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転生令嬢は目立たずに生きていきたい。でも魔力には興味がある。(仮)  作者: セルピア


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第十九話 調査団1

暖炉の火が、ぱちりと音を立てた。

窓の外で風が唸っているけれど、居間には温かな空気が満ちていて別の世界のようだった。

母が編み物をする針の音が、規則正しく刻まれている。

私は膝の上に魔導具の入門書を広げたまま、視線だけを動かした。

暖炉のそばでルナが寝ていた。仰向けで。

四本の足が天井に向かってまっすぐ伸びている。ふわふわの銀の毛並みが暖炉の光を受けて輝いていた。白いお腹をさらけ出して目を閉じている。口元がわずかに緩んでいるように見えるのは、気のせいではないと思う。

「ルナ、寒くないの?」

母が手を止めずに話しかける。ルナの耳がぴくりと動いた。それだけだった。

『温かい』

頭の中に短い返事が響く。確かに、暖炉に一番近い場所を陣取っているのはルナだった。

――どうしてあの寝相なのかしら。

可愛い。けれど、とても無防備で、言い方は悪いかもしれないけれど……情けない姿。

普段、私はルナと一緒に寝ている。その時は普通に丸まって寝ているのに、暖炉の前ではあの情けない姿になってしまうようだった。

――ま、まぁ、お腹を見せてるってことは安心してるってことなんだよね……

私の知識の中の動物はそれでいいけれど、ルナの本当の姿は……大きな狼のような姿で……

「ふふ」

笑い声がこぼれてしまった。

「何か面白いことが書いてあったの?」

母が顔を上げてこちらを見る。

「いえ、なんでもないです」

誤魔化しながら、改めて本のページに目を落とした。

魔導具。魔力を込めることで、特定の効果を発動させる道具。今読んでいるのは、その基礎にあたる章だった。

――浄化を、自動でできないかな。

毎晩こっそり外に出る必要がなくなれば、どれだけ楽になるか。浄化に向かおうとして、その日の夜間警備を担当していたガストンに危うく見つかりそうになった時の記憶が蘇った。

ページをめくる。暖炉がまたぱちりと鳴った。

足元を見ると、仰向けのルナの尻尾が、ゆっくりと左右に揺れていた。


「ただいまっ……さ、寒い……」

玄関の扉が勢いよく開き、冷気と共に父が転がり込んできた。頬と鼻先が少し赤みがかっていた。

「お帰りなさい。作業は終わったの?」

母が編み物の手を止めずに聞く。

「あぁ……今月も王都からの荷は少なかったが、何とかなるだろう……それにしても寒い、寒いぞ……」

手に持っていた手紙をテーブルの上に置き、ぶつぶつ言いながら暖炉へと一直線に向かう父の足が、ぴたりと止まった。

「……む?」

暖炉の特等席に、仰向けで寝そべるルナがいた。

父がルナのそばにしゃがみ込み、暖炉の熱を少し分けてもらおうと手を伸ばす。その瞬間、ルナの片目がうっすらと開いた。

じっ、と父を見るルナ。

「……」

父が固まった。

父はルナから少し離れた場所に椅子を引き寄せて座った。特等席とは言えないその場所で、父は名残惜しそうに暖炉を眺めている。

「はい、どうぞ」

母が父に温かい茶を差し出した。それを両手で包むように持ちながら、父はもう一度だけルナの方を見た。ルナはすでに目を閉じていた。尻尾だけが、のんきに揺れていた。

私は本に視線を戻しながら、ふと父の横顔を見た。

静かに暖炉の火を眺めている。荷運びを終えた後のくたびれた顔だけれど、どこか穏やかだった。

――あぁ、今年は余裕があるんだ。

二年前までの冬は、食卓が本当に心細かった。父が何度も貯蔵庫を確認して、母が食材を丁寧に、惜しむように使っていた。一年前は、試しに作った作物が思いのほか育って、父が「なんとかなりそうだ」と呟いたのを覚えている。あの言葉がどれほど安堵に満ちていたか。そして今年……父は帰ってくるなりルナの寝場所を羨んでいる。


