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第4話 ロゼエルVSスサノオ

挿絵(By みてみん)

 高天原の外れにある岩場で、ロゼエルとスサノオは向かい合った。


 少し離れた場所では、アマテラスとマキエルが二人を見守っている。ツクヨミはさらに遠く、空を眺めていた。


「ここなら文句ねえだろ」


 スサノオが剣を抜いた。


「壊す前提なのか」


「建物はねえ。多少は構わねえだろ」


 そう言いながら、スサノオは剣を構えた。ロゼエルは両手を下ろしたままだった。


「剣は?」


「まだいい」


「……舐めてんのか?」


「まず、見たい」


 スサノオは口元を上げた。


「なら、よく見てろ」


 地面を蹴り、一気に間合いを詰めた。ロゼエルの頭へ、剣を振り下ろす。


 ロゼエルは横へかわした。刃が岩を割り、破片が飛び散った。


 スサノオが剣を引き上げる間に、ロゼエルはその背後へ回った。


「こっちだ」


 スサノオが振り返る。


「いつ動いた?」


「今だ」


「そういうこと聞いてんじゃねえ」


 振り向いた勢いのまま、スサノオは剣を横へ薙いだ。


 ロゼエルは半歩下がった。胸の前を刃が通り過ぎる。


 続いて、剣が下から斬り上がってきた。


 ロゼエルは身体を横へずらした。刃が顔のすぐ横を抜けていく。


 スサノオは剣を引き、今度は胸へ突き出した。


 ロゼエルは横へかわしながら、剣を握るスサノオの手首を押した。切っ先が外へ逸れる。


 その隙に踏み込み、右の拳を突き出した。


 拳は、スサノオの胸元で止まった。


「一本」


 スサノオは拳を見下ろした。


 それから、笑った。


「面白え」


「これで十分か?」


「俺は足りねえ」


 ロゼエルが拳を引いても、スサノオは剣を下ろさなかった。


「今の、もう一度やってみろ」


     ◇


 スサノオが再び剣を振り下ろした。


 ロゼエルは右へかわす。


 今度はスサノオも、そちらへ踏み込んだ。剣を斜めに振り、逃げた先を狙う。


 ロゼエルはもう半歩下がった。肩の前を刃が通った。


 次の横薙ぎを、身を低くして避ける。そのまま懐へ入ろうとすると、スサノオが剣の柄を突き出してきた。


 ロゼエルは左の手のひらで柄を受け止め、押し返した。


 スサノオは踏みとどまった。足元の岩が鳴る。


「さっきは、そっちへ逃げたな」


「よく見てる」


「見せてもらったからな」


 ロゼエルが手を離すと、スサノオは剣を胸の前へ戻した。


 ロゼエルが近づけば突き、横へ動けば斬りつける。最初のように背後へ回る隙はなかった。


 ロゼエルは左へ動いた。


 スサノオの剣が追ってくる。避けた刃が岩を削り、砕けた石が足元へ散った。


 ロゼエルが石を踏まないよう、足を置き直した。


 その一瞬を狙い、スサノオが突いた。


 ロゼエルは身体をひねった。刃が脇をかすめ、黒い衣が浅く裂けた。


 大きく距離を取る。


 スサノオは追わず、その場で剣を構え直した。


「まだ素手でやるか?」


 ロゼエルは裂けた衣へ目を落とした。


「いや」


 右手を伸ばす。


 空間が揺らぎ、その奥から長い柄が現れた。ロゼエルが握って引くと、分厚い刀身が続いた。


 彼の身長に迫るほどの大剣だった。


 スサノオが目を見開いた。


「そんなでけえ剣で、俺についてこられるか?」


「試してみればいい」


 ロゼエルは両手で柄を握り、大剣を身体の前へ構えた。


 スサノオが踏み込んだ。


 振り下ろされた剣を、ロゼエルが受け止める。重い音が岩場へ響いた。


 スサノオは剣を引き、すぐに横から斬りつけた。


 ロゼエルは大剣を立て、その刃も受けた。


 続く突きは、大剣の側面で外へ逸らす。今度はロゼエルが踏み込み、横へ薙いだ。


 スサノオは身を低くした。頭の上を大剣が通り過ぎる。


 そのまま前へ出て、ロゼエルの脇を狙った。


 ロゼエルは大剣を引き戻し、迫る剣を鍔の近くで受けた。


 二人は押し合った。


