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月光の時計塔  作者: 麦野れいん
一章『中央都市リーベリア編』
8/16

一章:第三話

☆


 初夏の夜風。

 夕日が沈み、空は赤紫から夜の闇に染まっていく。

 遠くから楽しそうな喧騒が聞こえるが、今のイーゼルにとっては、ただのノイズのように感じる。


(まだ頭痛いな……)


 ここは時計塔の外にある庭園。

 初夏の鮮やかな花々の間に、二人掛けの休憩用ベンチが置かれていた。

 どうやら時計塔の中で、意識が混濁して動けなくなったイーゼルを、アルシアがここまで運んでくれたらしい。


(まさかこんな所で《見える》なんて……)


 イーゼルがぼんやりと考え事をしていると、すぐ隣から足音がした。


「少し落ち着きましたか?」

「うん……。だいぶ……よくなったかな」


 イーゼルは控えめに笑いながら、声の主を見上げる。

 黒外套に身を包む少年アルシアは、あまり良くなったように見えないイーゼルの様子に、心配そうな表情をフードの奥からのぞかせる。 



「まだ顔色は良くないですね。近くで飲み物買ってきたので、もう少し休んでから宿に向かいましょう」

「うん。ありがとね」


 隣に座ったアルシアは、冷たい瓶を差し出してきた。

 受け取って蓋を開けると、ほのかにフルーツの香りが鼻に届く。


「その……イーゼルさん」

「ん?」


 イーゼルは、何かを言いかけたアルシアの方を見る。

 アルシアは少し言葉を選ぶような感じで、やや間をあけてイーゼルに訊ねてきた。


「前の街では聞かなかったんですけど、イーゼルさんは特殊な魔法が使えるんですか? さっきのも……そうですよね?」


 どうやらアルシアは、さっきの出来事の原因に察しがついているようだ。


「すごいね……、わかるんだ」

「まぁ、僕も魔法に携わる者なので」

「じゃあ、話しておいた方がいいかな。迷惑かけちゃったしね」

「話したくなければ、別に伏せていただいても構いませんよ」

「ん~。いや、聞いてほしいかな……。アルシアくんなら話しても大丈夫そうだし」


 アルシアはちらりとイーゼルの方へ視線を向ける。

 返事はなく、ただイーゼルが話し出すのを待っているようだった。

 イーゼルは手元の冷たい瓶を見つめ、結露した水滴を拭いながら、何から話そうかと考える。


「んーとね、魔法……かどうか分からないけど、私は生まれつき、物に宿る過去の記憶が《見える》の」

「物に宿る過去の記憶……」

「うん。でも何でも見える訳じゃなくて、基本は自分に関係のあるものしか見えないの」

「ほう……」

「でも例外として、強い想いのこもった物なら、自分ではない他人の記憶も見えることがあるわ」

「なるほど、懐中時計の時はそれを使ったんですね」

