一章:第八話
☆
何事も事前の確認は怠ってはいけない。
その最たる例が今日だ。
「きゅ……、休館日……!」
「しかも時空祭が終わるまで、ですか」
イーゼルとアルシアの二人は、固く閉ざされた門の前で、貼り出された休館を知らせる貼り紙を呆然と眺めていた。
ここは中央都市北部にある時計塔。
この地下にある図書館が目的地だったが、なんと図書館は改修中、時計塔自体も時空祭の準備ということで、今日から休館となっていた。
「どうして……」
「事前に確認しておくべきでしたね」
「だって、さすがに休館は想定外だよ~! 初見じゃ防げなくない!?」
「まぁ、それはそうですね……」
休館にご立腹のイーゼルに、アルシアは少し呆れたような表情をする。
とはいえ、無理に入るわけにもいかない。
「まぁ~、時空祭が終わるまでは滞在するつもりだし、出直すしかないかなぁ……」
「そうですね。時計塔以外にも見物出来る場所はありそうですし、この図書館以外で調べ物が出来る場所を探すのはどうでしょう」
「あ、それいい考え! じゃあ早速探してみよっか」
「はい」
二人は一旦引き返し、今日の予定を立て直すことにした。
仕方なく時計塔に背を向け、ここまで登ってきた階段を下ろうと、下の方に視線を向ける。
すると、階段を登ってくる人影が視界に入る。
同じく休館を知らずにやってきた観光客だろうか。
「おや……?」
向こうもこちらに気付いたのか視線が合う。
発色の良いターコイズブルーの目、顎のラインで切り揃えられた碧色の髪。
肩にエンブレムの入ったマントを纏った青年。
イーゼル達がその場に留まっていると、青年は二人の目の前まで階段を登り、右手を大きく払ってマントを風に翻す。
「何かお困りかね! 少年少女達よ!」
歌劇風のいい声が辺りに響き渡る。
これ見よがしのドヤ顔をする青年に、イーゼル達は思わず顔を見合わせる。
今回ばかりはお互いの考えがはっきりとわかる。
((誰……!?))
さらに青年は自らの髪をかき上げる。
よく手入れの行き届いたサラサラの髪が、指を伝って風になびく。
「いま、誰だこいつって思っただろ……?」
「あぁ……えっと……」
「……」
無駄にキレのある動きとドヤ顔で、イーゼルは完全に圧倒されていた。
アルシアに至っては無言で固まっている。
「あぁ、答えなくてもわかるさ。諸君らの顔にはっきりと書いてある」
「そ、そうですか? あはは……、じゃあ私たちはこれで!」
全力の愛想笑いを返し、イーゼルはアルシアの腕を引っ張って階段の方へと促す。
こういう変な人に絡まれた時は逃げるに限る、イーゼルの経験則がそう訴えかけていた。
しかし……
「あっ! 待ちたまえ!」
「ふぇっ!?」
「……!?」
「逃げるなんてひどいじゃないか!」
二人は勢いよく肩を掴まれ後ろに戻される。
「わ、私たち急いでるんですけど……」
「このイベントはスキップ不可だよ、君達」
「イベント? スキップ不可?」
青年の発言の意味はよく分からないが、逃げられない事だけは何故か理解できた。
青年は一歩下がると乱れた髪を整えながら、さっきと変わって今度は真面目な表情になる。
「コホン……、まぁ冗談はここまでだ」
「それで、私たちに何か用ですか?」
「用があるのは、君達の方じゃあないかね?」
「……?」
この人普通にしゃべれたのか……っと思いつつ、イーゼルは青年の問い掛けの意味を考える。
しかし初対面のはずの彼にそう言われても、思い当たるような事は思いつかなかった。
「いや……、ないと思いますけど……」
「いやいや、そんなはずないだろ?」
「ないです」
「即答だと……もっとよく考えたまえ」
先程まで微動だにしなかったアルシアも、食い気味で否定する。
二人の逃げ切ろうとする反応に、青年は深いため息をつく。
「はぁ……まったく」
「もういいですか?」
「ここに、用事があるんじゃないのかい?」
青年は右手を軽く握ると、親指の先で後ろの時計塔を指差した。
「こんなところをうろうろしている理由なんて、時計塔の見学に来たぐらいしか無いと思ったが、俺の見立て違いだったかな?」
「一応、時計塔の図書館に行きたかったんですけど、時計塔自体が休館中みたいで……」
イーゼルは仕方なく、一応事情を説明する。
「ふむ。なら、見ていくかい?」
「え……?」
青年のその一言に、イーゼルは一瞬固まってしまった。
しかし、構わず青年はさらに続ける。
「まぁご希望の図書館の方は、残念ながら改修中で入れられないが、せっかくここまで来たんだ、時計塔の中だけでも見学していかないかい?」
「え…っと、時計塔だけでも見学できるなら、それはうれしいですけど……」
「誰かの一任で、勝手に中に入れるものでもないと思いますが」
謎の青年からの申し出は可能ならありがたいが、アルシアの言う通り、閉鎖された時計塔に、誰かの一任で勝手に入ることは難しいだろう。
イーゼルもその意見には同感だと思った。
「あぁ、それなら心配しなくていい」
青年はそう言うと、再び髪をなびかせる。
「俺は、この時計塔の管理人だからね」
これでもかと言う自信に溢れたキメ顔。
イーゼルとアルシアは、もはや顔を見合わせなくても分かるぐらい、同じ感想を抱いていた。
((う、胡散臭すぎる……!))
