序章:第五話
☆
翌朝
微かな物音と、衝立の端から漏れる日光に呼ばれ、意識が浮上する。
まだしょぼしょぼする目を擦りながら、アルシアは衝立の向こうをのぞき込んだ。
「あっ、やっと起きてきた!」
「おはようございます……」
「やっぱ吸血鬼って朝は苦手だったりするの?」
「苦手ってほどではないですけど、日光は不快に感じますね」
「そっか……」
先に支度を終えていたらしいイーゼルは、そのまま窓に向かって歩くと、勢いよくカーテンを閉め切った。
朝の日差しは布ごしの柔らかい灯りに変わる。
「これなら少しはマシかな?」
「お気遣いどうも」
イーゼルは少し微笑むと、机に置いていた鞄を持ち上げた。
「えっと、私はこれから買い出しに行って来るね。昼過ぎには中央都市に出発したいから、太陽が真上に来る頃、一階で待ち合わせにしましょ」
イーゼルは今日の段取りを話しながら、扉の方へと向かう。
昨日いろいろあって、少し親交を深めた二人は、もうしばらく旅を続けることになった。
次の行き先は、ここからさらに北にある『中央都市リーベリア』。
イーゼルはそこにある時計塔に用事があるらしい。
アルシア自身の旅は、元々目的地があるものではなかったため、今回はイーゼルが目的を果たすまで同行してみることにしたのだった。
これから冒険者として生きていくなら、多少は複数人で行動する経験も積んでおいた方がいいはず。
そう自分の考えをなぞりながら、アルシアは返事を返す。
「了解しました」
「じゃ、行ってくるね~」
「お気をつけて……」
「うん!」
部屋から出て行く背中を見送り、一息ついてからアルシアも支度を始めた。
☆
「……なの~!」
「それなら……が………かも。」
「じゃ……しようかしら~」
黒外套で身を固め、一階に向かう階段に差し掛かったところで、話し声が聞こえてきた。
閑散とした階下はよく声が響いていた。
降りながらカウンターを覗くと、どうやら話していたのは宿の主人とイーゼルのようだ。
「はい、じゃあこれお借りしますね」
「おねがいね~! あらぁ!」
「どうも」
アルシアは宿主に軽く会釈してから、イーゼルの方に視線を向けた。
イーゼルの手には、古びた懐中時計が握られていた
「それは?」
「これは昨日泊まってたお客さんの忘れ物!」
アルシアの問いにイーゼルが答えると、それを補足するようにクレハが続く。
「実はね~、昨日泊まってた行商人さんのなんだけど、届けるにも行き先が分からなくて~、でも大事そうにしてたから、どうしようかなぁって思ってたら、イーゼルちゃんがなんとか出来るかもって!」
「な、なんとかできる……?」
状況は分かったが解決方法に理解が追いつかず、アルシアは再びイーゼルに視線を向けた。
「まぁ見ててよ。クレハさん、その行商人さんが座った席って、一番奥のテーブルでしたっけ?」
「そうよ~。そのテーブルの窓側に座ってたわ~!」
「ありがとうございます!」
そのまま一番奥のテーブルに向かう。
イーゼルは聞いた通りの席に座ると、テーブルの上にさっきの懐中時計を置いた。
「で、どうするんですかそれ」
「この子に聞いてみる!」
「聞いてみる……?」
聞き返すもやはりわからない。
とりあえずアルシアは向かいの席に腰掛け、対面の席に視線を向けた。
テーブルに置かれた懐中時計に手をかざすと、ゆっくりさするように動かした。
「……の………て…」
(ほんとに聞こうとしてるのか……?)