「そ、大事にされてたから想いがこもってた。それから、持ち主がいた場所・状況を真似ることで、見たい範囲を絞って探し当てたって感じ」

「それはすごいですね」


 少し驚いた様子で感心するアルシアに、イーゼルは苦笑いを見せる。


「でもね、いいことばかりじゃなくて、問題もあるんだよ」

「問題……ですか。もしかして、それがさっきの?」


 イーゼルは静かに頷く。

 アルシアの言う通り、この問題こそがさっき時計塔で起きた出来事だった。


「物に宿る想いが強ければ強いほど、不可抗力で勝手に《見える》ことがあるの」

「見たいと意識しなくても見えてしまうってことですか?」

「うん。稀ではあるけどね。そういう時は見たい範囲を絞れないから、一気に見えすぎてしまって、頭が痛くなったり、気分が悪くなったりすることがあって……」

「なるほど、そういうことだったんですね」


大まかな経緯を話し終えたイーゼルは、冷えた瓶を傾け一口だけ口に含む。

柑橘系のフルーツジュースの甘さが、少しだけ気持ちを落ち着かせてくれる。


「強い想い……となると、見えたのは時計塔ができた頃の記憶とかですかね……?」

「えーっと……、うん。たぶんそんな感じかな。一気に見えると、内容も大雑把になるから、あんまり詳しくは分からなかったけど……」

「なるほど。体に負荷が掛かるのは良くないですが、過去の遺物を調べたりするのには、かなり重宝しそうな魔法ですね」

「うん……! 結構役立つこともあるよ。まぁ、絶対見えるわけでもないから、あんまり期待はできないけどね~」


 自然と瓶を握る自分の手に、力が入っているのがわかった。


(嘘だ……。本当ははっきり見えてた)


 イーゼルは瓶を握る手を、反対の手でゆっくりさすった。


(でも分からない。どうして、あの人の顔が見えたのか)


 イーゼルは目を閉じて、ゆっくりと見えたものを思い出した。

 場所は時計塔の中。

 自分とよく似た顔に翡翠の目。

 微笑んでいたのは、他でもないイーゼルの双子の姉。

 イリスの姿だった。

 さらにまるでイリスが従えているように動く、狂化された魔獣の群れ。


 そして、傷ついた同行者の少年の姿。


(私はここに来るのが初めてだし、他の誰かの記憶にしても、お姉様は体が弱くて外を出歩けないはず。ここで見えるわけがない。来れるわけがない……)


 ならどうしてそんな映像が流れ込んできたのか、頭の中でぐるぐると回る思考に、イーゼルは首を振る。

 そして、アルシアの方へと視線を向けた。


「ねぇ」

「どうしました?」

「アルシアくんって、時計塔に来るの初めてだよね?」

「はい。そうですけど……」

「だよね」

「……?」

「あ~ううん、気にしないで! なんでもないから……!」


(私の力はお姉様のような《未来視》じゃない。アルシアくんがここに来たことがないなら、この記憶は過去に存在しないはず)


