序章:第三話
☆
「それにしても混んでるわね……」
目の前の長蛇の列を眺めながらイーゼルは呟く。
前に立ち寄った町で郵便物の配達依頼を受けていたので、町に到着してすぐ商会に向かったのだが……
まだ朝も早いというのに、建物の外側まで人の列が出来ていた。
ここに居る多くは中央都市に向かう商人たちで、積荷を運ぶための許可証を取りに来ているようだった。
危険物が積荷の中に含まれていないかを、商会スタッフがチェックしてからでないと許可証は発行できないので、人の列はなかなか進まなかった。
建物の中は広めのロビーに四つの受付カウンターがあり、普段ならそれぞれが別の事柄の受付を行なっているが、あまりにも積荷許可証待ちが多かったのか、右から三つ目までのカウンターの看板には、積荷許可証のみ受付の文字が貼り出されていた。
それ以外の受付は一番左のカウンターでの受付で、当然こちらも長い列が出来ていた。
「お次の方どうぞ~」
前の人の受付が終わって、ようやく自分の番がまわってきた。
「こんにちは! エランバルク商会へようこそ。本日のご用件はなんでしょうか?」
「こんにちは~、郵便物の配達依頼です」
イーゼルは預かっていた小包と十通ほどの手紙の束、そして依頼内容が書かれたスクロールを受付スタッフに渡した。
「ありがとうございます。確認しますので、そのままお待ちください」
「わかりました!」
受付スタッフはスクロールを開いて、配達物の確認を始めた。
このスクロールは暗号化された魔法文字で書かれていて、
読み取り魔法を使える専門の人でないと読めないようになっている。
もし何かで無くしてしまった時に、不特定多数の人に依頼内容が漏れないように工夫されている。
魔法で読み取りをしている間、受付スタッフは苦笑いしながら話しかけてきた。
「遠方からの旅人さんなのに、長らくお待たせしてしまってすみません……」
「いえいえ、スタッフさんもお疲れ様です。ほんとびっくりするぐらい混んでますよね」
「もうすぐ『時空祭』があるので、それに向けて商人の方が押し寄せてるみたいです。今年は例年よりも多いようで、連日混み合っていますね」
「時空祭……そっか、もうそんな季節なんですね。人が多いのはそういうことでしたか」
時空祭は、この先の中央都市で年に一度開かれるお祭りのことで、シンボルの時計塔の完成を祝うものだ。
イーゼルは過去に一度だけ行ったことがあり、各地から集まってきたさまざまな露店や、魔法のショーを披露する芸人さんたちで、ものすごい賑わいだったのを覚えていた。
「町が賑わうのは良いことなので、ありがたい限りです。あっ、確認おわりました! これで依頼は完了で大丈夫です。報酬の金貨はこちらです」
「ありがとうごさいます。お祭りが終わるまでは大変だと思いますけど、お仕事頑張ってくださいね」
「はい。旅人さんも道中お気をつけて、またのご利用お待ちしております」
受付スタッフは軽く会釈すると、すぐに次の人をカウンターに誘導した。
列を離れて軽く荷物整理をしたあと、入り口の人混みの隙間を縫って、イーゼルは商会をあとにした。
外では太陽も天高く昇って、町の真ん中を縦断する大通りは、活動を始めた町の人や観光客らしき人でさらに賑わいを増していた。
中央都市に向かう馬車も多く、定期的に蹄が石畳を叩く音が聞こえてくる。
市場の敷地に入りきらなかったのか、道の端で露店を開いている人もちらほらと居るようだ。
(さて、いくつか依頼をこなしたり、市場の巡回もしたいところだけど……)
大通りを横切るように繋がっている路地を進んでいくと、ふと壁の貼り紙に目が止まった。
時空祭で公演をする劇団の宣伝のようだ。
参加する劇団員のショーの特徴などが、細かく紹介されている。
張り紙の一番最後には、目立つように公演日の日付が書かれていた。
(この劇団すごいなぁ……、当日に一番大きな中央ステージおさえてるんだ。早い日程だったら間に合わなかったけど、今日から一週間後なら見に行けるかも?)
