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辺境の男爵令嬢に転生したのでほのぼの生きていこうと思います  作者: セルピア


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第三十六話 王と王女

「もっと楽にしてくれ。今日は改まった場ではないのだから」


国王が手で椅子を示した。

父がどうするべきか迷っているのが横目で分かった。

母は既に静かに腰を下ろしていた。私は母に倣った。父が一番最後に、少し慌てて座った。


――お父様、落ち着いて。


「エルデガルド男爵、久しぶりだな」


「は、はっ。お、お久しぶりでございます、陛下! 此度はご招待いただき、誠に……誠に、光栄の至り……でございます!」


声が上ずっていた。


――お父様……


横目で見ると、父は背筋だけはしっかり伸びていた。それだけは立派だった。

国王はわずかに目を細めた。笑っているのか、呆れているのか、よく分からなかった。


「あの時と変わらないな。男爵に任じた時も、そうだった」


「……覚えていてくださっていたのですか。光栄でございます」


今度は、落ち着いた声だった。ほんの少し、父の肩から力が抜けたのが分かった。


「ノックスは過酷な土地だ。彼の地を守り続けている者の顔を、忘れるはずがない」


「ついさっき思い出されたようで、ずいぶん喜んでいらっしゃいましたよ」


さらっと差し込まれたフェリシアの一言に、しばらく誰も口を開かなかった。


――フェリシア……普段からこんな感じなのかな。


「……エルデガルド夫人も、苦労を掛けているな。すまない」


沈黙を破ったのは国王だった。


「いいえ。ノックスは私の故郷でもございます。苦労とは思っておりません」


母は静かに微笑んだ。


「そうか」


国王が僅かに表情を和らげた。その後、静かに視線がこちらに移った。

言葉はなかった。ただ、琥珀色の瞳が一瞬だけ止まった気がした。


――な、なんだろう……あ、挨拶!


「ユ、ユミナ・エルデガルドと申します! 此度はご招待いただき……光栄の、至り、で……」


噛んだ。盛大に噛んだ。穴があったら入りたかった。


「ふふ」


聞こえた。フェリシアだった。口元を手で覆っていたが、肩が微かに揺れていた。


「……なるほど」


国王がゆっくりと口を開いた。何がなるほどなのか、聞き返せる雰囲気ではなかった。

ただその声に、怒りも呆れもなかったのが、せめてもの救いだった。


威厳があるのに、話してみると不思議と圧迫感がない。そういう人もいるのだと、初めて知った気がした。

国王はゆっくりと視線を父へと戻した。


「エルデガルド男爵。ノックスを任せたことで、長年不自由をさせてしまった。すまなかった」


「……いいえ。領主として、当然のことをしたまでです」


父が首を横に振った。


「そうではない」


静かだったが、はっきりとした声だった。父が口をつぐんだ。


「物資が満足に届けられなかった。それは事実だ。お前たちの苦労に、国として報いることができていなかった」


父は何か言おうとして、言葉を探して、結局黙って頭を下げた。


「しかし、お前たちが守り続けたおかげで、あの地が息を吹き返しつつある」


父と母に向けた言葉だった。それなのになぜか自分の胸の奥が、じわりと熱くなった。


毎晩こっそり外に出て浄化していたことも、汚染地域を一人で歩き回っていたことも、誰にも言っていない。

村人は儀式のおかげだと思っている。父も母も、知らない。


それでいいと思っていた。今も、そう思っている。

称えられているのは私ではなかったのに、目の奥がじんとした。


「お前たちが諦めなかったから、今がある。礼を言う」


父がもう一度、深く頭を下げた。母も、静かに頭を下げた。私も、二人に倣った。


「実際のところ、村の暮らしはどうだ」


国王が父へ視線を向けたまま、静かに問いかけた。


「はっ……そうですね」


父が少し姿勢を正した。さっきまでの緊張とは違う、領主としての顔になっていた。


「浄化が進んだことで、農地が広がりました。以前は食糧の確保もままならない時期がございましたが、今は村人が食べるには十分な量が取れるようになっております」


「教会の調査員が訪れるようになってからは、道の整備も、村人たちが自発的に進めてくれております。厩舎も新しくなりました」


国王は静かに聞いていた。相槌は少なかったが、目が父から離れることはなかった。


「魔物についてはどうだ」


「幸い、大きな被害はありません。ガストン殿を中心とした村の警備隊で対応できています。今では剣を持って村を守ろうとする者も増えており、警備と合わせて訓練の指導もお願いしております」


