第297話 引っ越し祝い
やがて宿屋から気の弱い村長が引きずられるように、びっこを引きながら急ぎ足で戻ってきた。
「はぁはぁ……。あなたですか?はぁはぁ……。移住……希望……はぁはぁ。」
両手を膝に当てて肩で息をしている。生物属性の魔力のない人はこんなものだろう。しかし宿にいる時は気にならなかったけど、引きずった足が気になる。
「先に足を治療させてください。」
俺は答えを待たずにアリーシャの夫である村長の膝に手を当てるとヒールで体を包んだ。
「おお……。」
自分に起きた不思議な感覚に村長が唸った。
「……な、なぁ、もしかしてあんたがアズライトの聖人なのか?」と衛兵が恐る恐るといった感じで聞いてきた。
「どういうこと?」
別の衛兵が不思議そうにその衛兵に聞いた。
「突然アズライトに現れた聖人が、国中の重症者を治して食べ物を施した上に、スラムへの慈悲の心から街を拡張して仕事を提供したって噂だよ。」
その説明を聞いた衛兵、そして村長から一斉に注がれた視線には畏怖の色を超えた恐れが含まれているように感じられた。
それは違う!と否定したいが……あまり違わない。
「……そんな立派なものじゃないですけど。」と控えめに答えた。
「そういうことは早く言えよ……おっしゃってください。」
「おい、今夜は聖人様の歓迎も一緒に祭りだ!すぐに準備するぞ!」
そしてまたベルと取り残された。
「……帰ろうか?」
『美味しいものが食べられるなら何でもいいわ。』と宿に向かって歩き始めた。
宿に戻ると建物の外までアリーシャの怒号が響いてきた。
「今夜なんて間に合う訳ないだろ!何考えてるのさ!」
事情を察して、ベルと顔を見合わせてから宿に入った。
「少しでも良いんだ。オークカツサンドがこの村の名物なんだ。な?頼むよ。」と夫である村長が必死に頭を下げている。その様子を衛兵やアレンとエミリアが少し離れたところから心配そうな表情で見ている。
口を出すことでもない……とはいかないな。歓迎会の中に名前を入れられたんだから。
「明日じゃ駄目なんですか?」
「今日知ってしまったんだから今日ですよ。」
村長は俺に振り返りそう答えると、またアリーシャに向き直った。「なっ?アリーシャだってあの娘をここで働かせる訳だし。早い方が良いと思うんだ。」
「だ・か・ら、今から何ができるってのさ。そんなの鍋くらいだろう?それなら誰だってできるだろ!?」
「村一番の料理人のアリーシャだから良いんだよ。」
そう言ってお互いに譲らない。気弱なだけの旦那だと思っていたが、やる時はやるようだ。
それにしても……アリーシャだってエミリアを歓迎していることには違いない。どこかに双方の妥協点を見いだせないものだろうか、と頭を悩ませていると、つまらなさそうにしていたベルが静かに階段を上っていった。
「この時間からやるなら、アリーシャさんの言うように簡単な準備でやるべきですよ。明日なら、きっと話は変わってくると思いますし。」
「何言ってるんだい!明日だってやらないよ。」
「今から準備を始めれば明日なら用意できるでしょう!?」
「そういうことを言ってるんじゃないよ。」
今度は俺とアリーシャで揉め始めたので、隣で村長が心配そうに見ていた。
「どうなさったのですか?」とベルがリーサを連れて2階から下りてきた。
「どうもこうもないさね。」
そして話は歓迎会からアレンたちの住まいなど話があちこちに飛び、また収集がつかなくなってきた。
「な、なぁ、俺たちは静かに暮らせれば良いんだ。歓迎とかは、あまり……。」
「そういうことじゃないんだよ!まるで私が歓迎してないみたいじゃないか。」とアリーシャが声を荒げた。
「で、でもよ、そう取れるだろ。」と衛兵がささやかな反抗を見せた。しかしアリーシャに睨まれて小さくなってしまった。
そしてこの場がまた混沌とし始めてきた。
「ちょっと待ってください。それならアリーシャさんは何ならできるんです?」
「私はこんな寒空で冷たくなったオークカツサンドなんて出したくないんだよ。」
