表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生令嬢は目立たずに生きていきたい。でも魔力には興味がある。(仮)  作者: セルピア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/45

第四十一話 同行者1

音が聞こえた。

石畳を叩く荷馬車の車輪の音。重なり合う足音。どこか遠くから聞こえてくる行商人の呼び声。

ゆっくりと目を開けると、見慣れない天井が見えた。

今度は匂いが鼻をついた。焼きたてのパン。それだけじゃない、何か煮込んだものの香りも混じっていた。

――……そういえば街に来てたんだった。

起き上がって窓の外を見ると、街はもう動き出していた。

「あら、おはよう。ユミナ」

「おはようございます」

声の方に視線を向けると父と母がテーブルを挟んで座っていた。

「おぉ、おはよう。ぐっすり眠っていたな。まぁ、仕方ない」

緊張から解放されたこともあってか、父は元気そうだった。

「昼頃にはディックが迎えに来るから、それまでなら街を見ていてもかまわないぞ」

身支度を終えると、父がそう言ってくれた。

「本当ですか!?」

「あぁ、一緒にギルバートのところへ連れて行ってもいいんだが、そのほうがいいだろう。あまり遠くには行かないように、それと人通りの少ないところには……」

母がわずかにため息をついてから、くすりと笑った。

「あなた、ユミナはもう十三よ」

「そ、そうだな……」

まだ何か言いたそうな父を横目に、私は心の中でこっそり小さくガッツポーズをした。

「それと、これを渡しておく。少ないが、本なら買えるだろう」

小袋を差し出されて、両手でしっかりと受け取る。

「ありがとうございます!」

手のひらの上でずっしりとした重みを確かめながら、頭の中では早くも計画が動き出していた。

――本屋は絶対に行く。魔導具のお店も覗いてみたい。流石に買えないだろうけど、見るだけなら。それから露店も……

「まぁ、まずは朝食にしよう」

父の一言で我に返ると、不思議なことに途端にお腹が空いてきた。

三人で一階の食堂の席についてしばらくすると、宿の女性が朝食を運んできてくれた。丸いパンにスープ、薄切りのハムとチーズ。シンプルだけれど、スープからはいい匂いが立ち上っている。

