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月光の時計塔  作者: 麦野れいん
一章『中央都市リーベリア編』
14/16

一章:第七話

☆


 手負いの山犬達が通ってきたであろう道のりを、イーゼルとアルシアは駆け抜けていく。

 辺りは不気味なほどに静まり返っていた。


「なんだろう、すごく嫌な予感がするんだけど……」

「奇遇ですね。僕もです」


 遡っていけばすぐにでも接敵するかと思われたが、今のところ山犬の残党もそれ以外の敵の気配もない。

 しかし、それがかえって嫌な予感を掻き立てていた。


「流石に静かすぎるよね」

「そうですね」


 イーゼルは経験則を辿る。

 こういう時は大抵、周辺に格上の魔物が居たりする。

 小動物なんかは怖がって姿を見せなくなるし、一般の魔物も同じく逃げ出すか、もしくは格上の魔物に喰われていたりする。


「イーゼルさん、開けた場所に出ます」


 アルシアの声ではっとする。

 前方に少し明るくなっている場所が見える。


「このまま行くよ」

「了解です」


 ブレードの柄に手を掛け、いつでも抜刀できる体勢で前へ踏み込んだ。

 同時に開けた場所に飛び出した二人だったが、そこに広がる光景を見た瞬間、イーゼルは嫌な予感が当たったと思った。


「うわ……」

「これは……、魔物とはいえなかなか惨いですね」


 そこら中に刻まれた山犬の死体が転がっている。

 中には潰れて原型を留めていないものや、引きずられたような跡もある。

 そして──


「なにこれ、スケルトンの残骸?」

「そのようですね」


 さらにその周辺に、多数の骨の残骸が落ちていた。


「スケルトンは短剣とか槍とかよく使うから、さっき逃げてきた山犬達は、このスケルトンに襲われたのかな」

「それが妥当な見立てだとは思いますが、襲った側のスケルトンも死んでいるというのは……」

「まぁ、明らかにやばい奴がいそう。この潰れ方とか、もっと大きな鈍器とかの跡だし」

「どう……しますか? ……大物、探しに行きますか?」

「いや、深追いは良くないよ。今回の依頼は山犬の討伐だけだし。戻ったら報告だけしよう」

「わかりました。──その前に、もう一仕事ありそうですが」

「そうだね」


 ガシャン…ガシャン……

 カタカタ……


 スケルトン独特の骨が擦れ合う音。

 まだ一部が残っていたらしい。


「五……、十……もうちょっと居ますかね」


 ゆっくりと木の影からスケルトンが顔を出す。

 それぞれ短剣や槍、盾を構えてこちらを威嚇してくる。


「囲まれないように速攻でやろう!」

「そうですね。僕が数を削ります」

「うん! まかせた!」


 後ろでアルシアが魔法を構える音が聞こえる。


「華炎散弾( )《スカーレットレイン》」


 魔法の発動と同時に、イーゼルはスケルトン達の側面に回る。

 雨のように降り注ぐ大量の火の弾が、スケルトンの体を貫いていく。

 しかし、数体の盾持ちスケルトンが、アルシアの攻撃を凌ぐ。


「残りは私が相手だよっ!」


 イーゼルは低い体勢から地面を蹴ると、その勢いのまま抜刀する。

 剣閃が走り、盾を持っているスケルトンの横腹をまとめて砕く。

 さらにブレードの向きを変え、重心を移動させて反対方向に振り抜く。


(残り三匹……!)


