第105話 『湧水地』
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「あー…こうなるのか」
湧水を目指して進んできたが、あとすこしというところで、思わぬ障害にぶち当たった。
背の高い雑草に行く手を塞がれていたのだ。
空からの観測だと、こういうことがたまにある。
上からだと草丈は測りかねるのだ。
「え―い、やれ!」
骨と革の軽歩兵を投入だ。
鋭いククリナイフと素早い動きが特徴の彼らに草を刈らせる。
刈った草はレンガとタイルの重歩兵に脇へ集めさせた。
草原繊維ゴーレムの経験値になってもらおう。
そうして進むことしばし、湧き水へ到着した。
小さな丘の下、岩肌の露出した辺りから、水が湧き出している。
流れ落ちる先には窪みがあり、水が溜まっていた。
そこからは小川も流れている。
「これは……よく見つけられましたな」
レイモンドが感心している。
ちょっと見ただけではわかりにくい場所だった。
さっきまで草藪で覆われていたしね。
「……少し整備するか」
いい感じに岩が出ている。
付近の倒木とかも使えば、それなりのことはできそうだ。
手始めに、取水口をかっこよく装飾していく。
「それ、何か意味あるの?」
手近な岩に腰掛けて見ていたセティが、小さな咳とともに問いをこぼす。
乾いた音が、草原の風に妙に響いた。
細められた目が、水の取水口に向けられている。
「おかしいかな?」
クアルトは首を傾げた。
『オレ』も『僕』もということだ。
「おかしいじゃなくて、コホ、意味あるのかって聞いたのよ!」
「意味?」
首を傾げて、自分でも見直す。
水瓶を抱えた女性のレリーフがある。
水は、抱えられた水瓶の口から流れる形だ。
我ながらよくできていると思うのだが……
水が綺麗だと、つい飾りたくなるよね。
「ああ」
ポン!
手を打った。
ようやく言わんとするところを理解できた。
「うん。意味はないな!」
完全に趣味だ。
「……そう」
オレの答えに、セティは額と胸に手を当ててうつむいた。
頭が痛そうだ。
「あんたは――」
呆れたようなセティに、イーアンが湧き水で冷やしたタオルを渡している。
「まぁいいわ」
固く絞られたタオルで、喉元を拭きながらまた小さく咳をした。
風に紛れるほどの、弱い音だった。
気持ちが落ち着いたらしい。
いいことだ。
問題ないようなので、続ける。
湧水から少し離れた位置に石造りの休憩所を建てる。
太い柱に溝を彫っただけの柱を八本立て、翼のある子供が戯れるレリーフを彫り込んだ屋根を載せる。
屋根の下には、一段上げた石床と一体のテーブル。
そしてベンチも作り付けた。
完璧だ。
「み、見事ですね」
セティの次はレーデだ。
「街道にこれほどの装飾……領主家の威信が高まりますね」
しげしげと眺めては感嘆している。
さすがは王都に住む貴族出身者。
美術への関心の高さがうかがえる。
鉱山町の娘は実用性ばかりで、その手の余裕がない。
嘆かわしいことだ。
「……まぁ、確かに。こんなところに、こんな凝ったものがあっても意味はないけども」少しやり過ぎたかもしれないと反省する。
『僕』がしてやったり、と満面の笑顔だから後悔はないけどな。
「お茶が入りましたよ」
アンナが呼ぶので、できたばかりのベンチに座った。
すかさず、レイモンドが冷水で冷やして固く絞ったタオル片手に寄ってきた。
有無を言わせず、顔と首筋を拭いてくれる。
アーネストは腕まで拭き始めている。
気持ちいいから好きにさせるけどね。
「この街道では夏場には十数人の行き倒れが出るとか。目につく水場があれば、何割か減るでしょう」
「そうなの?!」
サラッと告げられたレイモンドの言葉で、飛び上がった。
想いの他、重要だったらしい。
「水を用意して歩くには距離が短く、暑い中で水分補給なしで歩くには長いのですよ。この道は」
そのせいで、毎年熱中症で倒れて、そのまま死ぬ者が絶えないらしい。
「水場の地図とかないの?!」
「ありはしますが、曖昧だったのです」
「だった?」
「今後ははっきりと地図に記載されるでしょう。クアルトの泉と銘打って」
「うぐっ」
そういうことか……。
領主の子息が作った休憩所。
それは当然に地図に乗る。
ちょっと怯むが……。
「そういうことだよ。これだけ目立たせれば無視できないよね!」
それが狙いだったとふんぞり返って見せた。
パラパラと拍手される。
なんかおざなりだ。
「むう」
とりあえず、ふくれておいた。
「なんか、ヘンな感じね」
茶菓子をやっつけながら、お茶を飲んでいるとセティが笑いだした。
視線の先には、ティーカップを口に運ぶイーアンの姿がある。
別に、おかしなところなんてなさそうだけど?
口の横にクリームなんてついてないよ? とは、『僕』の発想だ。
「私たちのお茶飲んだことなかったよね?」
セティが追及する。
イーアンは鉱山にいたとき、こういう場にいたことがないらしい。
会合などで場にいたとしても、お茶には手を付けなかったのだとか。
「あー、そうだな」
そういえば、とイーアンが頷く。
自覚があるようだ。
「なんでなの?」
『僕』が疑問を素直に口にする。
「隠れ里って言ったか? あそこの水がなんとなく気持ち悪かった」
隠れ里というのは鉱山に閉じ込められた人々が見つけ、住んでいた『外』の空間のことだ。
あんまりな状況を見て『オレ』が命名した。
「不便はあったが離れたところにも水源はあったしな」
「そっちは気持ち悪くなかったの?」
そういうことだろうと『僕』が訊く。
「そういうことだ」
「ヘンなの—!」
クアルトが笑う。
飲み水が気持ち悪いとか、確かに変だからな。
お茶とお菓子で一息入れ、短く刈った下草の上に寝転がった。
心地のいい風が頬を撫でていく。
このまま、お昼寝に突入しそうだった。
暖かな午後のひと時というところだろう。
だけど――
風が止んだ。
草のざわめきも消えた。
「あ!」
飛び起きる。
ドローンの一つが、妙な動きを見せた。
眠たげな『僕』が驚いているが、これはしかたがない。
「どうなされました?」
レイモンドが聞いてくる。
「事故!」




