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第300話 豹変

 俺たちは物陰から注がれる村人たちからの好奇な視線には気付かないふりをして宿に戻った。

 宿に戻ってみると、外まで漏れ聞こえるほどに賑やかだった食堂からは一切の人が消えていた。しかしその名残りはテーブルの上にピッチャーやツマミが盛り付けられた皿が置いた状態で残っていた。そして酔い潰れて寝ていたはずのアレンの姿もない。


 すると厨房の奥から威勢の良いアリーシャの声と村長、それからエミリアの声が聞こえてきた。

「いいかい?私たちはあんたたちを精一杯歓迎する食事を準備する。あんたたちは村の人たちへの挨拶の気持ちを込めて準備するんだよ?」

「それはもう何度も聞いたし、大丈夫だよ。ね?」

「はい、もうこれだけ受け入れてもらえた訳ですし、私たちも覚悟を持ってここに住まわせて貰おうと思ってます。」

「その気持ちを忘れるんじゃないよ!」

 早速もの凄い勢いで張り切っている。俺たちは顔を見合わせて苦笑した。妊婦であるエミリアの事は気がかりではあるが、もっと過酷な環境で暮らしていたし、きっと大丈夫だろう。

 俺たちは邪魔にならないように静かに階段を上ってそれぞれの部屋に戻った。すでにベルやサブルは部屋の片隅で眠っていた。俺は軽鎧を脱いで床に置くとベッドに倒れこんだ。

「……疲れた。」

『お人好しねぇ。まぁ、私たちもそれで助けられたんだけど。』

「性分かな。手の届くところに人の幸せがあるなら、そこには手を伸ばすかな。」

『へぇ、だったらリーサの幸せは?』

「うっ……。」

 ぐうの音も出ないカウンターだった。そしてまたあのキスのことを思い出してしまった。俺は何も答えられず枕に顔を埋めた。

『律儀ね。でも嫌いじゃないわよ。』

「ありがと……。」と枕に顔を埋めたまま答えた。

 リーサにはショーンとの間を取り持とうと思っているが、それが思っていた以上に難しいことが分かってきた。その上、リーサの気持ちが俺の方に向いていることを知ってしまった。いや、正直言うと、それには薄々気付いていた、けど……。でも、それでも当初の目的を果たすことで義理立てするしかない。

『ま、私には関係ないけどね。』

 そう言うとベルは大きな欠伸をして、また眠りについた。

 コンコンコン……

 突然、静かにドアがノックされる音がした。それに心臓がひっくり返るほどの衝撃が走った。リーサ……なのか?まだ何の心の準備もできていないのに。

 返事ができないまま、そのドアを凝視した。

「おーい、コーヅさん。起きてる?おーい……お酒持ってない?女子会しようと思ってさ。おーい。」というイザベラの声と共にドアがノックされ続けた。

 その気の抜けた声に一気に力が抜けた。そして体を起こした。

「ここには無いけど、食堂のテーブルにピッチャーが残ってた気がするよ。」

「あ、そっか!いやぁ、持つべきものは忠実な警護者だね。ありがと。」

「誰が誰を警護するって?大聖女様。」

「これからも期待してますよ、忠実なる……何だっけ?」

「……。」

 本当にこのペテン師は……と呆れる限りだが、何故かみんな疑わずに信用してしまう。とても不思議だ。

 イザベラの足音が遠ざかると、またベッドに倒れこんだ。


 リーサとショーンを結びつける大作戦に変更はない。まずは俺自身を国王が王族に取り込みたくなるだけの成果を上げることだ。それができなければ何も始まらない。

 俺はそれに向けて実績を積み上げられているだろうか?それにしても、王族が自分たちの娘と結婚させて取り込みたくなる実績とはどれ程のものだろうか?

 ……分からないけど、やるしかない。

 そして、もしそうなった場合、その時にはショーンがリーサの隣に相応しいだけの男になっていてくれていないといけない。それは一介の近衛兵では駄目ということだ。それに向かって何か手伝えることはあるだろうか?でも最後に会った時はショーンの雰囲気も変わっていた。ショーンなりにも、もがいているんだろうと信じたい。

 また明日も何かしら積み上げられるように頑張ろうと思う。

 思考を止めると、途端に意識が深みに落ちていく……。


『オハヨ!スゴク、イイニオイガスルヨ。』

 サブルがお腹の上に乗り、顔に虎パンチを繰り出してきた。昨日の出来事が濃密過ぎたせいか、あまり寝た気がしない。

「おはよう。」

 俺はベッドから起き上がると、力の出ない体に魔力を循環させて目を覚ました。そして着替えてから従魔たちと下の食堂に向かった。すでにリーサたちは席についてお茶を飲んで待っていた。そのリーサと一瞬視線が絡み合ったが、すぐにお互いが視線を外した。

 やはり昨日の今日では、どうしても意識してしまう。

「おはよう。」と席に着くと一斉に吹き出された。

「何?どうしたの?」

「頭。」と指を指されながら笑われた。

 髪の毛が跳ねていた。慌てて髪の毛に手を置いて抑えるが、手をどけると元気良く跳ねてしまう。その度に笑われるし、サブルには肩に乗りかかられて虎パンチで遊ばれた。それをリーサが「止めなさい。おもちゃじゃないのよ。」と注意して肩から下ろすと、今度はホビーが替わってパンチし始めて、それをまたリーサが注意して引き剥がした。すると今度はイザベラが近寄ってきて指で弾くように髪の毛で遊び始めた。

