第296話 選択
「いらっしゃい!食事?宿泊?」
店に入った途端に女将の元気な声が届いた。しかしその姿は視界の中には無く、どうやら厨房にいるようだ。相変わらずここの女将は豪快な接客をする。
「両方お願いしたいんですけど。」
姿の見えない女将に向かって答えると、厨房から赤い髪を雑に縛っているだけの見覚えのある顔を覗かせた。
「……あら、あんたたち?」
俺たちのことを思い出したようだ。女将の視線の先にいる従魔たちが特徴的で目立つからだろう。
「良く戻ってきたね。何泊でもしておいき。ソースカツサンドもアレンジしたものがあるのよ。さ、早く座って。」と言いながら厨房から出てきた。そして俺の近くにいたティアを引っ張りながらテーブルに案内した。
でもとても歓迎されているようではあるが、とても接客業のそれとは思えない。
「人数分のオークカツサンドでいいわね。」と勝手にメニューを決めて人数を数えると、すぐに厨房に戻っていった。
「サーベルタイガーには多めで!」と厨房に向かって声を張り上げると「はいよ!」と厨房から返ってきた。
周りには俺たちを追い抜いたと思われる若い商人、その警護の冒険者。そして村人たちがそれぞれのテーブル席で食事をしている。皆の皿には一様にオークカツサンドが載っていた。
「きっと、あの人たちにもメニューなんて聞いてないんじゃないかな?」とシュリが小声で話しかけてきた。それには同意の苦笑を返した。実際、これを食べに来た訳だから良いのだけど、決まりきったやり取りというのも大切なコミュニケーションなんじゃないかとも思う。まぁ、あの女将に向かって進言する勇気は持ち合わせていないけど。
届けられたオークカツサンドは揚げたての熱々でとてもジューシーだった。そこにゆで卵と新鮮な野菜が一緒に挟んであり、特製のソースがよく合う。久しぶりに料理らしい料理を食べた気がする。
「やっぱり美味いなぁ。」と感動しながら、じっくりと味わいながら、アレンの口に合ったか気になって隣を見ると既に食べ終えていて、俺のまだ手を付けてないひと切れを見つめていた。
「あっ、う……美味いよな。うん。」と慌てて目を逸らせた。
「いいよ、食べて。もしこの村を選んだら毎日食べられるね。」と皿をアレンの方へ押しこんだ。アレンは一瞬躊躇したものの掴まれた胃袋からの強烈な要求に屈してオークカツサンドを掴んだ。そして「これを毎日……。」と呟いて大きく口を開いて頬張った。そしてエミリアと言うと……涙をこぼしながら食べていた。そしてその背中をシュリとリーサがさすっていた。
食後は大人しい旦那さんの案内で3部屋に分かれた。俺はアレンとベルとサブル。そしてリーサとホビーとシュリ。そして残りのティアとイザベラとエミリアという分かれ方だ。
部屋に入ると俺はそのまま硬くて冷たいベッドに倒れこんだ。久しぶりの薄いせんべい布団に心が安らぐ。
「あー、気持ちいい……。」
このまま眠りたくなって目を閉じた。
「疲れているところをすまないけど、この村を案内してくれないか?」
「気に入った?」と顔をアレンに向けた。
「アズライトから遠い方が良いしな。いざという時も、ここからなら山に逃げやすいし。」
「……そっか、そうだよね。勿論いいよ。」
アレンも俺とは違うが十二分に重たいものを背負って生きているんだ。この程度の協力を惜しむ訳がない。
部屋を出るときにはベルもサブルも一緒についてきた。
山を越えてからは天気も良く、陽が高いところにあるのが良く見える。風は冷たいものの身体強化が少しでもできる人ならむしろ心地良いくらいだろう。
畑には何かの野菜が青々と育っている。そして村の周囲には以前作った壁がしっかりと村を守るようにそびえ立っている。
「こんな村に随分と立派な壁ができたんだな。何でだか知ってるか?」
「俺が作ったんだよ。」
クリソプレーズに向かう途中のオークの話を聞かせた。あれだってまだ1ヶ月も経っていない。
「これだけ山奥だから、どんな魔獣が来てもおかしくはない、か。」と考え込み始めた。
定住する場所は簡単に決めるものではない。じっくり考えたら良いと思う。アレンが口をつぐむと、壁の外から衛兵たちが訓練をする掛け声が薄っすらと聞こえてきた。
ここはとっても長閑だ。しかしそれは言い換えれば何もないところだ。生きるためだけの最低限のものしかないように見える。旅の途中で寄るくらいなら良いと思う。でも……
真剣に悩みながら村を見ているアレンの目には、この村はどんな風に映っているんだろう?