私はスープを一口飲みながら、脳裏に本屋の棚を描いていた。

――魔術に関する本にしようかな。でも、魔導具のことももっと知りたいし、小説も読んでみたいし……。

お小遣いの額からして二冊は難しいかもしれないから、ある程度ジャンルを絞ろうと考えてみたけど、無理だった。

「やあ、こんなところで会うとは奇遇だね」

不意に声をかけられて、顔を上げた。

見覚えのある顔だった。グレイモント子爵のパーティーで会った、あの青年だ。

――ここに居るってことは、同じ宿だったのかな。

そう思った瞬間、目の前で父が盛大にむせた。

「お、お父様?」

父は目を白黒させながら口元を押さえている。

「まぁ」

母が小さく声を漏らした。一瞬だけ目を見開いたものの、すぐに落ち着いた表情に戻って、青年に向かって静かに会釈する。

「おはようございます。……主人が失礼いたしました」

「あ、いえ、こちらこそ申し訳ありません。突然声をかけてしまって」

どうやら、父と母は面識があるようだった。それにしては、父の反応が過剰すぎる気がした。

「あ、えっと。カイル様?」

「覚えていてくれたのかい」

そう言いながら、ごく自然に隣に座るカイル。

「しかし、驚いたな。まさか同じ宿だったとは」

その顔は驚いているというよりも、楽しそうだった。

「あ、あなたは……」

母に背中をさすられ、ようやく落ち着いた父が椅子を引いて立ち上がりかけた、その瞬間だった。

「どうかそのままで」

カイルが穏やかに、しかしはっきりとそう言った。周囲に聞こえるか聞こえないかくらいの、絶妙な声量だった。

「そういえば、自己紹介がまだだったね」

カイルがこちらに向き直り、にこりと笑った。

「私はカイル。ヴァリアント家に仕える者です。この度は主人に代わって、友人のために祝辞を伝えに参りました」

「えっと……ご丁寧にありがとうございます」

ヴァリアント家。貴族の家柄には詳しくないけれど、格式が高いのだろうということは、父の反応から十分に理解できた。

ふと父を見ると、立ち上がりかけた姿勢のままぴたりと固まっていた。口が微かに開いている。何か言おうとしているのに言葉が出てこない、という顔だった。

「いつもお世話になっております。くれぐれも、ご主人によろしくお伝えください」

母がそう言って、そっと父の腕に触れる。父はゆっくりと椅子に座り直した。

「かしこまりました。しかとお伝えいたします」

カイルは涼しい顔で、母も落ち着いた笑顔だった。父だけが微妙な表情をしていた。

「この後、村に戻られるのですか?」

「ソ、ソウ、デスネ……」

「迎えを待ってから帰る予定なのですけど、カイル様は?」

母が言葉を引き取った。

「しばらく、街を見てから帰ろうと思っています。実は、子爵の街に来るのは初めてなので」

「そうなのですね……」

母が少し間を置いてから、にこりと笑った。

「もしよろしければ、娘とご一緒していただけませんか?」

食事の手が止まり、思わず母の顔を見る。

「ご家族でのお時間を邪魔してしまうのは……。もっとも、当人が嫌だと言うなら、なおさらです」

カイルがこちらに視線を向けた。私はまだスプーンを持ったままだった。

「いえ。実は私どもは、この後会談がございまして。その間、娘にお付き合いいただければ大変心強いのですが……」

母が一度カイルに説明してから、視線をこちらに向けた。

「ユミナ、あなたはどうかしら?」

「あ、えっと……」

正直に言えば、一人で気ままに見て回りたいという気持ちはあった。

でも、昨日の夜のことを思い出した。貴族の娘が一人でふらふらと街を歩き回るのは、できるだけ避けたほうがいいのかもしれない。

――今までなら、貧しいノックス領の男爵令嬢だから。でよかったけど、直轄領になったのだから私も慣れていかないと。フェリシアに迷惑かけちゃうかもしれないし。

そこまで考えて、カイルの顔を見た。

昨日のパーティーで少し話した印象では、気さくで話しやすい人だった。アルデリックのように距離を詰めてくる感じもないし、一緒にいても気疲れはしなさそうだった。

「よろしくお願いします」

そう答えると、カイルがにこりと笑った。

「では、案内をお願いしてもいいですか? 私はどこへでも」

「はい、わかりました」


* * *


朝食を食べ終えた後、私とカイルは本屋に向かって歩いていた。結局、父は別れ際までそわそわと落ち着かない様子だった。母が「行ってらっしゃい」と見送ってくれた時も、父はまだ何か言いたげにしていた。

「えっと、確かこの先にあるはずなので」

軽くなる足取りを抑えて、令嬢らしく見えるように歩いている。けれど、内心はうきうきでスキップしていた。

最初に本屋に向かったのには理由があった。街を見て回るなら、本は最後に買ったほうが手荷物が少なくて済む。だけど、じっくりと選ぶ時間が無くなるのが嫌だったからである。

――本なら重くても大丈夫だし。

「嬉しそうだね」

「え!?」

横を向くとカイルが笑っていた。

「あ……えっと、変な歩き方でしたか?」

無意識にスキップしていた、などということはさすがにないはずだ。ないはずだけれど、嬉しさで少し弾んでいた可能性は、正直否定しきれなかった。

「いや。ただ、顔に出てるよ」

表情まで意識が行き届いていなかった。普通の令嬢への道のりは険しかった。


本屋は、数年前と変わらずそこにあった。

変わらない外観に思わず一安心する。まだ扉も開けていないのに、紙とインクの香りがしてくるような気がした。

「入らないのかい?」

「は、入りますっ」

カイルが扉を開けてくれた。中に踏み込んだ瞬間、期待していた香りが鼻いっぱいに広がる。

――あ、少し配置が変わってる。

でも、それだけだ。本棚の並ぶ光景も、ひんやりとした空気も、あの頃と変わっていない。

――やっぱり、いい!

