序章:第二話
☆
「そういえば……」
夜明けの出発に備えて休憩中だった二人は、しばらく無言の時間を過ごしていたが、イーゼルはある事が気になって、目の前の小さな湖を眺めながら話し始めた。
「この辺りって昼間みたいに明るいよね。 周りの森は真っ暗だし、 空もまだ月が出てる夜空なのに……」
四方を暗い森に囲まれ、湖のちょうど真上だけが開けている場所。
本来なら月明かりだけでさほど明るく無いはずだが、月の光を反射する湖が、まるで光を増幅させているようだった。
「そうですね。月の灯りが水面にただ反射してるだけではなさそうですね」
同じく湖を眺めている少年──アルシアも、少し気になっていたらしい。
「うーん」
イーゼルは湖の中を覗き込んだ。
水底まで見通せる透明度、その中にきらきらと何か光るものが見えた。
「ん~?」
砂利に混じって光るものがあるのは分かるが、目を凝らしてもはっきりと正体は分からず、イーゼルは湖の中に手を入れてみることにした。
ひんやりとした水の触感を押し切って、水底まで腕を伸ばす。
肘のあたりまで水に浸かった所で水底に指先が触れ、光る何かを掴んで水の中から取り出した。
その様子を視界の端で見ていた少年は、不思議そうな顔でこちらを向いた。
「なにをしているんですか?」
「水底になにか光るものが見えたから、捕まえてみたんだけど……これ、なんだろ? 石……かな?」
底に沈んでいたものは、分厚いステンドグラスを砕いた欠片のような石だった。
手の指の先から第二関節ほどの長さの細長い破片は、全体が深い空色をしていた。
月明かりに照らすと、光を受ける面によってピンクや黄色の淡い光に色が変わる、不思議な石だった。
しばらく石を眺めていると、少年は静かに近づいてきた。
「ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「いいよ。これ綺麗な色してるよね。なんか名前のある石だったりするのかな?」
少年に石を渡すと、イーゼルと同じように月明かりに照らした。
「月光石……だと思います」
「月光石……?」
それは聞き覚えのない名前だった。
イーゼルがすかさず聞き返すと、アルシアは少しだけ視線をこちらに向けて解説する。
「名前の通り、月光で育つ石のことです。もしかしたらこの湖は月明かりを集めやすくて、水底に鉱床ができているのかもしれません。光を乱反射する特性があるので、これだけ湖が明るくなっているんですね」
そういって水面へと視線を向けるアルシア。
それにつられるように、イーゼルも湖の中をのぞき込む。
よく見れば、確かに湖の中には同じような石がいくつも転がっているようだった。
「へぇ、アルシアくんは物知りだね」
「物知りってほどでは……。魔石に関する知識は、魔法を扱っていれば自然と身に付くものですから」
「魔石にもなるんだ?」
「えぇ。月明かりその物に魔力があるので、それを浴びて育つ月光石は当然魔力を帯びた石になります。魔石としてはかなりランクの高い石のはず」
「そうなんだ。まだまだ知らない事がいっぱいあるなぁ……」
イーゼルがそんなことを言ってると、アルシアは月光石の少し鋭利になっている破断面をじっと観察すると、ちらりとこちらに視線を向けた。
「これ、ちょっと手を加えてもいいですか?」
そう訊ねるアルシアに、イーゼルは少し首を傾げながらも頷く。
「いいよ……?」
「では……」
アルシアは左手の掌に石を置くと、右手をその上で構えた。
すると小さな赤い魔法陣と共に、魔法に変換される前の魔力の塊が現れた。
そのまま魔力の塊を石に押し当てていき、両手の隙間が無くなると同時に魔法陣が消える。
「月光石は周りから魔力の干渉を受けると、それを吸収して形を変えます」
そういうとアルシアは、石をこちらに手渡してきた。
「わっ……!」
帰ってきた石に鋭利な部分はなく、角が丸い菱形のような形になっていた。
「えっ、すごい……!」
「これなら保存もしやすいでしょう」
「ま、魔石工芸師……とかの方ですか……?」
「なんですかそれ? ある程度魔法が使えて、魔力を固める事が出来れば誰でもできるようになりますよ」
「ほんと? もしかして私にもできる?」
「それは……、えっと……あっ」
アルシアが言葉を濁したところで、辺りの雰囲気が変わったことに気がついた。
先ほどまで輝いていた湖から光が失われ、空が薄っすらと明るくなり始めた。
「お時間みたいですよ」
「んー、工芸師の道はまた今度か~」
「また機会があればということで……」
「ふふっ、じゃあそろそろいこっか」
