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第298話 柔らかな……

 今回の大浴場には脱衣所の仕切りや温水シャワー、そして露天風呂に相応しい岩の置物やおしゃれな間接照明もしっかりと作ってある。今、こうやって短時間で作れるものとしては、これ以上ない仕上がりだと思う。

「よしよし。」と、ひとり満足して頷いた。

 これをこの村のレガシーとして、末永く受け継いでいってもらえればと思う。

「ごはんだよー!」と遠くからホビーの甲高い声が聞こえてきた。

「ご飯だって。聞こえた?」

 シュリが浴室を覗いてきた。

「聞こえたよ。こっちも丁度仕上がったところ。」

「うんうん。これは頑張ったよねぇ。」

「でも、作るのはこれじゃないのよ。大丈夫なの?」

 ティアに言われて思い出した。すっかり風呂作りが目的になっていたけど、明日の祝賀会の準備が本来の目的だった。やべっ

「うん、大丈夫……かな?」

「あー、これは駄目なヤツだ。」

「まったく……。早く食べて、戻ってこないとね。」

 壁と屋根を作るだけならそんなに難しくない。透明とか断熱とか考えてたから難しくなったのだ。

 でも皆のおかげで整地は終わっているし、大浴場もできた。そして本丸の集会所だって既に床は作ってある。あとはきっと何とかなるし、何とかする。


「つっかれたぁ。」

 宿に戻ると自分たちに用意されていた椅子に体を預けるように座った。

「疲れたのは私たちの方だよ。こんなに夜まで働かせてさ。」

「ごめんごめん。あとでお風呂に入ってゆっくり休んで。」

「休んでる暇なんてないでしょ?」

「そうでした……。」

 食堂を兼ねているここには酒を求める村人たちや、冒険者らしきグループ、そして商人のグループなどがそれぞれのテーブルを囲んで賑やかだった。そして何よりも、この空間を充満している香ばしい揚げ物の匂いに、胃が早く食わせろと主張してくる。

 そこへ厨房からエミリアが両手に皿を持って出てきた。

「2皿で出るんじゃないよ。」

 アリーシャがエミリアの後ろから1、2、……7皿を両腕に載せて出てきた。

「はいよ、取っておくれ。」

「お、おう。」

 粗暴そうな冒険者もアリーシャの勢いに圧されたように素直に皿を受け取っていた。彼らはきっと食事だけして村の広場で夜営をするんだと思う。この村が安全と決めつける訳じゃないけど、村や集落での夜営は危険が低いので、精神的な負担も軽減される。あとで出来立ての風呂に誘ってみよう。疲れも取れて今夜は良く眠れるはずだ。

 前菜を運んできたエミリアによるとメインディッシュはオークカツかと思ったら、チキンカツをメインに据えた定食だそうだ。まだ慣れておらず説明も拙いが頑張っていることは伝わってくる。

 その仕事ぶりの一部始終をアレンは目で追っていた。表情は隠しているが、心配していることは手に取るように分かる。

 サラダやスープ、パンが順番に届けられた。サラダとスープは取り分けられて一人一人の前に並べられ、パンはまとめてテーブルの中央に置かれた。

「ありがとう。」とエミリアに礼を伝えると、はにかみながら頷いて、すぐに厨房の裏に駆け戻っていった。


 やがて食事は進み、アリーシャとエミリアでメインディッシュを持ってきた。アリーシャが大きな従魔用に大きなボウルにチキンカツを多めに入れて持ってきてくれた。

「これはチキンカツだよ。ソースをたっぷりかけて食べておくれ。」

「アレンジしてるんですね。」

「当たり前だろ?」

 安定して手に入らないオーク肉ではなく、手に入りやすい鶏肉でも美味しく食べられるように研究したそうだ。これで衛兵が鶏の飼育場所についてぼやいていた理由と結びついた。でも村はかなり広げられたし、アリーシャ権限できっと十分な飼育スペースが割り当てられるだろう。しかしベルの食事量と言うのはそういう次元ではない。オーク肉を狩ってきてもらわないと村の鶏なんてあっという間に食い尽くしてしまうと思った。

 それにしてもアリーシャは本当に研究熱心だし、よく考えている。味だけではなく、安定提供のことまで考えているとは思わなかった。願わくば接客についても同じように熱心に研究して欲しいところだ。

 

 それにしても……とチキンカツに視線を落とした。このソースがマッチしていて永遠に食欲を刺激し続けてくる。それに加えて厚手のパン粉が食感を豊かにしていて食べていて楽しい。

「すみません。おかわりいいですか?」

「はいよ!」

 そんなやり取りを繰り返していると「そんなに『私の』チキンカツは美味しいかい?」とアリーシャがやたらと自分を強調しながら分かりやすく機嫌が良くなっていった。これはオークカツのレシピを教えたからライバル視してきていそうだ。俺は料理人じゃないから止めて欲しいけど。

「で、明日の準備はできたのかい?」

「いやー、ははは。今夜もこれから頑張ります。」

「そんなこったろうと思ったよ。」とため息をついたが、だったら作らない!と啖呵を切るようなことはなかったので安心した。

 アリーシャの期待は良い意味で裏切りたいと思う。でも、その前に作りたての風呂に浸かって透明な壁や屋根の設計を考えようと思ってるけど。


 風呂文化の育成のために食堂にいる人たちも誘って行こうとしたが、とても残念なことに、この場にいる人たちも風呂に入る習慣はないようで、反応は芳しくなかった。

「仕方ないよ。行こ。」

 シュリに慰められながら風呂に向かった。山から吹き下ろしてくる森の香りを含んだ冷たい風が肌を擦っていく。身体強化が十分でないホビーは多少寒さを感じるようで、縮こまってリーサと並んで歩いていた。

