AI作品2
賑やかな昼下がりのテンペスト。
中央通りのカフェテラスで、依頼の報告書をまとめていたシアンとルミネの前に見慣れた小柄な影が落ちた。
「やあ、二人とも。冒険者の仕事にはもう慣れたか?」
青銀の髪を揺らし、親しみやすい笑顔を浮かべて現れたのはリムルだった。
片手には焼きたての甘い串焼き肉の紙袋を持っている。
「リムルさん……」
シアンは咄嗟に立ち上がり、一瞬で「ただの心優しい冒険者」の笑みを貼り付けた。
胸の奥でドロリと湧き上がる憎悪を完璧な理性の壁で力任せに押し殺す。
「はい、おかげさまで。街の皆さんも本当に親切にしてくださって……感謝しています」
「そうか、それなら良かった! ほら、これ差し入れな。旨いぞ」
リムルは紙袋をテーブルに置くと、空いていた丸椅子を引き寄せてちょこんと腰掛けた。
その仕草はどこからどう見ても街の住人を気遣う気さくな主そのものだ。
しかしリムルの瞳の奥にはどこか深く静かな観察の光が宿っていた。
「……なぁ、二人とも」
串焼きを口に運んでいたリムルがふと思い出したかのように、ごく自然なトーンで言葉を紡ぎ始める。
「二人は、旧ファルムス王国の出身だったよな?」
その言葉が出た瞬間、シアンの手元でペン先がかすかに紙を滑った。
ルミネの背筋が一ミリにも満たないわずかな精度でピンと跳ね上がる。
「ええ……そうですわ。それが何か?」
シアンは微笑みを崩さない。
声のトーンも呼吸の乱れすらも一切見せない。完璧な演技だった。
「いやさ、あそこは大変だったろうなと思ってな。……数年前、暴風竜ヴェルドラが復活した時の余波で、ファルムスの大軍が全滅したろ? あの事件で、故郷や大事な人を失った奴も多かったって聞くからさ」
リムルの言葉は一見すれば単なる「過去の悲劇への同情」だった。
自分が全滅させた事実を秘匿し、相手が「真実を知らない悲劇の遺族」であるという前提のもと、傷口に触れすぎないよう配慮された、計算された探り。
(……暴風竜の天災、ね)
シアンの胸の中で冷たい嘲笑が渦を巻いた。
(よくもまあ……そんな白々しい嘘をそんなに優しい顔で吐けるものね。父さんを殺し、ハルトさんを殺したその手で私たちの哀しみを悼むふりをするの?)
ルミネの拳がテーブルの下で爪が肉に食い込むほど強く握りしめられる。
目の前にいる男は自分たちを「真実を知らずに生き残った哀れな娘たち」だと信じ込んでいる。
自分たちの差し出した温かいご飯を食べて、ヘラヘラと笑っている無知な無害な存在だと思っているのだ。
その圧倒的な「認知のズレ」と「嘘」が、二人の内なる憎悪に油を注ぐ。
「……ええ、本当に恐ろしい事件でした」
シアンは伏し目になり、深く悲しむ哀れな遺族の声を演じきった。
「一瞬のうちに、多くの尊い命が失われたと聞きます。……残された者にとっては、どれほど時間が経っても受け入れがたい、理不尽な災厄でしたわ」
『理不尽な災厄』。
その言葉に込められた二重の意味に、リムルは胸を突かれたような感覚を覚えた。
「……そうか。辛いことを思い出させて悪かったな」
リムルは静かに目を伏せ、申し訳なさそうに頭を下げた。
「俺にできることがあれば、なんでも言ってくれ。この街にいる限り、お前たちを絶対に不自由にはさせないし……二度と理不尽な目に遭わせたりはしないからさ」
「まあ……ご親切に、ありがとうございます。リムルさん」
シアンは優しく微笑み、深くお辞儀をした。
(……ええ、そうね。あなたが作ってくれたこの平和な街で私たちは力を蓄えるわ。あなたが『天災』として奪ったものの重さを、その身に刻み込んであげるために)
