第107話 『手立て』
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◇レーデルフィーヌ視点◇
道の『外側』に馬車が横付けされた。
見るというより、気配でそうと判る。
見た目は馬車でも、本質は『異質』だからだろう。
「まかせてー!」
場違いな子供の声が響く。
予想通りだ。
「手立てか」と呟いたばかりのタイミング。
狙っていたのかと疑いたくなるが、これが『彼』の恐ろしさだ。
意図せずに必要な時に必要な場所にいて。
知ってか知らずか必要なことをしてのける。
行動を共にするようになり、観察してきての、それが私なりの評価だ。
今回の事故への即応も、彼のこの性質があればこそ。
こうして関与することになっている。
そうでなければ、気付くこともなく先へ進んでいるだろう。
「あの子供は?」
「我が主だ」
突然現れた子供に、訝しげに眉を寄せる商人に短く答える。
自分からは貴族だとは名乗らない。
そんな風潮がある中、相手に気づかせる。
これが、それには最適だ。
「……そうですか」
伝わったようだ。
商人が頷き、礼を失することがない程度に身繕いを始めている。
「え―っと……」
後ろに落ちている荷台の周囲を、クアルト様は見て回った。
「いったん持ち上げちゃおう!」
それがいいと手を叩く。
「はぁ?」
商人が呆れた声をこぼした。
わたしの視線に気づいて慌てて口を抑えている。
「……」
言いたいことはわかるよ、と頷いてはやる。
そんなことは問題にしないと安心させるためだ。
世の貴族たちの中には事を針小棒大にして騒ぐ輩もいる。
だが、私も、クアルト様も、そういった権威主義には囚われていない。
聞き流せてしまえる。
ガシャガシャと音を立てて、全身鎧の騎士たちが近づいていく。
彫刻のように美麗な馬から降りた重装騎士や兵士たちだ。
十人が荷台の後方に集まり手を掛ける。
「いや、無茶をなさいますな」
商人が近くを通った重騎士に声をかけている。
主君だとしても、子供の思い付きに盲目的に従うのはどうなのか?
そんな裏の声がありありと聞こえていた。
多少は軽くなっているにしても、十人程度で持ち上げられるようなものではないのだ。
空の荷台を持ち上げられるのにも5人は必要だ。
そこへ武具の重さが加わっている。
兵士10人でも無謀なことだった。
普通なら。
「へ?」
商人と人夫頭…周りにいた者たちが口を半開きにして固まった。
無理もない。
私は彼らに同情した。
人の力で動かせるはずのないものが、当たり前のように持ち上げられていく。
「はい、止めて―」
荷台が水平より少しだけ上がったところで、クアルト様が止めた。
「なっ?!」
商人が目を剥く。
持ち上げるだけでも大変なはずのものだ。
途中で止めることなど考えられない。
そういうことだ。
だが……
「なぜ?」
これまた、平然と停止する。
なぜ? との問いには誰も答えない。
「おお。見事に折れてる」
荷台の下を覗き込んだクアルト様が吞気そうに笑っている。
緊迫している現場で子供の声。
それだけで、わずかに空気が緩んだ。
だが、私は知っている。
クアルト様が吞気『そう』にしているとき、本当に吞気でいることなどない。
私の心は身構えていた。
絶対に何かをしでかす、と。
「材料プリーズ!」
ほら、ね。
誰へともわからない呼びかけで、軽騎兵の一体がブロック状の木材を運んできた。
「おっけ!」
十分だと親指を立てている。
意味は分からない。
ただ、機嫌はいい。
ゴソゴソと荷台の下へと潜り込んでいく。
「お、おい!」
止めなくていいのか?!
商人が見てくるが、私としては首を振るしかない。
どうせ、数分もすれば、彼も理解することだろう。
理解できないということを。
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「……コツ、コツ……」
木片を削るような乾いた音が、荷台の下から微かに響いた。
金属を叩く音ではない。もっと軽く、もっと静かで、妙に規則的な音。
「……ギシ……」
何かをはめ込むような、木と木が噛み合う音。
「……カン」
最後に、小さく金属を留めるような音がひとつ。
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「できたー!」
声が打ちあがって、クアルト様が姿を見せる。
同時に荷台も下ろされた。
もちろん、水平だ。
車軸が直っている。
「い、いったいどうやって……」
人夫頭が呆然としていた。
直ったということは、わかる。
直っていなければ、また後ろへ落ちるからだ。
直ったのでなければ、重さに耐えられるはずがない。
だけど、どうやったら直るのかとなると想像もできないのだ。
「考えるな。受け入れろ」
それが一番楽だぞ。
実感を込めて忠告を与える。
「そ、そうですね」
「わかった」
商人と人夫頭が、そろってコクコクと頷く。
深追いはすべきでない。
そう納得できたのだ。




