一章:第四話
☆
遠くの方で、大太鼓を叩くような体に響く音が聞こえる。
今日は時空祭当日。
もうじき時空祭の式典が始まるのかもしれない。
時空祭は、時計塔の完成を街を上げて、盛大に祝うお祭りだそうだ。
時計塔の完成に携わった魔法使いたちを、労う意味もあるらしい。
そんなことを思い出しながら、アルシアは再びベッドの上でうとうとする。
「…………ん?」
アルシアは目を開けた。
違和感があった。
ベッドの上で転がったまま、しばらくその正体を探る。
外が騒がしい。
いや、騒がしいのは当たり前なのだが、いつもの賑やかな感じとは少し違う。
アルシアは飛び起きて急いで寝室を出ると、部屋の窓を開け放った。
「魔物だ! 魔物の群れが西門に迫ってるぞ!」
「もう街まで入ってきてる! 衛兵は何をしてるんだ!」
「北からも魔物が……!」
「どうなってるんだぁ!」
「早くこっちに逃げるんだ!」
悲鳴と怒声が飛び交う。
襲撃だ。よりによって祭りの当日に。
まだこちらには魔物は到達していないようだが、目の前の大通りは多くの人が、逃げる場所を探して彷徨っていた。
「……っ」
アルシアはその場を離れて、急いで支度をする。
愛用の杖を握り、部屋を出ようとした時、椅子に立て掛けたままの剣が目に入る。
イーゼルのブレードだ。
昨日の話だとリラといるはずだが、観光だからと武装無しで出掛けたらしい。
アルシアは剣を手に取って、鞘のベルトを肩に掛けると、そのまま部屋を飛び出した。
階段を駆け降りて一階につくと、ファーラが外から避難してきた人や、怪我を負った人を店の奥へと誘導していた。
「ファーラさん」
「あぁ、アルシア君。今呼びに行こうと思っていたの。街中に魔物が出たみたいで」
「イーゼルさんとリラは……?」
「まだ戻っていないわ」
「僕が探しに行ってきます」
「そうしてくれると助かるわ。衛兵も居るから、大事にはならないはずだけど……。アルシア君の腕が立つのは知ってるけど、くれぐれも気をつけてね」
「はい。まかせてください」
アルシアは静かに頷くと、足早に店から出て走り出した。
今いる南側エリアにはまだ被害は無さそうだが、北方面には何箇所か煙が上がっている。
(一旦大広場に出るか……)
祭りの催しを見に行っていたら、大広場付近にいる可能性が高い。
ダメなら露店の多い道沿いを、一つずつ潰していけばいい。
アルシアは逃げる人たちをかわしながら、大通りを北上して行った。
大広場に設置されたステージが徐々に大きくなっていく。
開けた場所に差し掛かった時、ステージの脇で悲鳴が上がった。
「うわぁぁ!」
「く、来るなぁ!」
「あぁ……かみさま……!」
足を挫いて動けなくなったのか、逃げ遅れた人の姿が目に入る。
そして奥からは……
「グルルゥ……ウゥ……」
カタッ…カタカタ……
唸り声の主は燃える牙と赤い眼の狂犬。
独特のカタカタと鳴る音を立てるのは動く骸骨。
(ヘルハウンドとスケルトン……、数はざっと十体ぐらいか)
魔物は統率が取れているのか、ヘルハウンドが獲物を取り囲み、後ろからスケルトンが槍や剣を構えてた。
アルシアは状況を把握しながら、杖の魔石で炎の力を高めていく。
「そこの方、伏せてください!」
逃げ遅れた人達は恐怖で動けなくなっていたが、アルシアの声にはっとして、頭を抱えて床に伏せた。
杖で小さく円を描くように上に振り上げ、真っ赤な魔法陣を展開する。
「華炎散弾《スカーレットレイン》」
大量の火の玉が周囲に出現する。
杖を真っ直ぐに振り下ろすと、火の玉は魔物の頭上から雨のように降り注ぐ。
「グルギャァ!!」
守りの薄いヘルハウンドはあっという間に壊滅し、槍持ちのスケルトンもカラカラと音を立てながら崩れていく。
「残ったな……」
