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月光の時計塔  作者: 麦野れいん
一章『中央都市リーベリア編』
13/15

一章:第六話


分岐点

中央都市到着後の翌朝



☆



 悪夢を見る度に思う。

 夢とは記憶の整理を行うために見ると聞く。

 なのに、どうして経験したこともない悪夢を見るのかと。


「ん~、二度寝の気分じゃなくなっちゃったな……」


 イーゼルは、昨日の疲れに甘えて二度寝を企んでいたが、悪夢に台無しにされた事に少し苛立ちを覚える。


(それにしても……)


 イーゼルは悪夢の内容を思い返す。

 街中で大量の魔物に追われる夢。

 そこまでならまだよくある夢だ。

 実際昨日は魔物に追われながら、中央都市まで走る事になったし、それが影響したのかとイーゼルは考えていた。

 しかし──


(あの金属で出来た人形……、あんなの初めて見たけど……)


 表面が金属で覆われた人型の機械人形。

 装甲の厚さと鋭い斬撃で苦戦を強いられ、夢の中で時計塔へと追い詰められた。


(出口をあの人形に抑えられたあげく、よく分からないカウントの後自爆、……する瞬間に目が覚めた)


 ようやく昨日中央都市に着いて、いよいよ時計塔を目指そうかという時。

 全く幸先が不安になるなぁ……と、イーゼルは頭を抱えたくなった。


「まぁ、こんな時は気分転換だね」


 イーゼルはベッドから降りると、同じ部屋の衝立の向こうを覗いた。


(まだ寝てるか……)


 同居人となったアルシアは、いまだ布団にくるまっていた。

 イーゼルはアルシアを起こさないように、静かに寝室の扉を開けると、朝日が差す隣の部屋へと向かった。



☆



 階段を降りて一階のカウンターの方を覗くと、拭き掃除を手伝う小さな赤髪の女の子と目が合う。


「あっ! おねえちゃん、おは~! ……あっ!」


 お客さんにするにはフランクすぎる挨拶に、リラの頭上からファーラのチョップが降り注ぐ。


「こら! お客さんにはおはようございます!」


 見事なチョップを喰らったリラは、頭を抱えながらファーラの方を振り返る。


「はぁい……おはござぁ!」


 リラはファーラへの最後の抵抗の如く、不思議な挨拶を返す。


「ふふっ、リラちゃんおはよ! ファーラさんもおはようございます!」

「もう……ごめんなさいね。イーゼルさん、おはようございます。昨日はゆっくり休めましたか?」

「はい! おかげさまで!」


 他愛無い挨拶をしたところで、ファーラの手元に自然と視線が移る。

 数枚の紙の束を、何かの種類で分けているところらしい。


「それ、なんですか?」

「うん? あぁ、これは掲示板に張り出す依頼要請よ」

「依頼要請……? 冒険者ギルドで受けられる、クエストみたいなやつですか?」

「そうよ。うちの宿は情報が集まりやすいから、困ったことを依頼として出してもらって、腕の立つ冒険者さん達に提供してるの。今は依頼の仕分け作業をしてるところね。」

「なるほど……」

「イーゼルさんもどう? 良かったら仕事、受けていかない?」

「それいいですね! 仕事内容見てもいいですか?」

「いいわよ」


 イーゼルは、テーブルの上で仕分けされた依頼用紙に目を通してみた。

 仕事の内容は様々。

 街の清掃、露店の販売員から逃げた飼い犬の捜索まで、とにかく幅が広い。

 そして一番数が多かったのは……


「魔物の討伐依頼、意外と多いんですね……。てっきり衛兵の人達が片付けてると思ってました」

「まぁ普通はそう思うわよね。でも実際は逆。《時空祭》の期間は、主要都市の守りを固めるのに、少しはずれにある街とかは手薄になるの。だから、この時期は依頼が増えるのよ」

