第五話 出迎え
そして、その日がやってきた。
村の入口に、立派な馬車が三台並んで停まった。
真っ白な車体に、金の装飾、教会の紋章、光を象徴する聖印が馬車の側面に輝いている。御者たちの制服も、見たことがないほど立派だ。
「すごい……」
集まった村人たちが息を呑む。
最初に降りてきたのは、司祭だった。
五十代くらいの、ふくよかな体格の男性。豪華な法衣を身にまとい、宝石で飾られた杖を持っている。顔つきは高慢で、どこか不機嫌そうだ。
「ふむ……これがノックス辺境領か」
馬車から降りた司祭は周囲を見回し、見下すような視線で村を眺める。その目には、明らかに失望の色が浮かんでいた。
――うわぁ……いかにも「貧しい村だな」って顔してる。
次に、二人のシスターが降りてきた。
一人目は、二十代後半くらいの女性。金髪を後ろで結い上げ、凛とした表情をしている。白い修道服が、陽の光を受けて眩しい。
「カタリナ様、こちらへ」
使者の一人が彼女を案内する。
光属性の魔術師で、今回の儀式の主導者だという。
私は彼女の周りを包む光属性の魔力を視た。
眩いほどの光が、彼女を包んでいる。
――すごい……これが光属性、初めて視た……
そして二人目……
「エミリア!」
明るい声が響いた。
茶色の髪を肩まで伸ばした、紺色の修道服を着た優しそうな女性。
「久しぶり! 元気だった?」
セレナが母に駆け寄ってきて、手を取った。
「ええ、あなたこそ」
「手紙だけじゃ物足りなかったわ。やっと会えたわね」
セレナ。母の親友で水属性の魔術師、今回は主導者の補助役として来たという。
二人が楽しそうに話しているのを見て、私も嬉しくなった。
「ようこそおいでくださいました、ポンティウス司祭。遠路はるばる辺境の地まで、感謝いたします」
父が一歩前に出て、深々と頭を下げた。
「エルデガルド男爵、マグナと申します。そして妻のエミリアです」
母も慌ててセレナから離れ、ドレスの裾を軽くつまんで膝を折った。
「ふん、辺境とは聞いていたが、想像以上に……質素だな」
司祭様が嫌味っぽく言うが、父は笑顔のままだった。
「はい、貧しい領地ではございますが、精一杯のおもてなしをさせていただきます」
「まあ、期待はしていないがね」
司祭がそっぽを向く。
――あぁ、どんな世界にもこういう人はいるのね。
私は一生懸命作った笑顔を保とうとしたが、頬がピクピクと痙攣する。
――笑顔、笑顔を保つの……
必死に口角を上げる。
でも、頬の筋肉がプルプルと震えて、変な顔になっていた。
一方、父と母は全く動じていなかった。
「カタリナ様、セレナ様、遠路はるばるありがとうございます」
父が二人のシスターに声をかける。
「カタリナ、久しぶりね。ようこそノックス領へ」
母が一歩前に出て、優しく微笑みかけた。
「……エミリア」
カタリナは一瞬、母の顔を見たが、すぐに視線を逸らした。
「随分と……簡素な場所に落ち着いたものね。教会にいれば、あなたはもっと……」
言葉を途中で切って、カタリナは唇を噛んだ。
「ええ、でも私はここが好きよ」
母は笑顔を崩さなかった。
カタリナは複雑な表情で母を見つめたが、やがて鼻で笑うように「ふん」と小さく息を吐いた。
「……勝手にすればいいわ。さっさと案内なさい」
プライドが高そうに顎を上げる。
セレナが困った顔で、「ごめんなさいね」と言いたげに母に視線を送った。
母は小さく首を横に振って、気にしていないと伝える。
「それでは、屋敷にご案内いたします」
父が先導する形で、一行は屋敷へ向かった。
* * *
その夜、エルデガルド家では歓迎の夕食会が開かれた。
応接室兼食堂に大きなテーブルが用意され、隣街で買い付けた食材を使った料理が、テーブルに並ぶ。
ローストチキン、温野菜のサラダ、白パン、スープ、そしてデザートには果物のタルト。
湯気が立ち上り、美味しそうな香りが部屋中に広がる。ノックス領では一度も見たことがない豪華な食事だった。
いや、前世を含めても、こんな豪華な食事は……
――私の誕生日でもここまで豪華になることはないんですけどっ。
思わず心の中で叫びつつ、テーブルの端に座る。
「ほう」
司祭が一口食べて、驚いたように目を見開いた。
「思ったよりはマシだな」
褒めているのか貶しているのか分からない言い方。
でも、司祭の手は止まらない。フォークとナイフが忙しなく動いて、チキンを切り分けている。
「お口に合って何よりです」
父は笑顔で応えた。
カタリナは黙々と食事をしていたが、ランプの光の下では、少し穏やかな表情に見えた。
一方、セレナは
「美味しい! 流石はエミリアね」
「ふふ、ありがとう。でも、隣街で買った食材のおかげよ」
「あぁ、久しぶりにエミリアの得意な海鮮料理を食べたくなっちゃったわ」
セレナが少し残念そうな顔をする。
「もう、無茶言わないで。この辺りでは川魚ぐらいしか獲れないのだから」
母が思いを馳せるように、少し目を細めた。
「そういえば、昔、エミリアが作ってくれた魚のマリネ、本当に美味しかったわよね」
「覚えててくれたの?」
「忘れるわけないじゃない」
二人が懐かしそうに笑い合う。
しばらくして、司祭が口を開いた。
「それで、明日の儀式の準備は整っているのか?」
フォークを置いて、父を見る。
「はい。汚染地域の入口まで案内できるよう、準備しております」
父が真面目な顔で答える。
「ふむ」
司祭が白パンを一口食べる。
「まあ、期待はするなよ」
面倒くさそうに手を振る。
「浄化の儀といっても、五百年前の汚染を完全に取り除くのは不可能だからな」
「それでも、少しでも改善すれば……」
「まあ、やるだけやってみるさ」
司祭がそう言いながら、チキンをもう一切れ口に運ぶ。
――嫌々言ってるけど、しっかり食べてる……
「司祭様のおっしゃる通り、完全な浄化は困難です。しかし、私の光魔術は教会でも屈指の威力。多少の改善は期待できるでしょう」
自信に満ちた口調でカタリナが口を開いた。
「それは心強いです」
父が頭を下げる。
私はカタリナの周りの光属性の魔力をもう一度視つめた。
本当に強い魔力。
――これなら、もしかしたら……
少しだけ、希望が湧いてきた。
「ところで、このタルト、とても美味しいわね」
セレナがデザートに手を伸ばす。
「隣街の菓子職人さんが作ったものよ」
母が答える。
「へぇ、この辺りにも腕の良い職人さんがいるのね」
「ええ、おかげで助かったわ」
気づけば、テーブルの上の料理は、ほとんど空になっていた。
司祭の皿も、カタリナの皿も、綺麗に平らげられている。
――結局、全部食べたのね……
私は心の中で呆れつつも、少しだけ安心した。
――せっかく用意した料理、残されるよりは良かったのかな。