二人の偽りの微笑みと、リムルの罪悪感を秘めた優しさ。
互いに巨大な真実を隠し持ったまま交わされる会話は穏やかなカフェテラスの風の中で静かに、どこまでも残酷にすれ違っていた。
リムルが申し訳なさそうに落とした視線を見つめながらシアンは静かに、しかしどこか冷ややかに言葉を重ねた。
「でも、リムルさん。あの日、理不尽な災厄に巻き込まれたのは……ファルムスの人間だけではありませんでしょう?」
その問いかけに、リムルの身体がぴくりと硬直した。
「……え?」
シアンは伏せられていた美しい瞳をゆっくりと上げ、まっすぐにリムルを見つめ返した。
その瞳の深淵には影のような静寂が漂っている。
「テンペストの兵士の方々や、町におられた皆さんも……暴風竜の猛威に巻き込まれ、一度は尊い命を落とされたと伺っております。……違いますか?」
リムルの喉が、うっと詰まった。
あの日、ファルムス軍の襲撃によってシオンたちが命を落とし、それをトリガーとして自分が二万の兵を殺戮して魔王に進化し、彼らを蘇生させたという事実。
シアンの言葉は表向きの「公式発表(暴風竜の災厄)」をなぞっているだけに聞こえる。
しかし、その裏にある『一度死んだ仲間』という言葉の重みがリムルの心臓を正確に射抜いていた。
そこへ、これまで静観していたルミネが冷たく澄んだ声で割って入った。
「シアン、それ以上はやめなさい。……リムルさんにとっても、思い出したくもない惨劇のはずよ」
ルミネは冷え切った手でシアンの肩を抱き寄せると、あからさまに会話を切り上げるようにテーブルの上の書類を素早く取りまとめた。
そして椅子から立ち上がり、リムルへ向けて深く形式的な礼を執る。
「出過ぎた真似をいたしました。自分たちの身内の死ばかりに囚われ、リムルさんのお気持ちや、この街の皆さんが負った傷に配慮を欠いてしまいました」
「あ……いや、お前たち、それは……」
何かを言いかけ手を伸ばそうとしたリムルだったが、ルミネの徹底的に隙のない態度に制せられた。
「ご馳走様でした、リムルさん。お心遣い、本当に嬉しかったです。……私たちは次の依頼の準備がありますので、これで失礼させていただきます」
「……ええ。申し訳ありませんでした、リムルさん。どうぞ、お気になさらず」
シアンもまた完璧な冒険者の笑みを浮かべ、ルミネとともに静かにカフェテラスを後にした。
残されたリムルは、差し入れの紙袋が置かれたテーブルの前で、一人立ち尽くした。
(あいつら……)
去っていく二人の背中はどこまでも美しく、どこまでも頑なだった。
自分の仲間が死んだ過去を引き出し、自ら会話の扉を重重に閉ざしてみせた二人の意図。
それはリムルに「自分たちの領域に踏み込ませない」ための、そして「あなただって仲間を奪われた痛みが分かるでしょう」という反論を許さぬ拒絶だった。
(思い出したくもない出来事、か……)
リムルはぎゅっと拳を握りしめ、二人が消えて行った街角をじっと見つめた。
二人が隠し持つ憎悪の深さと、真実を知らないふりをしながら自分を追い詰めてくる鋭さに、胸の奥が冷たく締め付けられるのを感じながら。
宿屋の自室に戻るなり、ルミネは静かにドアの鍵を締め、シアンは手慣れた手つきで強力な「認識阻害」と「音絶結界」を展開した。
シエル(神智核)や魔王の知覚の目を掻い潜るため、何夜もかけて編み出した完全な密室化の術式だ。
「……結界、完璧よ。盗聴も視線も遮断したわ」
シアンが告げた瞬間、それまで貼り付けられていた優しく淑やかな仮面がガラガラと崩れ落ちた。
「ハぁ……ッ、ハぁ……っ!!」
シアンは激しい過呼吸を起こしたように胸を押さえ、その場に崩れ落ちた。
