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月光の時計塔  作者: 麦野れいん
一章『中央都市リーベリア編』
10/16

一章:第四話

☆



  遠くの方で、大太鼓を叩くような体に響く音が聞こえる。

 今日は時空祭当日。

 もうじき時空祭の式典が始まるのかもしれない。

 時空祭は、時計塔の完成を街を上げて、盛大に祝うお祭りだそうだ。

 時計塔の完成に携わった魔法使いたちを、労う意味もあるらしい。

 そんなことを思い出しながら、アルシアは再びベッドの上でうとうとする。


「…………ん?」


 アルシアは目を開けた。

 違和感があった。

 ベッドの上で転がったまま、しばらくその正体を探る。

 外が騒がしい。

 いや、騒がしいのは当たり前なのだが、いつもの賑やかな感じとは少し違う。

 アルシアは飛び起きて急いで寝室を出ると、部屋の窓を開け放った。


「魔物だ! 魔物の群れが西門に迫ってるぞ!」

「もう街まで入ってきてる! 衛兵は何をしてるんだ!」

「北からも魔物が……!」

「どうなってるんだぁ!」

「早くこっちに逃げるんだ!」


 悲鳴と怒声が飛び交う。

 襲撃だ。よりによって祭りの当日に。

 まだこちらには魔物は到達していないようだが、目の前の大通りは多くの人が、逃げる場所を探して彷徨っていた。


「……っ」


 アルシアはその場を離れて、急いで支度をする。

 愛用の杖を握り、部屋を出ようとした時、椅子に立て掛けたままの剣が目に入る。

 イーゼルのブレードだ。

 昨日の話だとリラといるはずだが、観光だからと武装無しで出掛けたらしい。

 アルシアは剣を手に取って、鞘のベルトを肩に掛けると、そのまま部屋を飛び出した。

 階段を駆け降りて一階につくと、ファーラが外から避難してきた人や、怪我を負った人を店の奥へと誘導していた。


「ファーラさん」

「あぁ、アルシア君。今呼びに行こうと思っていたの。街中に魔物が出たみたいで」

「イーゼルさんとリラは……?」

「まだ戻っていないわ」

「僕が探しに行ってきます」

「そうしてくれると助かるわ。衛兵も居るから、大事にはならないはずだけど……。アルシア君の腕が立つのは知ってるけど、くれぐれも気をつけてね」

「はい。まかせてください」


 アルシアは静かに頷くと、足早に店から出て走り出した。


 今いる南側エリアにはまだ被害は無さそうだが、北方面には何箇所か煙が上がっている。


(一旦大広場に出るか……)


 祭りの催しを見に行っていたら、大広場付近にいる可能性が高い。

 ダメなら露店の多い道沿いを、一つずつ潰していけばいい。

 アルシアは逃げる人たちをかわしながら、大通りを北上して行った。

 大広場に設置されたステージが徐々に大きくなっていく。

 開けた場所に差し掛かった時、ステージの脇で悲鳴が上がった。


「うわぁぁ!」

「く、来るなぁ!」

「あぁ……かみさま……!」


 足を挫いて動けなくなったのか、逃げ遅れた人の姿が目に入る。

 そして奥からは……


「グルルゥ……ウゥ……」


 カタッ…カタカタ……


 唸り声の主は燃える牙と赤い眼の狂犬。

 独特のカタカタと鳴る音を立てるのは動く骸骨。


(ヘルハウンドとスケルトン……、数はざっと十体ぐらいか)