「だけどよ。気持ちってもんが大事で。」
「気持ちはあるって……。」「まぁまぁ。アリーシャさんのご意見は分かりました。それは温かな室内なら提供もできるってことですよね。」
「はっ、そんなことができるならね。この村だけで大人は30人以上いるんだよ?それに子供たち、それにあんたたちだって。」と胡散臭いものを見る目で見られた。
「アズライトの奇跡をここでもお見せいただけるのですか?」と藁にもすがるような表情で衛兵が俺を見てきた。
「明日なら何とかします。村の拡張とアレンたちの家と。だからアリーシャさんは明日温かな部屋で食べられるオークカツサンドの準備をお願いします。村長さんはお祝いは明日ってことで話をまとめてきてください。それと村の拡張して良い場所を教えてください。」
「は、はい!お任せください。」と言ったかと思うと急いで宿を出ていった。
「ふん。まぁ、何するんだか知らないけど、言った以上ちゃんとやるんだよ。」
「勿論です。」
「大丈夫なの?」とリーサが心配そうな顔を見せた。何に対して心配してるのかは分からないけど、やると口にした以上やり切りる覚悟だ。
「これまで散々鍛えられたし、大丈夫だよ。」
俺はすぐに作業を始められるようにと宿を出ようとした。
「おい、本当に大丈夫なのか?」とアレンからも心配そうな声をかけられた。そしてその隣でもエミリアが不安そうな表情を見せている。スパイにしては感情的だとは思ったが、元々あまり適性もないんだろうな。きっと、こんな人情味が素なんだろう。
「うん、まぁ建てるのは得意だからさ。見てたでしょ?新婚祝いと思って頑張るよ。」と笑みを返した。そして色々と不安にさせすぎて眉毛がハの字になってしまっている村長を連れて宿を出た。そしてリーサには他のみんなを連れてきてもらう様に頼んだ。
「新たに村を広げるとしたらどっちの方向にしますか?」
見渡す村の中は、家が何軒も立ち並んでいて、オークに襲われなかった畑には青々とした葉の冬野菜が広がっている。そしてどこかに鶏もいるはずだ。それらを囲う様に一部の石壁、そして木で修復した壁に囲われている。
「西の方ですね。」と村長が指で示した。
街道から離れる西の方は畑も少なく、新たな開拓はしやすいように思えた。方角さえ分かれば、あとは自分の力量、そして気合いの問題だ。
壁は既存の壁に繋げて広げていけば良いと思う。今回の広さはアレンたちの家や畑、そして鶏の放牧地、それから明日の集会ができる広い建屋を作りたい。忘れてはいけないのが大浴場だ。村の人、そして旅の途中に立ち寄った人たちの疲れを癒す憩いの場として残したい。
構想、そしてイメージはできた。あとはその広さを確保するだけの壁を作っていけば良い。そしてその間に皆には木を切り倒して整地していってもらおうと思う。
俺は皆の到着を待たずに壁を西の方へ伸ばしていった。村長や衛兵たちが後ろで奇跡だとか言ってるけど前もここで一部分だけど壁は作ったからね。
そう言う言葉に耳を塞ぎ、作業を進めた。
アレンやエミリアへの餞別の意味も含めて少し頑張って伸ばしていた。すると木を切っていたシュリが駆け寄ってきて「ちょいちょい、コーヅくん。さすがにもういいんじゃない?」と振り返った。気付いたら100mくらい伸ばしてしまっていた。
「うん、ここまでにするよ。」
そこから村に平行に伸ばしていき、また折り返して村の壁に繋げるように伸ばしていった。この壁は上を歩けるように丁寧には作ってない。身体強化をしている衛兵たちにはあまり意味のないことだったと気付いたからだ。
そして木の壁に出入り口の穴を開けてもらい村と繋げた。
他の人たちには囲った敷地内の木をどんどんと切り倒してもらっている。そして俺は切り株を引っこ抜いて整地した。
「本当にコーヅさんて加減を知らないよね。バカなのって聞きたくなっちゃう。」
イザベラが文句を言いながらも切り倒していると、切り倒された木を運びながらティアは「何を今更。」と同調していた。
