第二十一話 調査団3
「カタリナ様、セレナ様、当時のことをお聞きしたいのですが、よろしいかな?」
「え!?」
なぜ自分が呼ばれたのか、理解の追い付かないセレナが母に助けを求めた。
「あなたはそのためにここに来たのでしょう」
「あ……そ、そうだったわ!」
セレナは手をぽんと叩き、今気がついたとばかりにコーリウスの元へかけていった。その足取りは、遊びに来た友人がうっかり宿題を思い出した時のようだった。
「まったく、あの子は……」
――セレナさん……
私と母は、顔を見合わせ肩をすくめた。カタリナに小言を言われているような気がしたけれど、気にしないようにした。
視線を農地の方に移すと、ミラが重そうな箱を土の上に置いていた。
――あれは……魔導具?
「お母様、あれの箱も魔導具なのですか?」
「そうね、おそらく汚染の度合いを計測する物だと思うわ」
ミラが作業している様子を視ると、魔導具から地中に向かって水属性の魔力が木の根のよう伸びている様子を視ることが出来た。
――あの根っこのようなもので汚染された魔力を見つけるのかな。もう少し近くで見てみたいけど……
街で父に買ってもらった魔導具の入門書には載っていなかった。
――ミラさんに聞いたら教えてもらえるかな……、作業が終わった時に声をかけてみる? でも、何て言えば……
普通の子供が魔導具に興味を持ちました、という感じを出してミラに話しかける言葉を探していると、少し離れた場所からカタリナの声が聞こえた。
「私の力だけでこのような事が起こるわけありません」
カタリナの声は少し高揚しているように思えた。
「ふむ、では儀式を行った際、通常と異なる点はありましたか? 術式の手応えや、魔力の流れなど、些細なことでも構いません」
「……そうですね」
カタリナは少し間を置いた。気持ちを落ち着けて、記憶を丁寧に確かめているような間だった。
「いつも通りだったと思います。何か違和感があれば覚えていると思いますので……」
「なるほど。セレナ様は、当時何か気になることはありましたか?」
コーリウスがセレナに視線を向けた。
「え、私ですか……そうですね……」
セレナは頭に手を当てて一生懸命思い出そうとしていた。
「儀式を行った時でなくても構いませんよ」
「それなら……儀式が終わった後、村の方々がとても喜んでいたのが印象に残っています。あの笑顔は、他の場所で儀式を行った時とは少し違う温かさがあって。……これ、あまり参考にならないですよね」
「いいえ」
コーリウスが首を横に振った。
「人の反応もまた、記録に値します」
セレナが少し驚いたように目を丸くした。それからどこか照れたように笑った。
コーリウスが手元の手帳に熱心に筆を走らせる。その様子を眺めていた司祭は、退屈そうに欠伸を噛み殺しているように見えた。
「司祭様は何か気づかれたことはありましたか?」
「えっ、あ……そうだな……」
自分に話がふられることはないと思っていたのか、司祭は手元がひどくおぼつかなくなり、持っていた杖を落としそうになっていた。
「当時のことは……あまり覚えていなくてだな……」
「わかりました、ありがとうございます」
――そういえば、あの人はあの時も退屈そうに座っていただけだった……
あの日の司祭といえば、立派な椅子だけがよく似合っていた。それ以上でも、それ以下でもなかった。
「私からも聞いてもよろしいですか、先生。浄化の効果が持続しているのは、儀式の影響なのでしょうか?」
カタリナが静かに問い返した。自分の力が何をもたらしたのか、純粋に知りたいのだという様子だった。
「それが今回の調査の核心でもあります。儀式だけでこのような結果になるとは、私には考えにくい。過去にこのような事はなかったのですからね」
「……やはり、そうですか」
カタリナの表情は変わらなかった。
「あっ!」
声を上げると同時に、セレナは弾かれたように人差し指を立てた。三人の視線がセレナに集まる。
「そういえば、あの時使った魔導具って新しいやつじゃなかった?」
