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転生令嬢は目立たずに生きていきたい。でも魔力には興味がある。(仮)  作者: セルピア


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第三十三話 お迎え

フェリシアたちが滞在することになって六日目の昼過ぎ、ヘクターとケビンが村に戻ってきた。二人は村を出ていった時の貧相な恰好ではなく、立派な騎士の姿だった。

二人を最初に出迎えたのは馬の世話をしていたディックだった。フェリシアのために二人が馬車を手配しに行ったということは既に村に広まっていたので、その報せはすぐに私たちの元に届いた。

「うぉ~、すげぇ~。本物の騎士みたいだ」

出迎えの場で誰よりも早く声を上げたのは、ここ最近シエルの後をくっついて回っているロベルトだった。

――みたいだ、じゃなくて本物なんだけど。

そう思いつつも、私も似たような感想を抱いていた。

以前、アルデリックと出会ったとき、護衛らしき騎士たちを見かけたことがある。その人たちは全身を重厚な鎧で固めていた。ヘクターとケビンの装備はそれほど重武装ではない。それなのに、全身から滲み出る雰囲気はまるで別物だった。

「はは、元気そうで何よりです。隊長」

ヘクターはシエルに向かって軽く片手を上げた。長旅だったはずなのに、その笑顔に疲れた様子はなかった。

「ただいま戻りました。フェリシア様もお変わりなく、何よりです」

ケビンがフェリシアに向けて深々と礼をとった。商人の娘であるフェリシアに向けるには少々丁寧すぎる所作だったが、本人はそれに気づいていないようで、ヘクターに肘で小突かれていた。

「あぁ」

言葉は短かったが、シエルの視線は二人の無事を確認しているようだった。

「ご無事で何よりです」

フェリシアは穏やかな笑みを浮かべて、静かに頷いた。声は柔らかかったが、その言葉には隠し切れない王女としての重みがあった。二人が思わず背筋を伸ばしたのを、私は横から見ていた。

「それで首尾はどうだ?」

「はい、明日の昼ごろには」

「そうか」

シエルの問いにケビンが短く返した。それだけの会話だったが、シエルの表情がわずかに和らいだ気がした。

「えぇ~、明日帰っちまうのかよ」

隠す気が全くない不満だった。ただ、口ではそう言いながら、ロベルトの視線はしっかりヘクターとケビンの装備に釘付けになっていた。

「どうしたんです? その子」

ヘクターに目を向けられたロベルトは心なしか嬉しそうだった。

「んっ、あぁ……まぁ、色々とあってだな」

歯切れの悪い返事をしながら、ロベルトの様子を見ていたシエルの口元が少し緩んだ。

「お前たち、長旅で少し鈍っているだろう。こいつの相手をしてやってくれないか」

一瞬、その場の空気が止まった。

「……は?」

ヘクターが間の抜けた声を上げた。隣のケビンは声こそ出さなかったが、普段と変わらぬ無表情の中に「今なんとおっしゃいましたか」と書いてあるようだった。

「いや、でも……」

ヘクターが何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。口を閉じた。「村の子供相手に」と続けようとしたのは、その表情を見れば明らかだった。ケビンも同じことを考えているのか、視線をロベルトとシエルの間で静かに往復させていた。

「まあ、そう言わずに付き合ってやってくれ。私たちが村にお世話になったお礼を兼ねてな」

お礼、という言葉が出た途端、ヘクターとケビンの表情が微妙に変わった。

「は、はぁ……隊長がそういうなら」

ヘクターが苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。ケビンは何も言わなかったが、小さく息をついてから静かに頷いた。二人とも納得したというより、断る口実を封じられた顔だった。

「ロベルト、そういうわけだから先に訓練場へ行って準備しておけ」

「ほんとか! わかったっ」

ロベルトはその場で飛び跳ねると、抑えきれない笑みをこぼしながら、駆け出して行った。

「もしかして、隊長が鍛えたんですか?」

ヘクターがロベルトの後ろ姿を目で追いながら、ぽつりと言った。

「……少し、な。お前たちでも、手を焼くかもしれないぞ」


* * *


宿に戻った後、私とフェリシアは並んで座っていた。

――明日……。

最初から分かっていたことではあった。それでも、今更ながらに胸の中でじわりと重さを増していた。

ルナ以外で、唯一私の秘密を知っている人。

フェリシアが誰かに話してしまうかもしれないという不安は、不思議と浮かばなかった。数日間一緒に過ごして、そういう人ではないと分かっていたから。それどころか、もし話したとしても、それでいいと思っていた。