何かを語りかけているようだが、ほとんど聞き取ることができなかった。
しかし──
「……すぅ…」
「っ!」
息継ぎの音がした瞬間、ほんの一瞬だけ周辺の魔力の流れに乱れが生じる。
(これは……)
魔法のようで魔法ではない。
魔力が消費されたわけではなく、ただ何かで乱れが生じただけ。
しかしそれでアルシアは合点がいった。
(古代魔法《ロストアーツ》だ)
魔法の勉強をしていると、必ず何かの文献で触れる機会がある。
古代魔法は今の魔法の原型。
もっと奇跡の力に近かったという。
それゆえに、古代魔法の中には、触媒に魔力以外の力を使う場合がある。
例えば感情や生命力のような……、今のはそうして生じた乱れだ。
「っ……ふぅ~!」
考えることに集中していたアルシアは、イーゼルが息を吐き出す音で、はっと意識を呼び戻した。
「何か聞こえましたか?」
「うん! 港だよ!」
「港……ですか?」
「そう! クレハさーん!」
「なにかしら~」
宿主がカウンター裏の厨房から顔を覗かせた。
「東方行きの船って何時が最速ですか!」
「えっと~、確か東方行きは今日の昼過ぎね~。今から行けばまだ間に合うはずよ~」
「なるほど、ありがとうございます! アルシアくん! 急ごう!」
「あっ、はい……」
イーゼルはアルシアの服の袖を引っ張って、クレハ亭から駆け出していった。
☆
「あの、ところで……」
「なに?」
「その行商人の名前とか、聞いておかなくて大丈夫なんですか?」
「大丈夫! 顔見ればわかるから!」
街の中を二人で爆走しながら港を目指す。
ここから大通りを抜けて、露店の通りを抜ければ港に最短で着く──と、ルート取りを考えていたイーゼルは、急に体が後ろに引っ張られて、足で急ブレーキを掛けた。
「ふぇっ! なに!」
勢いのまま振り向くと、アルシアが上着のベルト部分を引っ張っていた。
アルシアはそっと細い脇道の方を指差す。
「こっちから川沿いに進む方が早いです」
「そ、そうね。じゃあそっちからにしましょ」
脇道に向かって再び走り出す。
「なんでこっちの方が早いの?」
「大通りより川沿いの通りの方が道は空いてます。距離は若干遠回りですが、露店街の手前で曲がって、人混みを避けた方が早く着くはずです」
「な、なるほどね」
「まさか、通行量の多い最短ルート通ろうとしてたんですか?」
「そんなわけないじゃんっ! 私も脇道考えてたし! いざとなったら屋根上通るとかもあるし!」
「それはちょっと……」
脇道を駆け抜けて、開けた川沿いの通りにでた。
アルシアの言った通り、川沿いの通りは大型の行商馬車も少なく、かなり走りやすい道のりになっていた。
みるみる港が大きくなり、なんとか船が出る前にたどり着くことが出来た。
しかし、どこかで出航時間が近いことを知らせる鐘が鳴り響いている。
「早く探さないと船がでちゃう……」
「それで、どんな人なんですか?」
「鼻が丸くて立派な髭で、豪華な装飾の服着てるおじさん!」
「……」
「呆れた顔しないで! 絶対見たらすぐわかるからっ!」
茶番をしてる間にも鐘の音がしている。
近くの人に聞こうにも、出航時間が迫っているため、なかなか相手にしてもらえない。
徐々に焦りが出始めたころ、アルシアがイーゼルの袖を引っ張った。
「あれですか?」
アルシアは一番奥の船を指差した。
丸い鼻に立派な髭、服は《見た》のとは違っていたが、豪勢な飾りのついた派手な紫の服だった。
「たぶんそう……!」
「なら急ぎましょう」
港の人混みを縫うように抜け、今船に乗り込もうとしているその人に声をかけた。
「あの、すいません!!」
「ん? 何かね?」
「昨夜の宿屋でお手伝いをしているものです。これ、お忘れじゃないですか?」
イーゼルは古びた懐中時計を見せた。
「これは……、残念ながら私のものではないね」
予想外の返事にイーゼルは一瞬固まってしまった。
しかし見た目は《見た》通りだ。
「えっ……、でも!」
焦るイーゼルに、行商人はなぜかにっこりと笑った。
「これは弟の物だよ。」
(……!? 弟………???)
