↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/40

第28話 ロゼとロキ

挿絵(By みてみん)

 翌日の午後、天界の門に一人の客が着いた。


 白を基調にした道化師の衣装。明るい紫の髪をした男は、門を見上げて足を止めた。


「さて」


 小さく笑い、門番へ歩み寄った。


「ロゼエルに会いたいんだけど、取り次いでもらえるかな」


「お名前を」


「北欧神界のロキだよ」


 約束はなかった。ロキは門の外で待ち、行き交う天使たちを眺めていた。


 ほどなく、ロゼエルとマキエルがやってきた。


 ロキは胸に手を当て、頭を下げた。襟と袖についた小さな金の鈴が、澄んだ音を立てる。


「初めまして。北欧神界のロキだよ」


「ロゼエルだ。こちらはマキエル」


「初めまして」


 マキエルが挨拶すると、ロキは顔を上げた。


 顔立ちも紫の髪も、二人はよく似ていた。


 しかし、二人が与える印象は、真逆と言っていいほど違っていた。


「突然だけど、少し邪魔してもいいかい?」


「今日は何の用だ?」


「君と話してみたくて」


 ロキは少し首を傾げた。


「世界を変えた神に、直接会える機会はそうないだろう?」


 ロゼエルは門番に頷き、二人で案内することにした。


     ◇


 庭を抜け、三人は回廊へ入った。


 ロキは花壇や柱の彫刻へ目を向けていた。足取りはゆっくりしていたが、立ち止まることはなかった。


「静かだね」


「騒がしいほうがよかったか?」


「いいや。平和そうで何よりだよ」


 その言葉を聞き、ロゼエルは横へ目を向けた。


 ロキは庭を眺めていた。


「世界を変えた気分はどう?」


「気分で変えたわけじゃない」


「そうだろうね。必要だと思ったから変えた」


「ああ」


「君には、それができるんだね」


 感心したような声だった。


 ロゼエルが答える前に、ロキは回廊の奥へ顔を向けた。


「そこは?」


「書庫」


 マキエルが答えた。


「よく本を読みに来るの」


「少し見ても?」


 ロゼエルが扉を開けた。


 天界の記録だけでなく、人間界の書籍も並んでいる。歴史書や詩集に混じって、子どもたちのための物語もあった。


 ロキは棚の前を歩き、一列の背表紙で足を止めた。


「ナルニア国物語」


「知ってるの?」


「名前は」


 最後の一冊を抜き取る。『さいごの戦い』だった。


「最終巻から読むの?」


「結末が気になってね」


「最初から読んだほうが面白いよ」


「そうかもしれないね」


 そう言いながら、最後のページを開いた。


 マキエルがロゼエルを見る。彼は肩をすくめた。


「君は、いつもそうやって読むのか?」


「ときどきね。終わりを知っても、そこまでの道はまだ分からないだろう?」


「俺は先に読まないな」


「結末を知らないほうが楽しい?」


「ああ」


 ロキはページへ目を戻した。


「僕は、知ってから確かめたくなるんだ。本当に、そこへたどり着くのか」


     ◇


 窓際の卓で、三人は茶を飲んだ。


 ロキは冒頭を読み、それから後ろのほうを開く。行き来するたび、袖の鈴が鳴った。


「落ち着かない読み方だね」


 マキエルが言った。


「僕には、このほうが落ち着くんだ」


「途中の出来事を知らないと、結末を間違えて受け取るかもしれないよ」


 ロゼエルが言うと、ロキは顔を上げた。


「ああ。だから途中も読むよ。ただ、最初に何が残るのかを知りたいんだ」


 彼は開いた本へ指を挟み、カップを取った。


「北欧にも、終わりが語られている」


「ラグナロクか」


「うん」


 ロキは紅茶を飲み、音を立てずにカップを戻した。


「その話では、僕はオーディンたちの敵になる」


 マキエルは彼を見た。


 先ほどまでと変わらない声だった。


「君は、そうするつもりなのか?」


