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転生令嬢は目立たずに生きていきたい。でも魔力には興味がある。(仮)  作者: セルピア


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第四十三話 砕ける想い

「ユミナ、カイル様とは……その、仲良くできたか?」

馬車に揺られながら考えていると、父が遠慮がちに声をかけてきた。

「あ、はい。大丈夫だったと思います」

「そ、そうか……」

村に帰るだけなのに、父は落ち着かない様子だった。

――お父様がこういう時って大体……。

「もしかして、ヴァリアント家って由緒ある家柄なのですか?」

父は母を見た。分かりやすい反応だった。ただ、母の表情には少し困ったような色があった。

「あぁ、実は……」

――やっぱりそうなのね。お母様も「お世話になっています」と言っていたし、物資を支援してくれている伯爵家……いや、もっと上の可能性も。

「あの方は、カイル王子殿下だ」

「そうだったのですね」

予想通り、名家に仕えている人物だった……、頭が一瞬真っ白になった。

――あれ? 伯爵でも、侯爵でも、公爵でもない?

ほんの少し記憶を遡ってみる。

――「カイル」、うん、ここまでは大丈夫。あのカイル様で合ってる。でもヴァリアント家は……。

父の言葉を思い返してみる。けれど、どこにもヴァリアント家という単語がなかった。

――あれ? 考え事をしていて聞き逃した?

もう一度、思い出す。父は確かに「カイル王子殿下」と言っていた。間違いない。

――カイル、王子殿下……王子殿下? 王子、殿下……王子殿下!!?

「は、ぃ?」

おそらく、変な声が出た。母は眉を下げながら、それでも口元に笑みを浮かべていた。

「ええええぇぇぇぇ……」

生まれて一番情けない声だった。

「えっ、だって……ヴァリアント家って……」

助けを求めるように母を見た。

「きっと、咄嗟に思いついたのでしょうね」

「お父様とお母様は、知っていたのですか?」

「あ、あぁ。昨日、ユミナが帰った後に、挨拶していただいたからな」

昨日の夜……確かに子爵が慌てていて、少し騒がしくなっていたのは覚えていた。

「そう、だったのですね」

「私たちも実際にお会いするのは初めてでな、流石に驚いた」

「そうね、驚いたわね」

母に見られた父が、決まりが悪そうに窓の外へ視線を逃がした。その場に居たわけではないけれど、その光景は容易に想像できた。

「で、でも……カイル、王子殿下はお一人でしたよね?」

テラスの時も街を歩いた時もカイルの周りに誰かが居る気配はなかった。

――私が気づかなかっただけかもしれないけど……。

「カイル王子殿下は、王位継承権を放棄されているのよ」

「え?」

母の話によると、カイルは数年前に病弱であることを理由に継承権を放棄し、以来公式の場には姿を見せなくなった。ただ、今回のようにふらりと姿を現すことがある、ということだった。

――フェリシアが言っていたお兄さんって、カイル様のことだったのね。……確かに、似ているところがあった気がする。

カイルと街を歩いた。それは、まぁ……良かった。

本を持ってもらった。

――だって、「持ちます」って言われたし……。

氷菓子を……奢ってもらった。

――あぁぁ。お金、返してない……。

じわじわと血の気が引いていく気がした。

「あ、あの……特に問題はなかったと思うのですが……大丈夫でしょうか?」

流石に、真実をすべて話す勇気はなかった。

「ふふ、楽しんできたようだったし、大丈夫じゃないかしら」

「そう、ですか……。はぁ~~~」

気づいたら、大きなため息が出ていた。父を見ると、同じようにぐったりと背もたれに沈んでいた。

「もう、あなたたちは……これだけ王族の方々と面識を持てるのは、とても名誉なことなのよ」

「そ、そうだな。は、ははっ」

「そう、ですねっ」

二人して空元気だった。母だけが馬車の中で一人、穏やかに微笑んでいた。


気持ちが落ち着いてくると、改めてカイルのことを考えていた。

――フェリシアから私のこと聞いてたのかな。

妹が友達と呼ぶ人物を確かめに来た。そう考えれば、声をかけてきた理由も納得できる気がした。

――嫌な感じはしなかったし。

母は病弱と言っていたけれど、一緒にいた感じではそんな雰囲気はなかった。それでも、そう言われる原因には心当たりがあった。

――無属性……

ガストンと同じ、魔力がないと言われる属性。私が知っている中で無属性の人は二人だけだ。世界に目を向ければ他にもいるのかもしれないけれど、決して多くはないだろうと思っていた。

