第四十五話 炭と魔力
「よし、試運転だ」
「はい」
ハンスがてきぱきと炭を投入口に入れ、火をつけた。しばらくすると、通気口から温かい空気がゆっくりと流れ出してきた。装置の中で風の魔力が熱を巻き込みながら循環しているのが、私の目にははっきりと視えた。
「問題ないですね」
「あぁ」
二人が顔を見合わせた。言葉はそれだけだったけれど、どちらも納得しているのが伝わってきた。
「凄いですね」
「ふぅん」
アレンが少し誇らしそうに胸を張った。
「ただ、色々と必要なんだよね」
ハンスがボソッと言ったのが聞こえた。
「魔石とか、ですか?」
「うん」
――高いって言っていたけど、どれぐらいなんだろ……。
気になったけれど、口に出すのは躊躇してしまった。
「魔石ももちろん重要なんだけど、動かすには炭と魔石の魔力が必要になるんだ」
――炭と魔力……
「炭は街で調達すればいいんだけど、問題は……」
ハンスが淡く光っている魔石を見た。
「まぁ、急だったからな。仕方ない」
アレンが腕を組んだ。
「きちんと動いているように見えるんですけど、何か問題があるんですか?」
「この魔石はヴィセリアから持ってきたんだが、魔力の量が半分ぐらいしか残っていなくてな。でも安心しな。補給しながらやれば、頼まれたものは作れるはずだ」
――街で炭を……、でも炭って。
ふと頭に、村の裏手にある炭焼き窯が浮かんだ。
「あの……、炭なのですけど、村で用意できると思います」
「え?」「なに?」
二人が同時にこちらを向いた。でも、アレンはすぐに首を振った。
「気持ちは有難いが、炭はそれなりに値が張る。村に負担させるわけにはいかん」
――え! 炭って高いの?
「ギルド経由で手配してもらうから、大丈夫だよ」
ハンスの言葉からは、村の懐事情を気にしてくれているのが伝わってきた。
「どこにでもある物じゃないのですか?」
一瞬、沈黙が落ちた。
「……お嬢ちゃん、炭がどこにでもあると思ってるのか」
アレンが何とも言えない表情でこちらを見ていた。ハンスも困り顔だった。
――あれ、もしかして変なことを言った?
村には炭焼き窯があり、定期的に炭を作っていた。ただ、薪を窯に入れて火をつければ完成というわけではなく、温度の管理が難しいため、村では当番を決めながら皆で協力していた。私自身、年に数回担当することがあった。
――最初は、煙がすごくて大変だったのよね。
リザは「顔が黒くなるから絶対嫌なのよね」と文句を言いながらも、なんだかんだ真剣に取り組んでいた。私の場合、魔力で作り出した風で煙を遮れるようになってからは、苦にならなくなっていた。
「街でも高くて手が出ない家も多いんだけど……」
ハンスが静かに補足してくれる。
――……そうだったのね。
「えっと、村で炭を作っているので余っていると思います。この時期はあまり使わないので」
「窯があるのか……」
二人は目を丸くしていた。
炭焼き窯は私が生まれるより前から村にあり、父から「昔に作られた」という話を聞いたことがあった。当たり前にそこにあるものだと思っていたけれど、どうやらそうではなかったらしい。
「なので、父に聞いてからになりますけど、炭は大丈夫だと思います」
「そういうことなら、使わせてもらおう。ただし、代金はしっかりと払わせてもらう」
「え……」
「当然だ。取りに行く手間が省けるだけでも十分すぎる」
アレンはハッキリと言った。
「分かりました」
炭の話が一段落したところで、もう一つ気になっていたことを口にした。
「あの、魔石についてはどうするんですか? 先ほど、魔力が半分ぐらいだと言われていましたけど」
「うん、いつもなら魔術師にお願いするんだけど、今回は時間が合わなかったんだ」
試運転を終えた魔導具を見ながらハンスが言った。
「でも、大丈夫。兄さんがいるから」
「アレンさんが?」
アレンを見るとニヤっと笑みを浮かべた。