「……そうか、上手くやれているのだな」


国王はそれ以上何も言わなかったけれど、表情がほんの少し変わった気がした。


「ただ……領内近くで王女殿下を危険な目に遭わせてしまいましたこと、領主として申し訳なく思っております」


父がフェリシアに向かって頭を下げた。


「ノックス領外のことだ。責めがあるとすれば、それは私にある。だから、頭を上げてほしい」


「はい」


「フェリシアから大変世話になったと聞いている。一人の父親として、礼を言いたい」


「い、いえ。当然のことをしたまでで……」


「それに……」


国王がちらりとフェリシアを見た。


「王女の友人というのは、なかなか難しいものでな。……よい出会いをさせてもらったようだ」


「えぇ、それはもう」


二人の視線を受けて、私はただ小さくなるだけだった。



「礼の件とは別に、一つ相談がある」


国王の声が、僅かに改まった。


「ノックス領を、フェリシアの直轄領としたいと思っている」


――直轄領?


父が、息をのんだのが分かった。


「ノックス領については、長年良くない噂が絶えなかった。汚染地域が広く、魔物が多い。そのせいで支援にも後ろ向きな声が多くあった」


「……存じております」


「だが、このままでいいとは思っていない」


国王が静かに続けた。


「直轄領とすることで、支援できる理由ができる。長年後回しにしてしまったノックス領に、正面から向き合えるようになる」


言葉の意味はよく分からなかった。

ただ、父と母が黙って聞いている様子から、簡単なことではないのだと分かった。


「今回、フェリシアが魔物に襲われた。これは由々しき事態である。しかし、村がフェリシアを救護し、手厚くもてなしてくれた。それも事実だ。王女を助けた村を。直轄領とする表向きの理由としては十分だろう」


