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月光の時計塔  作者: 麦野れいん
一章『中央都市リーベリア編』
7/16

一章:第二話

☆


 翌日


「ん……」


 アルシアはゆっくりベッドから体を起こした。

 どうも寝起きはぼんやりして仕方ないと、ベッドに腰掛けたまま衝立の方を見た。

 前の宿は部屋の端にベッドが置かれていたが、今回の宿は部屋の奥に寝室があり、ベッドがサイドテーブルを挟んで隣同士に置かれていた。

 流石にそのままは気まずいので、衝立を置いてもらうことにしたのだ。

 しかし、衝立の向こうに人の気配は感じない。


(先に出かけたのか……?)


 アルシアはふらふらと立ち上がると、寝室の扉を開けて隣の部屋を覗いた。


「いた……」


 同居人は先に起きていたらしいが、寝癖の頭に寝巻きもそのままで、隣の部屋の机に突っ伏していた。


「何してるんですか?」

「あぁ……おはよ~。二度寝……したいなぁって……」

「二度寝するならベッドに戻った方が……、椅子は体を痛めるので」

「めんどくさいもん……」

「起きたら時計塔に行くんじゃなかったんですか?」

「う~~ん!」

「はぁ……」


 アルシアは少し考えた後、寝室から薄い膝掛けを持ってきて、突っ伏したままのイーゼルの肩に掛けた。


「あ……」

「まぁイーゼルさんが急がなくていいなら、ゆっくり過ごしていいんじゃないですかね」

「そうしよ……。布団ありがと……すぅ……」

「はやい……」


 脅威の速さで眠りに付いたイーゼルを、アルシアは少し呆れたように眺めていた。



☆



 ???某所


 数日ぶりに足元に重さを感じる。

 体を支えるのはこんな感覚だったな……と。

 薄暗く生活感の無い部屋には、天蓋付きのベッドと小さなドレッサー、そして自分の背丈と同じ高さの姿見だけが置かれている。

 重い足を引きずりながら、姿見の前に立つ。


「……」


 鏡に映るのは少女の姿。

 肩の高さで切りそろえられた美しい金髪に長い耳。

 そして翡翠色の瞳が光る。

 少女は自身の頬を指でなぞる。

 病的に白い肌は青白い光に照らされて、より一層血色が悪く感じる。

だが……


「私の《眼》は知っているわ……たとえ記憶が無くても。やるべき事は《見える》の」


 微かに鏡面が揺れる。


「そうでしょう? 鏡の妖精さん?」


 静かな部屋に響き渡る。返事はない。


「連れないのね」


 頬を撫でた指先は首まで到達する。

 鎖骨に触れたあたりで、真っ白な肌に異質な輝きが現れ、幾何学模様を描いていく。


「もう少し……、すぐに届くわ」


 首元から広がった幾何学模様は、腕を伝って指先まで這っていく。

 私の《これまで》の結晶。

 鏡面に映る表情は満足そうだ。


「ふふふ……、待っていてね。私の可愛い妹。すぐに会いにいくわ────」


 病的な肌とは対照的に、翡翠色の眼光は鋭く自信に満ち溢れていた。



☆



「ふぅ……」


 紅茶の香りが鼻を通り抜けていく。

 食後のこの時間は何物にも替え難い、とイーゼルは思う。

 月灯亭の一階部分は、朝から昼過ぎまではカフェとして、夜は酒場として経営しているらしい。


「こうちゃ! おいし?」


 赤髪の小さな少女が、イーゼルをのぞき込むように問いかける。


「うん! おいしいよ~!」


 イーゼルがにっこりとほほ笑んで返事をすると、少女も嬉しそうに笑って、今度はアルシアにも同じように問いかける。


「おにいちゃんは? おいし~?」

「お、おいしい……です」

「やたぁ! えへへっ!」


 アルシアもややぎこちない笑顔で答えると、少女は嬉しそうに満面の笑みを見せる。

 その様子を見て、アルシアは少し照れくさそうに目線をそらした。


「照れた……!」

「照れてない」