「あら、これは……」

母が編み物をテーブルに置き、手紙を手に取った。目を向けると、教会の紋章が刻まれた封蝋が見えた。

「あぁ、そうだ。教会から来ていたんだった。何か書かれているか?」

母が手紙に目を通していく。

「そうね……春を迎えるころに、土地が浄化されている件を調べるために調査団が派遣されるようね」

「なにっ!?」

父が勢いよく振り返る。

儀式の準備のために村がてんやわんやしたことを思い出した。

――あの時は……色々と大変だったなぁ~

「こ、今回は何人なんだ?」

一番の問題は宿の用意だった。そもそも人が訪れるような村ではないため、建前上の宿はあるけれど、大きな民家でしかない。

「人数次第では、また誰かに家を空けてもらうしか……」

「……今回はその必要はなさそうよ」

片手でこめかみを押さえていた父が顔をあげる。

「ん? そうなのか?」

どうやら、調査団は隣のグレイモント子爵領で宿泊する予定らしい。食事や宿の心配をする必要のなくなった父は椅子に深く座りなおした。

「しかし……歓迎しなければな」

腕を組みながら暖炉の火を見る父の表情は、ロベルトが悪だくみをしている時のように見えた。

――お父様、何を考えているんだろう。

「ふふ、セレナやカタリナも一緒に来るようよ」

母はいつものセレナの手紙に目を通していた。

「え?そうなのですか?」

セレナとは、もう二年以上も会えていなかった。王都から別の街へ異動になり、ノックス領から遠ざかってしまったのだ。母に届く手紙には教会への愚痴が書きなぐられていたことがあり、母がこっそり苦笑いしているのを見かけたことがある。

「えぇ、それに……今回の調査は急遽決められたみたいよ。もしかすると、あなたの送った手紙がきっかけかもしれないわね」

「むっ、そうなのか? 教会に感謝しています、ぐらいの事しか書いていなかった気がしたが……」

「浄化が続いているというのは、前例がないから詳しく調べたいのだと思うわ」

気がつくと、膝の上の本が顔の前まで持ち上がっていた。

調査。浄化が続いている件を、専門家が直接調べに来る。

――どこまで分かるんだろう。誰がやっているか、とか……

考え始めたら止まらなくなりそうで、私は頭を軽く振った。

――大丈夫。誰も、まさか私だとは思わないはず。

思わないはず、と自分に言い聞かせた。

『ユミナ、どうかしたのか?』

頭の中にルナの声が響く。暖炉のそばで仰向けのまま、こちらを見ていた。

「……暖炉が熱いのよ」

『そうか』

ルナはそれ以上何も言わず、目を閉じた。


 * * *


季節が巡り、春が訪れたある日。

遠くに白い馬車が見える。教会の紋章が陽光を受けて輝いていた。二台、三台……五台。思っていたよりも多い。

「来たぞーっ!」

誰かの声が上がった瞬間、この時を待っていたかのように、村中が動き出した。

「お出迎えの準備ーっ!」

「花、花はどこだっ!」

――お、落ち着いて……

村の全員が入り口に集まり歓声を上げて出迎える。その熱量に、私は思わず半歩後ずさった。

歓声を受けて御者は驚き、馬たちは耳をピクリと動かすが堂々とした様子で人々の前へ歩みを進めた。


もともと、今回の出迎えはシンプルなものになるはずだった。調査団はグレイモント子爵領に宿泊するため、宿の心配も食事の手配も必要ない。前回のような、村中が慌てふためく準備は不要のはずだった。

はずだったのに……

――……どうして、こんな事になったんだろう。

冬の間の出来事が走馬灯のように蘇る。

始まりはレベッカの一言だった。「せっかくだから、村の入り口ぐらい綺麗にしておきましょうか」。それが発端で、ディックが「馬車を止める場所も整備しないと」と動き始めた。

