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辺境の男爵令嬢に転生したのでほのぼの生きていこうと思います  作者: セルピア


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第三十四話 王都へ

村の入り口まで来ると、改めて馬車が目に入った。

以前、教会の調査団が乗ってきた馬車も十分立派だと思っていた。

でも目の前にある馬車は、また違う種類の豪華さだった。


横目に村の家を見てから、もう一度馬車を見た。


――……これに乗るの、私。


荷物を運び終えた騎士たちは、既に整列して待機していた。

その様子を遠巻きに眺める村人たちは、まだ状況を呑み込み切れていない顔をしていた。

無理もないと思った。


私自身、流れに身を任せているだけで、皆とそんなに変わらない。

フェリシアが村人たちの方へ向き直った。


「皆さんに良くしていただいて、本当に助かりました。ありがとうございました」


王女としてではなく、商人の娘として、この一週間世話になった人たちへ丁寧に頭を下げた。

村人たちがざわめく中、リザが前に出た。頬が少し赤かった。


「また……また来てください」


フェリシアは一瞬だけ目を細めてから、はっきりと頷いた。


「はい、必ず」


その言葉に、リザが嬉しそうにうつむいた。

リザの言葉に、子供たちがそれぞれ声を上げた。

状況をどこまで理解しているのかは分からないけれど、この一週間一緒に遊んでいた相手が帰ってしまうということは分かっているらしかった。


「絶対また来てよ!」


「王様ごっこ、また一緒にやろう!」


その様子を見ていた大人たちの中から、レベッカが一歩前に出た。


「大した歓迎は出来ないかもしれませんけど、いつでもお待ちしています」


それを皮切りに、大人たちも口々に声をかけ始めた。

言葉はそれぞれ違ったけれど、どれも同じ気持ちから来ているのが分かった。


フェリシアはその一つ一つをきちんと受け止めるように、まっすぐ村人たちを見渡してから、もう一度深く頭を下げた。


「皆さんのことを、忘れません」


フェリシアがこちらに歩いてきた。


「行きましょう、ユミナ」


「はい」


ふと目をやると、父がディックや村人たちに向かって話しているのが見えた。


「荷物は陛下からの贈り物だ。皆で分け合ってほしい」


その言葉に村人たちがまたざわめいた。困惑と驚きと、それから少しの喜びが混じったような顔だった。

馬車がとても大きく見えた。


「どうぞ」


シエルが扉を開けながら、さらりと言った。

躊躇っている場合ではないらしい。覚悟を決めて足を踏み出した。乗り込むと、中は外から見た以上に整っていた。

向かいの席に座ったフェリシアが、どこか楽しそうにこちらを見ていた。


窓の外では、両親が別の馬車に案内されていくのが見えた。

父が馬車を見上げて固まっているのが遠目にも分かった。


――お父様、その気持ち分かるよ。


馬車の中はとても快適だった。

横になればそのまま眠れそうなほどふかふかのソファー。

それに加えて、揺れをほとんど……いや、まったく感じなかった。


「全然、揺れないのね」


思わず声に出すと、フェリシアが微笑んだ。


「えぇ。魔導具が振動を吸収してくれているようです」


どんな仕組みなのか、少し気になった。馬車の床か、車輪の辺りか。


――お願いしたら見せてもらえるかな?


