「ペクンの状況からして、雰囲気的には伝染病だ」
そうでなければ、町全体で病人が出たりはしない。
封鎖されるような事態にはならないだろう。
「なのに、僕たち、とりわけイーアンが何でなんともないのか?」
『オレ』は、指先でテーブルを軽く叩いた。
考えるときの癖だ。
イーアンはセティと最も長く一緒にいた。
寝起きも近い。
食事も行動もほぼ同じ。
それなのに――
症状がまったく出ていない。
これは、どう考えてもおかしい。
「……確かに」
イーアンが眉を寄せた。
「俺は、まったく咳も出ていない」
「そうなんだよ」
『オレ』は静かに続けた。
「伝染病なら、まずイーアンが倒れてるはずだ。セティの母上殿も、セティも、同じ症状が出ているのに。これはおかしい」
レイモンドが息を呑む。
「……つまり、クアルト様は」
『オレ』は頷いた。
「――これは“うつる病”じゃない……かもしれない」