 ロゼエルが尋ねた。


「さあね。今は、こうしてお茶を飲んでいるよ」


「先のことは分からない、という意味か」


「君は分かる?」


 ロキの指が、本の端を撫でた。


「世界を変えても、その先で誰が何をするかまでは決められないだろう?」


「決めるつもりもない」


「そうなんだ」


 ロキは微笑んだ。


「なら、ラグナロクも語られているとおりに起きるのかな」


「俺に聞いても、答えは出ない」


「うん。そうだと思ってた」


 マキエルはカップを両手で持ったまま、二人を見ていた。


 ロキはロゼエルから目を離さなかった。


「悪魔が人間に干渉できなくなった。ルシファーも、地獄を守る側になった。ずいぶん変わったね」


「ああ」


「彼を選んだのは、君だろう?」


「そうだ」


「信じているんだね」


 ロゼエルはカップを置いた。


「何か言いたいことがあるなら、聞くよ」


 ロキは少し目を見開き、それから笑った。


「そう警戒しないで。オーディンとも義兄弟の仲なんだ。人を信じることが、分からないわけじゃない」


「なら、分かるだろう」


「もちろん」


 返事は早かった。


 ロキは本へ視線を落とし、挟んでいた指を抜いた。


 閉じた表紙を見つめ、しばらく何も言わなかった。


「信じた相手が、最後にどちらへ立つのか。そこまで読めれば、簡単なんだろうけどね」


 ロゼエルは彼を見ていた。


「それで最後から読むのか?」


「本なら、確かめられるから」


 ロキは表紙を指先で軽く叩いた。


 マキエルが口を開いた。


「でも、好きになった登場人物がいたら、結末を知っていても最後まで読みたいよ」


 ロキが彼女へ顔を向けた。


「どうして?」


「その人が、最後までどう生きたかも知りたいから」


 ロキは彼女を見つめたあと、本へ目を戻した。


「……そういう読み方もあるね」


 今度の返事には、少し間があった。


 マキエルは頷いた。


「読み終わるまで、借りていく?」


「いいの?」


「返してくれるなら」


「必ず」


 ロキは本を受け取り、自分の隣へ置いた。


 そのあとも話は続いた。北欧神界のこと、書庫に並ぶ本のこと。ロキはよく笑い、マキエルの話にも耳を傾けた。


 ロゼエルへ問いかけるときだけ、答えを待つ間、その顔をじっと見ていた。


     ◇


 日が傾き、三人は門へ戻った。


 ロキはロゼエルへ向き直った。


「今日はありがとう。思いがけず、面白いものが見られたよ」


「次は知らせてから来てくれ」


「本を返すときは、そうしよう」


 頭を下げ、門の外へ数歩進んだところで振り返った。


「さっき読んだ結末だけど」


 二人が彼を見る。


「古いナルニアは滅びる。でも、その先に『まことのナルニア』が待っているらしいね」


 ロキは借りた本を持ち上げた。


「世界の終わりが、本当の世界の始まりか。面白い結末だね」


 風が衣装の鈴を揺らした。


「君は、どんな終わりを選ぶんだろうね」


 白い背中が、門の向こうへ遠ざかる。


 マキエルは、その姿を見送っていた。


「ロゼに少し似てたね」


「そうかな」


「顔と、紫の髪はね」


「ほかは?」


「ぜんぜん違う」


 ロゼエルは小さく笑った。


 鈴の音が聞こえなくなると、門の前にはいつもの静けさが戻った。


     ◇


 天界の門が見えなくなってから、ロキは足を止めた。


 借りた本の表紙へ目を落とす。


「途中も、か」


 マキエルの言葉を繰り返した。


 次に思い出したのは、向かいに座っていたロゼエルの顔だった。


 世界を変えたことも、ルシファーを選んだことも、問われればまっすぐ答えた。


 ロキは口元を緩めた。


「君の結末は、まだ読めないね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。