 不安を振り払うように、深く深呼吸する。

 大丈夫と体に言い聞かせて、イーゼルは瓶の中身を飲み干した。


「だいぶ良くなってきたし、そろそろ宿に戻らない?」

「本当に大丈夫ですか?」

「うん! ごめんね。心配かけちゃって」

「いえ」

「ジュース代の分、どっかで埋め合わせするね」

「別に気にしなくていいですよ」

「だめです。返すって決めたので!」

「じゃあ期待しないで待ってます」

「なんですかそれ~!」


 イーゼルはまだ微かに不安が残っていたが、それを上書きするように、自分を奮い立たせていた。



☆



 翌朝


 相変わらず寝覚めは悪く、起きてしばらくは頭がぼんやりとする。

 布団と一体化したくなる気持ちに抗うべく、アルシアは無理やり体を起こして寝室の扉を開けた。


「あっ、おはよう!」

「お、おはようございます……」


 イーゼル明るい声に、やや押されそうになりつつも少し安心する。

 昨日、本人は大丈夫と言っていたが、どことなく元気が無さそうだったのが気がかりだったからだ。


「具合はどうですか?」

「うん! もうすっかりだよ。しっかり寝たら元気になっちゃった!」

「なら良かったです」

「ねぇ、それより見て!」

「ん?」


 イーゼルはその場で一回転して見せる。

 後ろで束ねた長い髪と、スカートが空気を含んでふわっと舞う。

 よく見ると普段着のワンピースの上から、エプロンを付けているようだった。


「どう? 似合ってるかな?」

「似合ってると思いますけど、どうしたんですか、その格好……」

「実は時空祭まではまだ三日はあるから、ここに泊まってる間、一階のお店でお手伝いすることにしたの! 次の宿代、今のうちに稼いどかないとね」

「なるほど……、僕も金策はしたほうが良さそうですね。あまり多くの人とは関わりたくないので、どこかで討伐依頼とか受けられるといいんですが……」

「確かに、後でファーラさんに聞いてみよっか」

「そうですね」

「じゃ、私は先に降りてるね。なんかあったら声かけてね~」

「はい。がんばってください」

「ありがと!」


 ぱたぱたと部屋を出ていくイーゼルの姿は、元気そのものだった。

 心配するのも杞憂だったかもしれない。


「物に宿る過去の記憶を見る力……ですか」


 昨日のイーゼルの話によると、条件付きではあるが、物に触れることで、その物に宿る過去を見ることができるらしい。

 しかしながら、稀に意図せず見えることもあり、昨日はそのせいで不調になったらしい。

 イーゼルにはどんなものが見えていたのだろうか。


(そういえば……、変な質問をされたな)


 たしか、時計塔に来るのは初めてか、と。

 質問というよりは確認するようだったが……。


(もしかして、僕に関する何かもあったのだろうか……)


 いろいろと推測しようと、頭をフル回転させようとしたが、そこでアルシアは小さく首を振った。


(仮にあったとしても、伝えなかったということは、それは取るに足らない内容だったはず。ならそれを変に推測する必要はないだろう)


 アルシアは思考を中断すると、部屋の洗面台の方に向かった。


「とりあえず、支度しますか」



☆



「おにーちゃん、おはよ~! あっ!」

「こ~ら、お客さんにはおはようございますでしょ!」

「そうともいってみたり?」


 一階ではリラとファーラが、相変わらずの寸劇を繰り広げていた。


「ごめんなさいね。言葉遣いに気をつけなさいっていつも言っているんですけど……」

「いえ、気にしないでください」

「おにーちゃんの、おっけーもらいました!」

「調子に乗らないの~!」

「うへ~!」


 ファーラに両手でほっぺたを挟まれたリラは、されるがままになる。

 特に抵抗するでもなく、どこか楽しそうだ。

 どうやらこの二人にとっては、これが大事なコミュニケーションらしい。


「あ、そうそうアルシアさん」


 ふと、ファーラは何かを思い出したように、アルシアを呼び止める。


「なんでしょうか?」

「イーゼルちゃんから聞いたんだけど、魔獣の討伐依頼とか探してる?」

「あぁ、そうです。どこかでそういう依頼を受けれそうな場所とかありますかね?」

「それならそこの掲示板使うといいわよ」


 ファーラは入り口のすぐ横を指差した。

 木製の掲示板に、複数の紙が貼られている。


「この店は大通りに近いから、情報が集まりやすい上に、宿屋だから腕利きの旅人さんもよく来るのよ。それを利用して、困ってる人に依頼を出してもらって、その依頼を旅人さんに共有してるの。まぁギルド掲示板みたいなものね」

「なるほど」


 アルシアは掲示板の方へ向かうと、紙に書かれた依頼に目を通していく。

 内容は接客や広場の清掃員、調合の素材集めから犬の散歩までさまざま。

 その中でも依頼の半分以上を占めるのが、魔物や魔獣の討伐依頼だった。


「意外と討伐依頼、多いですね」

「この時期は増えるのよ~」

「そうなんですか? てっきり街の衛兵とかが、その辺りは片付けてるのかと思ってました。周辺の町も、祭りの期間はしっかり警備が敷かれているようでしたし」

「中央都市近辺はそうなんだけどねぇ……。そこに手を割くあまり、少しはずれにある町とかは結構手薄になるわ。だからこの時期は、魔物や魔獣が人目につく場所に出てきちゃうのよね」

「そういうことですか」

「確か昨日もやられたって話を聞いたわ。山の麓にある村が、魔獣の群れに襲われてそれは酷い被害がでたそうよ。凶暴になってることもあるから、アルシアさんも街の外に出る時は気をつけてね」