「そうなんだ……」


 ファーラの言う通り、討伐依頼の目的地は大半が郊外の街や、山沿いの村ばかり。

 後回しにされているために、魔物の数が増えてさらに人里に被害をもたらしているのだろう。

 イーゼルは何枚か依頼に目を通した後、最後に残った一枚に目を引かれた。


「この依頼だけなんか報酬高いですね?」


 最後に残っていたのは、山の麓にある村からの依頼。

 山奥に生息している山犬が、畑を荒らして困っているらしい。


「その村はちょっと遠いから、なかなか引き受けてくれる人が居ないのよね。だからその分報酬が高くなってるの」

「えっと……、遠いってどのくらいですか?」

「そうねぇ、今から向かえば、ちょうどお昼ぐらいに着くかな」

「そのくらいならいけそう……」

「その依頼にする?」

「はい!」

「わかったわ。じゃあ受理しておくわね。報酬の受け渡しもうちのカウンターだから、必ず仕事が終わったら報告しにきてね」

「分かりました! よろしくお願いします!」



☆



 心地よい木漏れ日の差す道を歩きながら、アルシアは小さく欠伸をする。


「ふぁ……」

「まだ眠い?」

「いえ……」


 否定はしてみたものの、心地よい山林の空気では、眠気は払えず瞼は気を抜くとすぐに閉じてくる。


 遡ること二時間前。

 アルシアは部屋の物音で目を覚ました。

 寝室の扉を開けて部屋の方を覗くと、外に出る支度をするイーゼルの姿が目に入る。


「イーゼルさん……?」

「あっ、アルシアくん。今声かけようと思ってたの!」


 どうやらイーゼルは、ブレードの手入れをしていたようだ。

 声をかけると笑顔で返事したイーゼルは、手を止めてこちらに何かを持ってきた。


「これ見て!」

「ん……? なんですかこれ」


 寝起きの働かない頭で状況も分からないまま、アルシアは何かの紙を手渡された。


「えっと……、魔物の討伐依頼ですか?」

「そう! 下の酒場でそういう仕事受けれるみたいで、試しに行ってみようかなって。アルシアくんも行かない? 今から!」

「い、今からですか?」

「うん!」

「あぁ……」


 イーゼルの目が期待で輝く。

 なんなら返事をしなくても、このまま連れていかれそうな勢いだ。

 アルシアは観念したように返事を返す。


「まぁ、特にやる事もないので……」

「じゃあ……!」

「はい。用意するので、ちょっと待っててください。」

「やったぁ! 私もまだブレードの手入れしたいから、ゆっくりで大丈夫だよ!」

「わかりました」



 こうして魔物の討伐に出向いた二人は、目的地の山奥の散策を始めて今に至る。

 あたりは深い森に覆われ、生い茂る木々の隙間から辛うじて光が差し込んでいる。


 イーゼルは立ち止まって簡易的に描かれた地図を広げると、アルシアも横から覗き込む。


「よし、目的地はこの辺かな?」


 中央都市から西へ。

 山の麓にある村を通り過ぎ、さらに西に向かった地点をイーゼルは指さした。


「そのようですね」

「よし、じゃあ本格的に探索する前に、依頼内容をおさらいするね」 

「はい」

「標的はこの山に住む山犬の群れ。数は二十匹ぐらい。山奥の洞窟を住処にしてるらしいんだけど……」

「最近は村の近くを徘徊しているようですね」

「うん。だから村から洞窟に向かって森の中を探索する作戦でどうかな?」

「悪くないと思います。手分けしますか?」

「ん~、効率考えるとその方がいいけど、初めて来るところだし、一旦は一緒に探索したいかな」

「了解です」

「とりあえず道なりに進んでみようか」


 アルシアは静かに頷いてみせると、一息入れて気を引き締め治す。

 流石にここからは臨戦体制で備える必要がある。

 集中力を上げることで既に眠気は消えている。

 少し前を歩くイーゼルの後を追い、二人は森の探索を始めた。


 しばらく探索を進めたところで、アルシアは不意にあるものに目が留まった。

 イーゼルが腰から下げている大振りブレード。

 そういえばエルフという種族は、魔法に長ける種族だと聞くが、イーゼルの戦闘スタイルは完全近接型。

 エルフのイメージとは随分と違っていた。

 さらに大振りのブレードは、女性が振るには少々不釣り合いに感じる。

 人には得手不得手があるとはいえ、かなり尖った戦い方というのがアルシアの印象だった。


「イーゼルさんって、剣は誰かに習ったのですか?」

「ううん、独学だよ。エルフでこんな剣使う人、なかなか居ないからね」

「そうなんですか」

「うん。あぁでも、戦闘の基礎はちゃんと先生に教えてもらったよ。……なんか気になった?」

「その……、イーゼルさんみたいに小柄な人だと、本来は軽い武器での手数を生かした戦闘とかも合いそうですけど、あえて火力特化を選んだのには、何か理由があるのかと思って、少し気になったんです」