「買うものは決めてあるの?」

「いえ……少し見て回ってもいいですか?」

「もちろん。私もそうさせてもらおうかな」

そう言ってカイルは奥の方へと歩いていった。

まずは、魔導具の本を手に取った。買ってもらった入門書を読み終えて、実際に魔力回路を刻んでみると、色々と疑問が出てきた。

ぱらぱらとめくってみると、ちょうど知りたかったことが書かれている。値段は一般的な本より少し高めだったけれど、何とか買える範囲だった。

――うん、これは良さそう。

一度棚に戻して、周りの本を眺める。興味を引くタイトルがいくつも目に入り、一冊ずつ確かめたい気持ちがあふれてくる。でも時間は有限だ。名残惜しさを抑えて、隣のジャンルの棚へ足を向けた。

次は、魔力と属性について書かれた厚めの本を手に取った。セレナからもらった本と母の教えで、魔術についてはある程度知ることができていた。ただ、根本ともいえる魔力そのものについての知識は、まだ心もとなかった。

――魔力を扱うことはできるけど、どういうものかって言われると、うまく説明できないのよね。きちんと理解できれば、フェリシアに聞かれた時にも言葉で答えられるかもしれないし。

少し難しめの専門書のようだったけれど、ある程度は読み解けそうな内容だった。値段を確認して、小袋の中を覗く。

――予算オーバーかな……。

次に街へ来た時のために、タイトルだけ頭に刻み込んでおく。

「それは魔力の専門書かい? 随分と難しそうなものを読むんだね」

不意に声をかけられて、驚いた拍子に本を抱きしめてしまった。振り向くと、カイルが一冊の本を手に持って立っていた。

「あ、え……えっと」

「魔力に興味があります」と答えようとして、一瞬考える。

――普通の貴族令嬢って、魔力の専門書を読むものなのかな。

魔力があって魔物もいる世界なのだから、興味を持つこと自体はおかしくないと思う。でも、こういう分厚い専門書を手に取る令嬢が一般的かどうかは、また別の話だ。

フェリシアは魔力にとても興味を持っているように見えた。でも王女を普通の基準にするのは違う気がして、一旦忘れることにした。小説の中にも魔術を極めた令嬢は出てきたけれど、それも普通ではなかった。

「たまたま目に入って、少し読んでみたのですけど……すごく難しくて」

『こういうものに興味を持つのは、おかしいことではないですよね』という気持ちを込めながら、できるだけ自然な顔でカイルを見た。

「カイル様は、こういった本を読まれるのですか?」

思わず聞いてしまってから、余計なことを言ったかと少し後悔した。

「あっ、いや。私はあまり本は読まないんだ」

笑顔は変わらない。でも、手に持った本がわずかに強く握られた気がした。

「え、でも……」

「あぁ、これは知り合いへのお土産なんだ」

カイルはそう言って、手の中の本をこちらに向けてくれた。表紙には<その魔物が話す理由>と書かれていた。魔法使いと喋る魔物が旅をするような話のようだ。

「面白そうですね」

本のタイトルを見た瞬間、村で留守番をしているルナの顔が浮かんだ。

――ルナの場合、話すというよりもテレパシーみたいな感じだけど……。

理由を聞いたところで、『意志を伝えているだけだ』などと素っ気なく返ってくる未来が容易に想像できた。それはそれとして、本の内容自体は素直に興味があった。

「その知り合いは本が好きなんだけど、有名じゃないほうがいいと言うんだよ。面白そうなやつを探してほしいって」

少し照れくさそうに笑いながら言った。本を読まないと言いながら、相手の好みにしっかり合わせようと選んでいるようだった。

「仲が良いんですね」

「そうだね」

短く答えてから、カイルがこちらに視線を向けた。

「ところで、本は決まったのかい?」

「あっ……」

魔導具の本という候補はあった。ただ、カイルに「これです」と見せた時の反応を想像して、少し気が引けた。

「その本はまだありましたか?」

「ん? あぁ、確かまだあったと思うよ」

「私もその本にしようと思います」

興味があったのは本当のことだったので、素直にそう言った。

「分かりました、ではご案内いたしましょう」

わざとらしく従者めいた仕草で案内してくれる。平積みされていた目的の本を手に取り、二人で同じ本を購入して店を出た。

「お持ちいたしますよ」

「え? ……はい、お願いします」

本を受け取ったカイルは特に何も言わず、傍に立っていた。

――少し申し訳ない気もするけど……これが普通なのかな。

隣を歩きながら、私はそんなことを思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