「魔術師ほどじゃないがな。よし、見てろ」
アレンはそう言いうと、魔石の前で仁王立ちになると、目を閉じて、両手を天に掲げて静止した。
――何をやってるんだろう……。
「あれ、兄さんの集中するやり方なんです」
小声でハンスが教えてくれた。
「独特……ですね」
「本人なりの手順があるらしくて。邪魔すると怒るので、そっとしておいてください」
突然大きく息を吸い込むアレン。両手を魔石に向けてぐっと突き出した。
「ふんぬっ」
「ふんぬ?」
思わず繰り返してしまった。
「き、気にしないでください」
ハンスは苦笑していた。
アレンの手から緑色の魔力がじわじわと滲み出し、魔石へと向かっていく。ただ、その動きはお世辞にも滑らかとは言えなかった。魔力がまとまりきらずに四方八方へ散りながら、それでもなんとか魔石に吸い込まれていくのが視えた。
――す、すごく……がんばっている。
「うぬぬぬぬっ……、ふわぁ!!!」
気持ちはとても伝わってきた。ただ、ただ、魔力の流れを視る限り、掛け声の迫力と実際の魔力量はあまり比例していないようだった。
ちらりと横を見ると、ルナが欠伸をしながらぺたんと伏せていた。
「ふぅ~~~。どうだっ」
アレンが額の汗をぬぐい、満足げな顔を向けてくる。
「す、すごかった、ですっ」
魔力以外の部分がすごかったことは本当なので、嘘は言っていなかった。
「あの……一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
アレンを見た私は、一つだけどうしても確認しておきたいことがあった。
「魔術師の方もアレンさんのように、その……掛け声などはするのでしょうか?」
「いや、手を添えるだけだ」
あっさりとした答えが返ってきた。
「そうなのですね……」
――よかった。あれが常識じゃなくて、本当によかった。
「魔術師ほどじゃないが、毎日続ければ足しにはなる」
アレンが腕を組んで魔石を眺めた。
「あの、魔石の魔力は風属性ですよね。私もそうなので、お手伝いしましょうか?」
「ほう」
アレンがこちらをじろりと見た。その目が「本当にできるのか」と言っていた。
「あ、でも、魔力を扱うのはしっかりとした訓練が必要ですから」
ハンスが優しくフォローしてくれる。
「母から魔術を学んでいるので大丈夫です。それに、魔石に魔力を込めたこともあるので」
実際にやったことがあるのは宝石だったけれど、アレンの様子を視ていた限り、それほど違わないはずだと思っていた。たぶん。
「まぁ、失敗しても魔石は壊れん」
アレンが場所を空けてくれた。けれど、その言葉は失敗を前提にしているようだった。
ゆっくりと魔石に触れる。
――半分ぐらいって話だったけど、もう少し少ない感じかな。
ペンダントの宝石に何度も魔力を込めていたことで、何となくではあるけれど、魔石に残っている魔力の量が分かるようになっていた。
知っている感覚を頼りに、静かに魔力を送り込んでいく。
――うん、特に変わらなさそう。
順調だった。ただ、魔石の許容量が想像以上に大きかった。宝石とは器の大きさが全然違っていた。
集中して魔力を込めていくと、渡したものを快く受け取ってもらえているような感覚があって、不思議と少し楽しくなった。
やがて、魔力が満ちてくると、魔石の緑色がじわりと深くなった。
――よしっ、これでいいかな。
久しぶりにまとまった魔力を使った。夏の日差しもあって、額に汗がにじんでいた。
「どうですか?」
二人の顔は口を開けたまま固まっていた。
本能が危険を告げていた。
「あ、あの……」
――あれ、何か間違えた?
そっと、視線を魔石に向ける。異常があるようには思えない。緑色は深く、魔力もしっかり満ちていた。
「……う、うん。この色は魔力が満ちている証拠だよ。そうなんだけど……凄い、ね」
ハンスが困ったような顔で言った。
――凄い?
