一章:幕間2『吸血鬼と歯磨き』
幕間:月灯亭 自室にて
シャカシャカシャカ……
イーゼルは寝る支度をしながら、音のする方向に目を向けた。
シャカシャカシャカ……
「ねぇ、アルシアくん」
「ん?」
イーゼルが声を掛けると音も止まる。
「アルシアくんって、すごく時間かけて歯磨きするけど、なにか理由あるの?」
「あぁ……」
「あんまり磨きすぎるのも良くないよ? 歯茎とかが傷ついちゃうし」
かれこれ十分くらいは磨いている。
「虫歯になりたくないので……でも確かに一理ありますね」
アルシアはそのまま口を濯ぐと、洗面台を離れて部屋に戻ってきた。
「そんなに心配なの? 普段甘い物も食べないし、お茶に砂糖も入れないのに……」
「ん~」
アルシアは少し悩む素振りをしながら、窓際の椅子に座ると、仕方なさそうに話し始めた。
それをみて、イーゼルも近くのソファーに腰掛ける。
「これは種族上の特性の話になるんですが……、吸血鬼って血を飲むじゃないですか」
「うん。そう聞くね」
「あれって血を飲む事で、吸血鬼としての力をを付けるんですけど……」
「そういえば、アルシアくんは飲まなくても平気なの?」
「結論から言うと僕は平気です。ただ、大半の吸血鬼は吸血衝動に駆られるそうです。僕は……たぶんハーフだから平気なんだと思います。ただ……」
「ただ?」
「長く血を飲まないでいると、無性に甘い物食べたくなるんですよね……」
「そう……なんだ?」
イーゼルは一瞬思考が止まる。
「甘党になるってこと?」
「そうです」
「そうなると……どうなるの?」
「まぁ……みんな虫歯になりますよね。甘い焼き菓子もたくさん食べるし、お茶に山のように砂糖入れるし、なんなら砂糖のまま食べる人もいるので……、でもそのくらいには食べたくなります」
「なるほど……」
「後は吸血してないせいで、歯も本来の牙のようには硬くならないので、余計にもろくなりやすいんですよ」
「だから気をつけてたのね」
「そういう事です」
種族によっていろいろあるものだな~と関心しながらも、イーゼルの中でとある疑問が浮かんできた。
「ねぇ、聞いていいか分からないけどさ……」
「なんでしょうか?」
「今聞いた話だと、血を飲んだ方が強くなるし、吸血衝動も気にしなくていいって……、いい事しかなさそうだけど、アルシアくんがあえて飲まないのはどうして?」
「あぁ、それは……」
アルシアは少しバツの悪そうな顔をした。
イーゼルは触れない方がいいのかと思い、慌てて話題を変えようとしたが、その前にアルシアが話し始めた。
「僕、人間になりたいんですよね」
「人間に……?」
「まぁ、実際には不可能なんですけど。」
アルシアは窓のほうに視線を向けた。
暗いガラスに、少し寂しそうな表情が反射する。
「確かにイーゼルさんの言う通りです。血を飲めば今よりずっと強くなるし、たぶん子供っぽい体でもなくなります」
「ふむ」
確かにアルシアは男性にしては小柄で、成人というよりは、少年のような体つきををしている。
身長もイーゼルより低い。
「血を飲まなかったから、成長期の途中くらいで止まっているんです。でも…それでも……」
イーゼルは静かに聞き入っていた。
「身の丈に合わない力は、使わないって決めたんです」
「そっか……」
「中途半端に吸血鬼になるぐらいなら、自分の力だけで生きてみたい……って感じですかね。聞こえを良くするなら」
「いいじゃん。その考え方」
「そう……ですかね」
「自分らしく生きてる人はかっこいいよ。吸血鬼としての力が無くても大丈夫なように、君は旅しながら魔法使いとしての腕を磨いてるわけだし……」
「ふふっ……」
「……!?」
「貴方がそういう人で良かったです。さて、ちょっと話すぎましたかね」
