第12話 『地図』
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「そうなると・・・」
父の言葉で我に返る。
自分から『お願い』をしておいて、物思いに耽っているわけにはいかない。
「東側、でしょうか?」
そっと席を立ち、父の元へ歩きながら問う。
正確には『父の元』ではなく父の後ろだ。
食堂となっているこのホールの上座には、領地の地図がある。
災害や紛争でも起きれば、ここが司令部となるからだ。
メリマルゴール男爵領は北に山脈を挟んで『ヴァルシュタイン』公爵家。
西北には平野を挟んで『ローレンス』伯爵家。
西南には森を挟んで『グリモア』伯爵家。
南には大きな湖を挟んで『アクアレイク』侯爵家。
東南に川と草原を挟んで『パーヴェル』子爵家、東北には深い森という環境にあった。
忌憚なく評せば、有力な高位貴族領の隙間に土地を与えられているのがメリマルゴール男爵家である。
「そうなるな」
同じように立ち上がり、父も地図を睨みつけて頷いている。
各有力貴族との間で要らぬ摩擦を避けるには、『東』が最適解だと父も認めた。
そのうえで、顎を掴んで唸られた。
「だが、・・・遠いな」
父の指が地図の東側をつつく。
そこには小さな村があった。
メリマルゴール男爵領最東端の村だ。
そして、父もクアルトも口にしていた『東』というのは、村からかなり離れている場所を指す。
人の迷惑にならない土地というのは、人里離れた平地。
条件にぴったりの空き地が『東』にはあるが、そこは拠点となるべき村から距離がある。
『遠い』というのはそういう意味だ。
「パーヴェル子爵に領内の出入りを許可してもらえないものでしょうか?」
「なに?」
「メリマルゴール領の村からは遠いですが、パーヴェル子爵領の『ペクン』町からなら、馬車で半日ほどの距離のはず。拠点とするのに申し分ないかと」
「・・・確かに、な」
わずかに思案を巡らせたらしい父が納得の声を上げる。
だが、すぐに探るような目に見詰められた。
「他家所領の町のことなど、よく知っていたな?」
地図には、メリマルゴール領の町しか載っていない。
それなのにさらりと答えを出したので、何かあるのかと勘繰っているらしい。
「アンナの故郷なのですよ」
別に大した理由があるでなく、お付きのメイドの出身地というだけのことだ。
そう。アンナたちを貸してくれているのはパーヴェル子爵なのである。
なかでも、最も近隣の町というのが、なにを隠そうアンナの生まれ故郷だ。
この三年間で二度ほど帰郷していて、そのたびにいろいろと聞いていたから知っていた。
なぜか、つまらなそうな顔になった父が、ふと視線を横へ振った。
「プリム」
呼びかけたのは長男にだ。
「はっ!」
驚きを示しつつも、長兄プリムが立ち上がる。
「よい機会だ。一隊を率いてクアルトの護衛をしろ。遠征の良い訓練になるだろう」
「っ! ありがたき仰せ、研鑽を積んでまいります」
普段は街から出ることがなく、出るとしても父のお供ばかりの長兄が嬉しそうだ。
自分の麾下にある一隊についてのみとはいえ、自由裁量を許されたわけだからな。
クアルトにまで、感謝の眼差しを向けてきている。
必ずしもいいことばかりじゃないぞ、そう言いたいが言える立場ではないから自重した。
ともかく、これでクアルトと長兄の小遠征は決定した。
次男と三男が羨ましそうにしているが、言葉はない。
領主と貴族騎士団12番隊隊長の会話だ。
口を差し挟めるものではない。
あとは日数などが詰められることになるのだろうが、残念ながらそれは父と長兄のみで行われることになりそうだ。
次男と三男同様、クアルトの意見も聞いてもらえそうにはなかった。
ま、そんなものだろう。
予想していたので、気にはしない。
だけれども。
「アンナたち、僕付きの使用人は残らず連れて行きますからね」
それだけは念を押した。
せっかくの帰郷する機会だ。
ここはしっかりと休ませてやりたい。
軽い頷きが帰ってきた。
「好きにしろ」ということだろう。
クアルト付の使用人がクアルトのいない屋敷にいても意味などないからな。
なんにせよ、言質は取った。
さっそくアンナに知らせてやろう。
◇
「灯台下暗し、か」
疲れたような呟きが口をついて出た。
家の中を15分ほど歩き回っただけなので、疲れたなんてことはないが気分だ。
今朝は給仕していなかったので、探してしまったのだ。
メイドの誰かに聞けばよかったのだが、すぐに見つかるだろうと高をくくってしまった。
結局、途中でマチルダ婆ことメイド長に出会ったので、天井掃除の件は話しておいた。
彼女の要望は「それならまず厨房でしょうね」だった。
前世ではキッチンというと油汚れだが、中世の文化圏だと煤や灰もすごいことになる。
こびりついているので是非にと言われた。
火を使わない魔法道具というのもあるにはあるが、無駄に高いので予算が下りないのだそうだ。
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