 だが、スサノオが急に身を引いた。


 押していた大剣が前へ流れる。その横から、スサノオの剣が迫った。


 ロゼエルは足を踏み替え、大剣を引き戻した。


 刃と刃がぶつかった。衝撃が両腕へ通る。


 スサノオが離れた。


「……今のも止めるか」


「ああ」


「でけえだけの剣じゃねえんだな」


「少しは分かったか?」


 スサノオは笑い、剣を構え直した。


 ロゼエルも相手を見た。


 スサノオの一撃は重い。だが、それだけではなかった。


 避ければ次の刃が来る。受ければ、こちらの力を利用して攻めてくる。


「一撃で終わらせる気はないんだな」


「当たるまで振ればいいだろ」


「簡単に言う」


「お前が当たらねえからだ」


 風が二人の間を抜けた。


 スサノオは手にした草薙の剣へ目を落とした。


「じゃあ、こいつはどうだ」


     ◇


 草薙の剣の刀身に、光が集まった。


 スサノオが剣を横へ振る。


 放たれた光が、幅の広い刃となってロゼエルへ迫った。


 ロゼエルは大剣を身体の前へ立てた。


 光の刃がぶつかった。


 重い衝撃に、両足が後ろへ滑る。ロゼエルは腰を落とし、大剣を支えた。


 刀身で防ぎきれなかった光が、その両側を通り抜けた。


 頬に鋭い痛みが走る。


 光が消えると、背後の岩に長い傷が残っていた。


「ロゼ……」


 マキエルが一歩前へ出た。


 ロゼエルは頬へ触れた。指先に血がついている。


「受け止めるか。普通は避けるぞ」


 スサノオが言った。


「思ったより重かった」


「次はどうする?」


 ロゼエルは大剣を握り直した。


「もう一度、来い」


 スサノオが笑った。


     ◇


 草薙の剣が光を帯びた。


 スサノオが剣を引く。


 ロゼエルは、その瞬間に前へ走った。


 光の刃が放たれるより早く間合いを詰め、大剣を振り下ろす。


 スサノオが横へ避けた。


 ロゼエルは刃が地面へ届く前に止め、すぐに剣を引き戻した。


 そこへ、草薙の剣が突き出される。


 ロゼエルは大剣で突きを逸らし、横へ薙いだ。


 スサノオが後ろへ跳ぶ。腹の前を、分厚い刃が通り過ぎた。


「撃たせねえつもりか」


「離れて受けるよりはいい」


「なら、離してやるよ」


 スサノオが踏み込み、続けざまに斬りつけた。


 ロゼエルは大剣で受けながら、一歩ずつ下がる。


 スサノオが後ろへ跳んだ。二人の間に距離が開く。


 草薙の剣が光り、横へ振られた。


 再び、光の刃が迫った。


 ロゼエルは身を低くした。


 頭のすぐ上を光が通り過ぎる。


 その直後、スサノオが走り込んできた。立ち上がる前に斬ろうと、剣を振り上げる。


 ロゼエルは大剣を頭上へ掲げた。


 わずかに遅れた。草薙の切っ先が腕を浅く切り、その直後に大剣が相手の剣を止めた。


 鈍い音が鳴る。


 スサノオがさらに剣を押し込んだ。


 ロゼエルは踏みとどまった。足元の岩に亀裂が入る。


 大剣を傾け、草薙の剣を横へ滑らせた。


 スサノオの身体が前へ流れる。


 ロゼエルは大剣の切っ先を地面についた。柄を握る両腕で身体を支え、右脚を蹴り上げた。


 黒いブーツが、スサノオの顎を捉えた。


 スサノオの顔が跳ね上がる。数歩よろめいたが、剣を握ったまま踏みとどまった。


 ロゼエルは足を下ろし、大剣を引き上げた。


 スサノオは口元を拭い、ロゼエルを見た。


「今の蹴り、思いつきだろ」


「ああ。顎が空いていたからな」


「やっぱりな」


 スサノオは笑った。


「俺は戦ってると、相手が何を考えてるか、なんとなく読めるんだ」


「だから、避けた先へ剣が来たのか」


「ああ。だが今の蹴りは分からなかった」


 スサノオが剣を握り直した。


「もう一度やろうぜ」


「そこまでにしましょう」


 アマテラスの声が響いた。


     ◇


 スサノオは剣を構えたまま、姉を見る。


「まだこれからだぞ」


「ええ。これから壊れるものが増えそうなので」


