第26話 大剣アスラン
ガブリエルが天界へ戻ってから、ロゼエルは鍛冶場を訪ねた。
鍛冶師に頼みたいものがあった。
「新しい大剣を作ってほしい」
鍛冶師は手を止めた。
「大剣のままでいいのか?」
「ああ。ただ、少し軽くしてほしい」
ロゼエルは毘沙門天との戦いを思い出した。
大剣を振り下ろしたあと、刃を戻すまでのわずかな間。毘沙門天はそこへ踏み込んできた。
次の一撃を出す前に、勝負は決まっていた。
「速さが必要なら、もっと細い剣にする手もあるぞ」
「大剣のままがいい」
「なら、どのくらい軽くする?」
「振り下ろしたあと、すぐ戻せるくらいに」
鍛冶師は少し考えた。
「刃の幅は残す。長さを少し抑えて、重心を手元に寄せよう」
「頼む」
「思い通りに動くかは、できてから試してくれ」
「そのつもりだ」
鍛冶師は炉から、赤く熱した金属を引き出した。
金属を打つ音が響き、火花が散った。
◇
数日後。
完成した大剣を、ロゼエルは両手で握った。
広い銀色の刃。中央を暗い金属の色が走り、柄には紫が入っている。
前の剣より少し軽い。それでも、片手で気軽に扱える重さではなかった。
ロゼエルは振り下ろした。
止める。
手元へ戻す。
もう一度、振る。
「どうだ」
鍛冶師が聞いた。
「動きはいい」
「それなら」
「速い相手と試したい」
鍛冶師はロゼエルの顔を見た。
「心当たりがあるんだな」
「ああ」
ロゼエルは剣を下ろし、柄に目を向けた。
握りのそばに、紫の石がはめ込まれている。
「この石は?」
「魔法石だ。ロゼエル様の力を刀身へ通せるように、柄に入れてあります」
鍛冶師は石の位置を指した。
「刃勁を使うときにも、力を伝えやすくなるはずです」
ロゼエルは指先から、ほんの少し力を送った。
紫の石が淡く光る。
力を止めると、その光も静かに薄れた。
「なるほど」
◇
訓練場に呼ばれたラファエルは、ロゼエルの大剣を見て足を止めた。
「……私を呼んだ理由、分かった」
「試し相手になってほしい」
「それも、普通の速さじゃ駄目なんだろ」
少し離れた場所では、マキエルが二人を見守っていた。
「新しい剣、綺麗だね」
「鍛冶師に伝えておく」
ロゼエルは大剣を構えた。
ラファエルも細身の剣を構える。刃に緑色の風がまとわりついた。
「どこまで速く動けばいい?」
「最速で頼む」
「……やれやれ。最初からそれか」
ラファエルが踏み込んだ。
姿が揺らぎ、次の瞬間にはロゼエルの左にいる。
ロゼエルは大剣を向けた。
二本の剣が触れ、高い音が鳴る。
だが、ラファエルはもうそこにいなかった。
背後から風が来る。
ロゼエルは剣を引き戻し、身体をひねった。
間に合った。
ラファエルの刃を受け、すぐに押し返す。
「お」
ラファエルが声を漏らした。
「今のに戻せるのか」
「もう一度」
「言われなくても」
緑の風が強まった。
ラファエルは正面から来た。
ロゼエルが剣を上げた瞬間、横へ抜ける。
毘沙門天との戦いでは、ここで剣を振りきっていた。
ロゼエルは追わず、刃を身体の近くへ戻した。
ラファエルの二撃目を大剣の腹で外す。
そのまま踏み込み、横へ薙いだ。
ラファエルが跳ぶ。
刃は届かなかったが、剣が起こした風が長い髪を揺らした。
「危ないな」
「当てるつもりはない」
「その大剣で言われてもな」
ラファエルは着地し、もう一度間合いを詰めた。
ロゼエルが振り下ろす。
ラファエルが受け流す。
ロゼエルは剣の勢いを制し、刃を引き戻した。
戻ってきた大剣が、ラファエルの次の一歩を止める。
二人はそこで動きを止めた。
「……十分だろ」
ラファエルが剣を下ろした。
「前より速い。重さもちゃんと残ってる」
ロゼエルは手の中の剣を見た。
「まだ使い慣れてない」
「そこはこれからだな」
マキエルが近づいてきた。
「途中から、二人とも見えなかった」
「私はちゃんと見えてたよ」
ラファエルが言う。
「嘘」
「少しは見失った」
三人のところへ鍛冶師も歩いてきた。
「使えそうか」
「ああ」
ロゼエルが答えると、鍛冶師は満足そうに頷いた。
「なら、名前は?」
ロゼエルは剣を見た。
広い刃を持ちながら、次の動きへ移れる。その手応えが、まだ両腕に残っている。
「……アスラン」
「今、決めた?」
マキエルが笑った。
「うん。浮かんだ」
「どういう意味?」
「人間界の言葉で、夜明けとかライオンという意味がある」
マキエルは柄の紫と、広い刃を見比べた。
「夜明けの空の色とライオンみたいな強さ。ぴったりだね」
「そうかもな」
鍛冶師が尋ねた。
「で、使い心地は?」
ロゼエルはもう一度、大剣を振った。
刃が空気を切り、狙ったところで止まる。そこから手元へ戻すまで、動きに無駄はなかった。
「いい剣だ」
鍛冶師は満足そうに笑った。
「そう言ってもらえれば、作った甲斐があります」
「大事に使う」
ロゼエルが手を離す。
大剣は空間に溶けるように消えた。
思いつきで口にした名前だった。
だが、もう一度あの剣を呼ぶなら、迷わずその名を呼べる気がした。




