一章:第六話
分岐点
中央都市到着後の翌朝
☆
悪夢を見る度に思う。
夢とは記憶の整理を行うために見ると聞く。
なのに、どうして経験したこともない悪夢を見るのかと。
「ん~、二度寝の気分じゃなくなっちゃったな……」
イーゼルは、昨日の疲れに甘えて二度寝を企んでいたが、悪夢に台無しにされた事に少し苛立ちを覚える。
(それにしても……)
イーゼルは悪夢の内容を思い返す。
街中で大量の魔物に追われる夢。
そこまでならまだよくある夢だ。
実際昨日は魔物に追われながら、中央都市まで走る事になったし、それが影響したのかとイーゼルは考えていた。
しかし──
(あの金属で出来た人形……、あんなの初めて見たけど……)
表面が金属で覆われた人型の機械人形。
装甲の厚さと鋭い斬撃で苦戦を強いられ、夢の中で時計塔へと追い詰められた。
(出口をあの人形に抑えられたあげく、よく分からないカウントの後自爆、……する瞬間に目が覚めた)
ようやく昨日中央都市に着いて、いよいよ時計塔を目指そうかという時。
全く幸先が不安になるなぁ……と、イーゼルは頭を抱えたくなった。
「まぁ、こんな時は気分転換だね」
イーゼルはベッドから降りると、同じ部屋の衝立の向こうを覗いた。
(まだ寝てるか……)
同居人となったアルシアは、いまだ布団にくるまっていた。
イーゼルはアルシアを起こさないように、静かに寝室の扉を開けると、朝日が差す隣の部屋へと向かった。
☆
階段を降りて一階のカウンターの方を覗くと、拭き掃除を手伝う小さな赤髪の女の子と目が合う。
「あっ! おねえちゃん、おは~! ……あっ!」
お客さんにするにはフランクすぎる挨拶に、リラの頭上からファーラのチョップが降り注ぐ。
「こら! お客さんにはおはようございます!」
見事なチョップを喰らったリラは、頭を抱えながらファーラの方を振り返る。
「はぁい……おはござぁ!」
リラはファーラへの最後の抵抗の如く、不思議な挨拶を返す。
「ふふっ、リラちゃんおはよ! ファーラさんもおはようございます!」
「もう……ごめんなさいね。イーゼルさん、おはようございます。昨日はゆっくり休めましたか?」
「はい! おかげさまで!」
他愛無い挨拶をしたところで、ファーラの手元に自然と視線が移る。
数枚の紙の束を、何かの種類で分けているところらしい。
「それ、なんですか?」
「うん? あぁ、これは掲示板に張り出す依頼要請よ」
「依頼要請……? 冒険者ギルドで受けられる、クエストみたいなやつですか?」
「そうよ。うちの宿は情報が集まりやすいから、困ったことを依頼として出してもらって、腕の立つ冒険者さん達に提供してるの。今は依頼の仕分け作業をしてるところね。」
「なるほど……」
「イーゼルさんもどう? 良かったら仕事、受けていかない?」
「それいいですね! 仕事内容見てもいいですか?」
「いいわよ」
イーゼルは、テーブルの上で仕分けされた依頼用紙に目を通してみた。
仕事の内容は様々。
街の清掃、露店の販売員から逃げた飼い犬の捜索まで、とにかく幅が広い。
そして一番数が多かったのは……
「魔物の討伐依頼、意外と多いんですね……。てっきり衛兵の人達が片付けてると思ってました」
「まぁ普通はそう思うわよね。でも実際は逆。《時空祭》の期間は、主要都市の守りを固めるのに、少しはずれにある街とかは手薄になるの。だから、この時期は依頼が増えるのよ」
「そうなんだ……」
ファーラの言う通り、討伐依頼の目的地は大半が郊外の街や、山沿いの村ばかり。
後回しにされているために、魔物の数が増えてさらに人里に被害をもたらしているのだろう。
イーゼルは何枚か依頼に目を通した後、最後に残った一枚に目を引かれた。
「この依頼だけなんか報酬高いですね?」