その言葉を聞いた途端、父が「では厩舎を建てよう」と言い出した。村に来る馬車など毎月の援助物資の輸送ぐらいなのに。それでも父の言葉に皆が頷き、冬の合間を縫って、村の入り口の脇に真新しい厩舎が完成した。

厩舎が出来上がると、今度は「厩舎があるなら入り口の道も整えないと」と誰かが言い出した。どこでそんな発想が出てくるのか。ガストンが中心になって石を敷き、道が整備された。

「休憩するための場所も必要ね」、宿の用意は必要ないはずだったのに、調査団の人がいつでも気持ちよく休めるように寝具の一新や清掃が行われた。

気がつけば、何もしないはずだった冬が、出迎えの準備で埋まっていた。


最初に降りてきたのはポンティウス司祭だった。丸い体に威厳たっぷりの表情……のはずが、村人たちの高まった歓声に一瞬きょとんとした顔になった。

「司祭様ーっ!」

「再び、お会いできて光栄ですっ!」

次々と手を差し出す村人たちに、司祭はみるみる表情を緩めた。そして胸を張り、一人ひとりと丁寧に握手を交わし始めた。

――満更でもないのね……

「司祭様、これをぜひ受け取ってください!」

トーマスが冬の保存食を詰め込んだ籠を差し出した。その量を見た司祭の目が、わずかに輝いた。

続いて、カタリナとセレナが降りてきた。春の風が二人の髪を揺らす。

「カタリナ様っ!」

「握手してください!」

カタリナが珍しく目を丸くした。戸惑いながらも差し出された手を握り返している。

「セレナ様もっ!」

セレナが村人たちに取り囲まれる。その顔はカタリナ以上に慌てていた。

その間にも、馬車から人が降りてきた。

白髪交じりで、長く伸びた立派な白髭をたくわえた初老の男性が、丸眼鏡越しに村の様子を観察しながら降り立った。手には羽根ペンと分厚い手帳。学者のような佇まいで、歓声が飛び交う中でも表情一つ変えず、ただ淡々と周囲を見渡している。その男性の近くに三十歳前後の男女。二人とも動きやすそうな服装で、調査の道具らしきものを背負っている。男性は人の好さそうな顔で村人に軽く会釈し、女性は少し眠そうな目でのびをした。

「はじめまして、私はここの領主を務めております、マグナ・エルデガルドと申します」

父が学者風の男性に歩み寄り、深く頭を下げた。

「これはご丁寧に。コーリウス・ステインと申します。今回の調査でお世話になります」

老人は穏やかな笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げた。刻まれた深いしわに、長い年月をかけて積み重ねてきたような落ち着きがあった。

「こちらは、ニックとミラです。今回の調査を手伝ってもらおうと連れてきました」

「よろしくお願いします」

「お世話になります」

二人は軽く会釈した。

「やあ、マグナさん!」

見覚えのあるずんぐりした体型の男性が父に近づいていく。

「ん? ギルバートじゃないか。どうしたんだ?」

「ゆっくりと話したいことがあってな、コーリウス先生にお願いして来たわけさ。……しかし、凄いな。」

司祭とシスターたちが、突然村に現れたアイドルのように人々に囲まれている様子を眺めながらギルバートは言った。

「はは、あの方々がいなければ、今のノックス領はなかったからな。当然だろう」


人込みから少し離れた場所で、私はルナを抱えたままその光景を眺めていた。

村人たちの顔が、みんな輝いていた。

頭では分かっているつもりだった。農地が広がって食卓が豊かになったこと、冬を越すための蓄えができるようになったこと。でも、こうして目の当たりにすると、胸に迫るものがあった。二年前の冬、父が何度も貯蔵庫を確認していたあの顔が蘇る。あの頃と今とでは、村の空気そのものが違っている。

父たちも楽しそうに談笑していた。そんな中、私の視線はコーリウスに引き寄せられた。温かい物腰の裏に、静かな鋭さが見え隠れしている気がした。

『あの者は、信頼できそうだな』

その視線に気が付いたのか、ルナが小声で呟いた。

「……そうね」

素直にそう思った。でも、だからこそ少し怖かった。



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