膝を床につき、床板を爪が折れんばかりに力任せに引っ掻く。
「……見た!? ルミネ、見たでしょあいつの顔……!!」
シアンの瞳からは抑えきれない怒りと激しい憎悪の涙が溢れ出していた。
美しい顔立ちが殺意と悔しさで苛烈に歪む。
「『大変だったろうな』……『理不尽な目に遭わせたりしない』……!? よくもまあ、あんな反吐が出るような白々しい嘘が吐けたものね!! 自分たちの仲間が死んだ時はあんなに必死になって二万人もの人間を惨殺して魔王にまでなったくせに……!!」
「シアン、落ち着いて……!」
ルミネが駆け寄り、震えるシアンの肩を固く抱きしめる。しかしルミネ自身の歯もガチガチと激しく鳴っていた。怒りで全身の血が煮えたぎっていた。
「あいつにとって……人間(私たち)の命なんて、最初からただの道具でしかないのよ」
シアンはルミネの服を掴み、血の滲むような声で吐き捨てた。
「自分の仲間の命は、二万人の命を代償にしてでも買い戻すほど重いのに……! 父さんの命も、ハルトさんの命もあいつにとっては『暴風竜の災厄』の一言で片付けられる、道端のゴミと同じなのよ……! 『理不尽な目に遭わせない』? 冗談じゃないわ……最大の理不尽は、あいつそのものじゃない!!」
あの日、メギドの光の下で命を散らした兵士たち。
彼らにも故郷があり、待っている家族がいた。ファルムス上層部の欲望に利用されただけの、ただの貧しい一般兵士たちだった。
それなのにリムル=テンペストは自分たちの仲間だけを「奇跡」として蘇らせ、踏み躙った二万人の命とその遺族たちの絶望には『天災』という嘘のラベルを貼って隠蔽したのだ。
「あいつは、誰も殺していない顔をして……『優しい善き魔王』のフリをして、この街で温かいご飯を食べて笑っている……。人間の命なんて、何とも思っていない悪魔のくせに……っ!!」
「……ええ。分かったわ、シアン」
ルミネは暗闇の中で静かに、そして苛烈に刃のような光を宿した。
「もう迷う必要なんてない。あいつがどんなに善人の仮面を被ろうと、奴の化けの皮を剥いで……私たちの手で、あの不条理な悪魔に『本当の絶望』を教えてやりましょう」
密室の暗がりの中でシアンは胸元のペンダントを握りつぶさんばかりに強く絞り上げた。
冷たいシロツメクサの金属が彼女の手に痛いほど食い込む。
どれほど時間がかかろうと、どれほど力が届かなくとも。
自分たちの未来と家族をゴミのように踏みにじった「偽りの神」を絶対に許しはしないと二人は暗闇の中で固く誓い合うのだった。
密室の暗がりの中で、シアンとルミネは己の内に眠る「異界の理」の力を静かに確かめ合っていた。
それはこの世界のスキルシステムや概念の法則すら脱法する、規格外にして禍々しい4つの権能――まさに「魔王を討つためだけに生まれた呪い」だった。
二人が秘める【世界の理から外れた4つの権能】
* 《暴食》
魔物や強力な生命体を喰らうことで、その遺伝情報・スキル・魔力量を制限なくそのまま己の糧として取り込む能力。限界という概念が存在せず、喰らえば喰らうほど底なしに強大化していく。
* 《強化再生》
傷を負い、肉体が損壊するたびに、再生と同時にその攻撃に対する完全な耐性を獲得し、身体能力そのものが爆発的に跳ね上がる肉体進化の能力。傷つけられることすらも強さへの糧となる。
* 《魔吸収》
周囲に漂うあらゆる魔素や相手が放った魔法の威力を強制的に吸い上げ、己の魔力へと変換・増幅する権能。魔素の密度が高いテンペストの地において、二人は無限のスタミナと増幅し続ける魔力を手に入れていた。
* 《闇の魔導書》