アルシアは静かに席を立った。
「僕は先に寝ますね」
「あぁ……いろいろ聞かせてくれてありがと! ゆっくり休んでね、おやすみ!」
「はい。おやすみなさい」
アルシアは足早に寝室の方に向かっていった。
姿が消えるまでソファーから見送ったイーゼルは、少しぼんやりと思考の整理をする。
「さっき……、笑ってた……よね?」
自分でも発したか分からないぐらいの大きさで、独り言を呟く。
今まで苦笑いくらいはされたことがあったが、普通に笑っているのを見たのは初めてだった気がする。
(嬉しかったのかな……)
普段は割と堅苦しい態度だけど、本当は素直に感情が出るタイプなのかもしれないと、ひとしきり考えた後、イーゼルもソファーから立ち上がった。
「ま、私も虫歯、気をつけようかな」
イーゼルは寝支度の続きをすることにした。
☆ ☆ ☆
〇ここまでの登場人物まとめ
☆イーゼル・クロイツェル
エルフの少女、深紅の瞳と腰まである金色の長髪。
とある力について調べるため、旅しており中央都市を目指す。
装備は軽装で大振りの片手ブレードを主武器に扱う。
魔法は苦手だが、簡単な氷魔法が使える。
物に宿る過去を《見る》特殊な力が使える。
☆アルシア
人間と吸血鬼のハーフの少年、褐色の目とサイドポニーの茶髪。
自分らしく生きるため放浪する最中、謎の縁でイーゼルと行動を共にする。
装備は赤いクリスタルを埋め込んだ金色の杖を扱う炎魔法に秀でたエキスパート。
ハーフである為、本来は吸血鬼が苦手とする物(日光など)の大半は平気。
だが、銀製の武器での攻撃は自力で回復できない。
☆ファーラ
イーゼル達が泊まる《月灯亭》の女主人。
人間の女性で、鮮やかな赤色の長髪。
明るく街の人からも信頼の厚い人物。
ちなみに旦那さんは外海の大陸出身で、現在は帰省中。
☆リラ
赤髪の人間の女の子。ファーラの娘。
《月灯亭》でよくお客さんと遊んでいる。
ファーラに似て明るい性格。
たまに不思議な発言をするが、全て父親の影響らしい。
☆イリス・クロイツェル
イーゼルの双子の姉で瓜二つの顔つき、翡翠色の瞳と肩までの金髪。
《未来視》の力を持つが、生まれつき虚弱体質で体への負荷が大きく、これまで自力で外出することもままならなかった。
○ここまでに登場した専門用語
☆古代魔法
失われた古代の魔法。
その多くは、奇跡に近い効果を持つと言われている。
また、魔力以外の力で発動する物も存在する。
☆古代魔術遺物
昔の技術で作られた遺物。
時計塔のように大きな建造物から、手のひらサイズの小物までその種類は様々。
☆魔力欠乏
魔力の使いすぎによって起こる症状。
一時的に体の感覚が鈍くなったりする。
重度になると命に関わる場合もある。
対処法としては、魔力に余裕のある人から融通してもらうことで症状が改善する事がある。
お互いが同じ属性の魔力を扱えない場合は非推奨。
基本的には時間経過の回復を待つのが有効的。
☆機甲人形
魔力で作られた攻撃型の機械人形。
よく似たものとして、ホムンクルスやゴーレムが挙げられるが、こちらは魔法生物として扱われる。
あくまでオートマタは兵器の位置付け。
○おまけ《アルシアの体質について》
アルシアは吸血鬼と人間のハーフのため、特殊な体質を持っている。
吸血鬼としての能力は、異常な身体能力と自動回復能力が
顕著に現れている。
また、本来吸血鬼が苦手とする日光などは平気。
(本人曰く不快には感じるらしい。)
唯一銀製の物を苦手としており、触れると触れた箇所が焼けるらしい。
また、銀製の武器で受けた傷には自動回復も発動しなくなる。
昔から銀は聖なる金属と呼ばれていて、魔を祓う物に使われてきた。




