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月光の時計塔  作者: 麦野れいん
序章『出会いの物語編』
5/16

序章:第五話

☆



 翌朝


 微かな物音と、衝立の端から漏れる日光に呼ばれ、意識が浮上する。

 まだしょぼしょぼする目を擦りながら、アルシアは衝立の向こうをのぞき込んだ。


「あっ、やっと起きてきた!」

「おはようございます……」

「やっぱ吸血鬼って朝は苦手だったりするの?」

「苦手ってほどではないですけど、日光は不快に感じますね」

「そっか……」


 先に支度を終えていたらしいイーゼルは、そのまま窓に向かって歩くと、勢いよくカーテンを閉め切った。

 朝の日差しは布ごしの柔らかい灯りに変わる。


「これなら少しはマシかな?」

「お気遣いどうも」


 イーゼルは少し微笑むと、机に置いていた鞄を持ち上げた。


「えっと、私はこれから買い出しに行って来るね。昼過ぎには中央都市に出発したいから、太陽が真上に来る頃、一階で待ち合わせにしましょ」


 イーゼルは今日の段取りを話しながら、扉の方へと向かう。

 昨日いろいろあって、少し親交を深めた二人は、もうしばらく旅を続けることになった。

 次の行き先は、ここからさらに北にある『中央都市リーベリア』。

 イーゼルはそこにある時計塔に用事があるらしい。

 アルシア自身の旅は、元々目的地があるものではなかったため、今回はイーゼルが目的を果たすまで同行してみることにしたのだった。

 これから冒険者として生きていくなら、多少は複数人で行動する経験も積んでおいた方がいいはず。

 そう自分の考えをなぞりながら、アルシアは返事を返す。


「了解しました」

「じゃ、行ってくるね~」

「お気をつけて……」

「うん!」


 部屋から出て行く背中を見送り、一息ついてからアルシアも支度を始めた。



☆



「……なの~!」

「それなら……が………かも。」

「じゃ……しようかしら~」


 黒外套で身を固め、一階に向かう階段に差し掛かったところで、話し声が聞こえてきた。

 閑散とした階下はよく声が響いていた。

 降りながらカウンターを覗くと、どうやら話していたのは宿の主人とイーゼルのようだ。


「はい、じゃあこれお借りしますね」

「おねがいね~! あらぁ!」

「どうも」


 アルシアは宿主に軽く会釈してから、イーゼルの方に視線を向けた。

 イーゼルの手には、古びた懐中時計が握られていた


「それは?」

「これは昨日泊まってたお客さんの忘れ物!」


 アルシアの問いにイーゼルが答えると、それを補足するようにクレハが続く。


「実はね~、昨日泊まってた行商人さんのなんだけど、届けるにも行き先が分からなくて~、でも大事そうにしてたから、どうしようかなぁって思ってたら、イーゼルちゃんがなんとか出来るかもって!」

「な、なんとかできる……?」


 状況は分かったが解決方法に理解が追いつかず、アルシアは再びイーゼルに視線を向けた。


「まぁ見ててよ。クレハさん、その行商人さんが座った席って、一番奥のテーブルでしたっけ?」

「そうよ~。そのテーブルの窓側に座ってたわ~!」

「ありがとうございます!」


 そのまま一番奥のテーブルに向かう。

 イーゼルは聞いた通りの席に座ると、テーブルの上にさっきの懐中時計を置いた。


「で、どうするんですかそれ」

「この子に聞いてみる!」

「聞いてみる……?」


 聞き返すもやはりわからない。

 とりあえずアルシアは向かいの席に腰掛け、対面の席に視線を向けた。

 テーブルに置かれた懐中時計に手をかざすと、ゆっくりさするように動かした。


「……の………て…」


(ほんとに聞こうとしてるのか……?)