この世界のあらゆる「防御スキル」「結界」「絶対防御」の概念を歪め、無力化・無効化して直接ダメージを通す特異能力。『絶対攻撃』の理を体現する、リムルのあらゆる防御権能に対する決定的な特攻性能。
「……シアン。準備は順調よ」
ルミネが暗闇の中で、不吉な黒光りを放つ古びた魔導書――《闇の魔導書》に手を置いた。
「テンペストの豊富な魔素を《魔吸収》で溜め込み続け、夜な夜な森の奥で喰らった危険種の力は《暴食》によって完全に私たちの血肉になっている……」
「ええ……。そして、あの男の無敵の防御も、この魔導書があれば打ち破れる」
シアンは己の手のひらを見つめた。
爪が皮膚を裂き、赤い血が滲む。
しかしその傷は《強化再生》によって瞬時に塞がり、以前よりもさらに強固で硬質な皮膚へと細胞が変化していった。
二人は知っていた。
今の自分たちの強さは、すでに普通の覚醒魔王すら超えつつあることを。
そしてこの4つの権能が合わさった時――どれほど時間をかけてでも成長し続け、負傷し続け、喰らい続けることで、いずれ「神」に等しいリムル=テンペストの首にすら手が届くということを。
「あいつがいくら『無敵の魔王』だろうと……世界の理の枠外にいる私たちなら、いつか必ず殺せる」
シアンの瞳に、爛々と輝く漆黒の決意が宿る。
「今はまだ耐えるのよ、ルミネ。街の人間を味方に引きつけ、油断させ……あいつが『善き指導者』の夢に酔いしれている間に、私たちは力を高め続ける。……あいつの『絶対』を叩き潰すその日まで」
「ええ。私たちの命も、心も、すべてはこの復讐のために捧げるわ」
二人は闇の中で手を重ね合わせた。
どれほど優しい笑みを街の人々へ向けようと、どれほど子供たちを愛おしく抱きしめようと、その身体の奥底には「世界を喰らい尽くしてでも仇を殺す」という禍々しい権能と消えることのない憎悪の炎が燃え続けていた。
地下迷宮の最深部近く、重厚な扉の前に立ち、二人は息を潜めていた。
「ここね……ラミリスという元精霊女王が管理し、あの『暴風竜ヴェルドラ』が鎮座する階層は」
シアンが囁く。
二人の肌を刺すのは地上とは比較にならないほど濃密な、ねっとりと肌に巻き付くような巨大な魔素の渦だった。
冒険者として迷宮に潜り始めて数週間。
二人は《魔吸収》によって迷宮全体の魔素を密かに貪り食い、《暴食》によって出現する階層ボスや高ランク魔物を影で残さず喰らい尽くしてきた。
傷つくたびに《強化再生》で肉体は神鉄のように固く進化し、二人の戦闘能力はすでに竜種に届き得る領域へと足を踏み入れかけている。
「ええ。ここにある魔素、そして最奥に眠る暴風竜……その身体の一部――鱗一枚、あるいは血の一滴でも《暴食》で取り込むことができれば……」
ルミネが大剣の柄を握りしめる。
暴風竜ヴェルドラ。
表向きは「ファルムス軍を全滅させた天災」とされ、リムル=テンペストの盟友として崇められる存在。
その龍種の因子を二人の異界の権能に取り込むことさえできれば、成長速度は爆発的に跳ね上がり、リムルの首を刈るための「最後のピース」が完成する。
「行くわよ、ルミネ。《闇の魔導書》の準備を」
「了解。迷宮の安全装置(死んでも復活するシステム)ごと、あの竜の概念を喰らい解体して見せるわ」
シアンが静かにかざした手から、《闇の魔導書》の黒い靄が広がっていく。
迷宮が誇る絶対的な防衛結界や蘇生システムすらも、この世界の理から外れた権能の前にはただの紙切れ同然に歪み始めていた。
二人が扉を押し開き、巨大な竜の気配が渦巻く最奥の広間へと足を踏み入れたその瞬間――広間の奥に鎮座していたのは、山のごとき巨躯を誇る漆黒の黒竜――『暴風竜ヴェルドラ』だった。