しかし、剣を持っていたスケルトンには盾持ちも複数いて、防御が間に合った個体は生き残っていた。
すぐに次弾を構える。
「火球《ファイアボルト》!」
さっきの魔法より一発を大きくする。
しかしファイアボルトの安直な軌道に、残ったスケルトンは再び防御を固める。
だがそれも予想の範疇。
アルシアは空いた左手を前に掲げて、打ち出された炎の塊を直接誘導する。
「これで終わりです」
盾を迂回するように動いた炎は、そのままスケルトンの横っ腹をついて、残った個体をまとめて焼き払った。
「ふぅ……」
ミスなく戦闘を終え一息つくと、先程逃げ遅れた人達が声をかけてきた。
「あぁ……あんたのおかげで助かったよ……!」
「旅人さんかい? 腕が立つんだねぇ」
「君の魔法すごかったよ! ありがとう!」
「あっ……いえ、あの、それより人を探しているのですが……っ!」
アルシアは助けた人達に、イーゼルとリラについて尋ねようとした時、物陰から幼い女の子の声が聞こえた。
「ぐすっ……、おにいちゃん……!」
後ろからパタパタと足音がして、アルシアが振り返ると同時に足元に衝撃を感じる。
鮮やかな赤髪の女の子がしがみ付いていた。
「リラ……、無事だったんですね」
「うん……! でも……、ぐすっ」
一生懸命鼻をすするリラの頭を優しく撫でる。
しかし、一緒にいるはずのイーゼルの姿が見当たらなかった。
「イーゼルさんはどうしたのですか? 一緒にいたのでは……」
「おねえちゃん……、いかないとって……」
「行かないと? ……どこにですか?」
リラは問い掛けに静かに指差した。
差した先に目線を向けると、そこには時計塔がたたずんでいた。
「時計塔……ですか」
「うん。リラはさきにもどってって。でもひとがいっぱいで、うごけなくて……うぅ……」
「泣かないでください。もう大丈夫だから」
どうやらリラは、イーゼルに月灯亭に戻るように言われたが、人の波に飲まれて動けなくなったらしい。
そして別れたイーゼルは時計塔に向かったと。
涙を流すリラをなだめていると、先程助けた人達が再び声を掛けてきた。
「その子たしか、月灯亭のファーラさんとこの子だよね?」
「はい。そうですけど……、もしかしてお知り合いですか?」
「あぁ、ファーラさんにはいつもお世話になってるからねぇ」
「そうですか……」
アルシアは少し考えを巡らせた。
一旦月灯亭に戻ることも考えたが、各地で戦闘も始まっている中、武装もせずに時計塔に向かったイーゼルを放ってほくわけにも行かない。
「あの……彼女のこと、月灯亭まで送ってもらえませんか?」
「それは構わないけど……、君はどうするんだい?」
「僕はまだ友人を探さないといけないので」
アルシアはリラの方を向いた。
「僕はイーゼルさんを探してきます。ファーラさんにそう伝えてもらえますか?」
「うん……、わかった」
「お願いします」
「おにいちゃん……かえってきてね?」
「はい。必ず戻ります」
アルシアは助けた人達にリラを預けて、再び北を目指した。
街の北部はすでに大半の人が逃げたらしく、道に人の姿はない。
その代わりに先程のヘルハウンドや、スケルトン、ゴブリンといった魔物が徘徊している。
散発的に戦闘が起きているようだが……
(衛兵はどうしたんだ……? あれだけ街の守りを固めていたはずなのに、魔物が街中まで入り込みすぎている。)
頭の隅で違和感を感じながらも、目の前を徘徊する敵は排除して前に進む。
(一点突破で門を突破されたにしても、後の対応が遅すぎる。援軍が来る気配がまるでない)
アルシアは杖を握り直してさらに詠唱する。
「火球《ファイアボルト》」
詠唱に合わせて三つの火の玉が出現する。
一発は前方へ。
スケルトンをまとめて射抜いていく。
続いて振り向きながら後ろへ二発。