「ちょっと、イザベラさん!?」

「へへへ。見てたら面白そうに思えて。でもつまんなかったよ。」

「……。」

 それにはさすがのリーサも答えに窮していた。そしてリーサは腰ベルトから何か取り出すと、それを手に付けてから髪の毛を優しく押さえた。

 その手からは甘いリーサの香りが漂ってくる。その香油の香りはリーサをより強く意識させる。

 俺は背後で動くリーサの気配を追い、そして密かにその香りを胸いっぱいに満たした。やはりリーサの存在には幸せを感じてしまう。

「うー、ダメ。何なの、この髪の毛。」

 リーサが髪の毛を強く押さえて手を放すと、また髪の毛が跳ね戻る。

「ぼくにもやらせて!」

 ホビーが上から強く押さえた。しかし何度繰り返しても跳ね返ってくるので、ホビーは乱暴に髪の毛をかき混ぜはじめた。

「うわたたた。ちょっとホビー?」

「もう!このくらいやらないと、どうにもならないのよ。」

 そう言いながらリーサも一緒になってホビーと頭をかき回してきた。

 最終的に跳ねた髪の毛に合わせて逆立てた髪型になった。

「ごめん……。」

「いや、イメチェンになったし。この髪型はどう?」とリーサを振り返った。

「へ?えっと……。」

 リーサが答えを探していると「あ、あのさ、多分……何か少し強そうに見えるよ。」とシュリが頑張って答えていた。

「あはは、ありがとう。」

 これ以上の感想を聞こうとするとこっちが悲しくなってくる。

 しかし、こんな出来事のおかげでリーサとも何となく元の雰囲気に戻れた。

 ……しかし、こんな無駄時間を使ったのにも関わらず一向に朝食が届く気配がない。もうみんな揃ってるし、後から入ってきた村の人たちのチキンカツサンドは既に届いているのに。

「どうしたんだろう?」

 皆を見回しても首を振るだけだ。そしてここにはアレンもエミリアもいないので、2人は厨房なんじゃないかと思う。その厨房からは食欲をそそる焼ける肉とソースの絡み合った香ばしい匂いが届いてきて余計に空腹を刺激してくる。

「お待たせいたしましたね。」

 そう言いながら厨房から出てくるアリーシャの手にはとても分厚いステーキにソースがかかった皿が載っていた。そしてそれらを皆の前に置いていった。

「こちらは今夜も出そうと思っているオークステーキです。酸味の効いたソースをおかけになってお召し上がりください。」

 昨日の今日で変わりすぎだろ……。周囲の村人たちもアリーシャの言葉遣いに驚き戸惑った様子で凝視していた。

 そしてアレンがベルとサブルには一際大きなオーク肉のステーキを持ってきた。

「うわぁ~。ありがと、アリーシャさん!」というイザベラに「勿体ないお言葉です。」と頭を下げて厨房に戻っていった。

 そんなアリーシャが消えると村人たちは一斉にざわついた。そしてアリーシャが厨房から戻ってくると、また黙った。

「はいよ!食べたらサッサと働きにお行き。」と言って村人の前にチキンカツサンドを乱暴に置いたと思ったら、すぐに厨房へ戻っていった。

「……いつも通りだ。」という呟きと共に一層訝しげな視線が俺たちへ注がれるという、何とも居住まいが悪い中で食事を進めた。

 昨夜は墓まで持っていくなんて言ってたけど、これでは言いふらしているのと変わらない気がする。でもイザベラが大聖女という嘘が広まったところで、明日には出立する訳だし大きな影響はないだろう。

「どうしたの?」

 リーサが顔を寄せて小声で話しかけてきた。思わずその柔らかな紅い唇に目がいってしまったが、すぐに視線を外した。

「あの大聖女様が……。」と途中まで答えると大体のことは把握したようで「ああ……。それにしても凄い効力ねぇ。」と納得して笑った。

 そしてそういったことに全く興味を示さないベルとサブルは与えられた食事をあっという間に終えると、宿から出て行った。狩りで人間の食事では足りない量と栄養素を補充をするのだ。

 しかし村人たちも仕事があるので、早々に食事を済ませると、俺たちを何度も見ながら食堂を出て行った。そして誰もいなくなった食堂で「はぁ……。疲れるね。」とシュリが大きく息を吐いた。

「それも今夜までだし。でもお陰でアリーシャさんもすっごく協力的になったじゃない?」

 すると厨房からアレンとエミリアが出てきた。

「ねぇ、何があったの?」

「あなたたちをよろしくねって言っただけだよ。」とティアが答えた。

「そんな訳ないでしょ!?」とエミリアが厨房を振り返った。

 しかし本当に大聖女というワードを除けば概ね正しいのだ。

「それが本当なんだよ。」

「詮索すべきではないんだろう。諦めろ。」と情報の取扱いに長けたアレンが察してくれた。

「だって……。」と不満顔をアレンに向けた。

「それよりさ、これから家を建てるんだけど、どんな家がいい?」

「雨風が凌げれば十分だな。」

「ずいぶんと謙虚だね。」

「今、生きて明日も生きれそうなだけで十分よ。」とエミリアが笑った。

 一体どれ程に過酷な環境だったんだろう?でも、新たな人生を送る門出のお祝いなんだから精一杯頑張ろうと思う。


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