 何かを語りかけているようだが、ほとんど聞き取ることができなかった。

 しかし──


「……すぅ…」

「っ!」


 息継ぎの音がした瞬間、ほんの一瞬だけ周辺の魔力の流れに乱れが生じる。


(これは……)


 魔法のようで魔法ではない。

 魔力が消費されたわけではなく、ただ何かで乱れが生じただけ。

 しかしそれでアルシアは合点がいった。


(古代魔法( )《ロストアーツ》だ)


 魔法の勉強をしていると、必ず何かの文献で触れる機会がある。

 古代魔法は今の魔法の原型。

 もっと奇跡の力に近かったという。

 それゆえに、古代魔法の中には、触媒に魔力以外の力を使う場合がある。

 例えば感情や生命力のような……、今のはそうして生じた乱れだ。


「っ……ふぅ~!」


 考えることに集中していたアルシアは、イーゼルが息を吐き出す音で、はっと意識を呼び戻した。


「何か聞こえましたか?」

「うん! 港だよ!」

「港……ですか?」

「そう! クレハさーん!」

「なにかしら~」


 宿主がカウンター裏の厨房から顔を覗かせた。


「東方行きの船って何時が最速ですか!」

「えっと~、確か東方行きは今日の昼過ぎね~。今から行けばまだ間に合うはずよ~」

「なるほど、ありがとうございます! アルシアくん! 急ごう!」

「あっ、はい……」


 イーゼルはアルシアの服の袖を引っ張って、クレハ亭から駆け出していった。



☆



「あの、ところで……」

「なに?」

「その行商人の名前とか、聞いておかなくて大丈夫なんですか?」

「大丈夫! 顔見ればわかるから!」


 街の中を二人で爆走しながら港を目指す。

 ここから大通りを抜けて、露店の通りを抜ければ港に最短で着く──と、ルート取りを考えていたイーゼルは、急に体が後ろに引っ張られて、足で急ブレーキを掛けた。


「ふぇっ! なに!」


 勢いのまま振り向くと、アルシアが上着のベルト部分を引っ張っていた。

 アルシアはそっと細い脇道の方を指差す。


「こっちから川沿いに進む方が早いです」

「そ、そうね。じゃあそっちからにしましょ」


 脇道に向かって再び走り出す。


「なんでこっちの方が早いの?」

「大通りより川沿いの通りの方が道は空いてます。距離は若干遠回りですが、露店街の手前で曲がって、人混みを避けた方が早く着くはずです」

「な、なるほどね」

「まさか、通行量の多い最短ルート通ろうとしてたんですか?」

「そんなわけないじゃんっ! 私も脇道考えてたし! いざとなったら屋根上通るとかもあるし!」

「それはちょっと……」


 脇道を駆け抜けて、開けた川沿いの通りにでた。

 アルシアの言った通り、川沿いの通りは大型の行商馬車も少なく、かなり走りやすい道のりになっていた。

 みるみる港が大きくなり、なんとか船が出る前にたどり着くことが出来た。

 しかし、どこかで出航時間が近いことを知らせる鐘が鳴り響いている。


「早く探さないと船がでちゃう……」

「それで、どんな人なんですか?」

「鼻が丸くて立派な髭で、豪華な装飾の服着てるおじさん!」

「……」

「呆れた顔しないで! 絶対見たらすぐわかるからっ!」


 茶番をしてる間にも鐘の音がしている。

 近くの人に聞こうにも、出航時間が迫っているため、なかなか相手にしてもらえない。

 徐々に焦りが出始めたころ、アルシアがイーゼルの袖を引っ張った。


「あれですか?」


 アルシアは一番奥の船を指差した。

 丸い鼻に立派な髭、服は《見た》のとは違っていたが、豪勢な飾りのついた派手な紫の服だった。


「たぶんそう……!」

「なら急ぎましょう」


 港の人混みを縫うように抜け、今船に乗り込もうとしているその人に声をかけた。


「あの、すいません!!」

「ん? 何かね?」

「昨夜の宿屋でお手伝いをしているものです。これ、お忘れじゃないですか?」


 イーゼルは古びた懐中時計を見せた。


「これは……、残念ながら私のものではないね」


 予想外の返事にイーゼルは一瞬固まってしまった。

 しかし見た目は《見た》通りだ。


「えっ……、でも!」


 焦るイーゼルに、行商人はなぜかにっこりと笑った。


「これは弟の物だよ。」


(……!? 弟………???)


