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第299話 想像のはるか上

 不意打ちによるリーサのキスに驚いていると「私の初めてよ、ヨーイチ。」と唇を離したリーサが俯き加減に呟いた。

 現実への理解が追いつかず、時が停止したような静かな時間が流れた。


 ……やっぱり俺にこの責任を取ることはできない。だからここで絶対に思わせぶりな態度を取ることはできない……んだけど正直言うと嬉しかった。とても幸せを感じたし、心地良かったし、いつまでも唇を重ねていたかった。

 そして気付いた時には目の前にあるリーサの小さな肩に手が伸びていた。するとその体がビクッと反応したので思わず手を離した。

「ご、ごめん。」

 リーサは俯いたまま首を振ると、何かひと言呟いて走り去っていった。

 ……危ない。絶対にすべきではないと思っていたのに。何をやってるんだ、俺は。

 もしかして俺はリーサを好きになってる?いや、好きなことは間違いない。しかし、それは恋愛感情を持ったものなんだろうか。

 俺は慌てて首を振った。違う違う。そう言うことじゃない。好きとか嫌いとかじゃない。良いか悪いかだ。これは駄目なことだ。

 俺は何度も首を振り、頬を幾度となく叩いた。しかしそんなことで混乱は収まらないし、その上に降りかかる自己嫌悪にため息を繰り返しながら重たい足取りで宿に戻った。

 

 外まで聞こえてくる程に宿の食堂では盛り上がっている。

 リーサがこの中にいるとは思えないけど、誘われたら貴族の責務として断らないだろう。もしいたとすると、どのような気持ちで顔を合わせたら良いのか分からなくて、目の前のドアノブに手が伸びない。


 ……しかし、いつまでもそうしている訳にはいかない。今まで通り何事もなかったように接するだけだ、と自分に言い聞かせて平静を装いながらドアを開けた。

 そこでは酒盛りが盛大に行われていた。素早くその中を見回したが、そこにはリーサたちの姿はなかった。それに安心をして近くの人に「随分と盛り上がってますね。」と話しかけた。

「アレンとエミリアちゃんの歓迎会だよ。このまま朝まで続けちまうぜ~。」

 そんなことを言うとアリーシャが怒るんじゃないかとも思ったけど、その輪の中で一緒になって盛り上がっていた。そして村長もその隣で笑みを湛えながら静かに楽しんでいた。

「明日の準備はできたのかい?」

 俺に気付いたアリーシャが赤ら顔で声をかけてきた。

「大体できました。」

「まぁ、あの中途半端な料理と壁だからね。期待はしてないけどさ。」と言いながら手元の酒を一気に飲み干した。

 行きに立ち寄った時には確かにオークカツも揚げ方だけだし、壁も途中までしか作れていないもんな。そういう評価なのも仕方がない。

「まぁ、いいじゃないか。ありがたいのは祝ってくれる気持ちだよ。ささっ、コーヅさんも是非一緒にお祝いしてくれ。」

 俺は早く部屋に戻って布団を被って寝たいんだけど……という都合など全く関係なく、アリーシャの正面に強制的に座らされた。そしてアリーシャが手際良く果実酒の注いだコップを目の前に置いた。

「ではアレン君とエミリアさんの結婚、そして生まれてくる子に創造神様の祝福を。乾杯。」

 静かな声で村長はコップを掲げた。こうなると俺も覚悟を決めないといけない。それにさっきの事を一旦忘れるには酒の力を借りるのも良いかもしれない。コップを掲げてアレンやエミリア、そしてアリーシャ、周りのテーブルにいる冒険者や商人たちとコップを合わせた。

「お前には本っっ当に世話になったな。」とやや呂律が回らなくなっているアレンが千鳥足で隣に来て話しかけてきた。

「もう気持ちは固まったの?」

「いや、それよりも先に礼を言わせてくれ。俺はあの時に死んだんだ。だからお前が勧めるこの村に骨を埋める。もう決めた。」と肩に腕を回してきた。

 この村への移住までは勧めては無いと思った。でもすごく酒臭いし、これは相当酔っている。何を言ったところで明日には覚えていないんじゃないかと思うので話は聞き流した。

「よく言った!よし、アレンの未来に乾杯!」

 そうやって会話が進む度に乾杯を繰り返す。この国はどこへ行っても同じなので、もう慣れてきた。

「さっき仕事まで用意してもらったんだ。これだけしてもらったら、そりゃ腹を括るしかないよな。」

 今夜のアレンは酒のせいなのか饒舌だ。おおよそスパイとは思えない口の軽さだ。もしかすると酔ったフリしてるのかもしれないけど。でも俺はアレンを信じる。根拠はないけど。

「色々と面倒を見てくれてありがとうございます。2人のことをよろしくお願いします。」

 俺もアレンを紹介した手前、村人たちに頭を下げた。

「コイツが勝手に気に入って押し付けただけだよ。」と村長がアリーシャの怒りに触れそうなことをさらっと言うので焦った。

「私が恩着せがましいみたいに言わないでおくれよ。」

「その通りだろう?」と言って笑った。

 そんなやり取りを見ているとアリーシャと村長はとても仲の良い夫婦なことが伝わってきた。


「案内して。」

 酒は進みアリーシャの顔はどす黒い程に赤くなっていた。勿論、酔いが回っているのは俺もだし、アレンに至っては隣で潰れている。そんな時におもむろにアリーシャは立ち上がった。