 一番奥のスケルトンを見据えながら前進する。

 横目でアルシアの方を見ると、ファイアボルトで援護の構えをしている。

 安心して前の敵に集中しようとした時、一瞬背後に光る物を認識する。


「アルシアくん、後ろっ!」

「後ろ……!?」


 イーゼルの声でアルシアは瞬時に横に飛び退き、すんでのところで飛びかかろうとしていた影を躱す。

 同時に援護用に展開していたファイアボルトを、後ろへ誘導して撃ちだす。

 吹き飛んだのは先ほどの山犬の残骸。


「これは一体……」

「狂化してるよ! 気を付けて!」

「それはちょっとズルじゃないですかね……」


 奇襲してきたのは、死んでいたはずの山犬。

 崩壊した身体に、瘴気を溜め込んだ結晶があちこちから生えている。

 イーゼルは残りのスケルトンを一掃して、すぐにアルシアの方へ向かう。


「身体はもう死んでるから、結晶だけ狙って!」

「了解です。火球( )《ファイアボルト》!」


 次々と起き上がる山犬の残骸たち。

 その体を蘇らせる黒い結晶に向かって、アルシアの放った火の弾が炸裂する。

 しかし魔法を撃ち切ったその最中、視界の端から割り込んでくる影に、アルシアは目を見開いた。


「あっ……!」


 死角の草陰から、撃ち漏らした一匹が飛び出してくる。

 アルシアはすぐに詠唱を始めるが、距離はもうほとんどない。

 だが────


「やらせないっ! はぁっ!」


 間一髪のところで、狂化した山犬が真っ二つになって床に転がる。

 しかしまだ山犬は動こうとする。

 イーゼルは、ブレードの先で露出した結晶を砕き、ようやく動きが止まるのを確認する。


「助かりました、イーゼルさん」

「大丈夫だった?」

「おかげさまで」

「ふぅ……」


 イーゼルは一息入れると、ブレードを鞘に収めた。


「死体になってても動くんですね」

「うん、そうなんだよね。狂化するのは流石に予想外だったね~」

「でも、狂化って瘴気が濃い場所に居ると起きるのでは……? ここは瘴気を感じませんけど」

「うーん。狂化の仕方にもいろいろある」

「いろいろ……ですか?」

「うん。一番一般的なのは、今アルシアくんが言った通りなんだけど、例えば狂化した敵に倒された場合でも、瘴気の影響を受けてなる事はあるよ」

「それはつまり……」

「大物がもっとやばいかもってことだね」

「……絡まれる前に撤退ですかね」

「うん、今のうちに戻ろ!」



☆



 イーゼル達が去った少し後。

 一人の少女の姿がそこにはあった。

 黒い瘴気を纏い、少女はただ静かにそこに佇む。


(誤差が大きくなっている。今まで無かった変化が起ころうとしている。でも、あの子の願いが成就するにはまだほど遠い……)

 

 少女は混沌とした辺りの惨状に目を向ける。

 足元には砕かれた骨の欠片が散乱し、狂化した獣たちはすでに身体が崩壊しは始めていた。

 本来ならこの子達は、《時空祭》の撹乱用に使われるはずだった。


(獣の方はもうダメね。スケルトンは……まだ使えるかしら)