「どう?」
村を1周し終えて宿屋まで戻ってくるとアレンに聞いた。
「まぁ、何があるわけではないけど、村の護り人たちは良く訓練されてるな。」と村の外で訓練をしている衛兵たちがいる辺りの壁に視線を向けた。楽しく生きる前に、まずは生き延びるということを最重要視しているのだろう。それはそうだ。
「すぐに決める必要はない……って言いたいけど、きっとここに残るのかは今夜中に決めないといけないと思うんだ。」
「分かってる。」
考えがまとまらない様子のアレンと2周目の散歩に入った。
「壁に上ってみる?村の全体が見えるよ。」
「良いのか?」
「良いんじゃない?」
そう答えると壁の上に飛び乗った。
「こらぁ!誰だ!勝手に上るな!」
訓練中の衛兵に怒られた。衛兵とは言ってもアズライトやクリソプレーズのように鎧は纏っていなくて、私服だし剣も刃の欠けたものを使っている。
「すみません。」と言葉だけで謝ると、その衛兵たちの元に下りた。
「そこは観光スポットじゃねぇよ。」
山と木に囲まれた雄大な自然が見える映えスポットってか?
「おい、待てよ。この人はオークカツの人じゃないか?」
そっちか!衛兵だから外壁を作った方で思い出してくれるかと思った。
「覚えててくれたんですね。卵を挟んだら、さらに美味しくなりましたね。」
「そうなんだよ。あれから素通りされるだけの村が宿泊されるようになったしな。だからオーク狩りしてこいってアリーシャがうるさくてな。」
「分かる。俺も野菜も鶏もを倍に増やせって言われたよ。すぐなんて無理だっつーのに。」と衛兵は苦笑した。
「アリーシャさん……?」
「オークカツサンドの女将だよ。あれは村長より偉いからな。」と言って衛兵たちが笑うと、それには俺たちも納得して一緒になって笑った。そしてひとしきり笑うとアレンが神妙な面持ちで口を開いた。
「あの……お、俺たちがこの村に住むってのは迷惑だろうか?」
「住む?こんな何もない村にか?」と衛兵たちは不思議そうにアレンを見た。
「オークカツサンドは人生で食べたもので一番だった。」と真顔で答えるアレンに、衛兵たちは面白そうに笑いながら「そうかそうか。」とその肩を叩いた。
「エミリアは泣いてたもんね。」
「ハッハッハ!泣くほど美味かったってか?それならここにも住みたくなるだろう。兄ちゃんはオークを狩れるか?」
「1体なら。」
「十分だ。歓迎するよ。」と衛兵が手を差し伸べると、「でもよ、住むところってあるのか?」と隣の衛兵が疑問を口にした。
「空き家なんて無いもんな。」
「そうか……。それはそうだよな。しばらく野宿しながら建てるしかないか。」
「まぁ、金がないならそうなるか。土地なら木さえ切っちまえばいくらでもあるんだけどなぁ。」
「住まいができるまで、うちの倉庫で良ければ貸すけど。」
「あの汚ねぇ倉庫か?あんなの外で寝た方がマシじゃねぇか。」
衛兵たちは親身になってアレンが差し当たってどこに寝泊まりするのが良いのかという話をしていた。アレンはその会話に遠慮がちに野宿で大丈夫という事をずっと繰り返し言い続けていたが、誰も聞いていないようだった。
「アレンが本当にここに住むなら、もっと村の壁を広げてちょっとした家くらいなら作るけど。」
「本当か?」
それにはアレンではなく衛兵の方が反応した。
