第17話 最高神、大剣を振るために鍛える
ロゼエルが歌い終えると、ギターの残響が天界のテラスに広がった。
マキエルは嬉しそうに手を叩いた。その笑顔は、子どものように無邪気だった。
「また、歌ってね」
「ああ」
ロゼエルは頷いた。マキエルも微笑み、隣に座ったまま、彼がギターを置くのを待っていた。
◇
それから数日後、天界の鍛錬場に鈍い音が響いた。
「……十五」
ロゼエルはダンベルをゆっくり下ろし、床へ置いた。
天界の戦いでは、鍛錬を怠った者から悪魔に倒されていった。昨日まで隣にいた者が、次の戦いでは戻らない。ミカエルは、それを何度も見てきた。
最高神となった今も、身体を鍛える習慣は変わらなかった。
「終わり?」
ベンチに座ったマキエルが尋ねた。
「まだ」
「まだやるの?」
「次は脚」
「さっき腕やってなかった?」
「腕と脚は別だ」
「そうなんだ」
マキエルが水を差し出すと、ロゼエルは一口飲んだ。それから手を開き、大剣を呼び出した。
昨日も今日も振っていたが、全力で振り抜くと身体がわずかに流れた。そのわずかが、彼には気になっていた。
「そんなにその剣が好き?」
「ああ」
「なんで?」
「かっこいいから」
即答に、マキエルが笑った。
「ほんとにそれだけ?」
「十分だろ」
「まあ、ロゼらしいけど」
ロゼエルは柄を軽く叩いた。
「人間だった頃、こういう大剣を振る主人公の漫画を読んでた」
「ほんと、漫画好きだね」
「漫画からインスピレーションをもらうこともある」
少し早口で言い、大剣を握り直す。
「そうだね」
「何だ、その顔は」
「なんでもないよ」
ロゼエルは両手で構え、大剣を振った。重い刃が空気を押し、振り終えたときには右足が半歩ずれていた。
「今、ちょっと動いた?」
「ああ」
「私には上手に振れたように見えたけど」
「まだだ」
足の位置を確かめ、もう一度同じ軌道で振った。今度は動かなかったが、彼は納得した顔をしなかった。
「神様なんだから、剣を軽くすればいいのに」
「できる」
「じゃあ、どうしてしないの?」
「神の力に頼りすぎると、自分が弱くなる。この重さを、完璧にコントロールしたい」
マキエルも大剣を見た。
「だから鍛えてるんだね、ロゼ」
「ああ」
大剣を光の中へ消し、ロゼエルはスクワットラックへ向かった。
隣ではウリエルがバーベルを担いでいた。大量のプレートをつけたまま深くしゃがみ、いつものにこやかな顔で立ち上がる。
「何キロだ?」
「四百キロ」
マキエルがバーベルを見直した。
「それ、床は大丈夫なの?」
「補強してあるよ」
「先に床の心配をするんだな」
ウリエルは笑いながら、バーをラックへ戻した。
「ロゼエルもスクワット?」
「ああ」
ロゼエルは自分のバーを担ぎ、立ち位置を決めた。
「大剣のため?」
「足が踏ん張れないと、振ったあと身体が流れる」
「ウリエルみたいな重さまで上げるの?」
「そこまでは要らない」
「必要になったら、いつでも補助するよ」
「そのときは頼む」
ロゼエルは腰を落とし、足裏で床を押して立ち上がった。剣を振り終えたときの半歩を思い出す。
「数えようか?」
「ああ。十五回」
「いち」
彼女の声に合わせて、再び腰を落とした。
「……十五。おしまい」
バーを戻すと、ウリエルが頷いた。
「きれいなフォームだ」
「まだ足りない」
「昔から変わらないな。納得するまで続けるところ」
「必要な分だけだ」
マキエルが小さく笑った。
「その『必要な分』が増えていくんでしょ」
ロゼエルが答える前に、入口のほうで小さな音がした。
マキエルが見に行くと、扉の前に白い封筒が置かれていた。表には二人の名前がある。
「アマテラス様からだ」
封を開け、手紙を読む。
「高天原へ、またお越しください、だって。お会いしたい方がいます、って」
「誰だ?」
「名前は書いてない」
ロゼエルは手紙を受け取り、読み返した。
「誰に会わせたいんだろうね」
「行けば分かる」
「その前に、今日は休んでね」
彼が返事をしないでいると、ウリエルが笑った。
「まずは水を飲もう、ロゼエル」
差し出されたボトルを、今度は素直に受け取った。マキエルが隣から手紙を覗き込む。
「また高天原に行けるね。楽しみ?」
「相手が分からないからな」
そう言いながら、ロゼエルは手紙を丁寧に折り直した。




