第112話 『タモ』
ホバークラフトの下で、湖面がわずかに揺れた。
泥の中に潜ったバソルトたちが、ゆっくりと動き始めたのだろう。
バソルトたちの背中は、濡れた玄武岩のように鈍く光っていた。
黒というより、光を吸い込むような深い色だ。
泥に沈むたび、重い質量が水を押し分ける気配が伝わってくる。
しばらくすると、水の色が、ほんの少しだけ濃くなる。
泥が巻き上がっている。
「……掘り始めたな」
まだ何も見えない。
けれど、湖底のどこかで、金色の粒が揺れ始めている気配があった。
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『琥珀、結構あるよー!』
モニタールームから声がした。
『オレ』にしか聞こえない声。
『僕』だ。
イモリ(緑)が琥珀を見つけまくっているのだろう。
『どんどん掘り出してくれ!』
こちらからも指示を送る。
『掘るのはいいけど、どうやって運ぶー?』
掘って、集めて、運ぶ。
そう考えている。
『泥から出せば勝手に浮くから、放置でいいぞ!』
琥珀は『浮く』。
もともと自然に浮いてくるのを待つものだった。
嵐などで湖底の泥が攪拌され、泥から出たものが浮くことで外へ出る。
これを人工的に早めようとしている。
だから、極論、琥珀を探す必要はない。
泥を掻きまわせば、勝手に浮いてくる。
ただ、それをやると湖の水質が著しく悪化してしまう。
だから、可能な限りピンポイントで浮かせようとしているのだ。
『そっか。わかったー!』
理解できたらしい。
『僕』が楽しそうだ。
「水面見てて! 浮いてくるからすくって!」
作っておいた『タモ』をレイモンド、アーネスト、アンナ、レーデ、少年へと持たせる。
もちろん、魚籠も。
どれも、廃材製である。
竹と目の粗い布で作ったタモ。
藁や蔓性植物を編んで作った魚籠となる。
…普通は魚とりの道具だけどな。
「えっと。何が浮いてくるのですか?」
タモを持たされたレーデルフィーヌが首を傾げた。
状況は受け入れているが、『なにを』には理解が及んでいない。
「商会で話を聞いていたでしょうに……」
ちょっと呆れて…怒って?
アンナがジトっとした目を向けた。
「え?」
「ここは湖ですよ?」
わかっていなさそうだからか、アンナがヒントを出す。
「あとは、発掘です」
「え? 琥珀ですか?」
発掘でようやくつながったレーデが半歩よろめいた。
ものすごくゆっくりとアンナが頷いている。
「現場に来てなにかを始めた。なら、目的は自ずと知れます」
まだまだですね。
そんな笑みで首を振っている。
「な、なるほど?」
わかったのかわかっていないのか。
レーデはコクコクと頷きながら疑問符を浮かべている。
「発掘と聞いたからと、土堀だと決めつけるようでは、クアルト様にはついていけません!」
泳ぐと言っていたのに、空を飛んだと驚くな。
そんな感じに忠告されている。
「お、奥が深い」
レーデルフィーヌが慄いている。
「……全部聞こえているんだけど?」
言い過ぎではないかと、一応は牽制してみた。
説得力がないことは……うすうす自覚している。
「さすがはクアルト様です」
なにが『さすが』なのか、アーネストがテキト―なフォローを入れた。
「浮いてきましたぞ」
一切、気にせず、レイモンドがタモを振り回す。
束の間、ホバークラフトはカオスだった。
束の間の混乱が落ち着いたころ、
湖面に、ぽつりと金色が浮かんだ。
最初は、光の反射かと思った。
だが、風に流されず、ゆっくりと回転している。
「……出てきた」
レイモンドがタモを差し出すより早く、アンナが身を乗り出してすくい上げた。
掌の上で、淡い金色が揺れる。
泥をまとった、小さな琥珀の粒。
「本当に……浮くのですね」
レーデルフィーヌが息を呑んだ。
驚きというより、畏れに近い声だった。
そのすぐ後ろで、
湖面のあちこちに、金色の点が増え始める。
ぽつ、ぽつ、と。
静かに、しかし確実に。
まるで――
湖が呼吸しているようだった。
クアルトは腕を組んだまま、
その光景を黙って見つめていた。
「……まだ、始まったばかりだよ」
湖底の泥の奥では、
バソルトたちがさらに深く潜っていく。
黒い“何か”に触れ始めていた。
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琥珀すくいが始まり、それなりの時間が経った。
思いの外ハイペースでポコポコと浮いてくるのを、ひたすらすくい取る。
「もう、魚籠がいっぱいです!」
アンナが叫ぶ。
レイモンド、アーネストも。
レーデもそうだろう。
余裕があるのは少年とクアルトだ。
『ここまでだ!』
モニタールームへ作業の終了を伝える。
『わかったー! いっぱいとれた―?』
『ああ、ちょっと取り過ぎたかもしれん』
『そっかー。わけてもらえるといいね!』
『…そうだな』
考えてみたら、今のうちに何個か懐に入れればいいだけのことなんだけどな。
思い付きはしても、実行はできない。
自分の小心者っぷりに呆れてしまう。
「いや、そうだよ。何もただでくれてやることはないんだ」
手間賃をもらって町で買い物をしよう。
うん。それがいい。
そんなわけで、撤収。
商会へ向かうことにする。
まずは、陸へ上がろう。