「クアーッハッハッハッ! 迷宮最奥まで辿り着いたとは褒めてやろう!だが、ここで 我が力に平伏するが良い!」
豪快な高笑いとともに放たれたのは神話の天災そのものの圧力だった。ヴェルドラが咆哮を上げただけで、絶対の強度を誇るはずの階層空間が激しく揺れ動く。
「ッ……これが、天災……『竜種』……!!」
ルミネが大剣を構え飛び出すも、ヴェルドラが軽く腕を振るっただけの風圧で衝撃波とともに吹き飛ばされ壁へと激突した。
骨が砕ける重い音が響く。しかし――
「ガハッ……《強化再生》……ッ!!」
吐血しながらもルミネの肉体は傷を負うたびに異常なまでの硬度と筋力を獲得していく。
間髪入れずシアンが《魔吸収》を行使し、ヴェルドラが撒き散らす莫大な龍種の魔素を限界まで吸い上げて己の燃料へと変えた。
「無駄だ! 幾ら抗おうと、我が絶対の障壁(多重結界)は破れん!」
竜の周囲を覆う完璧な防御陣。
普通であれば概念すら届かない絶対の壁。
だがシアンが掲げた古びた本――《闇の魔導書》から漆黒の靄が噴出しヴェルドラの結界に触れた瞬間、世界の法則そのものを無視して結界がガラスのように脆く霧散した。
「ぬ……!? 結界が……壊れただと!?」
ヴェルドラが驚愕した、その一瞬の隙を二人は逃さなかった。
「ルミネ……今よ!!」
「はああっ!!」
《強化再生》で極限まで跳ね上がったルミネの脚力が地を割り、光速を超えた一閃がヴェルドラの巨大な爪の先――ほんの極小の一片、鱗の端を削り取った。
「ぐぬっ!? 我の身体を削っただと……!?」
「――《暴食》ッ!!」
宙に舞った竜の肉体の一欠片を、シアンの手から伸びた漆黒の影が逃さず喰らい尽くした。
次の瞬間。
――!!!!
空間そのものが悲鳴を上げた。
ヴェルドラの因子を取り込んだシアンとルミネの身体から、異界の4つの権能(システム外の力)と『竜種』の莫大な情報量が融合し、爆発的なエネルギーが噴出する。
二人の髪が黄金と白銀の光を帯びて逆立ち、瞳には竜の如き縦割りの瞳孔が刻まれた。
肉体構造そのものが「神級」へと変貌を遂げ、周囲の魔素を底なしに呑み込みながら二人の存在値(存在感)は覚醒魔王すら遥かに置き去りにする次元へと跳ね上がった。
世界の理から外れた強さが、ついに「神の領域」へと届いた瞬間だった。
「な……なんだこの異質な力は……!? 我の因子と融合して、際限なく強くなっていくだと……!?」
ヴェルドラすら戦慄させる凄絶な気配。
二人は爆発的な力を全身に漲らせ、憎悪に燃える瞳で広間の奥を見据えた。
「……これで、殺せる」
シアンの震える声。
胸元のシロツメクサのペンダントが覚醒した莫大な魔力の中で激しく輝く。
「ハルト…………。待ってて、今……あの悪魔の首を……!」
二人が拳を握り締め、絶対の自信とともに前へ踏み出そうとした――その時だった。
歪んだ空間の静寂を切り裂いて、ゆっくりとした足音が響いた。
『――驚いたぞ。まさか本当に暴風竜の因子まで取り込むとはな』
広間の影から静かに歩み出てきた男。
青銀の髪を揺らし、黒いコートを羽織った男――リムル=テンペストだった。
「シアン、ルミネ。……迷宮の魔物が最近妙な消え方をしてると思ったら、やっぱりお前たちだったか」
リムルの声にはいつもの気さくさも、優しさもなかった。ただ静かで耐え難いほど重く、深い悲しみを湛えた声音だった。
「……気づかれていたのね、リムル=テンペスト」
シアンはもう仮面を被るのをやめた。
取り入れた竜の力と溢れ出す漆黒の殺気が、広間全体を叩き潰す勢いでリムルへと指向される。