「お、おい……。」

 村長が手を伸ばして止めようとしたが、それよりも先に宿を出ていった。

「やれやれ。」と村長は苦笑を浮かべて俺を見た。そして村長と一緒に立ち上がると、アリーシャを集会所へ案内すべく宿を出た。

「中途半端な仕事をしてたらただじゃおかないよ!?」という大きな声が村に響いた。しかし声を張ったら酔いが回ったようで、宿屋の壁に手をついた。

「遅い時間ですし。もう少し……。」

「グチグチ言わないではっきり喋りな!」

「こら、アリーシャ。コーヅさんに失礼だよ。」

「本当にこの男どもは……。」

 アリーシャはブツクサ言いながらも大人しくなった。そして千鳥足で集会所の方へ歩いて行った。時おり吹いてくる風が体内のアルコールを一緒に連れ去っていき頭がすっきりとしてくる。


 そしてリーサとのキスを交わした場所が見えてきた。……が、明かりを消したはずの集会所から光が漏れていることに気付いた。

 おかしいと思いながら村の木壁を通り抜けた。

「なんだい、これは……!?」

 アリーシャだけでなく俺までもその場に立ち尽くしてしまった。そこには虹色に透ける光のオブジェの姿があった。

「何を覗き見してんのよ!もー、せっかく皆を驚かせようと思ったのに。」

 イザベラとティアは帰ったと見せかけただけで帰ってはいなかったようだ。

「何を言ってるんだい……。」

 アリーシャは反論しようとしたようだが、言葉が続かずそのまままた虹色のオブジェに魅入っていた。

 これがただ壁や屋根を透明にしただけの集会所とは……。

「もー、ばれたなら良いや。ここ見て。こういう角があった方が虹色になるみたいなのよね。横は曲線じゃなくて、カクカクさせてもらえるかなぁ。」

 これだけのものを見せられたら、イザベラの指示には素直に従うしかない。俺はイザベラに言われるままに何面体になるのか分からないけど、多面体になるように壁や天井にいくつもの面をつけていった。

「とても素晴らしいですね。この中にいると天国に迷い込んだみたいですよ。」と村長が部屋の真ん中から見回していた。

「あんたたち一体何者……?」

「ふふふ。あなた……見る目があるのね。こっちはS級宮廷魔術師ティア。そして……。(コーヅさん、何がいい?)」と小声で聞いてきた。

「いいよ、二つ名みたいなのは。」

「(ダメだよ。こういう時はしっかり格好つけないと。)」

 イザベラは小声でそう言うとアリーシャに向かって、また低い声色に戻して「これは武神でありながら聖人の異名を持つコーヅ。しかしそれは……表向きの姿なのです。真の姿は私こと大聖女イザベラとそれを護る勇者たちなのです。」と両手を胸に当てた。

「……大聖女……様!?」

 アリーシャも村長もその言葉の意味を嚙みしめるように真剣な面持ちでイザベラのインチキな呼び名を復唱していた。しかしここでそれを訂正したところで、何のメリットもないので、ティアと顔を見合わせて苦笑しあった。

「ここは大聖女様の神殿なのでしょうか?」

「いいえ、ここはアレンとエミリアをあなたたちに与えた、その友好の証です。この村に2人を受け入れ、そして護ってやってくれますね?」

「勿論です、大聖女様!」

 何でこの世界の人は、こんなにも騙されやすいんだろう?でも、せっかくその気になっているんだから、それを利用しない手はない。

「それを聞いて安心しました。このことは他の者には内緒ですよ。これはあなたたちだけの胸にしまっておいてください。」

「私たちだけ……。分かりました!このことは決して口外せず墓まで持っていきます。」

「ありがとうございます。」と言うと嘘くさい微笑みを浮かべた。

「あ、あの、私は明日の準備がありますので、ここで失礼します。明日は大聖女様の名に誓って全身全霊をかけて料理を準備します。」

「期待しています。」

 アリーシャは一礼すると千鳥足のまま走って戻っていった。そして村長が転ばないようにそれを支えながら一緒に戻っていった。

「色々すごいね……。」

 この光も凄いし、あのアリーシャを信じ込ませるペテン手腕も凄い。結果だけを見るとこれはイザベラの手柄以外の何物でもない。

「でしょでしょ?これからも私の事は大聖女として崇めるんですよ。」

「調子に乗らないの。創造神様以外は皆平等という教えでしょ。」

「へへへ、そうでした。」

「まだ何かある?」

「うん、もういいかな。バレちゃったし。」

 本当ならまだこれ以上にまだやれることがあるのか。もう俺にはその領域の話にはついていけない。これのどこに手を入れる場所が残っているんだろうと辺りを見回したが、想像のはるか上の、この光のオブジェは完璧にしか見えない。

「さ、帰ろ。」

 光を消して村に戻ると、物陰からの沢山の視線を感じた。そりゃそうだ。虹色の光が煌々と夜空を照らしているんだから気付かない訳がない。いや、もしかするとアリーシャの声が村中に響き渡っていたのかもしれないけど。

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