その一言に戸惑っていると、船の奥の方から彼とよく似た声が聞こえてきた。
「兄さん、まだ船に乗ってなかったのかい。もうすぐ出航だよ」
「あぁ、すまんね。それより弟よ、探し物が見つかったぞ」
イーゼルとアルシアは、船から降りてくる人物に視線を寄せた。
丸い鼻に立派な髭、服はまたしても《見た》物とは違ったが、相変わらず豪勢な装飾の服だった。
全くの瓜二つ。
「も…しかして、双子なんですか……?」
「そうなんだよ~、よく似てるだろ?」
「えぇ…すごく……、似てらっしゃいます……」
「おぉこれは! 無くした懐中時計だ! もしかして宿屋の子かい?」
「そうです。どうぞ……!」
イーゼルは懐中時計を手渡した。
「いやぁ、たぶん宿屋に忘れたと思ったんだが、いかんせん急ぎで故郷に帰らなくてはいけなくなってしまってね。探しにもいけないから、諦めようと思っていたところだったんだ。大事な形見が戻ってきてよかった。ありがとう」
「いえいえ、次は無くさないようにしてくださいね」
「もちろんだ。そうだ、何かお礼をしないとな」
「お、お礼とかは大丈夫なんで……!」
「いやいや、そういうわけにはいかない。しかし何がいいか……」
行商人弟が立派な髭を撫でながら考えていると、行商人兄の方が問い掛けてきた。
「君たちは『時空祭』にはいくのかね?」
その問いにアルシアが答える。
「『時空祭』、行きますよ。いろいろ用事もあるので、今日中央都市に向かうつもりです」
「おぉ、中央都市の宿はもうとってあるかい?」
「それはまだですね……」
「それならいい物がある」
「おぉ、それはいい案だ」
行商人兄が手渡してきたのは、木製の札だった。
受け取った札を良く見ると『月灯亭』と書かれている。
札を受け取ったイーゼルは、不思議そうに行商人兄弟の方へと視線を向ける。
「これは?」
「それは、僕らが中央都市で毎回お世話になっている宿屋の予約札だ」
「今年は急用で行けなくなってしまったから、代わりに君たちが使うといい。こちらから連絡しておこう」
「えっ、いいんですか?」
「大事な物を届けてくれたお礼だ。祭りを楽しんできたまえ」
「ありがとうございます!」
汽笛の低い音が港に響き渡る。
一番外側の船が出港するらしい。
「ではそろそろ行くとしようか。」
「あぁ、そうだね。」
行商人の兄弟はそう言うと、船に乗り込むための渡し橋を渡っていく。
「道中お気をつけて。安全な帰路をお祈りします。ありがとうございました!」
船に乗り込んだ行商人兄弟へ、イーゼルが声をかける。
「こちらこそ、ありがとう」
「最近は魔物が凶暴化していると聞く。君たちも道中に気をつけるんだよ」
「「はい!」」
双子の行商人の船が出るのを見送ったイーゼルたちは、港の石段に座ってしばらく水辺の風にあたっていた。
大海へと繋がる大河を目の前に、イーゼルはポツリと呟く。
「双子はちょっと予想外だったな……」
隣に座るアルシアは、少し呆れた様子で答える。
「一時はどうなるかと思いましたよ」
「ね~」
「でも、届けられて良かったですね」
「うん!」
満足そうに頷いたイーゼルは、ぐっと伸びをしてゆっくりと立ち上がった。
「さて、ちょっと遅くなっちゃったけど、出発するか~!」
「はい」
二人は駆け抜けてきた道のりを戻りながら、中央都市に向かい始めた。
序章『出会いの物語編』完
→次話より一章『中央都市リーベリア編』開始!