路地から飛び出してきたヘルハウンドを射抜く。
「はぁ……」
アルシアは流れる汗を手で拭った。
走りながらの戦闘は中央都市に向かう時以来か、しかしその時よりも遥かに敵の数が多い。
じわじわと魔力の消耗を感じる。
「前衛無しでの走りながらの戦闘は、流石に堪えるみたいですね……」
一息つく間もなく、周辺では魔物の気配が近づく。
立ち止まっている暇はない。
まだ北の大通りの真ん中ほど、時計塔までは距離がある。
アルシアは気を引き締めて、再び炎の力を高める。
だが、走り出そうとしたその刹那……
「……?」
急に初夏に似つかわしくない、ひんやりとした空気が肌に触れた。
アルシアの足は自然と止まる。
「冷気? ……いや、ただの冷気じゃないな。濃い魔力を感じる……」
魔力で作られた冷気。
どうやら時計塔の方から流れ出しているらしい。
(急がないとまずいかもしれない……)
冷気のおかげで、心なしか魔物の動きも鈍くなっている。
アルシアは今しかないともう一度走り出そうとしたが、すぐに再び足を止めた。
目指すべき時計塔が白く霞み、なにかが膨れ上がってこちらに迫ってくる。
「なっ……!」
先程よりも急激に辺りの気温が下がる。
強烈な冷気が吹き荒れ、あたりは瞬く間に真っ白に包まれた。
☆
凍りついて真っ白になった石畳。
自分の膝が触れている部分から、どんどんと体温が流れ出ているように感じる。
吐く息が白い。
吸い込む空気は凍るように冷たく、肺まで突き刺さる。
イーゼルの右手は見るに耐えない状態で、腕から氷柱のような氷がいくつも突き出していた。
遡ること少し前。
中央都市の大広場では、時空祭の式典が始まろうとしていた時だった。
街の北部から魔物に追われた人達が逃げてきて、大広場はあっという間に大騒ぎになった。
その光景を見たイーゼルは、数日前の時計塔での出来事を思い出していた。
「おねえちゃん……?」
「あっ……ごめん、リラちゃん! あのね、私時計塔に行かないといけないから、先に月灯亭に戻れるかな?」
「うん、かえれる!」
「ほんと? じゃあ……、私行ってくるね」
「きをつけてね?」
「うん! すぐ戻るから!」
イーゼルはすぐに時計塔へ向かった。
北の大通りは逃げる人で溢れかえっている。
脇道に入って人を避けつつ、時計塔前の少し開けた場所に着く。
しかし、すでに時計塔周辺は魔物が徘徊していた。
(あのくらいなら倒していけそう)
見たところ、徘徊しているのはゴブリンやスケルトンといった、魔物中でも弱い部類にはいるもの。
数もまばら、囲まれない様にだけ気をつければ、安全に切り抜けられるはず。
イーゼルはいつものように腰に手を回した。
だがそこに求めるものはなく、手は空を切る。
(あっ……そうか。ブレード置いてきたんだった)
武器が無いとなると話は変わってくる。
しかし取りに戻るにしても、月灯亭は時計塔とは真反対の方角。
時は一刻を争うかもしれない。
(偵察だけなら大丈夫かな……)
イーゼルは正面から入るのを諦め、脇の庭園から入り、身を隠しながら時計塔の入り口を目指すことにした。
意外にも庭園の中に魔物は潜んでおらず、時計塔の入り口付近までは容易に入り込むことに成功したイーゼルは、以前時計塔を訪れた時に休憩した、ベンチのある場所で足を止めた。
時計塔の入り口前には、数体のスケルトンが徘徊していた。
草陰から隙を窺うように、魔物たちの動きを観察する。
(北門ってそんなに手薄だったのかしら。こんなに魔物の侵入を許すなんて……)
そういえば、ここに来るまで衛兵の姿も見なかった。
魔法や武術の心得がある人が、散発的に戦っているという感じで、魔物が攻めてきているにしては、街を守る動きに違和感があった。
(さて……、ん?)