「それに、外から中は見えにくくなっていて、声も外には届かないのですよ」


そう言われて初めて、外の音がまったく聞こえないことに気がついた。蹄の音も、風の音も、何も。


――この世界の技術、思ったより凄いのかも。


「なので、ここなら色々と話せます」


フェリシアがこちらに顔を向けた。

どこか楽しそうな、それでいて少し改まったような目だった。


「そういえば、ルナは一緒じゃなくてよかったのですか?」


「うん。お留守番をお願いしてきたの」


実は、ルナにはとあることをお願いしていた。

不満そうではあったけれど、聞いてくれた。

ルナの毎日の食べ物については村の皆にお願いしてきた。まぁ、本来は必要ないのだけれど。


「では」


フェリシアはそう言って姿勢を正した。


「私の中にある、もう一つの属性について教えてもらえますか。気持ちが、関係しているのよね?」


「そう、です」


答えながら、どう言葉にすればいいか考えていた。


――「守りたいという意志を、魔力に乗せる」と言えば一番近い。でも……


無属性、という言葉が頭をよぎった。それを口にすれば、私がその存在を知っていることになる。今はまだ、言えない。


今日の私は冷静だった。それは良かったのだけど、結果、何から話せばいいのかが分からなくなっていた。


「……何かを、守りたいと強く思うと、もう一つの属性が大きくなる、感じかな」


我ながら頼りない説明だった。


「守りたい、と思うと……」


フェリシアは軽く握った手を口に添えて、静かに繰り返した。何かを思い出しているようだった。


――あの時の事を思い出しているのかな。


「強く思いすぎたせいで、別の属性が出てきた。それが光と混ざって、上手くいかなかった……」


フェリシアは確かめるように、一つひとつ言葉にしていた。


「ユミナはそれが分かるのですよね?」


真っ直ぐな瞳が、こちらを見ていた。


「はい」


「ちょっと、やってみます」


フェリシアは小さく深呼吸してから、目を閉じた。


「はい……え!?」


思わずフェリシアを視た。わずかにしか視えなかった白銀の色が、はっきりと増えていった。


――凄い……


白銀の魔力を生み出す難しさは、身をもって知っていた。

他の属性はそれほど意識しなくても再現できるのに、それだけは今でもしっかり集中しなければ扱えなかった。

なのにフェリシアは、たった一度の説明で。


「どう、でしたか?」


不安交じりの瞳だった。


「凄いです。ちゃんとできていました」


思わず顔がほころんだ。自分の説明のおかげだとは思わなかった。

元々フェリシアの中にはほんのわずかだが白銀の魔力が存在していた。

それを、今この瞬間、自分の意志で増やしてみせた。


――資質があるっていうことよね。あれ、ちょっと待って……


「本当ですか」


自然な笑顔を浮かべるフェリシアを見ながら、ある考えが頭をよぎった。


――金髪の王女様。白銀の魔力。おとぎ話に出てくる聖女様も、たしか金髪で……。


じわじわと、その可能性が輪郭を持ち始めた。


――つまり、聖女様の生まれ変わり……?