「はい。そうします」

「受ける依頼が決まったら私に声かけて。報酬の受け渡しもここが窓口だからね」

「うちのやど! すごいのだー!」

「そうですね」

「がんばってこいよ~! だんなぁ~! あっ!」

「こ~ら、ちょっと油断したらすーぐ調子乗るんだから……」


 今度は髪をぐしゃぐしゃされたリラは、そのままカウンターの裏に逃げていった。

 ファーラもリラを追って、カウンター裏へ入っていくのを見送った。


「どう? よさそうな依頼は見つかった?」


 後ろからの聞き慣れた声で振り返ると、トレイに食器やグラスを乗せて運ぶイーゼルの姿があった。

 どうやら、店内の片付けをしていたらしい。


「いえ、まだ決まってないです。その……話通しておいてくれて、ありがとうございます」

「どういたしまして! アルシアくんなら大丈夫だと思うけど、戦闘する時は油断しないようにね」

「はい。中央都市に来る時も、散々追いかけられましたからね……。いつもより用心するようにします」

「うんうん。そうしなね~」



☆



 それから二人は『時空祭』までの数日を、お互い仕事をこなしつつ過ごすことになった。

 幸いにも、あれから《見る》力が勝手に発動することなく、平穏な時間が流れ、イーゼル自身も時計塔で見たことをすっかり忘れ始めていた。

 外では前夜祭の催しが行われている。

 部屋のテラスから大通りを眺めると、行商の馬車が減った代わりに、さらに観光客が増えたように感じる。

 広場の方では、大型ステージを囲むように人集りができている。


「どこからこんなに人が集まるんですかね……」

「大陸内外から集まってくるからね~」

「外からも……、それなら納得ですね」


 アルシアは窓際のテーブルで、冷たいグリンティーを飲んでいた。

 イーゼルは開けていたテラスの扉を閉めて、対面の席に座る。


「ねぇ、明日は予定空いてる?」

「今のところは。討伐依頼もひと段落したので」


 アルシアの言葉に、イーゼルはさっき見た一階の掲示板を思い出す。

 確か数日前は、掲示板いっぱいに依頼が貼り出されていたはずだが、討伐依頼がごっそりとなくなり、閑散とした掲示板にファーラさんも驚いていた。


「聞いたよそれ……。一人で貼り出してた依頼の半分ぐらいこなしたんでしょ」

「数は多かったのですが、魔獣の出現地域が被ってるものも多くて、まとめて受けていけばそんなに大変ではありませんでした」

「またまた……、すごいんだから~!」

「それほどではないかと……」

「まぁ、空いてるならなんでもいいの。明日私も酒場のお手伝い無いからさ、一緒に露店巡りしない?」


 とりあえず勢いのまま誘ってみたイーゼルだったが、人混みを嫌うアルシアは果たして乗ってくれるだろうかと、今更ながら少し不安になっていた。

 しかし──


「露店巡りですか……、いいですね」


 意外にも、アルシアからすんなりいい返事が返ってきたことに、イーゼルはやや前のめりの姿勢になる。


「えっ……! ほんとっ!?」

「えぇ、行きましょう。でも……、朝からは起きれる自信がないので……」

「回るのは昼過ぎか夕方からで大丈夫!」

「助かります」

「じゃあ、午前中はリラちゃんと回ってこようかなぁ~」

「今日すごくアピールされてましたね」

「うんうん。ファーラさんは忙しいから行けないし、とはいえリラちゃんは、まだ小さいから一人で行くのは危ないしね」


 夕食で一階の酒場に降りた時、リラは随分とご機嫌斜めだった。

 祭り当日、酒場自体は休みの予定だが、それ以外の仕事でファーラが忙しく、お祭りを一緒に回れないと分かったリラは、機嫌を損ねてしまったらしい。

 そのせいか一階にいた間は、ずっとイーゼルの隣に引っ付いていたのだった。


「いいと思いますよ。喜ぶんじゃないですか?」

「だよね。じゃあ後でファーラさんに許可もらってこよ!」

「それがいいと思います」


 イーゼルはここ最近で一番わくわくしていた。


「アルシアくん」

「なんでしょうか?」

「明日は楽しもうね」

「そうですね」



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