第五十三話 学校2
紋章学の講座が終わると、続いて行われたのは歴史の授業だった。
――歴史……。
実は、これが一番不安だった。物語を読むことが好きだったので、題材となった特定の時代についてはある程度覚えることが出来た。ただそれでも、人の名前や年号を覚えることは苦手だった。
「では、レガリア聖王国の建国から、簡単にお話ししていきます」
修道服を着た先生が、王国の年表のようなものを示しながら話し始めた。
「元々、この地では様々な部族が暮らしていました。ですが、約六百年前。東方の国からの侵攻をうけました。その時、後に初代国王となるレーヴェ・レガリアが、各地の部族をまとめこれに抵抗しました。結果、侵攻は食い止められ王国が建国されることになります」
――規模は分からないけど、人と人の争いはあったのね。
昔の出来事のはずなのに、国ができた理由を聞くと、少しだけ息が詰まるような感覚があった。
「五百年前には、皆さんもご存知の通り、魔王による大地の汚染がありました」
――あ、これは!
「当時の国王、リオン・マクシミリアン・レガリアは、魔物を率いる魔王と戦い勝利しました」
ノックス領のことに関係しているだけに、妙に頭に入ってきた。
五百年前に汚染されたっていう事は聞いていたけど、実際に王国の歴史として聞くのは初めてだった。
その後、現在に至るまでの簡単な歴史を聞いたのだけれど、話の内容は次々と現れる国王の名前に押しつぶされていく。
「ユミナ、なんか、顔色悪いけど大丈夫?」
リザが心配そうに聞いてくる。
「うん……、ちょっと、名前……じゃなくて、歴史は苦手みたい……」
私の中にあったはずの余裕は、歴史の講座が終わる頃にはすっかり消えていた。
* * *
リザが眠りについた後、本棚の本に手を伸ばした。
ただ、興味がある本を手に取った昨日とは違い、今日は紋章学について書かれた本を手に取った。
――講座ではいまいち頭に入ってこなかったけど……、復習すれば大丈夫!
歴史と迷いはしたけれど、歴史は今すぐ知らなくても大丈夫に思えたので紋章学を優先した。
ページをめくると、講座で習った派手な王家の紋章について詳しく記されていた。一つ一つの模様の意味がとても詳細に記されていた。
――う、うん……流石にそこまで詳しく知る必要はないかな。
各ページには紋章の解説と家名が書かれていた。ひとまず、大切なのは紋章と家名を結びつけることだと思い、頭に詰め込んでいく。
「ふあぁ~」
学校という慣れない一日を過ごしたせいか、眠くなってきた。それに加えて、昨日よりも気温が低いのか少し寒くなってきた。
――横になりながら読もうかな。
本を持ったまま横になり、ページをめくりながら、形と家名を覚え、目を閉じて脳内に放り込んでいく。
――そういえば昔から不思議だったけど、好きな本を読むときは一晩中でも平気だったのに、どうして授業中に教科書を眺めてると眠くなったんだ……、ろう…………。
「ユミナ、そろそろ起きないと」
遠くにリザの声が聞こえた。
「ふぇ?」
目を開けると窓から光が差し込んでいた。
「夜読んでいたの? 暗くて読めなかったんじゃない?」
視線を横に向けると、開いたままの本が置かれているのが見えた。
「え? あっ、うん。ま、まりょ……っ」
魔力で灯りを作っていたことが、思わず口からこぼれそうになった。
「な、なんとか読めた、かな」
「暗い中でよく読めたわね」
リザは少し不思議そうな顔をしたけれど、それ以上は聞いてこなかった。
「それで、成果はあったの?」
「どう、かな……」
頭の中を整理してみると、詰め込んだ記憶の感触はしっかり残っている……そんな気がした。
「まぁ、頑張るのはいいけど、無理しちゃだめよ」
「大丈夫、ちゃんと寝たから……」
幸か不幸か、しっかりと寝ることが出来ていたため、昨日よりもすっきりとした朝を迎えることができた。
二日目の最初の講座は、昨日と同じ読み書きだったけれど、次の講座は算術ではなく魔術の基礎だった。
そして、昼食後、礼法を学んだ後に博物学の講座が行われた。
――博物学、聞くと何だか難しそうな響き。
最初はそう思っていたけれど、机の上に並べられたのは、絵が描かれた紙だけではなかった。