全身に電流が走った。

思い返せば、ルナもフェリシアに懐いていた。


――……いや、ルナはロベルト以外の相手なら誰にでも懐いているような気もするけれど。


それでも、一週間守ってくれていた。

目の前で笑顔を浮かべているのは、王女であり、もしかしたら聖女様でもある人。


――とんでもない人と友達になってしまったかもしれない。


「実は、何度か魔術に失敗したことがあって、ユミナに……」


フェリシアの声が、どこか遠くに聞こえた。


「……ユミナ、聞こえていますか?」


「ひゃいっ」


完全に上の空だった。


「それで、教えてもらえますか?」


――教える……あっ、魔力を制御する話ね。


「も、もちろんです」


ぎこちない動きでフェリシアの隣に座った。


――大丈夫。今日の私は冷静なのだから。落ち着いて、冷静に……


気が付けば、大きく深呼吸していた。


「なるほど、集中が必要なのですね」


フェリシアが静かに言って、深呼吸を真似していた。


「あ、はぃ……」


否定できるほどの余裕は、なかった。



フェリシアの魔力の流れに手を添えるようにして、光の球と白銀の球を交互に作っていく。

言葉での説明は、完全に諦めていた。


魔力の違いを知覚できるのは、視えているからこそ。

裏を返せば、私は感覚よりも視覚に頼っている。

目を閉じて属性の違いが分かるかと言われれば、正直分からない。


ただ、白銀の魔力だけは別だった。視えなくても、何となく違いが分かる。

もちろん、私の感覚がフェリシアのそれと同じだとは思わない。

だから言葉ではなく、体で理解してもらうために、何度も繰り返した。


やがて、フェリシアの動きにわずかな重さが混じり始めた。

魔力を使い続けた疲れが、じわりと滲んでいた。


「今日は、これくらいにしましょう」


「はい」


フェリシアが静かに息を吐いてから、背もたれに身を預けた。

顔だけこちらに向けて、じっとこちらを見た。


「……ユミナは、全然疲れていないのですね」


「え、そ、それは……私は少し手伝っているだけなのでっ」


ふと窓の外に目をやると、思ったより時間が経っていた。

空の青がじわりと橙色に変わり始めていた。


「あ、凄い……」


気づけば窓に顔を近づけていた。見たことのない景色が広がっていた。

遠くに、町の輪郭が見える。石畳の道が続いていて、夕暮れの橙色がその一枚一枚に静かに溜まっていた。


派手さはないけれど、光の落ち方がとても綺麗だった。

町全体がゆったりとした空気をまとって、夕暮れの中に佇んでいた。


「あれが、ヴィセリアですよ」


フェリシアも同じように窓の外へ目を向けながら、静かに言った。

しばらくして、馬車が速度を落とした。


石畳の音が変わったと思ったら、大きな門が視界に入った。

屋敷だった。立派、という言葉では足りないかもしれない。

それでも威圧感はなく、長い年月をかけて街に馴染んだような、落ち着いた佇まいだった。


既に扉の前に人が出ていた。父より年上に見える男性を筆頭に、微動だにせず整列した数十人の使用人と騎士たちの姿があった。


私たちが馬車を下りると同時に、彼らが一斉に頭を下げた。

どうするのが正解か分からなくて、反射的にフェリシアを見た。

次に父を、母を見た。三人とも、静かに頭を下げていた。私も遅れないように真似した。


伯爵と思われる男性が一歩前に出た。


「ようこそ、ヴィンター伯爵領へ。道中は問題ありませんでしたか」


ゆったりとしていて、落ち着いた口調だった。王女を前にしても、特別に緊張した様子も感じられない。

ふと周りに目をやると、屋敷の使用人たちも同じような空気をまとっていた。


王女の到着に際して、ざわめきも、あからさまな好奇の視線もない。

それどころか、門の外を行き交う街の人たちも、馬車の列をちらりと見るだけで、足を止める者はほとんどいなかった。


――村だったら大騒ぎになっているところだけど……。


ノックス領の村を思い出した。フェリシアの正体を知った時、村人たちがどれほど動揺していたか。

それと比べると、この街の人たちの様子はまるで別世界のようだった。


「はい、おかげさまで」


フェリシアが微笑んで答えた。


「それは良うございました。……お疲れのご様子、ゆっくりお休みください」


「お気遣いありがとうございます」


フェリシアは微笑みを崩さないまま、静かに頷いた。


「エルデガルド男爵も、遠路はるばるご苦労でした」


ヴィンター伯爵が父の方に視線を向けた。


「お、お久しぶりです。グレイモント子爵のパーティー以来で……」


父の声が、妙にかすれていた。


――あれ、お父様?


「えぇ、お久しぶりです。まずはゆっくりお休みください」


ヴィンター伯爵は特に表情を変えることなく、穏やかに頷いた。


――馬車の中でずっと緊張していたのかな……。



「簡単なものですが、お食事のご用意ができております」


伯爵に案内された食堂に入った瞬間、足が止まりそうになった。

天井が高い。テーブルが長い。そしてテーブルの上には美しく折り畳まれた布と、磨き上げられた銀色の食器が整然と並んでいた。

期待に胸を膨らませて席についた。


――あ、そうだ。マナー。


食事のマナーなら一通り教わっていた。

村でのごっこ遊びで何度か披露したことがあるので、完全な初心者ではない……はずだった。


――大丈夫。外側から使うだけ。最初はスープだから右端のスプーン。次にお魚があれば細いフォークとナイフ。それからお肉で……


並んだ食器を確認しながら、頭の中で一つずつ当てはめていく。

順調だった。順調だったのだけれど。


――あれ。


何故か食器が余った。


――なんで? もう一度。


もう一度やり直しても、結果は同じだった。

さらに視線を上に向けると、見慣れない形の小さな器がひとつ置かれていた。


――これは何のためにあるの……?


自信満々で臨んだシミュレーションは、あっさり崩壊した。

途方に暮れていると、給仕が静かに近づいてきた。

テーブルの上に、白いスープ皿がそっと置かれた。


――来た。


フェリシアたちがスープを口にしたのを見てから、スプーンを手に取った。

それだけは自信があった。が、念のためにちらりと母の手元を確認した。


――よかった、同じ持ち方だ。


一口運ぶと、思っていた以上に美味しかった。料理が次々と運ばれてきた。

その度に、まず母の手元に視線を飛ばした。


母がフォークを持てば私も持つ。母がナイフを使えば私も使う。

母が小さな器に手を伸ばせば、私も同じように手を伸ばす。

気づけばそれだけを繰り返していた。


フェリシアと伯爵が何か話しているのは分かった。楽しそうな雰囲気も分かった。

父が相槌を打っているのも、なんとなく分かった。

でも、内容は一切入ってこなかった。そんな余裕は、なかった。


そして食事が終わった。給仕が最後の皿を下げていくのを眺めながら、私はひとつ息をついた。


――終わった。やり遂げた。


満足感があった。確かな達成感に自然と笑みがこぼれた。


ただ……


――何を食べたっけ。


思い返そうとして、出てこなかった。

美味しかった。それだけは確かだった。

でも何がどう美味しかったのか、まるで思い出せなかった。



食事を終えると、屋敷のメイドに浴室へと案内された。

扉を開けた瞬間、思わず立ち止まった。

広かった。石造りの壁と床が整然と並んでいて、中央には大人が余裕で足を伸ばせそうな浴槽があった。

湯気が立ち上っていて、既に湯が張られていた。


「どうぞ、ご用意しております」


メイドが静かに言った。


――こ、これは……


村の風呂は木の桶に湯を張ったものだった。

足を伸ばすどころか、膝を抱えてようやく入れる程度だった。目の前にあるのは、それとはまるで別物だった。


憧れていたものが、文字でしか知らなかったものが、湯気と熱さを持って、目の前にあった。

浴槽に足を入れると、じんわりと温かさが広がった。

手足を伸ばす。壁に届かなかった。


――あぁ……。


思わず、深く息をついた。

突然王都へ向かうことになったり、色々とあった一日だったけれど……


――全部、これのためだったかも。


そう思えるくらいには、幸せだった。鼻歌がこぼれそうになるのを、かろうじてこらえた。


「嬉しそうね」


気づけば手足を勢いよく引っ込めていた。湯が大きく揺れた。


「は、はい……」


言いながら、自分でも顔が赤くなっているのが分かった。母は特に何も言わなかった。

ただ穏やかに笑っていた。


入浴を終え案内された寝室のベッドは、ふかふかだった。

吸い寄せられるように腰を下ろし、そのまま横になる。

何かを考えようとしたとき、もう意識がなかった。


作品を読んでいただきありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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