最後に残っていたのは、山の麓にある村からの依頼。
山奥に生息している山犬が、畑を荒らして困っているらしい。
「その村はちょっと遠いから、なかなか引き受けてくれる人が居ないのよね。だからその分報酬が高くなってるの」
「えっと……、遠いってどのくらいですか?」
「そうねぇ、今から向かえば、ちょうどお昼ぐらいに着くかな」
「そのくらいならいけそう……」
「その依頼にする?」
「はい!」
「わかったわ。じゃあ受理しておくわね。報酬の受け渡しもうちのカウンターだから、必ず仕事が終わったら報告しにきてね」
「分かりました! よろしくお願いします!」
☆
心地よい木漏れ日の差す道を歩きながら、アルシアは小さく欠伸をする。
「ふぁ……」
「まだ眠い?」
「いえ……」
否定はしてみたものの、心地よい山林の空気では、眠気は払えず瞼は気を抜くとすぐに閉じてくる。
遡ること二時間前。
アルシアは部屋の物音で目を覚ました。
寝室の扉を開けて部屋の方を覗くと、外に出る支度をするイーゼルの姿が目に入る。
「イーゼルさん……?」
「あっ、アルシアくん。今声かけようと思ってたの!」
どうやらイーゼルは、ブレードの手入れをしていたようだ。
声をかけると笑顔で返事したイーゼルは、手を止めてこちらに何かを持ってきた。
「これ見て!」
「ん……? なんですかこれ」
寝起きの働かない頭で状況も分からないまま、アルシアは何かの紙を手渡された。
「えっと……、魔物の討伐依頼ですか?」
「そう! 下の酒場でそういう仕事受けれるみたいで、試しに行ってみようかなって。アルシアくんも行かない? 今から!」
「い、今からですか?」
「うん!」
「あぁ……」
イーゼルの目が期待で輝く。
なんなら返事をしなくても、このまま連れていかれそうな勢いだ。
アルシアは観念したように返事を返す。
「まぁ、特にやる事もないので……」
「じゃあ……!」
「はい。用意するので、ちょっと待っててください。」
「やったぁ! 私もまだブレードの手入れしたいから、ゆっくりで大丈夫だよ!」
「わかりました」
こうして魔物の討伐に出向いた二人は、目的地の山奥の散策を始めて今に至る。
あたりは深い森に覆われ、生い茂る木々の隙間から辛うじて光が差し込んでいる。
イーゼルは立ち止まって簡易的に描かれた地図を広げると、アルシアも横から覗き込む。
「よし、目的地はこの辺かな?」
中央都市から西へ。
山の麓にある村を通り過ぎ、さらに西に向かった地点をイーゼルは指さした。
「そのようですね」
「よし、じゃあ本格的に探索する前に、依頼内容をおさらいするね」
「はい」
「標的はこの山に住む山犬の群れ。数は二十匹ぐらい。山奥の洞窟を住処にしてるらしいんだけど……」
「最近は村の近くを徘徊しているようですね」
「うん。だから村から洞窟に向かって森の中を探索する作戦でどうかな?」
「悪くないと思います。手分けしますか?」
「ん~、効率考えるとその方がいいけど、初めて来るところだし、一旦は一緒に探索したいかな」
「了解です」
「とりあえず道なりに進んでみようか」
アルシアは静かに頷いてみせると、一息入れて気を引き締め治す。
流石にここからは臨戦体制で備える必要がある。
集中力を上げることで既に眠気は消えている。
少し前を歩くイーゼルの後を追い、二人は森の探索を始めた。
しばらく探索を進めたところで、アルシアは不意にあるものに目が留まった。
イーゼルが腰から下げている大振りブレード。
そういえばエルフという種族は、魔法に長ける種族だと聞くが、イーゼルの戦闘スタイルは完全近接型。
エルフのイメージとは随分と違っていた。
さらに大振りのブレードは、女性が振るには少々不釣り合いに感じる。
人には得手不得手があるとはいえ、かなり尖った戦い方というのがアルシアの印象だった。