「これは、傷の治療に使われる薬草です。見た目はよく似ていますが、こちらは毒草ですので、間違えると危険です」
先生がそう言って、本物の草を二種類、私たちの前に並べた。色も形もよく似ていて、よく見ないと違いが分からない物だった。
――えっと……、確か匂いが違うのよね。
「うわ、本当に似てる……」
マルクが顔を近づけて、まじまじと観察していた。
「はい。でも実は、香りに少し違いがあります。よく嗅いでみてください」
私達は順番に二つの草の匂いを確かめる。
「あ、こっちのほうが、少し甘い香りがする」
マルクがそう言うと、先生が頷いた。
「その通りです。甘い香りのする方が、薬草になります」
母から教えてもらっていたこともあり、思っていたよりもすんなりと頭に入ってきた。
三日目の講座も読み書き、礼法という基本は行われた。その後、地理について学ぶ時間があった。
「こちらが、レガリア聖王国の地図です」
机いっぱいに広げられた地図に、私たちは思わず身を寄せた。各領地が色分けされ、街道や川が細かく描き込まれている。
「これが、首都ソール・レガリアです。そして、こちらがヴィセリアのある、ヴィンター伯爵領になります」
先生が指す先には、思っていたよりもずっと広い範囲が、ヴィンター伯爵領として色分けされていた。
「ヴィンター伯爵領、こんなに大きいんだ……」
リザが地図を覗き込みながら、感心したように呟く。
――ノックス領、意外と広いのね。
地図上のノックス領は、伯爵領に比べると控えめな大きさではあったけれど、それでも王国内でノックス領以上の領地は数えるほどしかなかった。
とは言え、私たちが実際に暮らしている部分だけを見ると国内でも最小なのは間違いなかった。
講座を終え、夕食の席で合流したロベルトは上機嫌だった。
「ロベルト、何かいいことでもあったの?」
「ん? あぁ、まぁな」
「へぇ~、よかったじゃない」
ロベルトが答えるより先に、リザが身を乗り出した。
「あぁ、そうなんだ……って、いや、まだ何も言ってないだろっ」
「どうせ、褒められたか、勝負に勝ったか、どっちかでしょ」
リザの言葉を聞いたロベルトが、勝ち誇った顔をした。
「大人の騎士に勝って、先生に褒められたんだっ」
「すごいじゃない」
「うんうん、やっぱり兄ちゃんは強かったんだね」
私とマルクは小さく拍手した。
――相手の人の強さがどれぐらいかは分からないけれど、それでも騎士に就いている人に勝つというのは十分にすごいことよね。
「勝ったのは一回でしょ?」
リザが見透かすように、ロベルトの顔を覗き込む。
「あぁっ」
「何回負けたの?」
「六回だ!」
ロベルトが腰に手を当て、胸を張った。
「……それ、自慢になってないと思うけど。せめて、五回に一回は勝ちなさいよ」
リザが冷静に突っ込むと、マルクも小さく笑った。
――……流石、騎士になる人は強いのね。
「次はそうするさ。それによ、先生に剣筋だって褒められたんだぞ」
ロベルトは満足そうに頷きながら、パンを頬張っていた。
「私だって、礼法の先生に褒められたのよ」
ロベルトに負けじと、リザが誇らしげに胸を張った。
「お辞儀の角度が綺麗だって。やっぱり、普段から気を付けていた甲斐があったわ」
「ほれ、何か意味あるのか?」
パンを噛み終わる前に、ロベルトが口を開いた。
「これから色んな貴族の人が村に来るかもしれないのよ、きちんとできないと、マグナさんが怒られちゃうかもしれないし」
「えっ、そうなのか?」
みんなが、領主の娘である私を見た。
――……そう、なの? でも、確かに、お父様は村で一番偉い人。リザの言う通り、村を訪れた貴族に何かあった場合、謝らなくちゃいけないのは、一番偉い人になるわけで……。
「た、多分、そうだと思う……」
「それに、フェリシアが村に来た時、しっかりできないと、またシエルさんの特訓を受けることになるわよ」
リザの口の端がわずかに上がった。
遊びの叙任式でノックス騎士団の団長になったロベルトは、その時シエルから立ち居振る舞いについて、とても厳しい指導を受けていた。
――剣の訓練では泣き言を言ったことがないロベルトが、あの時だけは「もう嫌だ」って言ってたっけ。
「うっ……、どうすりゃいいんだ?」