 その一言に戸惑っていると、船の奥の方から彼とよく似た声が聞こえてきた。


「兄さん、まだ船に乗ってなかったのかい。もうすぐ出航だよ」

「あぁ、すまんね。それより弟よ、探し物が見つかったぞ」


 イーゼルとアルシアは、船から降りてくる人物に視線を寄せた。

 丸い鼻に立派な髭、服はまたしても《見た》物とは違ったが、相変わらず豪勢な装飾の服だった。

 全くの瓜二つ。


「も…しかして、双子なんですか……?」

「そうなんだよ~、よく似てるだろ?」

「えぇ…すごく……、似てらっしゃいます……」

「おぉこれは! 無くした懐中時計だ! もしかして宿屋の子かい?」

「そうです。どうぞ……!」


 イーゼルは懐中時計を手渡した。


「いやぁ、たぶん宿屋に忘れたと思ったんだが、いかんせん急ぎで故郷に帰らなくてはいけなくなってしまってね。探しにもいけないから、諦めようと思っていたところだったんだ。大事な形見が戻ってきてよかった。ありがとう」

「いえいえ、次は無くさないようにしてくださいね」

「もちろんだ。そうだ、何かお礼をしないとな」

「お、お礼とかは大丈夫なんで……!」

「いやいや、そういうわけにはいかない。しかし何がいいか……」


 行商人弟が立派な髭を撫でながら考えていると、行商人兄の方が問い掛けてきた。


「君たちは『時空祭』にはいくのかね?」


 その問いにアルシアが答える。


「『時空祭』、行きますよ。いろいろ用事もあるので、今日中央都市に向かうつもりです」

「おぉ、中央都市の宿はもうとってあるかい?」

「それはまだですね……」

「それならいい物がある」

「おぉ、それはいい案だ」


 行商人兄が手渡してきたのは、木製の札だった。

 受け取った札を良く見ると『月灯亭』と書かれている。

 札を受け取ったイーゼルは、不思議そうに行商人兄弟の方へと視線を向ける。


「これは?」

「それは、僕らが中央都市で毎回お世話になっている宿屋の予約札だ」

「今年は急用で行けなくなってしまったから、代わりに君たちが使うといい。こちらから連絡しておこう」

「えっ、いいんですか?」

「大事な物を届けてくれたお礼だ。祭りを楽しんできたまえ」

「ありがとうございます!」


 汽笛の低い音が港に響き渡る。

 一番外側の船が出港するらしい。


「ではそろそろ行くとしようか。」

「あぁ、そうだね。」


 行商人の兄弟はそう言うと、船に乗り込むための渡し橋を渡っていく。


「道中お気をつけて。安全な帰路をお祈りします。ありがとうございました!」


 船に乗り込んだ行商人兄弟へ、イーゼルが声をかける。


「こちらこそ、ありがとう」

「最近は魔物が凶暴化していると聞く。君たちも道中に気をつけるんだよ」

「「はい!」」


 双子の行商人の船が出るのを見送ったイーゼルたちは、港の石段に座ってしばらく水辺の風にあたっていた。

 大海へと繋がる大河を目の前に、イーゼルはポツリと呟く。


「双子はちょっと予想外だったな……」


 隣に座るアルシアは、少し呆れた様子で答える。


「一時はどうなるかと思いましたよ」

「ね~」

「でも、届けられて良かったですね」

「うん!」


 満足そうに頷いたイーゼルは、ぐっと伸びをしてゆっくりと立ち上がった。


「さて、ちょっと遅くなっちゃったけど、出発するか~!」

「はい」


 二人は駆け抜けてきた道のりを戻りながら、中央都市に向かい始めた。



序章『出会いの物語編』完


→次話より一章『中央都市リーベリア編』開始!

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