「イーゼルさんって、剣は誰かに習ったのですか?」
「ううん、独学だよ。エルフでこんな剣使う人、なかなか居ないからね」
「そうなんですか」
「うん。あぁでも、戦闘の基礎はちゃんと先生に教えてもらったよ。……なんか気になった?」
「その……、イーゼルさんみたいに小柄な人だと、本来は軽い武器での手数を生かした戦闘とかも合いそうですけど、あえて火力特化を選んだのには、何か理由があるのかと思って、少し気になったんです」
「うーん。理由かぁ……。一応最初は短槍とか習ったけど、手数の多い戦闘は考えることも多くて、あんまり器用じゃない私には向いてなかったからかな」
「でも、器用じゃないって言う割には、戦闘中に魔法挟んだり、いろいろ工夫してますよね」
「よく見てるね。そこは結構頑張ったポイントでもある!」
ふふんっと機嫌がよさそうに鼻を鳴らしたイーゼルは、ブレードの柄に少し手を触れながら続きを語った。
「火力特化になると、隙ができやすいでしょ」
「動きが大きくなりますからね」
「そう。だから、最初は小型の敵相手に結構苦戦したんだよね」
「その対策が魔法ですか?」
「うん。でも、私が剣を振るときに使う魔法はあくまで牽制用。当てようとするとコントロールに意識割いちゃうから、敵を動かすために使うようにしてるの」
「あえて当てない魔法ですか……」
「あとは隙が大きくなり過ぎないように、両手剣ではなくて、片手で振れるギリギリの重さくらいで武器の調整をしたりして、火力を出しつつスピードも殺さない今のスタイルになったんだよ」
イーゼルはどこか誇らしげだ。
自分の特性をよく考えて、試行錯誤を繰り返した戦闘スタイルに、一定の自信があるようだ。
アルシアもイーゼルの解説を聞いて、戦闘スタイル一つにしても、歴史があるものだなと感心していた。
「アルシアくんは? 魔法、誰かに教わったの?」
「僕ですか? そうですね……、僕も基礎は先生がいます。ですが、僕は火属性にしか適性がなくて、属性を専門で教われる人は居なかったので、その先は独学で勉強しましたね」
「そうなんだ! 魔法の独学って、やっぱ魔導書読み漁ったりとか……?」
「基本はそうですね。その上で、自分で魔法陣を組み替えたり、魔法の強化を試みたりしますね」
「自分でオリジナルの魔法とか作っちゃうの?」
「試したことはありますけど……、まぁ上手くいくことはなかなか無いですね。コストと威力が伴わない事が多くて」
「流石に一から新しい魔法作るのは、そう簡単にはいかないか……」
「ですね。勉強してると、先人が作った汎用魔法が、いかにすごいかがよくわかります」
「なるほどね……」
イーゼルの足が止まる。
接敵したのかと思い、アルシアは周辺に注意を向けるが、敵の気配は感じない。
「どうしました?」
「なんか……、森の雰囲気が変わった」
「雰囲気……?」
アルシアは再び周辺を見渡す。
しかし、森の様子はここに入ってきた時と変わらず、辺りは少し木漏れ日が差す程度の深い森が広がっている。
「特に……変化を感じないんですけど……」
「鳥が鳴いてない。あと小動物も隠れてるかも。さっきまで居たのに……」
言われてみれば確かに、先程より森が静まり返っているように感じる。
耳に入ってくるのは風が木を揺らす音だけ。
念のため杖を握りなおし、すぐに詠唱出来る様に魔力を高める。
すると今度はアルシアも、遠巻きになにかの気配を察知する。
「イーゼルさん」
「うん、来るよ」
イーゼルが抜刀して構える。
気配がこちらへまっすぐ向かって来るのがわかる。
数はそこまで多く無さそうだ。
カサカサ……
「ガゥ……グルァァアァ!」
草陰から飛び出してきたのは五匹の獣。
依頼にあった山犬だろうか。
前を走る二匹がイーゼルに飛びかかる。
「はぁっ!」
