第十二話 子爵の息子
市場の近くには、商店街のように様々な店が並んでいた。
パン屋、花屋、服屋、雑貨屋、そして本屋、どの店も魅力的で目移りしてしまう。
そんな中、ひときわ落ち着いた構えの店があった。石造りの外壁に銀色の看板。店先のガラス窓越しに並べられた品々が、内側から灯された魔力の光でほんのり輝いている。
杖、指輪、首飾り、手袋。
村の杖も儀式のために作られた精巧な物だったけれど、負けず劣らず綺麗に見えた。
――何に使う物なんだろう……あっ、あの奥に飾られてる大きな箱も魔導具なのかな。
気づいたら額がガラスにくっつきそうなほど近寄っていた。
「魔道具に興味があるのかな? 身なりはみすぼらしいがその眼は悪くない。魔導具の良し悪しがわかる者は、そう多くないからね」
「え?」
振り返ると少年が、全身を鎧に包み込まれた護衛らしき兵士を二人引きつれて立っていた。私より頭一つ分ほど背が高く、薄紫色の髪を綺麗に整えている。
そして、服が……すごかった。紺青の上着には金糸の刺繍が施され、襟元には白いレースが重なっている。ボタン一つ一つが宝石のように光っていた。
思わず自分の服に目を落とした。色褪せつつも丁寧に手入れされた古めかしいワンピース。普段の村暮らしには十分すぎる一着だけれど、この少年の前では「みすぼらしい」という言葉がそのまま当てはまってしまう気がした。
きょろきょろと周りを見ても、他に誰もいない。
――……私に声をかけてる? これ、もしかして……ナンパ?
心臓が一瞬跳ねた。前世でも今世でも、初めての経験だ。
――どうしよう。何て返せばいいんだろう。笑顔がいいのかな、でも愛想良くしすぎるのも変かな……
「なるほど、親と一緒にこの街に来たのはいいが、この壮麗な街並みに目を奪われ迷子になってしまった。困り彷徨い歩いている最中に、美麗な魔導具を見つけて見入ってしまった。というところだね?」
ときめきが、静かに消えた。
――私、何も言ってないんだけど。
「大丈夫、僕が助けてあげるから」
少年が、じっと私を見つめたまま一歩近づいた。
近い……
横にそっと移動すると、それに合わせるようにまた一歩前に来る。
――……なんで詰めてくるの。
通りを歩いている人に助けを求めようとした……が、明らかに避けられていた。視線を合わせないようにして、足早に去っていく。二人の兵士の視線も当然のように明後日を向いていた。
――え、なんで?
「君、名前は?」
私の戸惑いも周囲の状況も全く気にせずに少年が聞いてくる。
「あの、その……」
「ユミナ!」
父の声が聞こえた。
「お父様!」
私は安堵して、逃げるように父の元に駆け寄った。
父は、少年を見て一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに襟を正して深々と頭を下げた。
「これはこれは、アルデリック様。またお目にかかれて光栄です」
「ああ、エルデガルド男爵」
少年……いや、アルデリックが父を見下すように言った。
「その子は?」
「私の娘、ユミナです」
父がその手でそっと背中に触れながら私を紹介する。慌てて一歩前に出て、ワンピースの端を指先でつまみ、膝をほんの少しだけ折って頭を下げる。
「初めまして、アルデリック様。ユミナ・エルデガルドと申します」
「娘……」
アルデリックが私を見つめる。その目には、何か熱のようなものがあった。
「そうか……君がユミナか」
アルデリックが満足そうに頷く。
「銀色の髪、翡翠色の瞳……美しい」
「あ、ありがとうございます……」
私は愛想笑いを貼り付けた。
「ああ、そうだ。僕は自己紹介していなかったね」
アルデリックが一歩下がり、胸に手を当てた。背筋がすっと伸び、顎をわずかに引く。どこかで何度も練習したような、迷いのない所作だった。
「僕はアルデリック・グレイモント。グレイモント子爵の息子だ」
声に力があった。自分が何者であるかを疑ったことが一度もないような、そういう声だった。
「よろしく、ユミナ」
アルデリックが振り返りもせずに手をひらりと振ると、護衛の一人が素早く前に出て通行人の行く手を塞いだ。人の流れが自然と左右に割れていく。アルデリックはそれを当然のことのように、視線も向けずに歩いた。足音は落ち着いていて、急ぐ様子もない。ただ歩いているだけなのに、周囲だけが慌ただしく動いていた。
「……子爵の息子……」
色々な意味で驚き、呆然と呟いた。
あの態度、豪華な服、あの自信、派手な服……そして、人々が避けていた理由。
「ユミナ、大丈夫だったか?」
父が心配そうに聞く。
「はい、大丈夫です」
「そうか……アルデリック様は、少し……その……」
父が言葉を濁すが、その様子から何となく察することができた。
――あまり評判が良くなさそう。
でも、口には出さなかった。
「さて、そろそろ帰るんだが……ユミナも、何か欲しいものはあるか?」
「あの……魔導具の本とか……」
実は、欲しい物は村を出る前から決まっていた。けれど、どんな本にするまでは決まっていなかった。本屋があるということは聞いていたので、そこへ行き実際に見てから決めようと思っていた……
「ははは、やっぱり本がいいんだな。しかし、魔導具か?」
少し疑問に思った父だったが、展示されている魔導具を見て納得したようだった。
「はい、簡単なものでいいので」
父は苦笑いしながらも、私の頭を優しく撫でた。
「分かった。それなら、あそこの角を曲がったところに大きな本屋がある。行ってみよう」
本屋に足を踏み入れた瞬間、紙とインクの懐かしい香りが鼻をくすぐる。壁際までびっしりと並んだ背表紙の山に、私の胸は高鳴った。
魔導具の入門書の場所に向かい、手に取ったところまでは完璧だった。問題は、その隣に置かれた本にも目が行ってしまったことだ。
――あっ、この本も読んでみたい……
魔導具の入門書を右手に、別の本を左手に持ちしばらくその場で固まった。
「欲しいものは決まったか?」
父に声をかけられて我に返った私は、左手の本を名残惜しそうに棚へ戻した。
その後、父と一緒に村の皆へお土産として焼き菓子を買い帰路についた。
その夜、私はいつものようにこそこそと汚染地域へ向かった。
手のひらに魔力を圧縮し、光の球を作る。そして、それを大地にそっと落とす。
乾ききった大地を潤すように、柔らかな光が吸い込まれていく。大地がほんのりと輝き、瞬く間に周囲の土が元の色に戻っていく。
いつもなら部屋に戻るのだけど……
目の前に広がる殺風景な景色。
――この先は……どうなっているんだろう。
元々、社交的な性格ではなかったため、自分の居場所さえあればそれで良かった……はずなのに、ちょっぴり気になってしまった。
一歩、紫がかった灰色の大地に踏み入れると寒気が走る。
――うぅ、やっぱり気持ち悪い……
足元を視ると、黒紫色の魔力が絡みついてくるのが分かる。
「あっ、そうだ」
浄化に使う魔力をブーツを履くように纏ってみる……すると、それを嫌うように汚染された魔力が離れていく。
「うん、これなら」
魔力を行使することで、大地を風のように駆けていく。ほんの少しだけ遠くを見ながら。