「私も、賛成しております。直轄領となれば、視察という名目でノックスを訪れることができますから」


フェリシアがそっと口を開いた。澄ました顔だったが、その声には隠しきれない弾みがあった。


――フェリシアは、どこからどこまで知っていたんだろう。


私の視線に気が付いたフェリシアが、ほんの少しだけ笑った。


「問題は、受け入れる側の準備だ。視察などで訪れる際、今の村では設備が十分とは言えない」


「……はい」


「国からも支援はする。だが、それだけでは足りない部分もある」


国王が父を真っ直ぐに見た。


「エルデガルド男爵、協力を頼めるか」


しばらく、父は何も言わなかった。横目で見ると、父は目を閉じていた。何かを噛み締めるように。


「……謹んで、お受けいたします」


ゆっくりと、深く頭を下げた。

その声は、さっきまでと違った。

緊張でも恐縮でもなく、ただ静かな、覚悟のような響きがあった。


「では、正式な手続きは追って使者を遣わす」


国王が静かに立ち上がった。それだけで、話が締まった気がした。


「今日は堅い話はここまでにしよう。食事の用意をさせている。せっかく遠くから来てもらったのだから、ゆっくりしていってくれ」


案内されるまま廊下を歩いた。来た時と同じ廊下のはずなのに、少しだけ違って見えた。

さっきまで背中を丸めさせようとしていた壁の絵画が、今は静かにそこにあるだけだった。


――気持ちが変わると、見え方も変わるのかな。


「ユミナ」


フェリシアが隣に並んだ。


「私たちは別の部屋を用意してあります」


「え?」


「二人で食事しましょう。せっかくですから」


隠すつもりのない笑顔だった。


「……ありがとうございます」


案内された部屋は小さかった。広い城の中で、こぢんまりとした、落ち着いた部屋だった。


「どうぞ」


フェリシアが椅子を示した。私は素直に腰を下ろして、ふぅっと一息ついた。

向かいに座ったフェリシアが、クスリと笑った。


「笑わないでください」


私は細めた目でじっと見た。


「ふふ、ごめんなさい」


口ではそう言いながら、肩が小刻みに揺れている。

口元を手で押さえているが、目が完全に笑っていた。


しばらくして、扉がノックされた。

メイドたちが入ってきて、次々と料理をテーブルに並べていった。湯気が立っていた。良い匂いがした。


「作法は気にしなくていいですよ」


メイドたちが一礼して出て行った後、フェリシアがそう言った。


「あ、はい」


「食べましょう」


フェリシアに促されて、料理に手を伸ばした。

透き通った黄金色のスープを一口飲むと、体の芯から温まる気がした。

野菜の甘みがじんわりと広がって、思わずもう一口飲んだ。


――……おいしい。


肉料理は、薄く切られた肉に、琥珀色のソースがかかっていた。

肉の旨味とソースの甘みが混ざって、今まで食べたことのない味がした。

パンは、外はかりっとしていて、中はふわふわだった。

スープに浸したり、ソースをつけると、もっとおいしかった。


「どうですか」


「……おいしいです。すごく」


魚料理、野菜料理。どれも美味しいだけではなく、丁寧に作られていてどう食べればいいか分からないものもあった。

その度にフェリシアに聞いて教えてもらいながら食事を楽しんだ。


「フェリシアは毎日こんな豪華な食事をしているの?」


思わず聞いてしまった。フェリシアが少し考えるように首を傾けた。


「そうですね。ただ、私が食べたいからというよりも……国の豊かさを示すためでもありますから」


――なるほど。


デザートを口に運びながら、静かに考えた。


――食卓が貧しく見えると、国まで貧しく見える。食事も一つの自信なのかな。


フェリシアの言う「自信を持つ」というのは、思っていたより色々なところに繋がっている気がした。


「でも、村の食事が美味しかったのは本当ですよ。パンは……聞いていたよりも硬かったですけど」


「聞いていた?」


「えぇ。お兄様から」


――お兄様……つまり、王子様ってことよね。


ふと、以前フェリシアが話していたことを思い出した。

一人でふらりと出かけてしまう兄がいると。


「もしかして、ノックスにも来たことがあるのかな?」


「どうでしょう。流石にそこまで遠出しているとは思えませんけど……お兄様ならあり得るかもしれませんね」


フェリシアが少し困ったような、でもどこか温かみのある顔をした。


――一人でふらりと出かける王子様か。どんな人なんだろう。


「紹介しましょうか?」


「え!? い、いや……遠慮します」


思わず首を横に振った。


――な、なんで急にそういう話になるんですか。もしかして、顔に出ていたのかな……。


「ふふ。そうですか」


フェリシアはただ笑っていた。



食事を終えると、フェリシアがメイドを呼んだ。


「お風呂の用意ができているそうです。一緒にどうですか」


「……え、一緒に?」


「何か問題がありますか?」


当たり前のように言い切られると、返す言葉が浮かんでこなかった。

案内された浴室は、これまでの貴族のお風呂よりも更に広く、床も壁も白く磨かれた石でできていた。


湯船に浸かると、体の力が一気に抜けた。


――あぁ、気持ちいい……。


お湯の温度がちょうど良かった。これまでの緊張が、じわじわと溶け出していく気がした。


「顔がとろけていますよ」


「……気持ちいいから、仕方ないのです」


フェリシアは気を利かせて、メイドに外で待っていてほしいと伝えていた。

なので、広い浴室で二人きりだった。

広い湯船に手足を伸ばす。湯気越しに見るフェリシアは、食事の時とはまた違う顔をしていた。


「ユミナはお風呂が好きなのですか?」


「好きです。すごく……特に、こういうお風呂に憧れてて」


お湯にあごまで沈めながら答えた。


「では、職人を呼んで同じものを……」


「ヤメテクダサイ」


即座に返した。


――あ、でも……私も貴族なのだから、こういうお風呂の一つぐらい……


村の中にある立派すぎるお風呂……明らかに場違いだった。


――お風呂は無理でも……温泉ならありよね。温泉、気持ちいいのかな~。この世界にあるのかな?


フェリシアがくすくすと笑い始めた。気がついたら、フェリシアがこちらを見ていた。


「……そんなに変な顔をしてたかな?」


「いいえ、そんなことは……」


じっと見た。フェリシアは口元に笑みを浮かべたまま、視線を湯面にさらりと逸らした。


「でも、そうですね。村が豊かになれば、浴室を建ててもいいのではないですか?」


「それは……そう、ですね」


街っぽくなった村に、少し豪華なお風呂。時間がかかるかもしれないけど、良い目標ができたと思えた。


作品を読んでいただきありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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