☆
「俺は王立時計塔管理長、ニルベル・リードだ。このエンブレムを見れば分かると思うが、王都にある魔法学校の所属だ」
ニルベルと名乗った青年は、マントの肩部分に付いたエンブレムを見えるようにこちらに向ける。
星を二本の線で囲むような模様。
アルシアは初めて見るものだと思ったが、よく見ると時計塔の入り口上部にも同じエンブレムが付いていた。
「なるほど、ちゃんと関係者ではあるみたいですね」
「みたいだね……」
「どうして納得しつつもそんなに疑いの目を向けてくるんだい?」
「胡散く……いや、だって知り合いでもない人を、招き入れようとするのは普通に怪しい……!」
「今胡散臭いって言おうとした!?」
「してない! 断じてしてないです!」
何というかこのブレブレなキャラのせいなのか、イーゼルが言いかけた通り、確かに拭えない胡散臭さがニルベルから溢れ出ていた。
「まぁそうだねぇ……、胡散臭いのも無理はない、か」
「じ、自覚あるタイプなの……?」
「まぁ、よく言われるねっ!」
この青年はどうしてこんなに堂々としているのか、もはや不思議だったが、アルシアは考えるのも無駄な気がしてきていた。
しかし……
「まぁ…、少し真面目な話するなら、君達に声を掛けた理由はいろいろある。が、一番はここまで来てくれた冒険者を、がっかりさせたくなかったからだね。幸い時計塔に関しては、時空祭の準備と称した清掃しかしないから、別に人が出入りしても問題はない」
「どうする……? アルシアくん」
イーゼルはそろそろやり取りに疲れてきたのか、こちらに助けを求めてきた。
しかし面白そうなので助け舟は出さない。
「僕はどちらでも」
「しゅ、主体性……!」
「退路は断たれたねぇ」
「なんで貴方はそんなに余裕なの……」
イーゼルは大きくため息をついた。
「うーん。じゃあ……、行ってみようかな」
「ふっ、決まりだね」
ニルベルはイーゼルの返事を聞くと、長いマントを大きく翻した。
ゴゴゴ……
その動きに合わせるように、時計塔の閉じられた石造の扉が、低い音を立てて動き始める。
「さぁ、入りたまえ。我らが誇る時計塔へ!」
☆
なんかいろいろあった気もするが、ニルベルの案内のもと、二人は時計塔を見学する事になった。
意外なことにニルベルは、本当に時計塔のことに詳しいらしく、中に入ってからは構造や使われた技術に関して、丁寧な説明をしてくれていた。
「さて、ここまでで質問はあるかね?」
「ニルベルさんってすごい人だったんだね」
「やっと納得してくれたようだね」
「ふむ……」
「少年は何か気になる事があるようだね」
「あ、そういえば私たち名乗って無かった。私はイーゼル。こっちはアルシアくん。一時的に一緒に旅してる冒険者です」
「なるほど。イーゼル君にアルシア君だね。それで、アルシア君は何が気になっているのかな? 答えられる事なら、俺が答えてあげよう」
「あぁ……、気になるってほどではないんですが……」
アルシアは時計塔の天井を見上げる。
同じように視線を向けると、壁に張り巡らされた幾何学模様が、脈打つように淡い光を放ちながら、天井へ伸びているのが見える。
「この時計塔は、何を目的に作られたアーティファクトなのか……と」
「ふむ。確かにアーティファクトには作られる目的が必ずある。もちろん、この時計塔にもね。ちなみに君達はどう考える?」
そう二ルベルに問われ、二人は少し考えるように辺りを見渡してみたりする。
「時計塔が作られた目的かぁ……。うーん、やっぱり時計って所がポイントなのかな?」
「でしょうね」
「その通り、イーゼル君は目の付け所がいいね」
イーゼルの言葉に、二ルベルは称賛するように小さく拍手をする。
アルシアとイーゼルはさらに考察を続ける。
「時計ということは、時間操作系の可能性が高そうですね。ぱっと思いつくところで行くと──」
「時間を遡る……とか?」
「僕もそう思ったんですが、時間を遡るような魔法は、世界の基盤に影響を及ぼしかねない……。そんな魔法を使うには、この時計塔でも規模が足りないように感じます」
「言われてみれば確かに」
「ふふっ…、いい考察だ。アルシア君は魔法の知識も豊富なようだね。是非、時計塔だけではなく、魔法学校の方にも招待したいところだ」
二ルベルの言葉はお世辞と受け取ったアルシアは、やや冷めた様子で返事をする。
「それはどうも……」
「ふっ、照れなくてもいいんだよ」
「照れてないです」
アルシアはまたも食い気味に否定するが、ニルベルはすでに気にも留めていないようだった。
長いマントを揺らしながら軽く咳払いをすると、時計塔の奥に向かって、数段もない階段の方へと進む。