そして、ガストンの境遇から、あまりいい目で見られないであろうことも。

カイルが一瞬見せた遠くを見る目は、それが原因だと思っていた。でも、現実はそれ以上だった。王位継承権まで、手放すことになったのだから。

――きっと、私が思っている以上に大変そう。でも、無属性は魔力がないことじゃない。

色がなくて、霧散してしまう魔力。私の目にはそう視える。一般的には「無い」と扱われているけれど、確かにそこにあった。

――買えなかったあの本なら、もっと詳しく書いてあったのかな。

お金が足りず諦めた本が頭をよぎった。あの本が読めれば、少しは分かることがあったかもしれない。

――村に余裕ができれば、買えるかも。そうしたら……、例えば無属性で悩む人を助けられるような魔導具だって、作れるかもしれない。

気づけば随分と壮大な話になっていた。

――そうなると、どうやって村を良くするか……ね。


* * *


馬車に揺られながら思考を巡らせてみた。まず最初に思い浮かんだのは、農作物を売ることだった。

――……えっと、他に売れそうな物は……。と、いうか、そもそも村ってどうやってよくするものなの?

頭の中で立てた立派な計画は、前提になる村の発展の部分が全然埋まっていなかった。

――で、でも、物を売ってお金を得るということは間違っていないはず。それなら、やっぱりギルバートさんよね。

商売といえば、まずギルバートの顔が思い浮かんだ。他の誰も浮かばなかったのだから、当然といえば当然なのだけれど。

――そういえば、お父様、ギルバートさんと会談するって……。

いつもなら、大人の話し合いということで気にしなかったけれど、今は少し気になった。

「お父様、ギルバートさんとはどのようなお話をされたのですか?」

「ん? あぁ」

父は少し意外そうな顔をしてから、母に目で問いかけた。母もそれに応えるようにうなずいた。

「実はな、教会本部から、『村に教会を建てよ』とお達しがあってな。そのことをギルバートとヴィンター伯爵に相談しに行ったんだ」

私の知っている教会はお祈りをする場所だった。けれど、母から聞いた教会は病院に近いものだった。

――今はまだお母様一人で何とかなってるけど、人が増えていくのだから必要よね。それに……直轄領になったのに、無かったら色々と言われちゃうんだろうな。

「相談しているうちに、交易所の話にもなってしまってな」

「交易所? 色々な物を売り買いする場所ですか?」

「あぁ、これまでは町まで売りに行っていた物を、そこで買い取ってもらえるようになる。そして、町から持ってきた物をそこで販売する」

――確かに、どちらもこれからの村には必要。なのだけど……。

「人手も物資も足りるのですか?」

村で建てている宿は、まだ外装ができただけだった。

「村だけでは時間がかかるが、二人とも協力してくれるようでな」

援助は素直に嬉しかった。ただ、手放しに喜んでいいものかどうか、まだ分からなかった。

「あの、お父様。お金は、大丈夫なのですか?」

父と母が目を合わせて笑った。子供扱いされているような、それでいて悪くない気分だった。

「あぁ、国の援助はもちろん伯爵自身も援助してくださる。それに、他の貴族からの援助も取り付けられていたようでな」

「そんなことまで……。ヴィンター伯爵ってすごい人なんですね」

「そうだな。私も陛下から聞かされて知ったんだが、国からの物資が減り始めた時、真っ先に援助を申し出たのが伯爵だったようで、頭も上がらんよ」

「何かお返しできることは、あるのでしょうか……」

口に出してみたものの、伯爵の地位にいる人が望むものを用意できるとは思わなかった。

「うむ、それがな。村で収穫した物をすっかり気に入ってくださってな。定期的に融通してほしいとも言われたよ」

そう話す父の表情には、隠しきれない誇らしさがあった。

「そういうわけで、心配することはない」

珍しく、父が頼もしく見えた。

「ただ、そうだな。ユミナには領主の娘として頼りにさせてもらうとしようか。これからは村に来る人も増えるだろうからな」

「は、はい」

反射的に返事をしてから、じわじわと焦りが込み上げてきた。

――領主の娘として、って……具体的に何をするんだろう。

じっくりと考えてみたけれど、浮かんでくるのは書類に判を押す自分の姿だけだった。


* * *


その日の夜、私はルナに村のことを話した。

「これから村に人が増えそうなんだけど、平気?」

『何か問題あるのか?』

「今よりも、騒がしくなっちゃうかなって」

『問題ない』