「当たり前だろ。お前たちが俺に向ける殺気を、俺が気づかないわけない。……それにな」
リムルは神級へと至った二人の圧倒的な圧力を全身に受け止めながら逃げることもなく、防衛姿勢すら取らずに真っ直ぐ二人を見つめた。
「お前たちの父親と、あの青年のこと……ずっと調べていたんだからな」
「……っ!!」
ルミネの息が止まり、シアンの瞳が激しく揺れた。
リムルの口から隠し続けていたはずの「愛する人たちの名」が直接出たことで、二人が血の滲む思いで育て上げてきた理性の糸がぶちりと音を立てて弾け飛んだ。
「お前たちは……ヴェルドラを狙っていたのか。ファルムス軍を全滅させた『暴風竜』への復讐のために……」
リムルは痛々しい表情で二人を見つめ、静かにそう語りかけた。
自分のあの日ついた「嘘」――ファルムス軍は暴風竜の災厄によって全滅したという偽りの歴史。
二人はその嘘を信じ込み、父親と恋人を奪った「竜」を倒すためにここまで潜り込んできたのだと、リムルはそう思っていたのだ。
自分に向けられていたあの殺気も、盟友であるヴェルドラを守ろうとする自分への警戒心なのだと。
だからこそリムルは二人を傷つけず、どう説得すべきかを苦悩していた。
しかし――。
神の領域へと覚醒したシアンが、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳から零れ落ちたのは激しい憎悪の炎と、血の混じった涙だった。
「……ふふ、あはははっ……!」
静かな地下迷宮にシアンの乾いた嘲笑が響き渡る。
「どこまで……どこまで私たちを馬鹿にすれば気が済むの……? 暴風竜への復讐? 嘘の歴史で私たちを騙し通せたと思っていたの……!?」
シアンは胸元から激しい魔力の中でひときわ異質な光を放つ「シロツメクサのペンダント」を引き千切り、固く握りしめた。
「父さんの最期の記憶は……あのペンダントに残っていたわ。あの日、空から降り注いだ無数の光……そして、父親の命を奪っておいて『家族には手を出さない』なんて慈悲ぶってみせた、小柄な魔王の姿がね……!」
「……っ!?」
リムルの息が止まった。
青銀の瞳が動揺に僅かに揺れ動く。
シアンは一歩、また一歩とリムルへ足を進めた。溢れ出る暴風竜の因子と世界の理から外れた権能が、空間そのものをメリメリと歪めていく。
「リムルさん……『神之怒』って魔法は、使わないの……?」
絶望と殺意が交錯するシアンの声が、静寂を切り裂く。
「あの時みたいに……空から光を降らせて私たちなんて一瞬で殺せばいいじゃない……! ああやって……お父さんやハルトさんを、ゴミみたいに殺したみたいに……っ!!」
「シアン……お前、真実を……」
リムルの喉がカラカラに乾いた。
二人は「知らなかった」のではない。
「すべてを知った上で」あの温かな街で微笑み、子供たちと戯れ、毎夜血を吐くような思いで憎悪を滾らせていたのだ。
「あいつ(ハルト)は……無事に帰って私と生きるはずだった……!」
ルミネが大剣を固く握り締め、血の涙を流しながら咆哮した。
「自分の仲間の命は二万人の命を踏みつぶしてでも取り戻すのに、私たちの家族の命は『天災』の一言で片付けるの!? 私たちの未来を……愛する人を奪ったのは、ヴェルドラじゃない……あなたよ、リムル=テンペストっ!!」
二人が放つ絶対の殺気が迷宮の最深部を覆い尽くす。
世界の理を無視する4つの権能(《暴食》《強化再生》《魔吸収》《闇の魔導書》)に暴風竜の威光が融合した「神級の復讐者」。
すべてを悟ったリムルは驚愕の表情からゆっくりと顔を覆い、逃げ場のない「己の犯した罪の重さ」に、ただ静かに唇を噛み締めるのだった。




