第301話 建築家
「じゃ、俺は行ってくるよ。」
一足先に朝食を終えた俺は、優雅に食事をしている皆を残して立ち上がった。もっとも、ベルやサブルは既に食べ終えて床で丸くなっているが。
「あとで手伝いに行くよ。コーヅさんだけじゃ、センスがねぇ……。」
イザベラに言われると反論ができない。デザイン力では勝てる要素が何もない。
「頼むよ。」
俺は素直に頼むと宿を出た。空を見上げるとどんよりとした重たい雲が広がっている。きっとまた雪が降るんだろうと思わせる雲だ。
そして、残雪を踏みしめて門をくぐりアレン家の建設予定地に向かった。鶏が凍えそうに叫んでいる声が微かに聞こえてくる。
「さてと、やりますか。」
俺は自分自身のやる気スイッチを入れるために声を出した。
まずは地面にしっかり根付かせる為に地中へ柱状の杭を延ばしていった。そしてその上に土台となる床を敷いた。そして空気層を作るために軽石を挟んだ上でもう一枚床を敷いて断熱床ができた。赤ちゃんが生まれてくる家には必要なものだ。
「もー、何やってるの!?」
イザベラが後ろで怒っていた。どうやらイザベラは1人で来ているようだ。
「断熱効果のある床だよ。空気層があって暖かいんだ。」
「そんなの要らないから。」
「要らなくはないでしょ。子供が生まれるんだから。」
「火魔石使うよりも暖かいっての?」と言いながらじろりと見てきた。
「……いや、そこまでじゃないけど。」
「だったら消す。」
俺は釈然としなかったが、言われるがままに床を消した。
「床。白く。薄く。」
「はい……。」
完全に建築家イザベラのペースに引き込まれた。まずベースとなる真っ白な床を敷いた。それを腕を組んで見ているイザベラが「良し。次はカラフルで滑らかな小石を沢山。」と表情を変えずに言った。これは何キャラだ?
「こんなの?」
「そうだ。ごちゃごちゃ言わないでサッサとやる。」
だからそれは何キャラだよ……。
俺は言われるがままに、色とりどりの玉砂利を大きさや形もバラバラに作っていった。赤や青、緑、黄、紫、思いつく限りでカラフルに作り出していった。
イザベラはそれを手に取ると床に敷いていった。
「急げ。陽がいつまでも高いと思うな。」
あ。これ、クリソプレーズにいた工事監督だ。
「手が止まってるぞ。何をするにも手だけは止めるな。」
ほんの数日前なのに、もう随分と昔のことのように思える。そんな懐かしく感じるクリソプレーズでの想い出に浸りながら、手は止めずに玉砂利を作っていった。イザベラは壁に上って、白いキャンパスに描いた何かの絵を眺めている。
「だいぶ作れたけど。」とイザベラに声をかけた。
「サンキュ!」
イザベラは壁から飛び降りた。足が雪にずっぽりと埋まったが、気にした様子もなく歩いてきた。そしてカラフルな玉砂利を掴むと、ブーツを脱いで床に上がり、またそこへ並べていった。
何を描いてるんだろう?蛇行した線を引いているように見える。
まぁ、何でも良い。デザインはイザベラに任せてカラフルな玉砂利を作り続けた。
「できたぜ!」
イザベラは親指を立ててきた。何ができたのかは知らないけど、このカラフル玉砂利作りの作業も終わりということだろう。
「じゃあ、そこへ透明な床を載せて。置いた石は動かさないでよ。」
「分かった。」
それは難しいことではない。白い床に手を置いてそこに透明な水晶を生み出していく。それは玉砂利を覆いながら床全体に広がっていった。そして十分に広がったところで、全体に平らになるように仕上げて完成だ。
「できたね。じゃあさ、そこの壁から見てみてよ。」とさっきイザベラが見ていた場所を指した。きっとイザベラなりに何かデザインをしたんだろう。俺はその場から壁の上に飛び乗った。
「あ……。」
目の前の真っ白いキャンパスに描かれたのは、天の川に橋が架かっていて、大きな2つの星と小さないくつもの星が周りに散りばめられていた。これはアレンとエミリア、そして子供たちなんだと思う。
「すごい……。」
天の川を見て感じることは、どこの世界も似ているんだろうか。とても美しい。これに陽の光が当たればもっと輝きを増すだろう。
「どや?どや?」
イザベラが脇を肘で突いてくる。鼻を大きく開いてどや顔を向けてきている。
「うん、とっても良いね。さすが光の魔術師……だっけ?」
「何それ?」
「オルデンブルク様にねだって二つ名を貰ってたじゃん。」
「あ!……あ~っ、えっと。そうそう、聖なる光の大聖女だったね。」と手をポンと叩くと頷いた。
「いや、大聖女はついてなかったよ。」
「そんな事いつ言った?誰が言った?創造神様がこの世界を作ってから何日経ったとき?」
これがこの美しい作品の作者と思うと、とても残念な気持ちになる。でも贈り物としては最高なものだと思う。これをベースにして家作りをしていかないといけない。
「……で、この後はどうしたらいい?」
残念ながら俺にはこれを活かすような間取りのアイディアはない。
「もう、コーヅさんったら、私がいないと何もできないのね。」とため息をついた。