そう言いながらも、ルナの尻尾がゆっくりと揺れていた。

――ずっと一人で洞窟にいたから心配だったけど……もしかして、賑やかな方が好きだったりするのかな。

そう思うと、何となく嬉しくなった。

床に座っていたルナが、ふと机の上をじっと見つめた。

「どうしたの?」

『魔力を感じる』

「あ、魔導具を貰ったの。たぶんそれじゃないかな」

机の上に置いておいた小箱を取り、ルナに見せた。

『そのようだ』

ルナは興味があるのか小箱を確認していた。さっそく開けてみようと思い、机に向かった。

――アルデリック様は、魔導具って言ってたけど、本当だったのね。

小箱を開けてみると、魔導具の前にまず手紙が目に入った。

――そうよね、物だけなわけないわよね……。

去年、ペンダントを貰った時も手紙が添えられていた。読み終わった後にしばらく天井を見つめることになった、あの手紙が。

「はぁ~~~」

気づけば盛大なため息が出ていた。

――でも、無視するわけにもいかないし。

目を閉じて深呼吸を一つ。

「よしっ」

気持ちを切り替えて、手紙を手に取った。書き出しの一文を読んだ瞬間、思考が止まった。

「親愛なるユミナへ。この手紙が君の手に触れている今、僕の心もまた君のそばにある。」

一度手紙を置いて、窓の外を見た。夜空の星が綺麗だった。

「ルナ、部屋の中に誰もいないわよね?」

『あぁ』

首をかしげたルナが、答えたのをしっかりと確認してから、再び手紙を手に取り読み進めた。

――あぁ、やっぱり前回と同じ感じだわ。

文章は止まらなかった。私への想いから始まり、出会った日の空の色、その時の自分の心情、笑顔が脳裏に焼き付いて離れないこと、手を取り合い街を歩いたこと……。

――誰かと間違えてるんじゃないのかな、これ。

色々とあることないことが綴られた文章だったけれど、要は困ったことがあればいつでも頼ってほしいというものだった。

そして、手紙の最後には「僕の愛が君を守る」という言葉と共に、魔導具の使い方が簡潔に書かれていた。

「…………はぁ」

文字を読むのは好きだった。愛を伝えるシーンも好きだった。そのはずなのに、とても疲れてしまった。

ルナはいつの間にか床の上で転がっていた。

「まぁ、魔導具の使い方は分かったし……」

読み終わった手紙を折り畳んで、そっと机の端に寄せた。

――でも、少しの時間しか会っていないのに、あれだけ書けるのはある意味才能よね。

ふと、思った。

――アルデリック様、意外と小説家になれたりして。

書店の棚に、大々的に並ぶアルデリックの名前。タイトルは……想像したくなかった。手に取りかけて、そっと棚に戻す自分の姿まで、鮮明に想像できてしまった。

「…………」

想像を頭から追い出して、小箱の中に残っていた魔導具を取り出した。

手のひらに乗せてみると、思っていたより小さかった。表面には細かな細工が施されており、中心の核のような部分に魔力がひっそりと宿っているのが視えた。

――これが護身用の魔導具……。

手紙によると、外敵に反応して身を守る魔導具のようなのだけど、宿っている魔力の量も少なく魔導具としての効果は期待できそうになかった。

――背面に触れて魔力を込めればいいみたいだけど。

実際にやってみると、核の色がふわりと変わった。ちゃんと反応はしているようだった。

――これで魔物に襲われた時、守ってくれる……のよね。

どんな風に展開するのか興味はあったけれど、試すには魔物に遭遇する必要があった。

――村の近くに魔物が現れた時に誰よりも早く駆けつけて、わざと襲われてみる……。

一瞬、真剣に考えた。

――……流石にダメよね。

気を取り直して、汚染地域の魔物にも反応するのかと考えかけた時、ゴロンと床で何かが動いた。

目を向けると、ルナが寝返りを打ったところだった。

「……」

そっと、魔導具をルナに近づけてみた。

途端に核が光り、半透明の壁が展開した。壁に押される形になったルナが、床をずるりと滑った。

ルナが振り向いた。

「あ、ごめんなさい」

起き上がったルナが壁をじっと見た。

『何だこれは?』

「えっと、私を守ってくれる壁? かな」

ルナが前足で壁を叩いた。

パリッ

薄い氷が割れるような音と共に、あっけなく壁が消えた。

『こんなもの、何の役に立つんだ』

「……そう、ね」

手紙の最後の言葉が頭をよぎった。それは、ルナの前足一発で砕け散ってしまった。


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