 少女は静かに指を鳴らすと、空中に手乗りサイズの黒い結晶が現れる。

 それを手に取り、砕けたスケルトンの上で粉々に砕く。

 すると、どす黒い瘴気と共に、結晶の破片がスケルトンの残骸と混ざっていく。


 カタ…カタカタ……


 砕けた頭蓋骨の隙間から、瘴気の結晶が生えてくると同時に、あちこちにヒビが入った骨が歪に動き始める。


「これでいいわ」


 少女は再び指を鳴らす。

 今度は空中に黒い鏡を呼び出す。


「繋いで」


 ザザッ……


 ノイズ音が響く。

 すると森を映す鏡面が渦を描き始める。

 映るのはここではなく暗い部屋。


「……あら、……そっちから連絡してくるなんて、珍しいこともあるものね」

「誤差が大きくなってるわ。このままだと計画に支障が出る」

「それをどうにかするのが貴方でしょ? そういう約束だったはずだけど」

「それにも限度があるということ、もう時間はないわ」

「ふぅん」


 依頼人であり、同僚でもある彼女は、随分と不満そうな態度をとる。


「大丈夫よ、安心して。もう数回あれば最低限は足りるわ」

「そう……」

「ふふ……、鏡の妖精さんは心配性なのね」

「あなたが呑気なだけよ。イリス」

「まぁ、警告としては受け取っておくわ。でもきっと私の《見る》力には敵わない、必ず完遂してみせるわ」

「……期待しています。連絡は以上」


 伝える事は伝えた。

 少女が右手を鏡の前でスライドさせると、動きに合わせて鏡は霧散する。


「さて……、動くなら早いほうがいい」


 不足の事態が想定されるときは、さらに先回りして布石を打っておけばいいだけのこと。

 まだ時間稼ぎの余地はある。

 少女は再度指を鳴らすと、鏡と同じようにその体を霧散させた。



☆



 ガチャッ


 寝室の扉が開く音がして、アルシアは読んでいた本から視線を上げる。

 開いた扉の前には、先に休んだはずのイーゼルが立っていた。


「眠れないのですか?」

「うん……」


 アルシアが声を掛けると、イーゼルは控えめに笑う。

 が、その表情にどことなく陰りを感じる。


「疲れてるからすぐ寝れるかなぁって思ったけど、なんだか寝付けなくて……」

「今日行った山の麓の村が心配……とか?」

「ん~、どうかな。ちゃんと村と衛兵の人に報告して、数日中には対応してくれるって言ってたから、そこまで心配はしてないかなぁ……」


 山奥の森での戦闘の後、二人はすぐに下山して依頼元の村へ向かった。

 別の魔物に山犬が追われていた事が原因で、人里に降りてきていたことを説明して、さらに格上の魔物が存在している可能性に関しても報告して、あとは衛兵の人に任せる運びとなっていた。


「では、別に心配事があるとかですかね」

「うーん。あれ……かなぁ」

「……? 心当たりがあるみたいですね」


 イーゼルは静かに頷く。


「アルシアくんってさ、悪夢見たりする?」

「悪夢ですか……。幼い頃はよく見てたような気がしますね」

「じゃあさ、そういう時ってどうしてる?」

「どうする? ……何をですか?」

「何をって……、悪夢……怖くないの?」


 あぁ……そういうことかとアルシアは理解する。


「怖いと感じるのはその時だけです。目が覚めれば悪夢もただの夢。現実に起こる事ではないです。でも……」


 アルシアはそう言いながら、先程まで読んでいた本を机に伏せると、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「でも……?」

「そういう事なら、いい物があります。そこ、座って待っててください」


 イーゼルは不思議そうな顔をしていたが、目の前のソファーへ促すと、そのままソファーに腰掛けた。

 アルシアは窓際に置いていたポーチを手に取った。

 このポーチは、物を小さくして収納できる魔法鞄になっている。

 ポーチの蓋を開けると、金属製のマグカップと半透明の瓶を取り出す。

 ポーチを元の場所に戻して、カップと瓶をイーゼルが座るソファーの前の机に静かに置き、アルシアは対面のソファーに腰掛けた。


「これは……何? ただのカップと瓶?」


 イーゼルが不思議そうに見つめる中、アルシアは瓶の蓋を開けて、中身の液体をマグカップに注ぐ。


「中身は普通の砂糖の入ったミルクです」

「なるほど……?」

「まぁ……、見ててください」


 アルシアは空になった瓶を横に置くと、左手でマグカップを持ち上げた。


 パチンッ


 空いた右手で指を鳴らす。


「わぁ……!」


 マグカップから湯気が上がる。

 それを見たイーゼルは途端に目を輝かせる。


「すごい……! これも魔法?」

「そうですよ。どうぞ、飲んでみてください」


 マグカップをイーゼルの目の前に静かに置く。

 カップを手に取ったイーゼルは、いろんな角度からカップを眺めた後、ゆっくりと口をつけた。


「ちゃんとホットミルクだ……。しかも熱すぎない完璧な温度。こんな便利な魔法あるんだね」

「僕が唯一、自分で研究してたもので、実用段階まで持って行けた魔法です」

「自分で作った魔法なんだ!」

「まぁ、実際仕掛けがあるのはマグカップの方ですが」


 イーゼルは再びカップを眺める。

 光の角度で幾何学模様の線が、薄らと存在感を表す。


「魔術彫刻を施したカップに魔力を伝わせる事で、中身を指定した温度に温める……って仕組みです。温度は僕の好みに合わせてるので……。まぁ、口に合ったようで良かったです」