「およそ君達の推測で正解だ」
「え、じゃあ……」
「時間を遡るために作られたんですか?」
ニルベルは静かに頷く。
「あぁ、そうだ。ただし、起動することはできない。アルシア君がさっき言った通り、時計塔だけでは時間を遡ることはできない」
「それって、この時計塔は未完成ってこと?」
「いや、完成はしている。完成はしているが、未完成ともいえる」
「なにそれ、矛盾してない……?」
時計塔中央の金属構造を回り込むように、ぐるりと設置された階段を登り、少し高くなった奥の開けた場所に三人はたどり着く。
「矛盾はしてないさ。ここの……色が変わっている壁を触れば、古代魔術遺物としての時計塔を起動できる」
ニルベルが立っているすぐ横に、幾何学模様の色が少し違う場所がある。
そこを触れば時計塔を起動できる……、つまり時間を遡ることが出来るとのことだが、そんな事を簡単に教えていいのかと、イーゼルは疑問に思った。
だが、その疑問を読んでいたかのように、ニルベルは話を続ける。
「今、そんなこと教えて大丈夫かって思ったね?」
「お、思いましたけど……」
自分の考えていたことを言い当てられ、狼狽えるイーゼルに代わって、アルシアが確認するように二ルベルに問う。
「条件が揃えばってことですね? 時計塔だけでは遡れないってことは」
「ご明察。具体的にはどういう条件だと思う? アルシア君」
アルシアはもう答えが分かっていそうな顔をしていた。
「必要コストを考えるなら、人の命……とかですかね」
「その通り。まぁ、古の技術にはありがちだけどね」
ニルベルは、色が変わった壁の模様をなぞる様にゆっくり触れる。
もちろん何も起きない。
その様子を見せた後、ニルベルは再び語り始める。
「一人の人間が一分時間を遡るのに、百人以上の命、もしくはそれに匹敵する魔力が必要。それが条件だ」
「たった一分で……!?」
二ルベルはイーゼルのリアクションに少し微笑んで頷き、さらに続きを語る。
「そう、たった一分で百人、一時間なら六千人、一日なら十数万……、流石に現実的ではなかったんだよ」
「だから完成しているけど未完成……」
「そういうことだ。どうだい? イーゼルくん。君も試しに触ってみるかい?」
ニルベルはそう言うと壁の前を空ける。
「試しにって、そんな軽い感じで大丈夫なの?」
「大丈夫だとも。俺が保証しよう」
「ほ、ほんとかな……」
ニルベルのドヤ顔を横目に流しつつ、イーゼルは色の違う幾何学模様の前に立つ。
右手の指先を線に沿ってそっと這わせる。
もちろん時計塔が起動する気配はない。
「ほら、大丈夫だっただろ?」
「これでなにかあったらこま──」
ザザッ……
ノイズ。
視覚と聴覚に歪みが発生する。
(まずい……、こんなところで……!)
イーゼルは慌てて壁から手を離そうとしたが、その体はすでに制御を失っていた。
視界には細切れの景色、周りの音もノイズにかき消されていく。
『……なに…は時空祭準備のため…となります。また地下図書館につきましては……現在…付き時空祭終了まで休館……』
『ふむ。確か…さんが行きたいのは……地下図書館の……ね?』
『……、図書館…あいて……か…!』
早回しの記憶が頭を駆け抜けていく。
視界に映るのは時計塔で誰かと話している様子。
(時計塔の昔の記憶……なのかな……)
イーゼルは記憶の波に押され、はっきりしない意識の中でぼんやりと考えていた。
次第に場面は切り替わっていく。
『…を待って……いう意味……?』
『……理由? そうね。あなたの…が必要だから』
『私の……?』
『……この…を動かすには、私1人の…足りな……』
先程とは話している人が違う。
ノイズが多く、声は途切れて重要な部分は聞き取れない。
しかし、恐らく声の主であろう人物には見覚えがあった。
(そんな……)
エルフ特有の長い耳。
自分とよく似た顔。
病的に白い肌。
そして鋭い翡翠の目。
(どうしてここにイリスが……?)
さらに場面は変わる。
『今回も…止められ……わね』
(今回も? 何を……?)
『起動させ……ました。…が目的を果たし……です』
(目的は何……)
『そんな顔…でください。イーゼルさん。……に手こずった僕の……です』
(なんで君が傷ついてるの……?)
『もし、もし次があったら……』
場面の流れが加速していく。
ノイズが大きくなり、次第に景色は真っ白に霞んでいく。
「……さん!」
「……ゼル君……かりしたまえ!」
誰かが私を呼んでいるような気がする。
しかしその声すらも、激しい頭痛によってかき消されていった。