 光の速さで反論したアルシアだったが、イーゼルと赤髪の少女ことリラは、一緒ににっこりしながら、物言いたげなアルシアを見つめる。

 たまらずアルシアはそっぽを向いた。


「そんな怒んないで! 二度寝して出遅れたおかげで、美味しいご飯もゆったり食べれたしさ……! 甘いおやつも頼んじゃう?」

「たのんじゃう?」

「怒ってないし頼まないです」

「え~、そっかぁ……」

「おやつ、ちゃれんじ、しっぱ~い!」

「自分が食べたいだけじゃないですか……」


 今度はアルシアが呆れた顔で見返してくる。


「ところで、そろそろ向かいませんか? 時計塔。早く行かないと、明日以降は時空祭の準備とかで出入りできなくなるそうですよ」

「えっ、そうなの!?」

「そだよ~、ごりよーはけいかくてきに~!」


 リラが今度はアルシアの方に行き、こちらに向かってにっこりしてくる。


「そ、そういうことは早く……!」

「寝てたじゃないですか……」

「それはそうなんだけどっ!」


 イーゼルは残りの紅茶を飲み干して、カップを置くと同時に席を立った。


「そうと決まれば、いざ目的地へ!」

「れっつごー! どっこいしょー!」

「行きましょうか……」


 おだやかな昼下がり。

 勢いでついてきそうなリラに食事の代金を預け、イーゼルとアルシアは街の北部にある時計塔へと向かった。



☆



 今日で時計塔を見るのは二度目。

 一度目の時は街の外周からだったが、間近に見るとより一層存在感を感じる。

 アルシアは前方に聳える時計塔を見上げながら、そんなことを考えていると、隣で同じように時計塔を見上げるイーゼルが時計塔について語り始めた。


「あの時計塔はその昔、人族の大魔法使い達が、何百年も時間をかけて魔法で作ったんだって」

「なるほど。不思議な魔力を感じるのは、そういうことですか」

「うん。時計塔そのものが古代魔術遺物(アーティファクト)らしいよ」

「すごいですね。これ程の大きさのアーティファクトは初めて見ました」

「アーティファクトの建築物なんて珍しいもんね。私もここまで近づいて見るのは初めてなんだよね~」

「そうなんですか?」

「うん、だからちょっと楽しみ! 早速中に入ってみよっか」


 アルシアは小さく頷いて同意を示す。

 時計塔の周辺は、季節の花が植えられた庭園になっていて、初夏を彩る色鮮やかな花々が咲いている。

 そんな景色を横目に楽しみながら、石畳の階段を登り、時計塔の真下へと二人は移動する。


「外装は魔法で鍛えた金属ですかね」


 離れていると詳しく見えなかったが、建物の壁は鈍色の光沢を放っていて、見る角度によって微かに鮮やかな色が見える。


「多分そうだと思う。普通の材質では無さそうだよね」

「えぇ、そうですね。扉も……、ただの石扉ではないみたいです。魔法の力を帯びた石板に近いように見えますね」

「うんうん。扉の細かい装飾も、昔使われてた魔法文字なのかな?」

「確かに、絵というよりは文字っぽいですね」


 辺りを見回しながら玄関をくぐり、内部へと続く短い通路を通り抜ける。


「わぁ……!」

「……!」


 広間に出るとまず目に入るのは、中央の時計塔の主軸と思われる金属構造。

 大量の歯車や複雑に組み合わさった部品が、遥か天井まで届く大きな柱を形作っており、心臓の鼓動のように一定感覚で動き続けている。

 さらに……


「壁に魔術回路が埋め込まれてますね。これは体に入れる魔術刻印に近いものか……」

「魔術刻印の原型になったものだよ。たしか魔術彫刻って言って、当時は石や金属に入れるものだったらしいわ」

「なるほど、そうでしたか」


 外周の壁には幾何学模様を描く光が、まるで脈を打つように天井に向かって流れている。

 そんな様子を眺めながら、イーゼルはぼそっと呟く。


「でも、こんなに大きなアーティファクトで、昔の人は何をやろうとしてたのかなぁ……」

「……そうですね。あえて時計にした、というところに何か意味がありそうですね」