「うーん。理由かぁ……。一応最初は短槍とか習ったけど、手数の多い戦闘は考えることも多くて、あんまり器用じゃない私には向いてなかったからかな」

「でも、器用じゃないって言う割には、戦闘中に魔法挟んだり、いろいろ工夫してますよね」

「よく見てるね。そこは結構頑張ったポイントでもある!」


 ふふんっと機嫌がよさそうに鼻を鳴らしたイーゼルは、ブレードの柄に少し手を触れながら続きを語った。


「火力特化になると、隙ができやすいでしょ」

「動きが大きくなりますからね」

「そう。だから、最初は小型の敵相手に結構苦戦したんだよね」

「その対策が魔法ですか?」

「うん。でも、私が剣を振るときに使う魔法はあくまで牽制用。当てようとするとコントロールに意識割いちゃうから、敵を動かすために使うようにしてるの」

「あえて当てない魔法ですか……」

「あとは隙が大きくなり過ぎないように、両手剣ではなくて、片手で振れるギリギリの重さくらいで武器の調整をしたりして、火力を出しつつスピードも殺さない今のスタイルになったんだよ」


 イーゼルはどこか誇らしげだ。

 自分の特性をよく考えて、試行錯誤を繰り返した戦闘スタイルに、一定の自信があるようだ。

 アルシアもイーゼルの解説を聞いて、戦闘スタイル一つにしても、歴史があるものだなと感心していた。


「アルシアくんは? 魔法、誰かに教わったの?」

「僕ですか? そうですね……、僕も基礎は先生がいます。ですが、僕は火属性にしか適性がなくて、属性を専門で教われる人は居なかったので、その先は独学で勉強しましたね」