アレンも他の魔術師も魔力を込めていた。それなのに「凄い」と言われた理由が分からず、思考を巡らせた。
――アレンさんがやっていたから、特別な事だって考えなかったけど、実はすごく高度なことだったのかな。
「えっと、母の教え方が上手で……、何度も練習したので……」
凄いのは母で、私は地道に頑張ってきた。という方向でいくことにした。
――お母様、ごめんなさい。
心の中で謝った。
「え? あぁ、そうだね。確かにユミナお嬢さんの年で出来るのは珍しいかも」
凄いことではなく、珍しいことだった。
「この魔石、質が良くてね。だから、魔力容量も凄くてね。普段は、数人の魔術師にお願いしているんだ」
――凄い、魔術師、数人。
一つ一つの言葉が頭の中で繋がっていく。
「それも、数日かけて……」
「ぇ……」
思わず変な声が出た。じわじわと状況が理解できてきた。理解したくなかったけれど。
――つ、つまり魔力の量ってこと、よね?
私は魔力を視ることはできても量に関しては、正確に測ることはできなかった。分かったとしても、多いか少ないかぐらいだった。
魔力量の多さは、赤ちゃんの頃から魔力で遊んでいたこともありそれなりに自信はあった。それでも、大人よりも少し多い程度だと思っていた。
――そういえば、フェリシアも驚いていたような……。
懐かしい笑顔が青空に浮かんだ。現実逃避しそうになったけれど、心の中で頬を叩いて立ち止まる。
――冷静に整理してみよう。魔力を送り込むこと自体が珍しい程度なら、努力したということでなんとかなる……はずっ。
問題は、数人の魔術師でやるはずのことを一人でやってしまったということだった。
――そうだっ、最初から魔石の魔力はそんなに減っていなかった、っていうのはどうかな。アレンさんは半分ほどと言っていたけれど、実は結構残っていた。だから、私でも一杯にすることが出来た。
我ながら良い案に思えた。
「あ、あの。残りが半分ぐらいって話でしたけど、それほど減っていなかったので……。」
半分祈るような気持ちで言葉をつづけた。
「それに、アレンさんも魔力を込められていたので……、その……全然、凄くないんです」
「ふむ……」
アレンが腕を組んだまま、しばらく考えるそぶりを見せた。
「確かに、そうかもしれんな」
ハンスがアレンを見た。それから私を見た。何か言いたそうな顔だった。
「兄さん、でも……」
「俺の腕も上がったということだろう」
アレンが得意げに胸を張った。ハンスはもう一度私を見てから、小さく息を吐いた。
――お二人とも、ごめんなさい。
「しかし、嬢ちゃんは凄いな、魔力の量まで分かるのか」
「へ?」
誤魔化したのはよかったけれど、さっそくぼろが出ていた。
「あ、はいっ。私、魔力を感じるのが得意なのでっ」
これ以上隠すより、そこは認めてしまった方がいいと開き直った。
「でも、これなら、魔導具はバッチリですよねっ」
追加の質問が来る前に、話を終わらせたかった。
「ん、そうだな。よしっ、ハンス。木を確認しにいくぞ」
「え? あ……、はいっ」
ハンスはアレンと共に森に向かって行った。私は二人を見送りながら深く溜息をついた。
* * *
その夜、父に村の炭を魔導具に使わせてほしいとお願いした。炭は不足しているわけではないので、快く承諾してくれた。
「しかし、炭が高価な物だったとはな……」
アレンたちから聞いた話を伝えると、父だけでなく母も少し驚いていた。
「ですので、余分に作ってギルバートさんに買い取ってもらうのはどうでしょう?」
「いいんじゃないか」
父は笑っていた。いいお小遣い稼ぎになると思っているに違いない。
後日、村を訪れたギルバートにこの話をすると、「なぜ、もっと早く言ってくれなかったんだ!」と、普段の穏やかな様子からは想像できないほど身を乗り出してきた。
ギルバートから示された金額は、衝撃的だった。
――ただの黒い塊だと思っていたのに、凄いものだったのね。
ただ、村の人手を考えると、すぐに炭を増産することは難しかった。そこで、収穫に必要な人手の確保など、ギルバートと父が今後の村の発展について話し合うことになった。
足りないものばかりだけれど、村が少しずつ変わっていくのを実感した。