「たしかに」

「ぱっと思いつくところでいくと、時間を巻き戻すとか……ですかね」

「ありそうだけど、時間を巻き戻すってなると、流石にこのサイズでも足りなそうだけど……」

「それはそうですね。僕もそう思います。いくら古代の技術が奇跡じみた物でも、ほぼ不可能だと思いますよ」

「だよね~。ん……? あそこに何か書いてあるみたい」


 イーゼルが壁際の案内板に、貼り紙がされているのに気づいたようで、そちらの方に近づいていく。


「なになに……時計塔本館は時空祭準備のため、明日より休館となります。また、地下図書館につきましては、現在改修中に付き時空祭終了まで休館……」

「確かイーゼルさんが行きたいのは、その地下図書館の方ですよね?」

「そう! 図書館……、あいてないんですか……!」

「そのようですね」

「そんなぁ~!」


 残念そうにそういうイーゼルを横目に、アルシアも張り紙を覗き込む。


「図書館の方の改修は、数か月前からやっていたみたいですね。終了時期が時空祭終わりなのは、逆に運が良かったかもしれませんよ」

「確かに言われてみればそうね。時空祭が終わるまではこの街に留まるつもりだし、お祭りが終わったらまた来ようかな」


 アルシアは静かに頷くと、イーゼルはすっかり気持ちを切り替えたのか、にこにこしながら時計塔内の展示に目を向ける。


「気を取り直して、今日は時計塔観光ってことで!」

「はい。ここの展示だけでも、興味深いもの結構見られそうですしね」

「うんうん!」


 再び時計塔の中を見回す。

 入り口付近には建造中の資料や、構造の解説、時計塔に関する展示がいくつも並ぶ。

 改めて壁面に視線を向ければ、薄暗い中に脈打つ魔力回路の青い輝きが、不気味とも言えるような雰囲気を作っている。

 そして天井高く聳える中央の金属構造には、奥へ回り込むように階段があり、その周りは明るくライトアップされていた。


「この奥は何があるのかな?」


 階段を登った先。

 ちょうど金属構造の柱の裏側に、また少し広いスペースがあるようだ。


「行きますか?」

「うん。なんだか気になるし、行ってみよっか」


 十段も無い階段を登ると、奥の壁に他の魔術回路とは色の違う、白色の回路が描かれていた。

 円から放射状に広がり、次第に他の青い回路と一体化しているようだ。


「明らかに何かありそうな……」

「まぁあるとしたら、この時計塔を操作するための回路か、その動力源とかではないでしょうか」

「そんなの触れる位置にあっていいの?」

「触れても簡単に動かないようにはなっていると思いますよ。流石に……」


 アルシアは壁に描かれた円の中心に、そっと触れてみる。

 もちろん何も起こらない。


「やはり触れるだけで動く構造ではないようです」

「そうだよね……!」


 アルシアは壁から手を離し、一歩下がってその前を空ける。

 イーゼルは、壁の表面を見上げるように視線を動かしながら、そっと右手を上げる。

 アルシアも、同じように壁を見上げようとイーゼルから視線をはずす。

 しかし──


(……っ!)


 アルシアは息をのんだ。

 空間の揺らぎ。魔力の乱れ。

 まさかそんなはずは……と思いつつも、慌ててイーゼルが触れたであろう壁に視線を向けるが、壁に異変はない。


(まさか……)


 イーゼルの方へ視線を向ける。

 彼女は目を見開いたまま、壁に触れたままの形で微動だにしない。


「イーゼル…さん……?」


 感じたことのある魔力の動き。

 だが、以前感じた時よりも乱れが大きい。

 なによりどう見てもイーゼルの様子がおかしい。


「…………ぁ……」

「イーゼルさん!」


 アルシアが手を伸ばすのと同時に、イーゼルは床に吸い寄せられるように膝から崩れ落ちた。



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