一番大きなステージは、それだけ目立つので当然競争率が高い。
さらに時空祭当日の空きを抑えられるのは、相応に実力のある劇団でなければ不可能だ。
ちょうど中央都市に入るのは時空祭の少し前になるので、劇団の公演が時空祭当日なのは運が良かった。
「あと一週間か……。人も多いことだし、先に泊まれる場所探そうかなぁ」
時空祭前は警備隊が街の周辺を巡回しているが、夜の街道は魔獣や野盗が多く、移動する商人や観光客の多くは昼間のうちに中央都市へ向かう。
つまりこの時間帯は、宿屋も客の入れ替わる時間帯なので、混んでいても比較的宿を取りやすかったりする。
軽く活動するにしても、腰を下ろせる拠点は先に確保しておきたい。
「ま、とりあえず近いところから当たって行こうか」
商会に来る時通った道にも、何軒か宿屋の看板を出しているところを見かけていた。
イーゼルは大通りの人混みに交ざりながら、宿屋を探して来た道を戻っていくことにした。
☆
「いやぁー、もう埋まっちゃってるねぇ」
「申し訳ないけど満室で……」
「事前に予約しないと泊められないなぁ」
ガタン……
「ん~! ここまで苦戦するかぁ~~!」
何軒目か分からない宿屋の前で、イーゼルは頭を抱えながらしゃがみこんだ。
断られた宿屋で、別の宿屋の心当たりを聞きながら、大小問わず泊まれる場所を当たってみたが全て空振り。
そこそこ広い街をほぼ一周した所で、辺りは夕焼けの赤に染まり始めていた。
「ここで最後か……」
手に持っていたのは、教えてもらった宿屋の場所と名前が書かれたメモ。
すでに回った所には文字に横線が引かれていて、残るは『クレハ亭』という名前の宿屋だけになっていた。
場所はここからすぐ横の路地を抜けた先。
結局一日中歩くことになったせいで、足に力が入らなくなりそうだったが、イーゼルは何とか立ち上がってよろよろと歩き始めた。
路地はそれほど長くなく、すぐにクレハ亭の前に出ることができた。
建物は年季の入った木造建築で質素な印象だが、淡い空色の扉が落ち着いた華やかさを感じさせていた。
「ここでダメだったらどうしようかなぁ……」
イーゼルはそうぼやきながら、そっとドアノブに手をかける。
カラン……
扉をゆっくり押すと、ドアベルの音が静かに響き渡った。
クレハ亭は酒場も兼業しているらしく、入ってすぐの手前側にはテーブルがたくさん並ぶ。
正面のカウンターでは、エプロンを付けた受付の女性と、受付中の旅人らしき人の姿があった。
「あら……?」
受付嬢がこちらに気づいたようで、声をかけてきた。
「もしかして宿泊のお客さんかしら~?」
「あ、そうです!」
「あ~……、そうなのねぇ~」
「その……、もしかして……」
「う~ん。とっても申し訳ないんだけど~、今最後の部屋が埋まっちゃって~」
「そうですか……」
「ごめんなさいね~」
「いえいえ、他当たってみます。お邪魔しました……!」
「えぇ。気をつけてねぇ~」
イーゼルは軽く一礼してから、入口の方に向かった。
肩を落としつつもドアノブに手を掛けたとき、受付の方から再び声が聞こえた。
「あ、待って! エルフのお客さん!」
受付嬢の呼び止める声に、イーゼルは足を止める。
「はい……?」
振り返ると、受付嬢は受付をしていた旅人に何かを確認するようなそぶりをした後、カウンター横の扉を開けてこちらに寄ってきた。
「えっとね~、あちらの方が~、お部屋譲ってもいいですよ~って言ってるんだけど~、どうする~?」
「えっ……いやでも、流石に申し訳ないので……!」
嬉しい申し出ではあるが、今の宿事情を鑑みると、ここは断るべきだとイーゼルは遠慮する。
しかし、その様子を見かねてか、カウンターの方からまた別の声が聞こえてきた。
「宿、困っているのでは?」
どこかで聞いたような少年の声に、イーゼルはカウンターの方へと目を向ける。
声の主は受付待ちをしていた旅人、横目でこちらの様子を伺っているようだった。
旅人は、フード付きの短めの黒外套を身にまとい、魔法使い用の膨らんだ作りのズボンに、腰から金色の持ち手の杖を下げていて……。
そこまで見てイーゼルは、ようやく旅人の正体に気がついた。
「あれ? もしかして……アルシアくん?」
イーゼルは、この宿場町に来るまでの数時間を共に過ごした、少し無愛想な少年の名前を口にした。
相変わらず目深にフードを被っているせいで表情は読み取れなかったが、少し間を置いてフードの奥から再び少年の声が聞こえた。
「随分早い再会になりましたね。イーゼルさん。」
「そ、そうだね。確かに再会はもっと先かと思ってたよ。」
二人で顔を見合わせていると、隣で見ていた受付嬢が、胸の前で両手の指を合わせながらにっこりと微笑んだ。
「お二人はお知り合いだったんですねぇ~」
受付嬢の言葉を、アルシアは肯定する。
「そうですね。この町に来るまでの道中、短時間でしたけどご一緒しました」
「そうなんですねぇ~」
今更だが、この受付嬢の話し方はどうも力が抜けそうになる。
などと考えていると、黒外套の少年はゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「もう日も暮れますし、さっきの部屋は彼女に譲ってください」
少しだけ受付嬢の方に視線を向け、アルシアはそう告げると、イーゼルの横を通り抜けて扉の方へと向かう。
イーゼルは慌てて少年の黒外套の端を掴んだ。
「待って待って! 気持ちは嬉しいけど、君はどうするの? この時間からじゃたぶん……」
「見つからなかったら野宿すればいいだけですから、大丈夫ですよ」
「ダメだよ、この辺は野盗とか多いらしいし、ただでさえ凶暴化した魔物が増えてるのに野宿とか危ないよ!」
「……とはいえ、僕が泊まったらあなたが野宿になる可能性があるし、そっちの方がまずいのでは……」
「そ…れはそうだけど、私は慣れてるから大丈夫だよ。木の上でも寝れるし!」
イーゼルがよく分からない言い訳で対抗していると、再び受付嬢が控えめながら、しっかりと聞こえる声で会話に入ってきた。
「あの~、二人とも~お知り合いなら~、いっしょに泊まっちゃえばいいと思うの~!」
「「…………へ?」」
突然の提案に完全に思考停止した二人は、受付嬢の方に視線を移した。
「この部屋ね~二人用なのよねぇ。部屋の左端と右端にそれぞれベッドがあって~、ベッドの前に衝立もあるから~、一緒に泊まっても大丈夫だと思うの~!」
「あ、なるほど! それすごく名案かも!」
「えぇっ!? い、イーゼルさん……? それはもうちょっと考えた方が……」
「ふぇ? でもこれで二人とも宿に困らないし、万事解決じゃない?」
「そういうことじゃなくてですね……!」
「まぁ旅は道連れだよ、受付お願いしていいですか?」
「はぁい、二名様ご案内~! カウンターまでどうぞ~」
「わっ……! 本当に泊まるんですか?」
黒外套を掴まれたまま、カウンターまで連れていかれたアルシアの消え入りそうな声は、ついぞ聞き届けられることはなかった。