イーゼルの剣閃は二匹の腹部を同時に切り裂く。
さらに空いた右手を後続に向けて構える。
「一匹は止める! 後続は任せるよ!」
「はい!」
「氷結の杭《コールドスパイク》!」
イーゼルが放った氷の杭が、後続の三匹のうち、右端の一匹の目の前に着弾する。
ひるんだ右端の個体の方にイーゼルは飛び退き、再び斬撃を繰り出す。
そして、残りの二匹は真っ直ぐこちらに向かって来る。
「ガルウゥゥァァ!」
アルシアは静かに杖を前に向ける。
「火球《ファイアボルト》」
背後に展開した二つの炎の弾が、二匹の山犬の体を捕らえる。
着弾すると同時に二匹は吹き飛び、その体を焦がしながら床に転がった。
「だいぶ動き合わせるの良くなってきたね」
「昨日の中央都市に向かう時の戦闘の中で、だいぶ掴めたような気はします」
「そうだね。さらに後続は……なさそうかな?」
山犬が飛び出してきた方向に意識を向けるが、次の気配は感じない。
「大丈夫そうですね」
「うん。それにしても、群れでもっと固まってるかと思ったけど、意外とバラけてるのかな?」
「それだと全て探し当てるには、手分けしないと時間がかかりそうですね」
「そうね……」
アルシアはそう言いながら、先程自分が倒した山犬の死体を眺める。
なんとなく向けた視線だったが、とある違和感を感じる。
「うん……? これは……」
その場に屈んでよく確かめる。
アルシアの方に向かってきた山犬は、イーゼルを素通りして無傷だったはずだが、その体にさっきの魔法で焦げた部分以外に、小さな切り傷がいくつも付いている。
「どうしたの?」
イーゼルは剣を鞘に戻しながら、こちらに近づいて来る。
「いえ、特にどうということは無いのですが……。この山犬達、どうやら手負いだったみたいですね」
「手負い?」
「はい。覚えのない切り傷がたくさんついてます」
イーゼルも自分が倒した個体を確認する。
「本当だ……、この傷は短剣とかかな。手負いってことは……」
「何かに追われて、逃げてきてる可能性がありますね」
「だよね」
「来た方向……、見に行った方が良さそうですね」
「そうだね。行ってみようか」
アルシアは静かに頷いた。
二人はさらに森の奥へと踏み込んでいった。
☆
???某所にて
暗がりの部屋。
もう数百回と繰り返した覚醒を一瞬で悟る。
昔は《未来視》の力なんて、ただ生きることをつまらなくするだけだと思っていた。
意外性のない未来ほど、やる気の削がれるものはない。
その上、この力は虚弱体質のイリスには荷が重かった。
体は日々掛かる負荷に悲鳴を上げていた。
「ふふ……、うふふ……」
イリスの細い喉から、堪えきれない笑いがこぼれる。
そうやって続いた無気力な日々も、目的が出来てからは、何一つ苦痛に感じることはなくなっていた。
それどころか、覚醒を悟るたびに心が躍る。
「いよいよだわ……」
イリスは両腕に広がる光る幾何学模様を眺める。
時計塔。
大昔、過去に戻ることを夢見た魔法使いによって作られたアーティファクト。
けれど、その願いを叶えることは出来なかった。
世界の根幹を揺るがす時列逆走は、たった一人を過去に送るのに、数十万人分の命を浪費する必要があった。
だが、それは人を送るならの話。
「魔力回路だけを送るなら話は変わる……」
体の魔力回路だけを送るなら、消費するリソースも最小限に抑えられる。
さらに、送り先も過去ではなく、無数に存在する並行世界へ。
あるかもしれないIFの世界への上書きにした。
「私の《未来視》なら、例え本体を送れなくても、やるべきことは悟ることができる」
そうして多重に魔力回路を重ねることで、イリスは着々と準備を進めていた。
「誰にも……誰にも譲ってあげないわ。さぁ、イーゼル? 今回は運命を変えられるといいわね……?」




