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転生令嬢は目立たずに生きていきたい。でも魔力には興味がある。(仮)  作者: セルピア


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第十五話 大賢者

「……というわけで、体は大丈夫なので、心配しないでください」

私たちはいつもの食事時のようにテーブルについていた。小春日和を満喫していた事と、汚染された魔力について考えていたことを両親に打ち明けた。

「そういうことだったのか」

父が深く息を吐いた。

――お父様、本当に心配してたんだ……

突然玄関から響いた父の声を思い出す。血相を変えて飛び込んできた父は、私を見るなり「頭を打ったのか!?どこで倒れた!?」と畳み掛けてきた。どうやらロベルトから聞いたようだった。事情を説明しようにも、父の言葉が止まらない。結局、母が帰ってくるまで落ち着かせるのに随分と時間がかかった。

「マグナ、大げさに考えすぎる癖、気を付けてくださいね。ユミナに移ったらどうするんですか」

「あ、あぁ、すまない」

父がばつの悪そうな顔をしているの見て、私も小さくなっていた。

――ごめんなさい、お母様……


「でも、そう……汚染された魔力ね……」

「俺は子供の頃から危険な場所と聞かされていたから、そういう場所だと思っていただけで、特に考えたこともなかったな」

父がそう言いながら、母の入れてくれたお茶に手を伸ばす。

「当たり前のようにあるものだったからな。エミリアと出会うまでは、浄化の儀式のことも良くわかってなかったしな。まさか、あんなに高額だとは思っていなかったよ……」

どこか遠くを見つめる父を見て、母がくすりと笑う。その笑顔で、なんとなく察してしまった。

「王国の調査団の報告書ならいくつか読んだことがあるが……五百年前の魔王の魔力が染み付いたもの、と言われているだけだな。エミリアなら詳しいんじゃないか?」

「えぇ……そうね……」

母の手がカップの上で止まった。

――もしかして、話せないことなのかな……

「あぁ、口外していい内容じゃないのか。それなら無理に……」

父と同じことを考えていたようだった。

「いえ、そうじゃないの」

口元を緩め、父を見てから私を見つめた。

「教会では、汚染地域の魔力を……邪悪な魔力として扱うのよ。だから光の力で打ち払う、という考え方が基本なの」

母は、頬に手を当てて申し訳なさそうな顔を浮かべた。

「つまりね……教会でも、世間に知られている以上のことは分からないのよ。もちろん、私が知らないだけかもしれないけれど」

「そうだったのか、儀式のこともあるから、てっきり教会は色々と調べているものだと思っていた」

私は思わず小さく頷いていた。

「えぇ。調べていた、と言った方が正しいかしら」


五百年前、魔王と呼ばれる者の手により大地が汚染された当初は、皆が大地を元に戻すために動いていた。しかしその過程で、多くの犠牲者が出た。汚染の影響を緩和する魔導具が作られたが、人体への影響を完全に防ぐことはできなかった。

それでも、先人の残した知恵を受け継いだ者たちの努力により、<浄化の儀式>は完成する。その後、魔導具の発展により魔石を用いて光の魔術を強化する方法が生み出され、浄化の効率は上がり、儀式を行える術者も増えた。

ただ、浄化できる範囲は、村で実施された程度に過ぎなかった。砂漠の真ん中で、スプーン一杯の水を運ぶようなものだ。魔石の入手も容易ではなかったため、汚染された大地への意識は次第に薄れていった。「近づかなければ、害はないのだ」誰かが言ったその言葉が、人々に浸透していった。