そういうと簡単に支度を済ませた二人は、すぐに森を抜ける細い道の方へ歩き始めた。
「あ、そうだ!」
「どうしました?」
イーゼルは思い出したように立ち止まって、湖の方を向いた。
「この場所のことは内緒にしようね。自然と見つかるのも時間の問題かもだけど、きっと人の手が入ると、あの景色は見れなくなっちゃうと思うから……」
魔石の価値は非常に高い。
その鉱床が存在すれば、多くの人が訪れ、瞬く間に鉱床は枯れてしまうだろう。
そうなれば、この輝く湖も失われてしまう。
「そうですね。その方がいいと思います」
アルシアの返事を聞くと、イーゼルは小さく頷いた。
二人は宿場町を目指して、森の小道をゆっくりと歩き始めた。
☆
森を抜けるまでの小道は、時折茂みから魔猪や野犬が飛び出してくる程度で、比較的安全に通過することができた。
イーゼルは剣術メインの近接型。
黒外套の少年アルシアは、火属性に特化した魔法使いで中遠距離戦を得意としている。
戦闘での相性も悪くなく、街道に合流するまでそう時間はかからなかった。
街道に出てからは静かなもので、飛び出してくる影もなく、おだやかな景色が続く。
宿場町に向かう軽い傾斜の道を、二人はただひたすらまっすぐ歩いていく。
「ねぇ、そういえばアルシアくんは、どうして旅を始めたの?」
そう問いかけたイーゼルに、アルシアはちらりと視線だけを向ける。
アルシアは月光石の話をした後、少し警戒心が薄くなったのか、意外と雑談に応じてくれていた。
だが、どこまで話すのかを推し量っているのか、かなり言葉を選んでいそうな様子を見せていた。
「そうですね……、理由は特にないかもしれません。しいて言うなら、自分らしく生きるため、ですかね」
「へぇ、なんかかっこいいね」
「そうでしょうか」
「自分らしくか~、確かに一人旅の醍醐味みたいなとこあるしね」
「えぇ。……イーゼルさんは、どうして旅を?」
「私はちょっと調べものしててさ」
「調べものですか」
「うん。とある能力について調べてるんだけど、文献はほとんどなくってここまでほぼ空振り。でも、この先にある中央都市には大きな時計塔があって、その地下に古い図書館があるらしいの。そこなら何か見つかるかもって思ってね」
「手がかりが見つかるといいですね」
「ふふっ、ありがとう。頑張ってみる!」
そんな会話をしていると、進む道はゆるやかな下り坂に差し掛かる。
そして、両サイドに広がっていた森が途切れ、辺りの景色は広々とした日当たりのいい草原へと移り変わっていた。
「あ、見て!」
イーゼルが指差す先、真新しい石壁で囲われた町が視界に入る。
「あれが目的地ですか?」
「そうだよ! 思ってたより早く着きそうね」
まだ太陽は真上に登り切っていない。
朝の爽やかな風が吹き、その風によって運ばれる草原の香りや、そばを流れる大きな川から聞こえる水の音が、より一層爽やかな雰囲気を演出してくれている。
景色を楽しみながら歩いていると、あっという間に二人は町の入り口の前にたどり着いていた。
馬車よりも少し高い石造りの壁に、タイルで舗装された立派な街の入り口。
その手前には、古びた二本足の看板が佇んでいた。
今の町の雰囲気には、少々不釣り合いにも見えるが……
『宿場町 エランバルク』
しっかりと町の名前を刻んだ看板からは、古くからこの町に来る旅人を見守ってきた、貫禄のようなものを不思議と感じた。
二人はその看板の前で足を止める。
「さぁ、目的地に到着だね!」
「着きましたね。お疲れ様でした」
そういうとアルシアは少し辺りを見渡して、町の出入り口の方を見ながら呟く。
「随分にぎわっていますね」
「そうだね。ここは中央都市と周辺の小さな町を繋ぐ中継地点になってて、すごく立地がいいから商人たちも交易の拠点にしてるんだよね。確か少し前に川沿いを整備して、船での交易もできるようになったんだっけな……」
目の前では荷物を積んだ馬車が頻繁に行き交い、町中からは活気あふれる声が聞こえてくる。
元々繁盛している町ではあったが、まだ早い時間にもかかわらずこの人出は、予想以上の賑わいだ。
「う~ん。これは本格的に人が増えてくる前に、用事済ませてきた方がいいかなぁ。君はこの後どうするか決めてるの?」
「そうですね……、久しぶりに町に立ち寄ったので、市場ぐらいは見て回ろうかと思っています」
「お、いいね~! それなら、ここで解散にしようか」
「了解しました」
「短時間だったけど、ここまで付き合ってくれてありがとね。いろいろ話も聞けたし楽しかったよ」
「いえ、僕も楽しかったです。それと、改めて助けてくれてありがとうございました」