「そうなんだ! 魔法の独学って、やっぱ魔導書読み漁ったりとか……?」

「基本はそうですね。その上で、自分で魔法陣を組み替えたり、魔法の強化を試みたりしますね」

「自分でオリジナルの魔法とか作っちゃうの?」

「試したことはありますけど……、まぁ上手くいくことはなかなか無いですね。コストと威力が伴わない事が多くて」

「流石に一から新しい魔法作るのは、そう簡単にはいかないか……」

「ですね。勉強してると、先人が作った汎用魔法が、いかにすごいかがよくわかります」

「なるほどね……」


 イーゼルの足が止まる。

 接敵したのかと思い、アルシアは周辺に注意を向けるが、敵の気配は感じない。


「どうしました?」

「なんか……、森の雰囲気が変わった」

「雰囲気……?」


 アルシアは再び周辺を見渡す。

 しかし、森の様子はここに入ってきた時と変わらず、辺りは少し木漏れ日が差す程度の深い森が広がっている。


「特に……変化を感じないんですけど……」

「鳥が鳴いてない。あと小動物も隠れてるかも。さっきまで居たのに……」


 言われてみれば確かに、先程より森が静まり返っているように感じる。

 耳に入ってくるのは風が木を揺らす音だけ。

 念のため杖を握りなおし、すぐに詠唱出来る様に魔力を高める。

 すると今度はアルシアも、遠巻きになにかの気配を察知する。


「イーゼルさん」

「うん、来るよ」


 イーゼルが抜刀して構える。

 気配がこちらへまっすぐ向かって来るのがわかる。

 数はそこまで多く無さそうだ。


 カサカサ……


「ガゥ……グルァァアァ!」


 草陰から飛び出してきたのは五匹の獣。

 依頼にあった山犬だろうか。

 前を走る二匹がイーゼルに飛びかかる。


「はぁっ!」


 イーゼルの剣閃は二匹の腹部を同時に切り裂く。

さらに空いた右手を後続に向けて構える。


「一匹は止める! 後続は任せるよ!」

「はい!」

「氷結の杭( )《コールドスパイク》!」


 イーゼルが放った氷の杭が、後続の三匹のうち、右端の一匹の目の前に着弾する。

 ひるんだ右端の個体の方にイーゼルは飛び退き、再び斬撃を繰り出す。

 そして、残りの二匹は真っ直ぐこちらに向かって来る。


「ガルウゥゥァァ!」


 アルシアは静かに杖を前に向ける。


「火球( )《ファイアボルト》」


 背後に展開した二つの炎の弾が、二匹の山犬の体を捕らえる。

 着弾すると同時に二匹は吹き飛び、その体を焦がしながら床に転がった。


「だいぶ動き合わせるの良くなってきたね」

「昨日の中央都市に向かう時の戦闘の中で、だいぶ掴めたような気はします」

「そうだね。さらに後続は……なさそうかな?」


 山犬が飛び出してきた方向に意識を向けるが、次の気配は感じない。


「大丈夫そうですね」

「うん。それにしても、群れでもっと固まってるかと思ったけど、意外とバラけてるのかな?」

「それだと全て探し当てるには、手分けしないと時間がかかりそうですね」

「そうね……」


 アルシアはそう言いながら、先程自分が倒した山犬の死体を眺める。

 なんとなく向けた視線だったが、とある違和感を感じる。


「うん……? これは……」


 その場に屈んでよく確かめる。

 アルシアの方に向かってきた山犬は、イーゼルを素通りして無傷だったはずだが、その体にさっきの魔法で焦げた部分以外に、小さな切り傷がいくつも付いている。


「どうしたの?」


 イーゼルは剣を鞘に戻しながら、こちらに近づいて来る。


「いえ、特にどうということは無いのですが……。この山犬達、どうやら手負いだったみたいですね」

「手負い?」

「はい。覚えのない切り傷がたくさんついてます」


 イーゼルも自分が倒した個体を確認する。


「本当だ……、この傷は短剣とかかな。手負いってことは……」

「何かに追われて、逃げてきてる可能性がありますね」

「だよね」

「来た方向……、見に行った方が良さそうですね」

「そうだね。行ってみようか」


 アルシアは静かに頷いた。

 二人はさらに森の奥へと踏み込んでいった。



☆



 ???某所にて


暗がりの部屋。

もう数百回と繰り返した覚醒を一瞬で悟る。


昔は《未来視》の力なんて、ただ生きることをつまらなくするだけだと思っていた。

意外性のない未来ほど、やる気の削がれるものはない。

その上、この力は虚弱体質のイリスには荷が重かった。

体は日々掛かる負荷に悲鳴を上げていた。


「ふふ……、うふふ……」


 イリスの細い喉から、堪えきれない笑いがこぼれる。

 そうやって続いた無気力な日々も、目的が出来てからは、何一つ苦痛に感じることはなくなっていた。

 それどころか、覚醒を悟るたびに心が躍る。


「いよいよだわ……」


 イリスは両腕に広がる光る幾何学模様を眺める。


 時計塔。

 大昔、過去に戻ることを夢見た魔法使いによって作られたアーティファクト。

 けれど、その願いを叶えることは出来なかった。

 世界の根幹を揺るがす時列逆走は、たった一人を過去に送るのに、数十万人分の命を浪費する必要があった。

 だが、それは人を送るならの話。


「魔力回路だけを送るなら話は変わる……」


 体の魔力回路だけを送るなら、消費するリソースも最小限に抑えられる。

 さらに、送り先も過去ではなく、無数に存在する並行世界へ。

 あるかもしれないIFの世界への上書きにした。


「私の《未来視》なら、例え本体を送れなくても、やるべきことは悟ることができる」


 そうして多重に魔力回路を重ねることで、イリスは着々と準備を進めていた。


「誰にも……誰にも譲ってあげないわ。さぁ、イーゼル? 今回は運命を変えられるといいわね……?」



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