 魔物は統率が取れているのか、ヘルハウンドが獲物を取り囲み、後ろからスケルトンが槍や剣を構えてた。

 アルシアは状況を把握しながら、杖の魔石で炎の力を高めていく。


「そこの方、伏せてください!」


 逃げ遅れた人達は恐怖で動けなくなっていたが、アルシアの声にはっとして、頭を抱えて床に伏せた。

 杖で小さく円を描くように上に振り上げ、真っ赤な魔法陣を展開する。


「華炎散弾( )《スカーレットレイン》」


 大量の火の玉が周囲に出現する。

 杖を真っ直ぐに振り下ろすと、火の玉は魔物の頭上から雨のように降り注ぐ。


「グルギャァ!!」


 守りの薄いヘルハウンドはあっという間に壊滅し、槍持ちのスケルトンもカラカラと音を立てながら崩れていく。


「残ったな……」


 しかし、剣を持っていたスケルトンには盾持ちも複数いて、防御が間に合った個体は生き残っていた。

 すぐに次弾を構える。


「火球( )《ファイアボルト》!」


 さっきの魔法より一発を大きくする。

 しかしファイアボルトの安直な軌道に、残ったスケルトンは再び防御を固める。

 だがそれも予想の範疇。

 アルシアは空いた左手を前に掲げて、打ち出された炎の塊を直接誘導する。


「これで終わりです」


 盾を迂回するように動いた炎は、そのままスケルトンの横っ腹をついて、残った個体をまとめて焼き払った。


「ふぅ……」


 ミスなく戦闘を終え一息つくと、先程逃げ遅れた人達が声をかけてきた。


「あぁ……あんたのおかげで助かったよ……!」

「旅人さんかい? 腕が立つんだねぇ」

「君の魔法すごかったよ! ありがとう!」

「あっ……いえ、あの、それより人を探しているのですが……っ!」


 アルシアは助けた人達に、イーゼルとリラについて尋ねようとした時、物陰から幼い女の子の声が聞こえた。


「ぐすっ……、おにいちゃん……!」


 後ろからパタパタと足音がして、アルシアが振り返ると同時に足元に衝撃を感じる。

 鮮やかな赤髪の女の子がしがみ付いていた。


「リラ……、無事だったんですね」

「うん……! でも……、ぐすっ」


 一生懸命鼻をすするリラの頭を優しく撫でる。

 しかし、一緒にいるはずのイーゼルの姿が見当たらなかった。


「イーゼルさんはどうしたのですか? 一緒にいたのでは……」

「おねえちゃん……、いかないとって……」

「行かないと? ……どこにですか?」


 リラは問い掛けに静かに指差した。

 差した先に目線を向けると、そこには時計塔がたたずんでいた。


「時計塔……ですか」

「うん。リラはさきにもどってって。でもひとがいっぱいで、うごけなくて……うぅ……」

「泣かないでください。もう大丈夫だから」


 どうやらリラは、イーゼルに月灯亭に戻るように言われたが、人の波に飲まれて動けなくなったらしい。

 そして別れたイーゼルは時計塔に向かったと。

 涙を流すリラをなだめていると、先程助けた人達が再び声を掛けてきた。


「その子たしか、月灯亭のファーラさんとこの子だよね?」

「はい。そうですけど……、もしかしてお知り合いですか?」

「あぁ、ファーラさんにはいつもお世話になってるからねぇ」

「そうですか……」

 

 アルシアは少し考えを巡らせた。

 一旦月灯亭に戻ることも考えたが、各地で戦闘も始まっている中、武装もせずに時計塔に向かったイーゼルを放ってほくわけにも行かない。


「あの……彼女のこと、月灯亭まで送ってもらえませんか?」

「それは構わないけど……、君はどうするんだい?」

「僕はまだ友人を探さないといけないので」


 アルシアはリラの方を向いた。


「僕はイーゼルさんを探してきます。ファーラさんにそう伝えてもらえますか?」

「うん……、わかった」

「お願いします」

「おにいちゃん……かえってきてね?」

「はい。必ず戻ります」


 アルシアは助けた人達にリラを預けて、再び北を目指した。

 街の北部はすでに大半の人が逃げたらしく、道に人の姿はない。

 その代わりに先程のヘルハウンドや、スケルトン、ゴブリンといった魔物が徘徊している。

 散発的に戦闘が起きているようだが……


(衛兵はどうしたんだ……? あれだけ街の守りを固めていたはずなのに、魔物が街中まで入り込みすぎている。)


 頭の隅で違和感を感じながらも、目の前を徘徊する敵は排除して前に進む。


(一点突破で門を突破されたにしても、後の対応が遅すぎる。援軍が来る気配がまるでない)


 アルシアは杖を握り直してさらに詠唱する。


「火球( )《ファイアボルト》」


 詠唱に合わせて三つの火の玉が出現する。

 一発は前方へ。

 スケルトンをまとめて射抜いていく。

 続いて振り向きながら後ろへ二発。

 路地から飛び出してきたヘルハウンドを射抜く。


「はぁ……」


 アルシアは流れる汗を手で拭った。

 走りながらの戦闘は中央都市に向かう時以来か、しかしその時よりも遥かに敵の数が多い。

 じわじわと魔力の消耗を感じる。


「前衛無しでの走りながらの戦闘は、流石に堪えるみたいですね……」


 一息つく間もなく、周辺では魔物の気配が近づく。

 立ち止まっている暇はない。

 まだ北の大通りの真ん中ほど、時計塔までは距離がある。

 アルシアは気を引き締めて、再び炎の力を高める。

 だが、走り出そうとしたその刹那……


「……?」


 急に初夏に似つかわしくない、ひんやりとした空気が肌に触れた。

 アルシアの足は自然と止まる。


「冷気? ……いや、ただの冷気じゃないな。濃い魔力を感じる……」


 魔力で作られた冷気。

 どうやら時計塔の方から流れ出しているらしい。


(急がないとまずいかもしれない……)