「私が教会で教わったことは、これぐらいなのよ」

空になったティーカップを置きながら母が言った。

「……なるほどな、この地に住むものなら納得できないかもしれないが、その判断を否定することは出来ないな」

――うん、取り戻せるなら取り戻したい。だけど、そのために何人も犠牲になるのなら……

その問いだけは、胸の中にそのまま残った。

――五百年前はどんな景色だったんだろう。

私が知っているのは、紫がかった灰色の荒地。

危険を顧みず歩み続けた人々の努力によって、浄化の儀式が作られた。

――それぐらい素敵な場所だったのかな。

しばらく、三人とも黙っていた。


「ルーデンス・シュナイヴァルト・アステリアス・レオポルド・オーバーハート」

「ほぇ?」

突然響いた母の言葉に、変な声を出してしまう。父も咽ていた。

「急に……ゴホッ、なんだ? ゴホッ、ゴホッ」

私と父が揃って首を傾げるのを見て、母がふふっと口元を押さえた。

「あら、聞いたことないの? 有名なのに。ユミナも?」

「え? あっ、はい……」

記憶の本棚を探し回るが、どこにも見つからない。

「ふふ、偉大な魔術師の名前よ」

母はそう言って立ち上がり、本棚から古びた魔物図鑑を取り出した。

「ほら、ここよ」

ルー■■ス・シュ■■ヴァ■■■ア■テ……掠れていて、ほとんど読めなかった。

「図鑑を書いた人、ですか?」

「えぇ、そうよ」

母が小首を傾けて、楽しそうに私を見た。

「で、その、ルーデンス・シュ……ヴァルト?」

父は覚えられていないようだった。……私も、同じだった。

「ルーデンス・シュナイヴァルト・アステリアス・レオポルド・オーバーハート。大賢者ルー様と一般的に呼ばれているわ」

「え!?」

――確かに毎回フルネームで呼ぶのは大変だったと思う。でも……ルーデンスの、ルー。それだけ。残りはどこへ行っちゃったのよ。

「名前はともかく、実績は本当にすごい人なのよ。魔物についてだけじゃなくて、魔力や魔術、それに農業や生活に関することもルー様の知識が元になっていると、言われているわ」

「そんなに凄い人がいたのですね」

どんな世界にも、時代を作る人がいるのだと思った。

「聖女様のおとぎ話は知っているでしょ? あのお話を書いたのもルー様なのよ」

名前の意味不明さを含めて、天才という言葉はこういう人を指すんだろうなと思った。

「それで、そのルー様とやらが何か関係あるのか?」

ようやく落ち着いた父が、仕切り直すように尋ねる。

「儀式の時にセレナが使った魔術を覚えているかしら、あれを編み出したのがルー様なのよ」

もちろん覚えていた。あの魔術を知らなければ、大地を浄化することは出来なかった。

……それ以前に、儀式自体が存在していなかった可能性もある。ようやく、ルー様の大きさが少し分かった気がした。

「満ちよ、清冽なる雫。……アクア・シェイプ」

母の掌の上に、水がフヨフヨと浮遊する。

「水を作って、動かすだけの簡単な魔術なの。属性が違っていても誰でも使えるわ。一応、教会の中だけで大切に共有されている、特別な魔術なのだけど……大賢者とまで呼ばれた人が遺した魔術にしては……ね」

水が母の指の動きに合わせて、部屋の中をまわるように動いている。

「だが、その魔術がなければ儀式は成り立たないわけだしな」

動き回る水を父の視線が追っている。

「えぇ、だから教会の関係者は皆この魔術を使えるわ。でもね……実際に大地から魔力を離せる人は、ごくわずかなの」

「ん? 簡単じゃないのか?」

父がいぶかしげな表情をみせる。

「そうよ、ルー様が遺した教えにも特別なことはなかったの。誰もが同じことをやっているのに、違う結果がでちゃうのよ。面白いでしょ」

私は、その答えが分かる気がした。

「触ってみてもいいですか?」

母が頷くと、水の塊がゆっくりと近づき目の前で動きを止めた。触れると冷たかった。

「少しズレちゃったけど、汚染された魔力について私が知っていることはこれぐらいかしら、ユミナの悩みは晴れそう?」

母の眼差しは、全てを知りながら待っていてくれるよう気がして、ドキリとした。

ガタンッ!!

父が急に立ち上がった。

「そうか! エミリアの魔術で汚染された魔力を移動させればっ……いや、しかし……どこに移動させる?」

ブツブツと呟き、一人の世界に入っていく父。

「そうね、確かにどこに移動させるかは難しい問題ね。でも、それ以前に少ししか離せないものなの。セレナは魔導具の補助を受けて魔力を運んでいたけれど、魔力は大地に引っ張られて元に戻ってしまうのよ」

――それは、きっと出来ない方がいい。

父が椅子に座り直す姿を眺めながら、私は思った。もしそれが出来るようになれば、その魔力はすべてノックス領に集められることになる。この地ほど、適した土地はないのだから。

――ルー様。どこまで知っていたんだろう。白銀色や黒紫色の属性の事も知っていたのかな。

話せるものなら話してみたい。そんな思いを抱いても、相手はあまりに遠い時代を生きた人だった。

――あの子なら、知ってるかな……でも、その前にっ。

「お父様、お母様、ありがとうございます」

私は、自分の部屋に戻り本棚から少しほこりをかぶった一冊の本を取り出した。

<光の聖女と闇の魔王>

著者、ルーデンス・シュ……

――うん、この人だ。昔、読んだときは普通のお話だと思っていたけど、今なら何か分かるかも。

懐かしさを確かめるように、ゆっくりとページをめくった。


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