イーゼルは次の行動を考えようとしていたが、ふと庭園の石畳に見慣れない模様がある事に気づいた。
それも三つ、円形に魔法文字が書かれている。
そこまで認識したところで、イーゼルはその場を飛び退いた。
(設置型トラップ……!?)
しかし反応が遅かったのか、魔法文字は鈍く輝き始めた。
赤黒い光はやがて真っ黒な影を呼び始める。
「召喚用の魔法陣……、ちょっとまずいかも……」
イーゼルはゆっくりと後退しようとしたが、さらに後方にも同じ魔法陣が出現する。
「先読みされてる……!」
魔法陣が呼んだ黒い影は、大量の狂化した獣に姿を変える。
「グルルゥ……」
「ガウアゥ……」
召喚された数は十匹を超える。
普段なら大したことない相手だが、今日は愛用のブレードが手元にない。
しかし、獣はお構いなしに飛びかかってくる。
「グルァァァッ!」
「氷結の杭《コールドスパイク》!」
先陣を切ってきた二匹に、氷の杭が突き刺さりまとめて床に転がる。
「でも……」
魔法の扱いが苦手なイーゼルは、アルシアの様に魔法を次々展開したり、複数を同時に発動したりはできない。
単発の魔法だけで獣の群れと戦うには、移動しながら引き撃ちで一匹か二匹ずつ対処するしかない。
イーゼルは小さく震える足に鞭を打って、庭園の草むらを無理やり抜けて時計塔の前にでた。
しかし、入り口の前にはまたしても、赤黒い光を放つ魔法陣が出現した。
次は狂化したスケルトン。
骸骨の頭に瘴気の結晶が突き刺さっている。
(大丈夫、数が増えてもやることは変わらない。背後を取られない様に動き続けながら、引き撃ちで倒していけばいいだけ……!)
必死に自分を宥めようとするが、焦りのせいで魔法がすぐに霧散してしまう。
(落ち着いて……お願い……っ!)
完全に足が止まっているのにも気づかず、魔物との距離はどんどん詰まっていく。
焦りはだんだんと恐怖に置き換わって、イーゼルの思考は完全に止まり始めていた。
「あぁ……」
やっぱり引き返すべきだった。
いやその前、リラと一緒に戻って、アルシアと合流するべきだった。
(なんで焦っちゃったんだろ……ごめんね……)
そうしている間にも間合いは詰まる。
イーゼルは涙で滲んだ視界を、ただぼんやりと見ているだけだった。
だがその時、不意に昔の記憶がよぎった。
ずっと昔、故郷で魔法の勉強をしていた頃の記憶。
エルフは魔法に長ける種族。
故に、故郷の国では魔法が義務教育だった。
(氷魔法しか適性がなかった上に、初級魔法以外は扱えなくて、早々に勉強するのやめちゃったんだよね……)
それでもいろいろ試しはしていた。
氷魔法しか使えないなら、属性を絞って魔法の勉強をしたり、初級魔法の複数詠唱の練習をしてみたり。
だがどれも望んだ結果は得られなかった。
(そういえば、魔導書に載ってた一番強い氷魔法の呪文、一生懸命暗記したりもしたな……)
イーゼルは掠れそうな小さな声で、昔の記憶をたどりながら呪文を唱える。
胸の前で祈るように指を組む。
(一度も成功しなかったけど……)
急速に辺りの気温が下がっていく。
ギリギリまで詰め寄っていた魔物も、突然の出来事にひるんでいるのか動きが止まっている。
一気に魔力の密度が高まる。
「奇跡を起こして……! 氷結地獄《コールドゲヘナ》!!」




