第114話 『交渉』
「これはクアルト様、よくお越しくださいました」
朗らかな笑みで、バルドンは出迎えてくれた。
取り次いだ商会員は、『昨日の今日で何しに来た!』という態度を隠しきれていなかったが、さすがに商会を束ねる会頭。
おくびにも出さない。
まぁ、出迎えるまで、少し時間がかかっていた。
その間に心を鎮めたのだろうとは思うが……。
適当にあしらわれて帰される前に、手土産を渡しておこうか。
手土産と言いつつ、ほぼメインの要件なわけだけど。
「はい、これ」
応接間に通されたところで、琥珀でいっぱいの魚籠を差し出す。
一つだけだ。
残りはレイモンドがワゴンに載せて持参している。
「これは……?」
本来、魚を入れるものだ。
だから、戸惑いつつバルドンは受け取った。
なんだろうと覗き込み……
「……」
――停止した。
クアルトは優雅にお茶を飲んで待つ。
豪商の出す茶菓子は、やはりうまい。
「な、ななな……」
魚籠をゆすって、琥珀が上に乗っているだけなのか、『全部』なのかを確認している。
ごきゅ!
琥珀が詰まっていると気付いたのだろう。
生唾を飲み込んでいる。
「ま、まさか……」
ギギギと音がしそうな動きで、布をかぶせたままのワゴンへ目を向けた。
ごくり、と喉が鳴った。
喜びよりも、恐れの色が濃かった。
「確認していいよー!」
気になるのなら、全部見ればいい。
レイモンドに合図して、テーブルの上に出させる。
こんなこともあろうかと、作っておいたシルク製テーブルクロス。
それをテーブルに敷いて、魚籠の中身を全部並べさせた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃ……」
低い。
低すぎる悲鳴が、食いしばった口から流れ出た。
うん。
ちょっぴり引く光景だ。
テーブルの上がすっかりアンバーに染まっている。
金貨を敷き詰めるほうがまだ、精神的に安心かもしれない。
「大丈夫―?」
声をかけてみるが……。
聞こえていないね、これは。
ちょい、ちょい。
手を振る。
バルドンの背後に控えているメイドへ向けて。
主の様相にビビっているようだ。
琥珀にではないのが、見事というべきだろう。
取引中の商品に目を奪われるのは使用人失格だから。
ともかく、どうしたらいいやら困っていたのでお茶のおかわりを催促した。
ほっとした様子で注いでくれる。
「……」
お菓子を一欠けら、口へ放り込んだ。
お茶菓子がなくなるまでには戻ってきてほしいね。
現実に。
・
・
・
「ハッ!? し、失礼いたしました!」
三杯目を要求しようかと考え始めた辺りで、バルドンが再起動した。
土下座するような勢いで、頭が下げられる。
「うん。ちょっとたくさん取り過ぎちゃったね」
えへへ、と笑って見せた。
ごまかせるとは思っていない。
その気もない。
この反応は予想したうえで持ち込んでいる。
なぜなら――
「でね、お願いがあるんだ!」
これだ。
相手のためになることをしたうえでの『お願い』。
どうあっても否やは言わせない交渉となる。
「なんなりと!」
ほら、前のめりに受けた。
揉み手をする商人。
リアルでは初めて見る。
「ゴミ置き場でのごみの分別に必要な人員と、設備に資金を出してほしい」
メルマルでの冒険者ギルドがしていたことを、民間企業にやらせようということだ。
「もちろん、ちゃんと予算は出るよ?」
多くはないが、赤字になることはないはずだ。
ちゃんと、メリマルでのことを参考に事業計画も立ててきた。
数十枚に及ぶ書類の束を見せて説明する。
その八割は、あの三毛猫が部下に作らせた分類表だった。
「この程度のことならば、喜んでお引き受けいたしましょう」
どんな無理難題を押し付けられるのかと警戒していたのか、
明らかに拍子抜けした様子で受けてくれる。
「それから、琥珀の加工で出る欠片や粉は捨てないで保管を頼むよ」
ゴミの分別・管理を任せる時点で含まれていることではあるが念押しする。
「お安い御用でございます」
そうだろうとも、下の者に言いつけるだけで終わる話だからな。
「よろしくねー!」
他にも要望を出せば聞いてくれるだろうが、ここで引く。
クアルトは、だ。
当然にあとからレイモンドが手間賃を回収することになる。
あとは……アンナとレーデにシルクドレスをプレゼントかな。
クアルトのパジャマと。
そのためだろう。
さっそく、レイモンドの姿が消えた。
相手方の執事と別室で取引が始まるのだ。
「そうだ。これはどうですかな?」
バルドンが何かを思い出したように顔を輝かせた。
「明日の夜、私どもの帰郷を知らせるべく、近隣の町や村の主だったものを集めてのパーティーを企画しております」
王都から流行りものを仕入れて帰ってきましたよ。
何かご入用ではありませんか? というわけだ。
「もし、ご興味がおありでしたら、ご招待させていただきますか?」
明日の夜のことを今、というのは無礼ですが…と前置きしてのことだ。
「今夜ではないんだね?」
「本来なら今夜にでも開きたいところではありますが、準備に二日はかかりましてな。その分、少しは良いおもてなしをご提供できるかと」」
「わっ! それはうれしいね!」
クアルト(僕)がノリノリで身を乗り出す。
無礼とか気にしないし。
「うちのメイドと騎士にシルクドレスを着せるいい機会だし!」
ソファから立ち上がって、『僕』が正体を受けることを表明する。
『オレ』として求める理由はない。
ただ、アーネストが一瞬「やぱっ!」って顔をしたことを見逃さなかった。
レイモンドがいた辺りに視線が向いてもいた。
執事長絡みでパーティーにクアルトが出ることをマズイと考える理由があるということだろうと思う。
パーティーに出て問題になるようなことが、なにかあっただろうか?
食べすぎ?
お酒?
この辺りの代表者って実はガラが悪い?
なんにせよ、すでに出席は決定した。
貴族の子弟に二言はない。
楽しみに待つことにしよう。
「では、明日の夜またお会いしましょう」
「うん! 楽しみだねー!」
『僕』はもうすっかりワクワクしているし。