その後はイザベラの指示で家を建てていった。壁は普通に白く作ったが、透明水晶の窓を高い位置につけて光が取り込める作りになっている。そして作り付けの家具、そして照明やキッチン、魔導回路など一般的な設備を作りつけていった。そしてその中にも、ところどころにカラフルな玉砂利を埋めていった。
「……できたけど、他にある?」
魔導回路とスイッチを付け、そのテストが終わって後ろを振り返った。
「イザベラ?」
大建築家様はキッチンの前で背を壁に預けて眠っていた。まだ昼にもなってないのに……。
「おーい、イザベラさんや。終わりましたよ。」
「ふわあぁぁぁ。コーヅさんの仕事が遅すぎて寝ちゃったよ。じゃあ最終確認しようかな。」
イザベラは起き上がると部屋の全ての明かりを灯して見て回った。こんな時ばかりは真剣な目で部屋の隅々まで細かくチェックをしている。
こんないつもの緩んだ顔とは違い、真剣な眼差しの横顔というギャップに……惹かれるようなことはない。むしろ接し方の注意点が増えるだけ面倒だ。
「コーヅさん、ここ。揃ってないよ。それとあの間接照明の角度を変えたいの。」
この真剣モードのイザベラに口答えはしない。指示通りに対応をして再度確認してもらい、そしてまた指摘を受けて直して、と何度か繰り返して大建築家のイザベラ先生から検収をいただくことができた。
「いい仕事したね。コーヅさんは良い腕の大工になれるよ。」と言うと作った家を出て宿に戻っていった。
細かな指示の対応に疲れ果てた俺はそこに寝転がった。
まだ、あちこちにドアを取り付けないといけないど、ほぼこれで完成だ。周囲の雪と同化する白い家は外からは冷たい印象を受けるが、建物の中は照明や床のデザインのお陰で温かみがある。そしてエアコンの吹き出し口を全ての部屋に繋げるという全館空調が装備されている。これはイザベラに言われて作っていたら、いつの間にかできていたものなんだけど。
この家で今まで日陰を歩み続けていたアレンとエミリアの人生を少しでも明るいものにできるだろうか?情に流されて任務違反を犯し、過酷な雪山を越えて遠くへ逃げようとしていた2人。その愛情の形が実りつつある2人。この村で、この家で穏やかに幸せを掴めることを願うばかりだ。
そんなことを思いながら体を起こすと、雪がちらつき始めた寒空の下を宿に戻った。
食堂に戻るととても賑やかだった。午前中からお祝いを始めて……いるようには見えない。お祝いされるアレンやエミリアが給仕をしているからだ。
「仕事は良いんですか?」
「雪を除いちゃえば虫も寄らないし楽なもんよ。」
「ここに建築ができる方はいらっしゃいます?アレンたちの家にドアを付けたりベッドを準備したりしたいんですけど。」
「そんなもんいるかよ。全部自分でやるんだよ。」
そりゃそうか。分業できる程に人口がいるような村じゃないし。この村に根を張るんだからアレン自ら頑張ってもらうか。
「おい、お前も飲んでいけ。」とコップを渡されたが、「まだやらないといけないことがあるので。」と断ると足早に階段を上って部屋に戻った。
実際はやらなければいけないことがある訳ではない。しかしまだまだ力不足を感じるイエティとの戦いがあって、考えていることがあった。
イエティには石弾をいくら撃ってもかすりもしなかった。彼らは雪の中であれだけの素早い動きができて力も強かった。この先は水や砂漠、そして空。こんな色々な状況下でイエティよりも強い魔獣と戦わなければいけないだろう。それには、どんな状況でも勝てるだけの圧倒的な強さが必要だ。
「ベル。トレーニングに付き合ってもらえる?」
『私は優しくないわよ。』
見つめてくる眼光に宿る強さに気圧されそうになる。
「勿論だよ。このままじゃエルフを探しまわるなんてできないし。」
『そうね。その通りよ。』
ベルがゆっくりと起き上がると、寄り掛かって寝ていたサブルが転がった。
「サブルはどうする?」
俺の言葉に、目を輝かせてベルを見た。
『あなたはダメ。リーサやホビーと一緒にいなさい。』と厳しい表情のまま言うと『うん、そうする。』とサブルはゴネることもなく、部屋から出ていった。そして俺も軽鎧を着込んでベルと部屋を出た。
階段を下りると賑やかだった食堂が静まり返り、視線がベルに注がれる。しかしベルは一切気にした様子もなく、気高く優雅にそこを通り抜けた。
「あっちの森の中で良い?」
『どこでも良いわよ。』
俺は雪の上を走って森に入った。この辺りからは魔獣の魔力は感じない。力の弱い魔獣たちはベルを恐れて逃げていってしまったようだ。
でもこれで邪魔の入らない環境となった。俺は近くの木から程良い太さの枝を折って構えた。
「行くよ。」
『いつでもどうぞ。』
……しかしベルに一切の隙を見出せずに、全く動くことができなかった。その間もベルの鋭い眼光が俺を捉え続ける。
『ねぇ、来ないなら、こっちから行くわよ。』
そう言ったと思うと、ベルが目の前にいて喉元に鋭い爪を立てられていた。




