第31話 剣を落とすまで
その日の午後、天界の会議室に四大天使が集まった。
「静かすぎるね」
ラファエルが椅子に腰を下ろした。窓辺のウリエルは、腕を組んでいる。
「どこかで力を蓄えてるのかもしれない」
「時間を与えるのは、まずいね」
ガブリエルが地獄の見取り図を広げた。
「分かっていることから確認しましょう。ベルゼバブが使った出口は?」
「塞いだ。同じ道から別の悪魔が出ることはない。ただ、ベルゼバブ自身が地獄に戻る可能性はある」
「あなたは地獄を離れにくいわね」
「ああ」
ルシファーは見取り図へ目を落とした。
「あいつに加わっていた力は、まだ残っているかもしれない」
「私たち四人を振り切った力ね。アマツミカボシの動向について、日本神界にも聞いてみるわ」
ガブリエルが言うと、ウリエルも卓へ近づいた。
「僕は天界に残る。狙いが分からない以上、ここを空けるわけにはいかない」
「みんな早いね」
ラファエルが苦笑した。
「私は治療の準備をするよ。次に向き合えば、誰かが傷を負うかもしれない。あの力が相手なら、いつもの治療だけで足りるとは限らないからね」
「頼む」
ガブリエルが見取り図を畳んだ。
「まず居場所をつかんで、確保する。アマツミカボシのことは、日本神界と話してから判断しましょう」
「見つけたら、すぐ捕まえに行っていいのか?」
ウリエルの問いに、ラファエルが首を横に振った。
「四人で止められなかった相手だよ。一人で行くのは勘弁してほしいな」
「そうだな。見つけた者が、まず全員に知らせる」
ガブリエルがルシファーを見た。
「あなたもよ」
「……分かっている」
少し遅れた返事に、三人の視線が集まる。
「本当に?」
「分かっていると言っただろう」
ウリエルが吹き出し、ガブリエルもわずかに笑った。
四人で決めたことをまとめ、ロゼエルにも伝えることにした。
◇
翌日、訓練場に木剣が二本用意された。
「久しぶりね」
ガブリエルが一本を構えると、ルシファーも向かいに立った。
「おまえが誘うとは思わなかった」
「昨日、みんなに知らせると約束したでしょう。守れるか、確かめたくて」
「剣で何が分かる」
「相手の話を聞く余裕があるかどうかは」
彼は眉を寄せた。
「相手の剣を落としたら勝ち。それでいいわね」
「ああ」
先に踏み込んだのはガブリエルだった。肩へ向かった木剣をルシファーが受け止めると、彼女は手首を返し、逆側から打ち込んできた。
ルシファーは半歩下がった。
「速くなったな」
「あなたは変わらないわね」
「何がだ」
「最初の一撃を受けたあと、必ず前に出るところ」
ルシファーは、彼女が言い終えるより早く間合いを詰めた。木剣を押し下げて柄を狙うが、ガブリエルは離さない。足を引く代わりに、押された方向へ剣を回した。力が流れ、二人の位置が入れ替わる。
「……読んでいたのか」
「何度も見てきたもの」
攻撃は小さい。ルシファーが大きく振るうたび、その隙間へ剣先が入ってくる。力で押し切ろうとして、彼は途中でやめた。踏み込む足を止め、動きを待つ。
「できるじゃない」
「黙って来い」
ガブリエルの木剣が右へ動いた。その手首へ短く当てると、乾いた音が響いた。彼女の剣が床を滑る。
「一本」
「もう一度」
位置を戻すと、今度はルシファーが先に出た。受けながら後退したガブリエルが、訓練場の端で立ち止まる。
「昨日の話だけど」
「稽古中にするな」
「ベルゼバブを見つけたら、本当に私たちを呼ぶ?」
木剣が止まった。彼女はその隙を突かなかった。
「答えて」
「呼ぶと言った」
「地獄で封印を狙われたときも?」
「……そのときは、待てないかもしれない」
「そうね。すぐ動かなきゃいけないときもある。でも、戦いながらでも知らせる方法はあるわ。昨日決めたのは、到着するまで何もしないことじゃない」
ルシファーは答えず、木剣を振った。
二度、三度。四度目でガブリエルは剣を滑らせ、横へ誘った。そのまま柄元を打つ。
ルシファーの手から木剣が離れ、床へ落ちた。
「一本ずつね」
「話しながら、よく狙えるな」
「話を聞いていない相手に勝つのは得意なの」
「聞いていた」
「なら、よかった」
二人で木剣を片付け、訓練場を出る前に、ルシファーが言った。
「地獄で何か起きたら、知らせる。すぐ戦う必要があっても、それは忘れない」
「うん。それなら私たちも、すぐ動ける」




