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辺境の男爵令嬢に転生したのでほのぼの生きていこうと思います  作者: セルピア


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第十三話 銀狼

夜明け前、未明の静寂に包まれている中、私は汚染地域を駆けていた。


「はぁっ、はぁっ……」


白い息が闇に溶けていく。季節は確かに冬へと向かっていて、外の空気はひんやりと肌を刺した。

フード付きのコートを深く被り、月明かりが照らす紫がかった灰色の大地を、魔力で筋力を補助して速く、軽く駆け抜ける。



晴れた夜に何度か見て回った結果、いくつかのことが分かってきた。


噂通り汚染地域のほとんどは荒廃した荒地だった。

けれど、完全に何もないわけではなかった。


森のような場所には大地と同じ色をした木々が彫刻のように立ち並び、五百年前に人が暮らしていたと思しき建物の残骸も点在していた。

それらは汚染された魔力の影響なのか、まるで時が止まったかのように朽ちずに残っていた。


そしてもう一つ、気づいたことがあった。

汚染された魔物は、ほとんど見当たらなかった。

数回の探索で見かけた魔物は、わずか数体しかいなかった。


近づいて確認はしていない……けれど、私の目には聞いていたほど危険な存在に映らなかった。

片方の腕だけが肥大化していたり、確かに異常ではあった。


でも、岩のように動く気配がなかった。

夜なので眠っているだけかもと考えたけれど、そんな感じもなく、まるで動く必要が無いかのように、じっと佇んでいるだけだった。


――もっと狂暴なのかと思っていたけど、誰もここに入らないようにする為に<危険な場所>として伝わったのかな……まぁ、危険なのは変わらないし、好き好んで入る人なんていないと思うけど。


もちろん、油断はできない。けれど、村が変異した魔物に襲われる可能性は、思っていたよりも少ないかもしれない。



私はある場所を目指していた。村からも見える、山のふもとにある洞窟。

山の付近を見回っていた時、ふと、不思議な気配を感じた。


気配と言っても、確かなものではなかった。

音がしたわけでもなく、匂いがしたわけでもなく、何かが見えたわけでもない。


ただ、なんとなく何かがある様な気がして、足を進めた。

そして見つけたのは、月明かりさえ届かない漆黒の入り口。


生者を拒むかのような不気味さが、空気の冷たさと相まって体を少し震えさせた。

けれど……暗闇の奥から感じたのは、それとは真逆の温もり。不思議だった。


中に入ってみようと思ったが、その日は日の出が近かったため、入り口を確認しただけで村に帰った。

洞窟の前で、足を止める。

周囲の汚染は、村の近くよりも強く空気も重く感じる。


まるで、深淵を覗いているように、洞窟の中は何も見えない。

それでも、数日前に感じた不思議な気配も同じようにそこにあった。


「……行ってみよう」


手のひらの上に、光属性の魔力を集め小さな光の球を作り、暗闇を柔らかく照らす。

暗闇の中に、小さく乾いた足音が、コツン、コツンと反響する。

いつでも逃げられるように心の準備を怠らず、進む。



洞窟は一本道だった。ただ奥へ、奥へと続いている。


――ここ……人の手で作られてる?


壁を照らすと、明らかに人工的な痕跡があった。削られた岩肌や支柱の跡。


――五百年前に使われていた、鉱山みたいなところだったのかな……


さらに進む。どれくらい歩いたか、距離感がわからなくなってきた頃……


――……光?


奥が、ぼんやりと光っている。


――月明かりかな? でもそれにしては明るすぎるような……


鼓動が速まる。警戒心を強めつつ、足を進める。


そして……


そこへたどり着いた。


「……っ!」


息を呑む。

広い空間。

天井には大きな穴が開いていて、月明かりが差し込んでいる。


その光の中に……それは、いた。


銀色の毛並みを持つ、大きな狼のような存在。

その大きさは大人の馬が仔馬に見えるほど。

月明かりに照らされながら、丸くなって眠っている。


――綺麗……でも……


呆然と見とれていた私は、すぐに気づいた。

毛に艶がない。呼吸が浅く、眠っていると言うよりも弱々しく横たわっている。


――……弱ってる?