「ほう」
「……あぁ、そうだったわね。あれは確か……司祭様が用意してくださった物でしたわよね?」
今度は司祭に三人の視線が集まる。まるで観客席から突然舞台へ引き上げられたかのように、司祭の落ち着きが一気に失われた。
――あの人……ほんとに司祭様なんだよね……あ、でも、皆の前では堂々としてたし……
対照的な二つの姿に少しだけ口元が緩んだ。普段はどんな感じなのか少し……本当に少しだけ気になった。
「あ……あぁぁ、あれは……だな……」
泳いだ視線が行き場を失って宙を舞っている。
「そ、そうだっ、あれは新しい魔導具の試作品だと言われて、技術者から受け取った物だったのだ」
ポンティウス司祭は胸を張って答えた。
「ふむ、なるほど……」
コーリウスのペンのスピードが上がった。
「あぁ、そうだったんですね」
セレナは指先を軽く合わせ、納得の表情を浮かべた。
「ちなみにその魔導具を拝見することは可能ですかな?」
「あぁ~、いや、あれは……教会に奉納……」
コーリウスが一歩司祭に近づくと、誇らしげに反らしていた胸が、目に見えて内側へ折れ曲がっていった。
「この村にあるのではなくて?」
「えぇ、大切に飾られていたはずですよ」
司祭は、はっとして息を呑み、そのまま言葉にならない悲鳴を漏らすように口を大きく広げた。
「それは朗報、さっそく見せていただきましょう」
コーリウスたちは父の元へ向かい、村に祀られている魔導具を見せてもらうことになった。
ニックとミラはここに残るようだった。護衛の二人も彼らに付き添い、ギルバートとトーマスはまだ話し足りないのか農作物の話を続けながらその場にとどまっている。
――魔導具、もう少し見ていたかったけど……
三歩歩くたびに一度振り返りたい衝動を、なんとか抑え込んだ。それ以上にコーリウスの動向が気になった。あの人が村で何を見て、何を感じるのか。
「ユミナ、行きましょう」
母に促され、私は村への道を歩き始めた。
* * *
調査団一行が、浄化された農地に向かったことで村は落ち着きを取り戻していた……わけではなかった。
司祭たちの姿を見つけるや否や、「お疲れ様でした、飲み物をどうぞ」、「いつでも休憩できるように準備してありますので」と準備万端といった様子で待ち構えていた。
「少し疲れた、休ませてもらってよいかな」
司祭はコーリウスに断りを入れると、村人たちに囲まれながら宿へ足を進めていった。その顔は休む前から元気を取り戻しているように見えた。
村の広場に到着した。
「ほう、これは……」
しっかりと掃除された小屋の中に立てかけられた魔導具は、傾きかけた日の光を受けて輝いていた。
「なんていうか……神々しいわね」
この光景を初めて見たカタリナはいつもの凛とした表情とは違った顔をしていた。
「大事にされているんですね」
「はは、もちろんですよ」
少し複雑そうな顔をするセレナと、唯一無二の村の名所を紹介し終え、父は誇らしげな表情を浮かべていた。
――よくよく考えたら、教会の人に対してちょっと失礼になるんじゃないのかな……
今後、父や村の誰かが暴走して杖を崇拝しようとしたら、全力で引き止めようと決意した。
父が丁寧に杖を取り出し、コーリウスに手渡した。
コーリウスは杖を手に取ると、まず表面を指でなぞった。それから懐から小さなレンズを取り出し、細部を覗き込み始めた。
「あ……」
背後からくぐもった声が聞こえた。
振り返ると、いつの間にか村人が集まっていた。全員が固唾を呑んでコーリウスの手元を見つめている。コーリウスは次に杖を縦に、横に、斜めに傾けた。
「そっ……そっと……」
誰かが小声で呟いた。
「しっ」
別の誰かが制した。
コーリウスは気にする様子もなく、今度は杖の先端に顔を近づけ、まじまじと見つめ始めた。
「あの、コーリウス様」
父が恐る恐る口を開いた。
「どうしました?」
「その……村の者が心配しているようで……」
父は苦笑いを浮かべながら背後を示した。コーリウスが振り返ると、村人たちは一斉に視線を逸らした。ただし足はその場から一ミリも動いていなかった。