「ふふん、任せなさい。私が村で教えてあげるわ。先生に褒められたこの私がっ」
いつものやり取りに、私とマルクは思わず顔を見合わせて笑った。
* * *
三日間の短い学校生活が終わり、一度村に帰る日がやってきた。
「はぁ、なんだかあっという間だったな」
「そうだね」
ロベルトとマルクが壁にもたれている。私たち四人は村へ向かう馬車を待っているところだった。
「来週、また来るでしょ」
リザがそう言いながら、荷物を入れた鞄を持ち直した。
「まぁ、そうなんだけどよ……」
ロベルトは数日間過ごしていた屋敷を見上げた。
不安もあった街での生活だったけれど、いざその日が来ると少し名残惜しくなっていた。
私たちが他愛のない会話をしつつ、街を行きかう人々を眺めていると、声が聞こえた。
「エルデガルド嬢、お待たせしました」
声の方を向くと、騎士と思われる二人がそろって頭を下げた。
「あ、ヴィンター伯爵の?」
街へ来るときは、村の馬車で送ってもらったのだけれど、村に帰る時は送ってもらえる、とタチアナから聞いていた。
「はい。村までの道は、我らが責任を持ってお送りさせていただきます」
「ありがとうございます」
そう答えつつも、ふと二人の男の顔が気になった。
――この人たち……。
「あれ? この前伯爵の護衛をしてた騎士様たちじゃないですか」
――あっ、そうだ!
リザの言葉を聞いて、思い出した。前に村を訪れた時、出された料理をあっという間に完食していた護衛の中に二人の顔があったことを。
「はは、覚えていてもらえて光栄です」
男がもう一人の騎士を見ると、その騎士はほんの少し微笑んだ。その様子が何となく、前に村を訪れた時のことを思い出しているように見えた。
「もしかして、また食べたくなったんですか?」
「リザ、それは流石に失礼……」
「いや、実はその通りでして」
騎士が、私の言葉を遮るように、はっきりと頷いた。
「この度は志願させていただきました」
――村の料理のために護衛を……。
志願の理由については思うところがあったけれど、村の料理を気に入ってもらえたことは嬉しかった。
――あれ? そういえば、伯爵も村の野菜を気に入っていたり、料理を食べるために村に足を運んでいたけど、もしかして、美味しいものには素直な人なのかも。
何事にも堅実で、少し硬そうなイメージのあったヴィンター伯爵。そんな伯爵の違う側面が見えた気がした。
「実は、護衛の件で一つお願いがありまして」
二人の騎士が姿勢を改めて私を見た。
「あ、はいっ。何でしょうか?」
私もつられて、姿勢を正してしまう。
「仲間の同行を許可して頂いてもよろしいでしょうか?」
「えっと、それは、別に構いませんが……。あっ、もしかしてこの前一緒にいらした方々ですか?」
伯爵が村を訪れた時の護衛は四人だった。
「いえ、あの者たちは別の仕事に当たっております。仲間にノックス領のことを話したところ、興味を持ったようでして。非番の日なのですが、どうしても行ってみたいと言うので」
「つまり、新しいお客さんってことですよね。もちろんいいわよね、ユミナ」
「えぇ、それは、もちろん構いませんよ」
私の言葉に、騎士が頷いた。そして振り返った視線の先には、帯剣した男女の姿があった。少し離れた場所で成り行きを見守っていたようで、視線が合うと、こちらに向かって歩いてきた。
服装こそ街を歩く人と変わらないけれど、精悍な顔つきだった。女性の方は切れ長の目が印象的で、どこか凛とした雰囲気を持っていた。
「あれ!? 昨日の!」
歩いてくる二人を見たロベルトが、私たちの前に飛び出して手を振った。
「よお、ロベルト」
男の人が手を上げて笑顔を浮かべた。
「ロベルト、知ってる人なの?」
「あぁ、昨日話しただろ、俺が勝った人だ」
――ロベルト、もう少し言い方を考えて……。
ロベルトに悪気はないのだろうけれど、相手の方が目の前にいるのだから、もう少しだけ気を遣って欲しかった。
「六回負けた人でしょ」
「そこはいいだろっ」
いつものリザだった。
「兄ちゃん、村に来るのか。俺が案内してやるよ」
ロベルトが声を弾ませた。
「はは、よろしく頼むよ」
村への道中、賑やかになりそうだった。