「うん、じゃあまた、どっかの旅先で会ったらよろしくね!」
「はい。その時はまた」
☆
短い挨拶を済ませると、エルフの少女は綺麗な金髪を揺らしながら、足早に町の中へと入っていった。
姿が見えなくなるまで見送ってから、アルシアも町を散策することにした。
下町というよりは都市に近いこの町は、中央都市に繋がる道の途中にあるだけあって、思った以上に栄えているようだった。
というより……
「人……、多すぎでは……?」
ぼそっと独り言が出るぐらいには人通りが多い。
そしてその独り言は、瞬く間にあたりの喧騒に飲まれていく。
町の外周には順番待ちの商業用の馬車が並び、町の中は大量の観光客で溢れかえっていた。
(とりあえず市場を目指そうか……)
人混みに入るのは少々気が引けるが、次の旅に備えて調達するものもあったので、渋々アルシアは市場を目指すことを決意する。
まずは近くに設置された簡易地図で、市場の正確な位置を確認し、最短ルートを把握する。
「ふぅ……、よし」
小さく息を吐いて、真っ黒なフードをしっかりと被りなおすと、アルシアはできるだけ道の端を歩きながら、市場へ向かうことにした。
人間が治める国の街なだけあって、道を行き交うのは人間が目立っている。
しかしエルフや獣人、ドワーフなど、亜人種や妖精種を中心に、さまざまな種族が混ざっているようだ。
僅かながら魔族もいるようだが、何より驚いたのは、皆自分の種族を隠していないこと。
それどころか共に談笑したり、杯を交わして大騒ぎしたり……
(そういえば彼女も……)
先程まで行動を共にしていたエルフの少女も、種族を一切隠す様子がなかった。
(ここに暮らす人族は、他種族に寛容なんですかね……)
アルシアはそんな事を考えながら、気配を消してひっそりと市場へ向かった。
案の定といえば案の定。
市場の中も、当然のように人と露店で溢れかえっていた。
露店に並んでいるものは、大陸各地から集まったものらしく、魔法装飾や工芸品、服や防具、食べ物までその種類はさまざま。
海を渡ってきた品もあるようで、東洋の絵巻や装飾付きの鮮やかな布地、珍しい品も散見された。
ゆっくり見て回りたい気持ちもあるにはあるが、次から次へと押し寄せる人の波に、アルシアの気力はすっかり奪われてしまっていた。
そんな人混みから流されるように脇道に逸れたアルシアは、目に留まった安めのお茶屋で一息入れるのだった。
「あの……」
アルシアはお茶を飲みながら、暇そうにしている店主に声をかける。
「なにか?」
「この町って、普段からこんなに賑わっているのですか?」
「なんだ、旅人なのに知らずに来たのか? あれだよ。『時空祭』があるからだ」
「時空祭……?」
「そうだ。中央都市に大きな時計塔があるのは流石に知っているよなぁ?」
「はい」
この宿場町の先には、中央都市リーベリアという大きな街がある。
その街のシンボルと言われているのが、古代魔法と数多の神秘を駆使して造られた巨大な時計塔。
どうやら『時空祭』は、これと関係しているらしい。
「時空祭はその時計塔の完成を祝う祭りだ。毎年完成した日には中央都市で式典が行われる。その前後はこうやって、観光客や商人が集まってくるんだよ」
「なるほど……」
どうりで混んでいるわけだ。
店主の話を聞いてそう納得しながら、アルシアはあることを思い出していた。
ここに来る途中、エルフの少女とした会話。
彼女はある能力について調べるため、その時計塔にある図書館を目指していると言っていた。
だがその話の中に、時空祭の話は一切出てこなかったが、彼女は祭りの存在を知っているのだろうか。
……と考えを巡らせていると、再び店主の声が聞こえてきた。
「そういやお客さん。祭りのこと知らなかったってことは、まだ今日の宿おさえてないんじゃないか?」
「そうですね。まだおさえてないです」
「なら早めに宿探したほうがいいぜ。もうほとんど埋まってるだろうが……」
「確かにそうですね。まぁ……取れなくても僕は野宿で平気ですので……」
「いやぁやめときな。祭りで人が増えてるから、この辺りはは魔法兵団の警備が敷かれてる。そこそこ離れないと野宿してるだけで捕縛されるぞ」
「それは……まずいですね」
「悪いことは言わねぇから、大人しく宿探すんだな」
「そうします。いろいろ教えてくださって、ありがとうございました。あとお茶、おいしかったです」
「いいってことよ!」
アルシアは足早にお茶屋をあとにすると、勧められた通り宿屋を探して、大通りへ流れる人の波にまぎれるのだった。