「ほほ、ご安心を。壊したりはしませんよ」
コーリウスは穏やかに微笑み、杖を丁寧に両手で持ち直し今度は目を閉じた。何かを感じ取ろうとしているのか、しばらく微動だにしなかった。
その間、村人たちも微動だにしなかった。
「……ふむ」
コーリウスが目を開いた瞬間、村人たちの体が一斉にわずかに前のめりになった。
「何か分かりましたか?」
「……いえ、全く」
父の問いに、楽しそうに笑いながら答えるコーリウス。
「エルデガルド男爵、一つお願いがあるのですが」
コーリウスが父に向き直った。
「この杖を、しばらくお借りできないでしょうか」
「……えっ」
父の表情が固まる。村人たちも同様だった。ざわりと周囲の空気が揺れた。
「も、持ち帰るということですか?」
「えぇ、詳しく調べるためには専門家に任せる必要がありまして。もちろん、必ずお返しします」
「そ、それは……」
父は腕を組み、口を真一文字に結びながら、周りの様子を横目で確認した。村人たちの顔には「困ります」と書いてあった。無言だったがとても雄弁だった。
「……どのくらいお時間が必要ですか?」
「そうですね、半年ほどいただければ」
「半年……」
しばらくの沈黙の後、父はゆっくりと息を吐いた。そして、チラリと母を見た気がした。
「……分かりました。ただし、必ずお返しいただけますね?」
「もちろんです。エルデガルド男爵、ご厚意に感謝します」
コーリウスは深く頭を下げた。
父が恐る恐る周囲を見ると、村人たちは複雑な表情を浮かべながらも、それ以上は何も言わなかった。
父は丁寧に杖を布で包み、コーリウスに手渡した。それを受け取るコーリウスの手つきは、村人たちの思いを汲み取ったかのように、ひどく丁寧だった。
* * *
日が傾き始めた頃、調査団はグレイモント子爵領へ戻る準備を始めた。
「お世話になりました」
コーリウスが父に頭を下げる。その胸元には、布に包まれた杖があった。
「またいつでもいらしてください」
「えぇ、必ず」
村人たちに惜しまれながら司祭たちが馬車に乗り込んでいく。
司祭は調査の時に見せたおどおどした感じはなく、とても充実した顔をしていた。
――なんだか、少しふっくらしたような……気のせいよね。
「ユミナちゃん、また来るわね」
馬車の窓から手を振るセレナは……謎めいた笑みを浮かべていた。
「あの顔は……きっと良くないことを考えているわね……」
一緒に手を振っていた母がポツリと呟いた。
カタリナは馬車に乗り込む前に、一度だけ振り返った。農地の方へ視線を向け、それからゆっくりと前を向いた。その表情に変わりはなかったけれど、何かを確かめるような、静かな間があった。
馬車がゆっくりと動き出す。村人たちがその後を追うように手を振った。
「……行っちゃったわね」
誰かが呟いた。
「杖も……」
別の誰かが続けた。
しんみりとした空気が漂う中、「戻ってくるから大丈夫だよ」とロベルトが言い、「当たり前でしょ」とリザが返した。
一方、ニックとミラはその場に残っていた。
「お世話になります、エルデガルド男爵」
「こちらこそ、何かあれば遠慮なく言ってください」
「ありがとうございます」
二人は、調査の規模が想定を超えていたこともあり、一週間ほど残って調査を続けるという事になった。護衛として同行していた兵士たちは街へ帰ってしまったので、ガストンを中心とした村の警備隊が護衛することになった。ロベルトが「俺に任せろ」と、凄くやる気になっていた。
父に案内され、村の宿屋らしくなった民家に案内されていくニックとミラ。
――魔導具の事、聞いてみようかな。
沈んでいく夕陽の中で、私はそっと決意した。どうやって話しかけるか、答えはまだ出ていなかったけれど……
半年後、魔導具が無事戻ってきた時、村が盛大に歓迎したのは当然の出来事だった。
調査の結果については、「ノックス領の特殊性に起因する」、「継続的な調査が必要」ということになったようだった。