「いやな、鶏は獣に狙われるから壁の中で育てたいんだけど、この村の中にはこれ以上場所がなくてなぁ。」
「分かりました。アレン夫妻と美味しいオークカツサンドの未来の為に頑張ります。」
この場だけで話はまとまったが、エミリアの意思も確認しないといけないので、俺たちは宿に戻った。
「い、いらっしゃいませ。」
「声が小さいよ。そんなじゃ、お腹の赤ちゃんにも届かないよ。」と女将のアリーシャがエミリアに注意している……というこの状況が理解できない。
「いらっしゃいませっ!」と恥ずかしそうに頬を染めながらエミリアが声を張り上げた。
「どうしたんだよ。」
「アレン!あの、私、この村に……」「この村に住むなら働き場が必要だろ?働けるか見てやってるんだけど、動きは良いけど、声が小さくてねぇ。」
アリーシャはぶつくさ小言を言いながら厨房に戻っていった。アリーシャが接客を語るとは!とはとてもじゃないけど突っ込むことはできない。
静かになったホールでエミリアがことの経緯を説明してくれた。
アリーシャが突然部屋を訪ねてきて、自分は子供を取り上げられること、その気なら産まれるまでの仕事も面倒見れると提案してくれたそうだ。
どうやらアレンたちが住む場所を探していることが村人から伝わったそうだ。きっと俺たちが話をしながら村の中を散策していたので、そこから伝わったんだと思う。これが小さな村の怖いところでもあるが、セキュリティにも繋がる。お互いに悪いことはできないし、おかしなことが起きればすぐに村中に広まる。案外アレンたちには良い環境なのかもしれない。
「じゃあエミリアもこの村で良いのか?」
「アレンも?」
「ああ。」と答えると優しくエミリアを抱き寄せた。
ご馳走さま。
俺は2人の意思が確認できたので「村を拡げてくるよ。」と言い残して、2人の世界を邪魔しないようにベルと宿を出た。サブルはもう飽きたからとホビーを呼びながら部屋に戻っていった。
『案外早くまとまったわね。』
「母国やアズライトからも離れたところの方が良さそうだしね。そういうところも都合良いんじゃない?」
『それにしても……。あれは敵なんでしょ?お人好しねぇ。』
ベルの感覚では敵は排除なんだろうけど。彼らが優しいんだと思うけど、敵にもなりきれてない感じがあって助けたくなるんだよな。
「誰にでもやむを得ない事情ってのがあるもんだよ。」という俺の答えには納得できないとばかりに首を振った。
衛兵たちの元に戻ると「やっぱり、この村じゃ不満だったかぁ……。」「仕方ねぇよ。何にもねぇもん。」「まぁな。俺だってクリソプレーズに住んでみたいし。」と、アレンがいないことで、断りに来たと思った様子で会話を交わしていた。
「違います。2人がガーディアン村に定住を決めたんです。だから俺は村のどの辺りを拡張して良いか聞きに来たんです。」
「そうなのか!?」と衛兵たちはお互いに喜び合っていた。
「お、おい。だったら村長を呼びに行ってくる。」
「こりゃ今夜はお祝いだな!」
「みんなにも知らせてこようぜ!」
衛兵たちは慌てて散っていった。そしてここには俺とベルだけが取り残されてしまい、思わず顔を見合わせた。
いや、だから、どこを拡げたら良いんだろう……?
森から可愛らしい小鳥のさえずりが聞こえてきた。




