第104話 『ロマリス』
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「なにがあるんだっけ?」
楽しんでおられる、と微笑ましそうに目を細められた。
幌馬車の天井越しに差し込む光が、白髪を淡く照らす。
「そうで御座いますなぁ……」
遠くを見るような仕草で、彼、執事長『レイモンド』が天井を見上げる。
帆布の天井を見上げる仕草は、まるで空を思い出しているようだった。
薄い布越しに、南方特有の湿った風がわずかに入り込む。
厚みはないが強度は高い。
帆布素材の天井だ。
防水性があり、硬さもある『布』だ。
いわゆる『幌馬車』なのだ。
そう。
屋根が布なので、日差しが僅かながら通る。
おかげで、全てが木造の馬車より圧迫感が薄い。
しかも軽い。
良いことなのだが、不便もある。
作成時には、木造で『台車』ゴーレムを作り、骨組みに布を張る作業が必要になる。
この作業も『ゴーレム作成』のスキルでできればいいのだが、今のところはできる目処が立っていない。
無念だ。
「養蚕と染め物が有名で御座います」
「ようさん? ああ! 『お蚕様』!」
おい!
それは『オレ』の知識だ!
かつて、養蚕業で潤った町の人々が蚕を神格化させたことを示す表現。
この世界の価値観と合致しない表現だ。
「あ…」
やべって顔になるクアルト。
だが、執事長は慌てない。
「虫に『様』ですか。クアルト様はお優しいですな」
微笑ましそうに目を細めるだけだ。
鷹揚に見えるが…気にすまい。
『クアルト』は知らなくていいことだ、たぶん。
「絹ですか。私も一着くらい、シルクドレスが欲しいです」
クアルト付メイドのアンナが『夢見る少女』モードで、『お祈りポーズ』になった。
この世界でも、絹——シルクは貴重品なのだ。
「着る機会なんてないだろ」
呆れて指摘するのはクアルト付き執事のアーネスト。
眼鏡をかけた、残念青年——『オレ』評価——だ。
有能なのか、抜けているのか。捉えどころのないやつだ。
まぁ、これもたぶんわざとだけど…。
さて。これで、同乗者は全員出揃った。
乗合馬車(八人乗り)風の大型馬車だが、定員四名としているから、やたら広い。
その分、本来は窮屈な木製ベンチでしかない硬い座席が、幅広の一人用ソファになっていたりする。
本体は折りたためる『ダンボール椅子』だ。
その上に帆布の座布団が乗せてあり、中々に快適な環境を形作っている。
これも、馬車を作ってから、積み込まないとならないが、ダンボールと座布団。
クアルトでも運べるので文句は言わない。
このソファは床下収納に何枚か入れてあった。
やろうと思えば、床をなくしてフラットに。
全員が脚を伸ばして寝ていられるほど快適にできる。
だが、『オレ』は寛ぎとは無縁。
ソファに深く腰掛けてはいるが、実はこう見えて気を張り詰めさせている。
馬車の周囲を『ダンボールドローン』で監視中なのだ。
物理的にはなにもない。
だが、精神世界ではマルチモニターが設置された監視センターにいる感覚だ。
別に襲撃を警戒しているわけではない。
王都から出たばかりの時とは違い、今のクアルトに狙われる理由はない。
主目的は採取すべき資源はないか? だ。
せっかくの移動中。
拾えるものはガンガン拾う心づもりだ。
マルチモニターに映るのは8画面。
なかでも特徴的なのは、進行方向の遠景だ。
町らしき灰色の向こうに、キラキラと光る蒼が広がっている。
巨大な湖があるのだ。
それが『南』。
当然、『北』には出発点のメリマルの町。
『東』には草原が広がり、『西』には森がある。
草と木には困らない。
ところどころに岩が突き出ているから、石や岩も充分だ。
だが——他になにかないものか?
そう考えている。
レベルが上がったことや、ゴーレムを従えることで得られる『ステータス』上昇。
魔力に余裕がある。
ゴーレムを増やせるのだ。
素材がありさえすれば。
「……ふむ」
「クアルト様?」
急に立ち上がったクアルト――『オレ』にアンナが驚きの声を上げる。
レイモンドも何か聞きたそうだが無視だ。
窓から手を出してレーデルフィーヌ…レーデを呼ぶ。
王弟に付けられた護衛県監視の女騎士だ。
ウッドホースを貸し与えているので、今は騎士らしく単騎で馬車横についていた。
「なに事ですか?」
すぐに馬を寄せて問うてくる。
「少し進路を変えるよ」
現状、馬車の動きはオレが制御しているから、指示を出さずともよいのだが、予定にない動きで騒がせるのも申し訳ない。
事前に伝えておく。
「承知しました。……何か問題でもありましたか?」
周囲を気にしながら聞いてくる。
襲撃の予兆でもあったのかと考えたらしい。
「道沿いに湧水を発見したんだ。休憩にしよう」
冷たい水で喉を潤そうと提案する。
「そういうことですか、わかりました」
強張りかけていた表情を緩めて、頷いた。
「イーアンとセティにも伝えます」
別の馬車に乗っている部下…部下? ——仲間たちにも伝えると言ってくれる。
「うん。よろしくね―」
手を振って見送る。
同時に馬車と警護の騎士たちの進行方向がほんの僅かだけ右にズレた。
馬車はもちろん、騎士や歩兵も、クアルトの制御下にある。
独立して動いているのはレーデだけだ。
「湧き水ですか、楽しみですね」
美味しいお茶が入れられそうだとアンナが黄色い声を出す。
「クアルト様には、お菓子を分けてもらえますしね」
アーネストが片眼を閉じてみせる。
以前、「お菓子くらい分けてあげるよ!」と言ったのを未だに覚えているらしい。
しつこいやつだ。
危険手当の代わりと考えれば安いが、こうも度々持ち出されるとさすがにウザい。
箱の底の『粉』を分けてやろう。
オレは固く決意した。