「ははは。今回は引越し祝いと、結婚祝いと、少し早い出産祝いだからね。張り切ってるんでしょ。私たちも負けないように張り切らないと。」とシュリだけが味方してくれている。
「もー、私は完敗で良いよぉ。」
イザベラはぶつくさ言いながら面倒くさそうに切り倒していった。
今夜はまだアレンたちの家は要らない。それより先にパーティー会場の設営が必要だ。開放的な半屋内のような建物にしようと思っている。風が防げてアリーシャの作る料理が冷めにくくしたい。
まずは土台となる床を作ることで建物の広さを決めていく。村人は大人で30人くらいだそうだ。そこに子供、俺たちや一緒に泊まっていた商人たちが加わると50人といったところだろう。
「そうすると、6人がけのテーブルが9セットあれば間違いないか。」
そんなことを呟きながら、作業を始めた。
まずは地面の下へ石杭を伸ばして固定してから、その上に床を広げていく。が、今回からは断熱効果を作り出したい。床を3層構造にして水晶、軽石、水晶と間に空気層を作ることで地面からの冷えを抑えるというものだ。これは1回で終わらない面倒臭さはあるものの、作業としての難しさはない。
しかし、地面はまだ作りやすかったが、壁や屋根部分はこの広さをどう作ったもんか。
悩む……。
「エアコンは忘れないでよ。」と木を切り倒しているティアから声が飛んできた。俺は手を上げて了解の意思を示した。
壁にエアコンの吹き出し口を作っておくと良いだろう。広いから四方の壁に設けておくと良いかもしれない。とは言え、それは壁を作った後で良いだろう。とにかく壁を伸ばしていった。
「集会所なら壁も透明な方が良くない?」とシュリの声に「分かったー!」と返事して、壁を消した。
確かに透明な方が明るくなるし、中と外の境界が曖昧になって、より広く感じると思う。改めて壁を透明で作り直していった。
「コーヅさーん、屋根も透明にしておいてよ!」と今度はイザベラから声が飛んできた。それには手を上げて返事をした。
壁だけじゃなくて屋根もか。でもそうすると軽石を使った軽い屋根を作るという事はできない。透明な水晶で載せるなら半円にして力が分散するようにするしかないけど、大きな半円1つで済ませられるようなサイズ感ではない。いくつかに分割していく必要がある。
「少し休憩したら?」とリーサが心配して声をかけてくれた。
壁も屋根も水晶じゃ断熱効果が全くない。でも、そこに空気層を作りつつ透明感を維持するのは至難の業だ。難易度が上がるどころかできる気がしない。1度休憩するか……。
「コーヅくん、もう少し出入口を増やした方が解放感あるな。」
確かに出入口が1か所である必要はない。四方に作っておくか。オークカツサンドを冷やしちゃいけないからエアコンや床に火魔石を設置する床暖もしっかりしないといけないな。
「コーヅ、ふろつくって。」
そうだよな、風呂を忘れちゃいけない……風呂!?
「ちょっと!」
あちこちから話しかけられて思考に割り込まれて考えがまとまらない。
「だからさ、エアコンお願いよ。」
「それは後付けでいいじゃん。それより天井を透明にするなら今だよ。」
「さむいから、ふろ。」
俺はこの環境の中で考えることを諦めた。そして自分の為にも休憩がてら大浴場作りの案を採用することにした。この先は風呂で考えをまとめて、この続きは夜やろうと思う。そして仕上げは明日やれば良いだろう。
大浴場は集会所に併設すると、きっと今後も使いやすいと思う。
「おふろができたら、よんでね。」とホビーはサブルと宿の方へ走り去っていった。
「そっちも食事になったら呼んで。」
「わかったー!」という声のする方を見ると、既に壁の向こうに駆けて行ってしまっており、見えなくなっていた。
作り慣れた大浴場は時間は掛かったものの完成させられた。何せ透明にする必要は無いし、床だけ断熱にしておいた。そして頼れるメンバーたちは照明を作ってくれていた。
陽が沈み始め、照明で建物が映えている。どこの家からか肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。