そして、もう一つ。


その存在の周りだけ汚染されていなかった。

紫がかった灰色の地面が、その周りだけ茶色の土になっている。

まるで、そこだけ違う世界のように。


その中心に銀狼がいた。


――浄化されてる?


意識を切り替えて、魔力を視ると……白銀。これまで一度も視たことがない色だった。

純粋な、輝くような白銀色。光属性とも、無属性とも違う。何か、全く別物のように視えた。


そっと、近づいてみる。銀狼は動こうとしなかった。

手を伸ばし、その毛並みに触れるとふわりと柔らかい感触が伝わる。

でも……そこから伝わる熱は、他の動物と比べても明らかに低い。


――冷たい……あれ? でもこの感じ……


不思議と手のひらから伝わる感覚とは別の温かさのようなものを感じる。

それは、洞窟の入り口で感じたものと同じように思えた。


『……人か』


「!」


頭の中に低く柔らかな女性の声が響いた。

その存在は、目も開いていなければ、動いてもいない。


『このような場所に、何の用だ』


確かに、話しかけてきている。


「あなた……喋れるの?」


私は探るように尋ねた。


『……久しぶりに、人と話す』


声は、疲れ切ったように弱々しかった。


『もう、誰にも会うことはないと思っていた……』


「……」


胸が痛んだ。


――どれくらい、ここにいるんだろう。

――どれくらい、独りでいたんだろう。


土地が汚染され、人が寄り付かなくなったことを考えると……五百年前からここにいた可能性があった。


もちろん、最近になってここを住処にした可能性もあるけれど、もしそうなら、おとぎ話や伝承のような形で、この銀狼のことが伝わっていると思えたからだ。


もし、村の誰かがこの子を見つけたら……大騒ぎする村の様子が簡単に想像できた。


――ずっとここに居たのなら……食べ物は?


何度か土地を見て回ったけれど、生き物が食べられそうなものは……変異した魔物ぐらいだった……


――……え!?


魔物の数が少なかった理由が、頭の中で繋がった。


——待って。魔物を食べてたってこと? じゃあ今、その魔物がいなくて、お腹が減っていて、目の前に私が……。


「え、えっと……もしかして、お腹が減っているの?」


恐る恐る尋ねながら、さりげなく半歩引いた。


「それなら、何か持ってきましょうか? 食べ物とか、水とか」


『……ふふ、お腹が減っている……か。確かにその通りだな。だが、私が食べるのは……魔力だ』


「魔力? それなら……」


手のひらから魔力を流し込む。


「どうかな……?」


『……気持ちはありがたいが、私は普通の魔力では糧にならない。』


手を放し、銀狼を視る。


――白銀……この色を真似すれば。


自分の魔力を白銀色に変えようとするが、上手くいかない。


――光属性に近い感じはするけど……


金色の魔力に視えるイメージを重ね、再現しようとするけれど失敗する。

他の視たことがある属性で試しても結果は同じだった。


――もしかして、無属性なら……色のない色に白銀を重ねるように!


……当然、失敗した。


目の前には確かに見えているのに、触れようとしても触れられない存在。

白銀色の属性なんて最初から存在していないと思えるようだった。



『……不思議だな』


焦りが募る私の頭の中に銀狼の声が響いた。


『一人なのに、色々な魔力を感じる』


「!」


ビクッと震える体。


「……気づいて、た?」


『ああ。私は魔力を感知することができる。お前のような強い魔力は分かりやすい。いつの間にか人は成長していたのだな』


「あっ、えっと……これは……」


どう伝えればいいか迷い空を見上げると、わずかに明るくなり始めていることに気が付いた。


「……ごめんなさい」


私は立ち上がった。


「今日は、もう帰らないと」


『……そうか』


少し寂しそうな声だった。


「でも、また来るね」


冷たいけれど、温かく感じる体に手を置き、強く言いって洞窟を出た。


理由は分からない。けれど、放っておきたくなかった。


――帰ってからゆっくり試してみよう。


そう思いながら、全速力で家へと帰った。


作品を読んでいただきありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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