第四話 準備
「ユミナ、そのワンピース、もうきつくなってきたんじゃない?」
朝の身支度をしていると、母がそう言った。
「少し……かもしれません」
淡いブルーのワンピースの袖が、以前より短く感じる。
剣術の訓練を始めて二年。八歳になった私の体は、少しずつだが確実に成長していた。
「また、レベッカおばさんに直してもらわないとね」
「はい」
私が頷いたとき、窓の外から土煙が上がるのが見えた。
三台の馬車が村に入ってくる。
月に一度、王都から援助物資を運ぶ馬車がノックス辺境領にやってくる。
この日も、村の入口には早朝から人が集まっていた。
「よし、荷降ろしを始めろ!」
父が指示を出す。
村人たちが協力して、馬車から荷物を降ろしていく。小麦粉の袋、塩の樽、布地の束。ノックス領では手に入りにくい物資ばかりだ。
「今月も少し減ったな……」
父が小さく呟く。
王国からの支援は、年々減少していた。魔力汚染された『役立たずの辺境領』への予算は、真っ先に削られる。
それでも、もらえるだけありがたいと考えるしかなかった。
「マグナ様、手紙です」
荷降ろしが終わると、御者の一人が二通の封書を差し出してきた。
父はそれを受け取り、母に手渡した。
「エミリア、お前宛だ」
母が封筒を受け取り、一通ずつ確認する。一通目の封筒を見て、母の顔がぱっと明るくなった。
「セレナからだわ」
見慣れた筆跡。親友のシスター、セレナからの手紙だ。
そして二通目……
「これは……!」
封蝋には、教会の紋章が刻まれていた。金色に輝く聖印。正式な文書にしか使われない、厳かな紋章。
「教会から?」
父も驚いた顔で母の手元を覗き込む。
母が震える手で封を開き、中の手紙を読む。
「……あなた、これ……」
「どうした?」
母が父に手紙を差し出す。
父が目を通し、ゆっくりと顔を上げた。
「本当か……」
「ええ……ついに……」
父と母は顔を見合わせた。
そして、二人とも静かに微笑んだ。
魔力汚染浄化の儀。
それは教会が主導で行う、特別な儀式だった。
光属性の浄化魔術を使って、大地に染み付いた魔力汚染を取り払う。理論上は完璧な解決策。ただし……
「効果は……まあ、あまり期待できないんだがな」
夜、父が苦笑しながら言った。
「歴史が証明している。五百年前の魔王の魔力汚染は、簡単には取り除けない」
父が硬いパンをちぎりながら説明する。
「それでも、少しでも良くなるならやる価値はあるわ」
母が目元を緩ませる。
この儀式のために、両親はずっとお金を貯めてきた。
質の良い食糧が手に入った時は、それを売って資金にした。村人たちも少しずつ協力してくれた。
近年、この儀式は高額な費用がかかるため、裕福な貴族のお祭りのような扱いになっているという。
でも、ノックス領の人々にとっては希望の光だった。
* * *
翌日から教会の使者を迎えるための準備が始まったが、問題は山積みだった。
「宿が足りない……」
父が頭を抱えている。
ノックス領には小さな宿が一軒あるだけで、教会からの使者全員を泊めることはできない。
「手紙によると、司祭様が一人、シスターが二人、それに使者や護衛が五人……」
「合計八人か。宿には三人が限界だな」
「この屋敷に何人か泊まってもらうしかないわね」
「だが、客室は三部屋しかない」
「私とユミナが一部屋に一緒に寝れば……」
「いや、それでも足りない」
二人が額を突き合わせて悩んでいる。
結局、司祭様には一番良い客室を、シスター二人には残りの客室を、そして使者たちには宿と村人の家に分散して泊まってもらうことになった。
次の問題は、食事だった。
「村の食糧じゃ、教会の人たちは満足しないだろうな……」
ノックス領の食材は、正直なところ、美味しくない。痩せた土地で育った野菜、飼料も十分でない家畜の肉は固い。
でも、教会の人たちは違う。きっと王都の美味しい料理に慣れている。
「私たちの普段の食事を出すわけにはいかないわよね……隣街まで買い付けに行きましょう」
母が顔をあげて提案した。
「少しお金はかかるけれど、せっかく来てくださるのだから、ちゃんとおもてなししないと」
「そうだな。頼む、エミリア」
こうして、母と村の数人が隣街まで食材の買い付けに行くことになった。
さらに問題は続く。
「屋敷の掃除もしないとね」
母が立ち上がった。
「客室の掃除、寝具の準備、庭の手入れ……あ、それと食器も磨かないと」
母がどんどんやることを並べていく。
私も手伝おうとしたが、
「ユミナ、あなたは村の子供たちと一緒に、村の掃除を手伝ってちょうだい」
「はい!」
準備期間は二週間、村中が大慌てで準備を始めた。