 しかし!だからこその風呂だ。待ってろよ、ホビー。すぐに最高の快楽に浸らせてやるから。

 風呂に着くと女性とそれ以外で別れた。そして間接照明を点けてから、温かなお湯を注いでいった。柔らかな湯気が立ち上り、間接照明がそれを温かな色へ染めた。そこへホビーが「いちばんのり!」と言って飛び込んだ。そこへすぐに『ボクモ!』とサブルも追いかけて飛び込んだ。

「ふひぎゃあああぁぁ!」「がうるるるぁぁ!」とホビーとサブルの甲高い声が響いた。

「ホビー、サブル、みっともない声を出さないの!」と隣からリーサの声が飛んできた。

「コーヅのまねだよ。ねぇ、サブル。」

『ウン!』

「コーヅ殿。ホビーへの教育に悪いので行儀良く入ってくださいね!」

「うん、気をつけるよ……。」と納得はしてないが、そう返事をした。

 そして俺とベルがそろりと湯に浸かった。

「うゔぅふぅぅぅぅ……。」

 声は抑えたものの、魂から湧き上がってくる雄叫びは抑えきることができずに漏れ出てしまった。

「コーヅ殿!」

 すかさず飛んできた声にホビーとサブルは笑った。


 俺はこれから作る建物の構造のことを考え、ベルは呆けた顔で顎を縁に乗せて目を閉じていた。そして子供たちはそれらを邪魔するようにはしゃいでいる。

 ただし、それは長続きせずにいつもの様に突然「でる。」と言うとホビーとサブルは浴槽を出て宿に戻っていった。するとベルもそれについて戻っていった。一人になると、いやベルがいなくなるだけで、ここはとても広々とした大浴場となる。俺はベルに押し流された湯を注ぎ足すと、手でお湯をすくって顔を洗った。

 俺は星空を見上げながら集会所のことを考えていると、隣の女湯からは女子たちが取り留めもない話を延々と続けている声が聞こえ続けていた。


「で、コーヅさんとはどこまで進んだの?」

 自分の名前が聞こえてきて、ふと意識がそっちに向いた。

「コーヅはヘタレだし何も進んでないんじゃない?」

 ひどい言われようだ。ヘタレているとかじゃなくて、日本に残した家族を大切に想ってるの!

「でもさ、前の奥さんの事を忘れられないみたいだし。」

 シュリ君、惜しい。俺は別れてないぞ。

「じゃあ、リーサさんが実力行使で。」

「きゃーー!」

 俺はその先を聞きたくなくて浴槽に身を沈めて自分の耳と意識をそっと閉じた。

 やがて集会所の構想がまとまると、頭から強いシャワーを浴びた。最近は風呂に入っても湯に浸かるだけだったので、汚い話だけど頭が痒くなることがあったので本当にスッキリした。

 やっぱり携帯温水シャワーも持ち歩かないといけない必需品だな、と改めて思った。

 

 そして風呂から上がると、集会所を作る作業に戻った。まずは透明な壁を大きな円を描くように、そして解放感のために高く作っていった。これだけでも風が当たりにくくなってかなりマシにはなったが、水晶自体は外気とほぼ同じくらい冷たい。だからささやかにも空気層を挟んで3重にした。そしてシュリの要望通りに四方に出入口を作った。それから屋根を作るために壁に飛び乗った。そこへドーム状の屋根を載せる……のはちょっと広さ的にも怖かったし、断熱層を作るには、片流れの屋根をいくつか繋げるノコギリ屋根を作っていった。そうすると負荷がいくつかに分散されて耐久力の弱い場所が無くなるし、斜めなだけで真っ直ぐなので空気層も作りやすい。

 これで建物自体は作ることができた。

「ここに料理を並べて、お酒はこっちで、あの辺りで食べたりすれば良いかな。」

 そして建物の中を動線を想像しながら、棚や仕切りを作りながら歩いていると、入り口に風呂上がりのイザベラたちが立っていることに気付いた。

 しかし壁を作って屋根を載せるって結構な時間かけてたと思うけど、この女子たちはどれだけ長湯なんだよと呆れた目を向けた。しかしそんな目は気にも留めず「ほほぅ。これはコーヅさんにしては頑張ったね。ではここにイザベラさんが彩りを添えて上げよう。でも明日ね。」と欠伸しながら宿に戻っていった。そしてティアとシュリも「明日手伝うね。おやすみ。」と言ってイザベラと一緒に戻っていった。

「何か手伝いは必要?」とリーサは残ったが、俺は首を振った。

「今日はもういいかな。俺も帰るよ。」

 リーサは頷くと散らばっている光魔石を消しながら集めていった。俺も同じように光魔石を回収していった。全てを回収し終えると降るほどの星空が広がった。

「こういう星空ってこの世界で初めて見たんだ。」

「こうじゃない星空なんてあるの?」

 リーサと並んでゆっくりと宿の方へ歩き始めた。

「うん。街が明るくて空気があまり綺麗じゃなくてね。大きく光る星がいくつかしか見えないんだ。」

「……じゃあ夜は真っ暗なの?」とリーサは首を傾げる。

「いや、むしろ街の光が強くてずっと昼みたいだったよ。」

「そんな大きな光魔石が……?あ、でも魔石は無いのか。なんだかよく分からない世界ね。」

「まーね。その光らせる技術は、俺にも分かるような分からないような難しいものだし。」

「何よそれ。」と言って俺に体をぶつけて笑った。

 そうやって星空の下で屈託なく笑うリーサもとても綺麗だ。燃えるような赤い髪もその瞳も……

「……ん!?」

 唇に温かく柔らかなものが触れ、目の前にはリーサの閉じられた長いまつ毛の目があった。

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