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転生令嬢は目立たずに生きていきたい。でも魔力には興味がある。(仮)  作者: セルピア


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第四十四話 職人

パーティーから数日が経った。その日、私は部屋で役目を終えた魔導具を眺めていた。

父と母は農作物の収穫のため畑に行っていた。

普段であれば、私も一緒に行くのだけど、今日は街から新しい人が来るそうで、その人たちを案内するために自宅に待機していた。なので、決してサボっていたわけではない。

「魔力が少なすぎただけで、魔導具そのものはしっかりしてそう」

魔導具の魔力回路と本に書かれているものを見比べながら確かめていた。本に書かれていることは基本的なことなので、全てを理解することは出来なかったけれど、ある程度推測することは出来た。

ふと顔を上げると、窓の外は眩しいほどの青空だった。朝のうちはまだ風があるけれど、日が高くなればそれも期待できなくなる。

廊下の方に視線を向けると、ルナがちょうど良い風の通り道を見つけたらしく、目を細めてそこに収まっていた。

遠くからは、かすかに音が聞こえた気がしたけれど、虫の声にすぐ混じって聞こえなくなった。


ルナの耳がピクッと動いた。

しばらくすると、玄関の方から控えめなノックの音が聞こえた。

「はーい」

扉を開けると、そこには二人の男性が立っていた。どちらも工具や材料が入っているのであろう大きな荷物を背負っていた。

「エルデガルド男爵家……で、合ってますよね?」

声をかけてきたのは、後ろに立っていた背の高い方だった。人懐っこそうな顔をしているけれど、どこか落ち着かない様子で視線をきょろきょろと動かしていた。

「はい、そうです」

「よかった。ヴィンター伯爵領から参りました、ハンスです。こちらは兄のアレンです。えっと……領主様はご在宅でしょうか」

「父は畑に出ておりまして。代わりに私がご案内します」

「お嬢さんが?」

前に立っていたアレンと呼ばれた男性が、初めてこちらに視線を向けた。ざっくりと短く切られた髪にもさもさの髭。背が低く丸みのある体型。値踏みするわけでもなく、ただ純粋に興味深そうな目でこちらを見ていた。