 アマテラスの視線が、岩場へ向いた。


 足元には亀裂が走っていた。背後の岩にも、深い傷が幾つも残っている。


「手合わせですよね?」


「ああ」


「今日は、お客様ですよね?」


 スサノオは黙った。


 ロゼエルも大剣を下ろした。


「……分かったよ」


 スサノオが剣を収めた。


 ロゼエルも大剣を消す。


 マキエルが近づいてきた。


 頬の傷を見て、次に腕へ目を向ける。


「二か所」


「浅い」


「数の話だよ」


 ロゼエルは腕を見た。黒い衣が裂け、その下に細い傷があった。


「そうだな」


「あとでヒーリングするからね」


「ああ。頼む」


 マキエルは裂けた袖にそっと触れた。


 その向こうで、スサノオがロゼエルを見ている。


「次は最初から剣を持て」


「今度は、そうする」


「素手で来られると、腹が立つ」


「剣を抜かせただろ」


 スサノオは一瞬黙り、それから笑った。


「次は、止められる前に決める」


「こちらもだ」


 アマテラスが二人を見た。


「次のお話は、お茶を飲んでからにしてください」


 ロゼエルはマキエルへ目を向けた。


「まだ、戦いたかった?」


「ああ」


「そうだと思った」


 マキエルは小さく息をついた。


 スサノオが先に歩き出す。


 ロゼエルは、その背中を見た。


 離れれば光の刃が来る。近づけば、スサノオ自身の剣が待っている。


 そのうえ、こちらが考えていることまで察するという。


 次は、どう攻めればいいだろう。


 もう一度会う理由が、できていた。


     ◇


 五人は御殿へ戻り、同じ卓を囲んだ。


 今度はスサノオも、黙って茶を受け取った。話題は天界と高天原、それぞれの世界を治める神々や、人間たちとの関わりに及んだ。


 ロゼエルは話を聞き、ときには自分たちの世界について語った。マキエルも隣で耳を傾けていた。


 同じ神と呼ばれていても、大切にしてきたものは少しずつ違う。その違いを知るうちに、日が傾き始めていた。


 茶を飲み終えたマキエルが、庭へ目を向けた。


「ロゼ」


「ああ。行こう」


 二人が立ち上がると、アマテラスも湯呑みを置いた。


「ご案内しましょうか?」


「少し、二人で歩いてきてもいいですか?」


 マキエルが尋ねた。


「もちろんです。池の向こうにも道が続いていますよ」


 礼を言い、二人は庭へ下りた。


 木々の間を、細い石の道が通っていた。池のそばまで来ると、水面に夕方の空が映っている。


 マキエルは歩みを緩めた。


「ちゃんと歩けたね」


「約束したからな」


「忘れてるかと思った」


「覚えていた」


 ロゼエルが答えると、彼女は微笑んだ。


 しばらく二人で池を眺めた。御殿から、スサノオとアマテラスの話し声が聞こえてくる。


「楽しかった?」


「ああ」


「手合わせ?」


「それも。話を聞くのも、面白かった」


 マキエルは頷いた。


「私も。また来たいね」


「ああ」


 二人は並んで、池の向こうへ続く道を歩いた。


     ◇


 庭を一回りして戻る頃には、空が夕暮れの色になっていた。


「そろそろ戻る」


 ロゼエルが言った。


「また来てくださいね」


 アマテラスが微笑んだ。スサノオは縁側まで見送りに来た。


「さっきの約束、忘れるなよ」


「忘れない」


「次も来い」


「ああ」


 マキエルが三柱へ手を振った。


 二人の姿が光の向こうへ消えるまで、スサノオは見送っていた。


「あいつ、底が見えねえな」


 手元の剣へ目を落とす。


「手合わせするには最高の相手だ。敵にだけは回したくねえ」


「……二人なのに、一つに見える」


 ツクヨミが呟いた。


「何がだ?」


 スサノオが顔を向けた。


 ツクヨミは答えなかった。二人が消えた空を、まだ見つめている。


 日が傾き、淡い月が姿を現し始めていた。



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