――王都まで、頑張って走ればどれくらいで行けるんだろう。

そこまで考えて、すぐに首を振った。たどり着いたところで、会えるわけがない。王都にいるのは王女としてのフェリシアだ。男爵令嬢という肩書きが一応あるとはいえ、それが役に立たないことくらいは流石に分かっていた。

隣に目を向けると、フェリシアは窓の外を静かに眺めていた。村の景色を目に焼き付けるように。その表情はいつもと変わらない。

――フェリシアは、どう思ってるのかな。

聞きたい気持ちはあった。でも、聞こうとは思わなかった。聞くことで自分の寂しさを認めてしまうのが怖かっただけかもしれない。それでも、二人でただ黙っているこの時間が、不思議と嫌ではなかった。

――会いにくくなるだけで、会えないわけじゃない。それに、いざとなれば……いやいや、何を考えてるのよ私。

いつの間にか頭の中に現れたとんでもない妄想を振り払うように、小さく頭を振った。

その様子を見ていたフェリシアは、何も言わずに微笑んだ。それが王女としての笑みなのか、素のフェリシアのものなのか、私には分からなかった。それでも、その笑みが安心できるものだということだけは確かだった。私も何も言わずに、笑みを返した。

結局、母が夕食の準備に来るまで、二人は何も話さずに寄り添っていた。そして、いつもと同じように夕食を食べ、いつもと同じように挨拶をして、一日を終えた。何も変わらない夜のはずなのに、部屋に戻って一人になると、今日という日がやけに長く感じられた。


翌日、フェリシアと他愛のない話をしていると、外が騒がしくなってきた。

「迎えが来たようですね」

フェリシアが立ち上がり、宿の外に出た。その声はいつも通り穏やかだった。けれど、その佇まいは、どこか気持ちが切り替わっていることを感じさせた。

村の入り口の方向から馬車が連なってくるのが見えた。一台、二台、三台。先頭と最後尾を騎馬の騎士たちが固めている。

村人たちがざわめきながら道の両脇に集まっていく。調査団一行が村を訪れた時と比べても護衛と思われる騎士の数が全く違っていた。

先頭の馬から降り立ったのは、ひときわ目を引く人物だった。ガストンでさえ大柄な方だと思っていたが、その男はさらに一回り大きかった。全身から溢れる威圧感とは裏腹に、上半身は鎧もつけずに半袖だけだった。雪が降っていてもおかしくないこの季節に。

――寒くないのかな。

隣に立っていたシエルの空気がすっと変わった。ゆっくりと視線を動かし、ヘクターとケビンを無言で見た。言葉はなかった。あの顔が全てを語っていた。

「……」

「……」

二人は申し合わせたように、揃って視線を空へ向けていた。

「王国騎士団、第一副団長、ランドバーグ・クロイツ。王女殿下のお迎えに参りました!」

野太い声が村中に響いた。声まで大きかった。

シエルは深くため息をついて、頭を抱えていた。

村人たちのざわめきが大きくなる中、フェリシアがゆっくりと前へ歩み出た。特別な動作があったわけではない。ただ、それだけで周囲の空気が変わった。

ランドバーグはフェリシアに気づいた瞬間、その巨体からは想像できないほど素早く膝をついた。後ろに続く騎士たちも、音を合わせたように一斉に頭を垂れる。

「ご無事で何よりでございます、王女殿下」

先ほどの野太い声とは打って変わって、静かで落ち着いた声だった。

「ええ、こちらの方々のおかげで。顔を上げてください、ランドバーグ」

フェリシアの声は穏やかだったが、よく通った。ランドバーグがゆっくりと立ち上がる。その所作は見事に整っていた。

――騎士団の副団長……どうして半袖なのかな。

黙って成り行きを見守っていた村人たちは、誰も口を開かなかった。困惑していたのか、息をのんでいたのか。おそらく両方だろう。

「ね、ねえ、ユミナ……」

隣に立っていたリザが、袖を引きながら声をかけてきた。何を確認したいのかは、その顔を見れば分かった。黙って頷くと、リザはしばらくの間ぽかんと口を開けたままフェリシアを見つめていた。

「ランドバーグ、こちらがノックス辺境領を治めるエルデガルド男爵です。今回、私たちを助けてくださった方です」

フェリシアが父の方へ手を向けながら、はっきりとした声で言った。

ランドバーグは父を一瞥すると、再び深く頭を下げた。後ろに控えていた騎士たちも、それにならう。

「エルデガルド男爵、此度は王女殿下並びに我々騎士団の者どもがお世話になりました。団を代表して、改めて御礼申し上げます」

父は一瞬だけ面食らった顔をしたが、すぐに領主としての顔に切り替えた。

「いえ、当然のことをしたまでです」

「恐れ入ります。つきましては、ささやかではございますが、感謝の印として物資をお持ちしました。お納めいただければ幸いです」

ランドバーグが手を上げると、後方の荷馬車から騎士たちが荷物を下ろし始めた。ささやかという割には、その量は相当なものだった。改めて住む世界が違うのだと実感してしまった。