「はい。娘のユミナと申します」

「ふぅん」

それだけ言うと、アレンは私の後ろに視線を移した。

「……その狼は?」

振り返ると、いつの間にかルナが廊下から出てきてこちらを眺めていた。

「ルナと言います。大人しいので、ご安心を」

「噛まないか?」

「噛みません」

ルナが一歩近づくと、アレンが一歩下がった。それを見て察した。

――この人、動物が苦手なのかも。

ゆっくりと近づこうとするルナ。すり寄ってからの上目遣いという私直伝の必殺技を繰り出そうとしているのが分かった。

私は咄嗟にルナを抱き抱えた。

「この通り、人にも慣れていますので」

腕の中のルナが少し不服そうな顔で見上げてきた。

「うわぁ、狼の子供なんて珍しい」

ハンスが興味津々で手を出すと、ルナは自然に顔を擦り付けていた。

「兄さんも触ってみたら? この子なら大丈夫そうだよ」

「……あぁ」

ハンスに促されたアレンが、おそるおそる手を伸ばした。明らかに力が入りすぎていて、指先がわずかに震えていた。

その手がゆっくりとルナに近づく。アレンの目が真剣すぎて少し怖く思えてきた。

――ルナなら大丈夫だと思うけど……。

アレンの手がルナの頭に乗った。ルナがわずかに首をすくめたけれど、動かずにいてくれた。

「おっ、おぉぉ……」

目を丸くしながら、おそるおそる背中へと手を移していく。

「これが……本物」

何度も確かめるように撫でながら、アレンはそう呟いた。

『もう離れていいか?』

ルナの声が頭に届いた。ルナと目が合った瞬間、私はゆっくりと瞬きを一つした。

――もう少しだけ。

気持ちが通じたのか、ルナは小さく息を吐いてからおとなしく身を任せていた。

しばらく撫でると、アレンはようやく満足したのか、名残惜しそうに手を引いた。自分の手をしげしげと見つめてから、一歩下がった。

それからルナをもう一度だけ、じっと見た。

「手を抜いた仕事はしない。それだけ分かっていればいい」

こちらに向き直ったアレンが、真顔でそう言い切った。

「あ、はい」

反射的に返事をしたものの、脈絡がなさすぎて頭がついていかなかった。

「すみません」

ハンスが苦笑いを浮かべていた。

「兄の挨拶代わりでして。つまり、よろしくお願いしますということです」

「そう、なのですね。こちらこそ、よろしくお願いします」

私が頭を下げると、ハンスが丁寧に頭を下げた。その隣でアレンもどこか不器用な様子で頭を下げた。

「えっと、では案内しますね。まず宿の建設現場からでよろしいですか?」

「はい」


腕の中のルナをそっと床におろして、家を出た。

日差しはすでに強くなっていて、朝のうちだけの涼しさが少しずつ遠のいていた。

「村は小さいのですが、一応ご説明しながら向かいますね」

「お願いします」

ハンスが答えた。アレンは無言だったけれど、歩き出した途端に周囲をゆっくりと見渡し始めた。

村の家々の前を通るたびに、アレンの足がわずかに遅くなった。立ち止まりはしないけれど、壁や屋根の造りを確かめるように目を動かしていた。時折、ハンスも同じように視線を止めた。二人とも何も言わなかった。

広場に差し掛かったところで、私は小屋の方に向いた。

「あちらの小屋には、村の大切なものが飾られています」

「大切なもの、ですか?」

ハンスが首をかしげた。アレンも初めてこちらに視線を向けた。

「浄化の儀式に使われた杖です。村人たちが奉納しまして」

二人揃って小屋の中を覗き込み、それから顔を見合わせた。

――急にこれを見せられても困惑しちゃうわよね。でも、皆にとっては大切なものだし。

「なるほど、よくできている」

アレンが静かにそう言った。

「そうだね」

ハンスも同じように小屋を見ながら頷く。予想外の反応だった。

「……よくできている、とは?」

思わず聞き返してしまった。

「技術的には荒削りだ。継ぎ目が合っていない部分もある。素材も均一じゃない。それでも、手が入っている」

「うん」

ハンスが頷いた。

「隙間が埋められていたり、土台が補強されていたり。建てた後も、ずっと気にかけてきたんだって分かる」

アレンが村の家の方に目を向けた。

「あっちも同じだ。古いが、丁寧に使われている」

――そっか、二人には分かるんだ。

小屋を建てた時のことを思い出した。杖をどこに置こうか皆で話し合って、雨が当たらないようにと屋根の角度を何度も調整していた。完成した時、ガストンさんでさえ珍しく満足そうな顔をしていた。

それから毎朝、誰かが必ず小屋の周りを掃いていた。特に決まっていたわけでもないのに、気づけばいつも綺麗になっていた。

「……ありがとうございます」

言葉が自然に出てきた。

アレンは特に何も言わなかった。ただ、もう一度だけ小屋を見てから歩き出した。

「本当のことを言っただけですよ」

ハンスが小さな声で言いながら、後に続いた。

――皆が聞いたら、きっと喜ぶわね。

「現場はあれか?」

アレンの視線の方向に、一回り大きな屋根が顔を出していた。

「あ、はい。そうです」

二人の歩く速度が速くなる。私も二人の後を追った。


建設中の宿に近づくにつれて、中から木を叩く音と活気のある声が聞こえてきた。

「失礼するぞ」

アレンが扉を開けると、中で作業していた人たちが一斉に手を止めてこちらを見た。ギルバートの紹介で街からやってきている職人たちだった。村人も手が空いた時は手伝っているのだけれど、収穫があるため居ないようだった。