「うん、すごく甘くておいしい! でも、どうしてホットミルク……?」


 イーゼルの問いに一瞬返事に詰まる。

 本当は幼い頃、自分がそうしてもらったからなのだが、素直に言うのは少し気恥ずかしい感じがして、アルシアは少し言い淀んだ。


「えっと……、あれです。落ち着かない時は、温かい物を摂るといい……と、昔教わったからですね。」

「そうなんだ。でも確かに、ちょっと落ち着いた感じする。ホッとするっていうか……、そんな感じ!」


 寝室から戻ってきた時は、強張っていたイーゼルの表情も、少し柔らかくなったように感じて、アルシアは心の中で安堵していた。


「ところで、どんな悪夢見たんですか?」

「あぁ……、えっとね」


 イーゼルは、今朝見たという悪夢の話を聞かせてくれた。

魔物に追われる夢。

 見た事のない金属の人型人形。

 そして最後は時計塔に追い詰められる……、という内容だったらしい。


「確かに、幸先が不安になる内容ではありますね」

「でしょ! 見た事ない敵とか不穏すぎるよ……! それに、これから行こうと思ってる時計塔が舞台なのも、嫌な予感がしてならないっていうか……」

「ふむ」


 アルシアは少し思考を巡らせた。

 イーゼルの言う金属の人形には、微かに思い当たるものがあった。


「その金属の人形ですけど、もしかしたら、機甲人形《オートマタ》ってやつかもしれないですね」

「機甲人形《オートマタ》?」

「魔法で作られた攻撃用の人形兵器の事です。古い技術が使われていて、遺跡や洞窟の中に、トラップとして仕掛けられていたりするんですよ」

「へぇ……、実際に存在するんだ」

「人型は見たこと無いですけど、虫っぽい形のは実際に見た事があります」

「虫っぽいのは嫌だな……、見た目から装甲硬そうだし……」


 イーゼルは見た目を想像したのか、眉間に皺を寄せていた。


「そうでもないですよ」

「そうなの?」

「機甲人形には、体を動かすためのコアが目立つ場所に必ずあります。コアを破壊できれば、倒すのにそう苦労する事はないです」

「あれ? それって、もしかしてゴーレムと一緒ってこと?」


 アルシアは静かに頷く。


「ゴーレムも古い技術の産物でしたね。確かに攻撃型のゴーレムと、仕様は似ているかもしれません」

「ゴーレムなら私戦ったことあるよ。それと一緒なら、そんなに怖くない……かも」

「えぇ。でも、侮ってはいけません。人形とはいえ防衛本能はあるので、簡単に破壊させてくれるかというと、それはまた別の話になってきます」

「それはそうだろうね……」


 すっかり空になったマグカップを、イーゼルは静かに机に置いて、何かを考えているのかしばらく無言の時間が流れる。


「……どうですか?」

「うん?」

「次は勝てそうですか?」


 アルシアの質問の意図を掴めなかったのか、返事はなかなか返ってこない。


「有効な戦い方さえ知っていれば、もう夢の中で苦戦はしないでしょう」

「あぁ……」

「勝てそうですか?」


 イーゼルの表情は本当に豊かだ。

 質問を理解した途端、その表情は明るい微笑みに変わる。


「うん! もう大丈夫、次は負けないよ」

「それなら良かったです」

「アルシアくん、ありがとね」


 やはり彼女には不安そうな顔より、笑顔の方がよく似合う。

 無意識にそう考えているのに気付いたアルシアは、照れ隠しでもするように、少しだけ視線をそらす。


「いえ、感謝されるようなことは……」

「謙遜しないで! おかげで今度こそちゃんと寝れそうだから!」


 そういうとイーゼルは勢いよく立ち上がった。


「じゃあちょっと倒して来るね! おやすみ!」

「えっ、倒して来るって……」


 ガチャン!


 最後まで言い終わる前に、イーゼルは寝室へと飛び込んでいった。

 アルシアは呆然としたまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返し、しばらく扉を見つめるのだった。


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