荷物の受け渡しが進む中、騎士の一人がランドバーグに耳打ちをした。ランドバーグが頷くと、その騎士がフェリシアの前に進み出て、うやうやしく頭を下げながら一通の手紙を差し出した。

「陛下よりお預かりしております」

フェリシアは静かに受け取り、封を一目見てから小さく息をついた。フェリシアの表情はいつも通りだった。けれど長い付き合いではないにもかかわらず、目元がいつもより少し柔らかいことに私は気づいた。

――何が書いてあったのかな。

手紙をそっと折りたたんで袖に収めると、フェリシアは父の方へ向き直った。

「エルデガルド男爵、少しよろしいでしょうか。折り入ってお話ししたいことがございます」

「もちろんでございます。どうぞこちらへ」

フェリシアたちが歩き出すのを見ていると、フェリシアがこちらを振り返った。

「ユミナも一緒にいかがですか」

断る理由が見当たらなかった。それに、断れる雰囲気でもなかった。

村人たちのざわめきはまだ続いていた。無理もない。突然現れた騎士団の一行に、王女様の正体。一度に受け止めるには情報が多すぎた。

騎士たちは手際よく動いていた。荷物を抱えたまま村人に声をかけ、運び入れる場所を確認しながら次々と作業を進めていた。

村の入り口の方に目を向けると、見慣れた二人の姿があった。ヘクターとケビンが騎士団の仲間たちと合流し、馬に乗って出発しようとしていた。少し離れたところにロベルトが立っていた。何か言葉を交わしているようだったが、遠くて聞こえなかった。ヘクターが笑いながら何かを言い、ケビンが小さく頷いていた。その姿が村の道の向こうに消えていくのを、ロベルトはずっと見送っていた。


自宅に戻ると、母も呼ばれて四人でテーブルを囲んだ。フェリシアが手紙を取り出し、静かに口を開いた。

内容はこうだった。王女を助けてもらったお礼を直接伝えたい。ついては男爵一家を王都へ招待したい。村への物資はそのささやかな謝意のしるしである。

「お父様が、今回の件でみなさんに直接お礼を言いたいとのことです。ただ、公式な招待ではなく、あくまで個人的なお願いになりますので、もちろんお断りいただいても構いません」

しばらくの間、誰も口を開かなかった。

「あの……今、何と?」

最初に動いたのは父だった。驚きの表情のまま、完全に固まっていた。母は母で、膝の上で手を揃えたまま静かに目を閉じていた。

――断れる人、いるのかな、これ。

フェリシアは「もちろん断っても構わない」と言った。言葉だけを受け取ればそうかもしれない。でも相手は国王だ。個人的なお願いという形であっても、その重さは変わらない。

実際に断られたことがあるのか、少しだけ気になった。もちろん、それを口に出せる勇気は持ち合わせていないけれど。

「すぐに出発ということになりますよね? 私たちの身の回りの支度は何とかなりますが……」

母が私を見た。否、私の服を見た。その視線が何を言いたいのかは分かった。私の中では十分に良い服のつもりだった。ただ、それはあくまでもこの村の中での話だった。

「大丈夫です」

フェリシアが間髪入れずに答えた。どこか得意げに胸を張っている。

「実はこっそり準備してあったんです。ずっと借りっぱなしでしたし、これくらいはさせてください」

――フェリシア、もしかして……

向かいの席のフェリシアを見ると、笑顔だった。最初からこうなることを分かっていたような、どこか悪戯めいた笑みだった。

「でも……いえ、ありがとうございます」

母が一度言いかけて、止めた。フェリシアの笑顔を前にしては、それ以上の言葉が出なかったのかもしれない。

「ありがとう、フェリシア」

素直に嬉しかった。

「お礼はいりませんよ。……私の服ですし」

――……ん? フェリシアの服?

フェリシアは金髪に琥珀色の瞳。立ち居振る舞いも顔立ちも、どこからどう見ても王女だ。そんな人の服が、銀髪で翡翠色の瞳の自分に似合うのかというと……。

頭の中に浮かんだのは、立派な服だけが独り歩きしていて、その中に私が埋まっている光景だった。

――服に負けてる。完全に負けてる。

「ユミナ?」

フェリシアが首を傾けた。気づけば黙ったまま固まっていたらしい。

「……似合うといいな、と思って」

我ながら精一杯の返答だった。母が小さく吹き出したのが聞こえた。


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