「新しく人を寄こすって話だったが、アレンとハンスだったか」

「ど、どうも。よろしくお願いします」

ハンスが恐縮したように頭を下げた。

「宿以外にも建てるものが増えてな、人手以上に木材をどうしようか悩んでいたんだが……。なるほど、アレは用意してくれるんだろ?」

「当然だ」

アレンは短く答えながら、すでに室内をぐるりと見渡していた。壁を手で触れて確かめたり、柱を目で測るように見上げたりしていた。

「それより何だこれは。王女殿下がお泊まりになるかもしれないと聞いたが、簡素すぎる」

「節約してたんだ。仕方ないだろ」

――フェリシアのこと、ちゃんと知っていたのね。

アレンの言葉に少し驚いたけれど、ヴィンター伯爵から、直轄領の話が伝わっていたのかもしれないと思った。

職人たちがハンスの元に集まっていた。肩を叩いたり、握手をしたり、口々に声をかけていた。

「皆さんはお知り合いなのですか?」

「あぁ、同じギルドでね。この辺りの建物は大体俺たちが作ってるのさ」

自慢げに教えてくれたのは、若い青年だった。

「お前が建てたのは、小さい民家だけだろうが」

室内を確認して回っていたアレンが、振り返りもせずに言った。青年が苦笑いを浮かべた。

「こいつ、腕だけはいいんだよな。なぁ、ハンス」

別の男性がハンスに同意を求めた。

「ぁ~、えぇ、そうですね」

どう答えたものか迷った末、流れに乗ってしまったハンス。私はその気持ちが痛いほど分かった。

――アレン様の弟という立場は、なかなか大変そう。

「まず、これだ」

アレンが柱に触れながら言った。

「柱は木目を活かした仕上げにするそうです」

ハンスがすかさず補足した。

「次は、あれだ」

天井を指さしたアレン。

「梁はあえて見せる形にして、天井を高く見せるそうです」

アレンの簡潔な指示をハンスが補足していく。現場の人たちもしっかりと聞いていた。

――あれで伝わるのね。

「最後に、ここだな」

「入り口の段差はなくしたほうがいいですね、お客様が躓く可能性があるので」

簡潔を通り越して雑すぎる指示を出し終えたアレンは、一人で頷いていた。

「あの、二人はいつもこんな感じなのですか?」

思わず隣に立っていたギルドの青年に聞いてしまった。

「あぁ、いつもあんな感じだよ。でも、二人とも腕は確かだから」

青年が苦笑いをした。

「おい」

アレンににらまれた青年が、急ぎ足で作業に戻っていった。

アレンがもう一度だけ室内を見渡した。それからハンスに目をやると、ハンスが小さく頷いた。


「よし、それじゃあ準備するか」

「準備ですか?」

少し気になって聞いてみた。

「木材を乾燥させる魔導具だ」

「魔導具……!」

とても気になった。

「あの、どのような魔導具なのですか?」

「熱と風で内側から水分を抜く。普通なら何年もかかる乾燥が、数日で終わる」

――温かい風が出る魔導具ってことだよね。

「ユミナお嬢さんは、魔導具に興味があるんですか?」

ハンスが少し驚いた様子でこちらを見ていた。

――あ。

「す、すみません。少し、興味があって」

「……見るか?」

「っ、はい!」

返事をしてから、少し大きすぎたかもしれないと思った。

外に出て、更地になった広場の端に向かうと、木箱がいくつも並んでいた。

「何か手伝うことはありますか?」

「大丈夫です。これは二人でやった方が早いので」

ハンスが笑顔で断った。その言葉通り、二人は慣れた手つきで木箱を開け、部品を取り出し始めた。

――どんな形になるんだろう。

部品は複雑な形をしたものが多く、一つ一つの用途が全く想像できなかった。ただ、それぞれが丁寧に布で包まれていて、運搬中に傷がつかないよう細心の注意が払われているのは分かった。

「土台から行きます」

「あぁ」

ハンスの声が、さっきまでと違って聞こえた。

「底板、固定します。左側を押さえてください」

――あれ?

ハンスがてきぱきと指示を出す。さっきまでアレンの言葉を通訳していた面影はどこにもなかった。

外側の骨格ができあがってくると、装置の全体像が見えてきた。大人が二人縦に並んで入れるほどの大きさの箱型で、側面には細かい細工が施された通気口がいくつも設けられていた。

「風の魔石、設置します」

ハンスが箱から丁寧に魔石を取り出した。淡い緑色をした石だった。

――あ、すごい……。

魔石の中に宿った風の魔力が、静かに渦を巻いているのが視えた。アルデリックからプレゼントされたペンダントに魔力を込めた時と比べても、その密度が明らかに違っていた。

「炭を入れて火をつけると、魔石が熱を装置全体に循環させます。温度が上がりすぎると通気口から自動的に熱が逃げる仕組みになっています」

ハンスが手を動かしながら私に説明してくれた。

「煙も通気口から外に出るので、中にこもることはありません」

あっという間に組み立てを終えた二人は、細部を確認し始めていた。

「この魔導具は、どこの街でも普通にある物なのですか?」

「いえ。王都周辺とヴィセリア、合わせても数台しかありません」

確認を終えたハンスがこちらに歩いてきた。その面影は出会った時に戻っていた。

「兄さんが設計したものなのですけど……、色々と高くて」

――これを、アレンさんが……。

「ふん、仕方ないだろう。ちゃんとしたやつを使わないと、燃えカスになっちまうからな」

アレンが一歩下がって装置全体を見渡していた。

さっきまで部品の山だったはずなのに、継ぎ目一つなく綺麗に仕上がっていた。


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