 冷気のおかげで、心なしか魔物の動きも鈍くなっている。

 アルシアは今しかないともう一度走り出そうとしたが、すぐに再び足を止めた。

 目指すべき時計塔が白く霞み、なにかが膨れ上がってこちらに迫ってくる。


「なっ……!」


 先程よりも急激に辺りの気温が下がる。

 強烈な冷気が吹き荒れ、あたりは瞬く間に真っ白に包まれた。



☆



 凍りついて真っ白になった石畳。

 自分の膝が触れている部分から、どんどんと体温が流れ出ているように感じる。

 吐く息が白い。

 吸い込む空気は凍るように冷たく、肺まで突き刺さる。

 イーゼルの右手は見るに耐えない状態で、腕から氷柱のような氷がいくつも突き出していた。



 遡ること少し前。

 中央都市の大広場では、時空祭の式典が始まろうとしていた時だった。

 街の北部から魔物に追われた人達が逃げてきて、大広場はあっという間に大騒ぎになった。

 その光景を見たイーゼルは、数日前の時計塔での出来事を思い出していた。


「おねえちゃん……?」

「あっ……ごめん、リラちゃん! あのね、私時計塔に行かないといけないから、先に月灯亭に戻れるかな?」

「うん、かえれる!」

「ほんと? じゃあ……、私行ってくるね」

「きをつけてね?」

「うん! すぐ戻るから!」


 イーゼルはすぐに時計塔へ向かった。

 北の大通りは逃げる人で溢れかえっている。

 脇道に入って人を避けつつ、時計塔前の少し開けた場所に着く。

 しかし、すでに時計塔周辺は魔物が徘徊していた。


(あのくらいなら倒していけそう)


 見たところ、徘徊しているのはゴブリンやスケルトンといった、魔物中でも弱い部類にはいるもの。

 数もまばら、囲まれない様にだけ気をつければ、安全に切り抜けられるはず。

 イーゼルはいつものように腰に手を回した。

 だがそこに求めるものはなく、手は空を切る。


(あっ……そうか。ブレード置いてきたんだった)


 武器が無いとなると話は変わってくる。

 しかし取りに戻るにしても、月灯亭は時計塔とは真反対の方角。

 時は一刻を争うかもしれない。


(偵察だけなら大丈夫かな……)


 イーゼルは正面から入るのを諦め、脇の庭園から入り、身を隠しながら時計塔の入り口を目指すことにした。

 意外にも庭園の中に魔物は潜んでおらず、時計塔の入り口付近までは容易に入り込むことに成功したイーゼルは、以前時計塔を訪れた時に休憩した、ベンチのある場所で足を止めた。

 時計塔の入り口前には、数体のスケルトンが徘徊していた。

 草陰から隙を窺うように、魔物たちの動きを観察する。


(北門ってそんなに手薄だったのかしら。こんなに魔物の侵入を許すなんて……)


 そういえば、ここに来るまで衛兵の姿も見なかった。

 魔法や武術の心得がある人が、散発的に戦っているという感じで、魔物が攻めてきているにしては、街を守る動きに違和感があった。


(さて……、ん?)


 イーゼルは次の行動を考えようとしていたが、ふと庭園の石畳に見慣れない模様がある事に気づいた。

 それも三つ、円形に魔法文字が書かれている。

 そこまで認識したところで、イーゼルはその場を飛び退いた。


(設置型トラップ……!?)


 しかし反応が遅かったのか、魔法文字は鈍く輝き始めた。

 赤黒い光はやがて真っ黒な影を呼び始める。


「召喚用の魔法陣……、ちょっとまずいかも……」


 イーゼルはゆっくりと後退しようとしたが、さらに後方にも同じ魔法陣が出現する。


「先読みされてる……!」


 魔法陣が呼んだ黒い影は、大量の狂化した獣に姿を変える。


「グルルゥ……」

「ガウアゥ……」


 召喚された数は十匹を超える。

 普段なら大したことない相手だが、今日は愛用のブレードが手元にない。

 しかし、獣はお構いなしに飛びかかってくる。


「グルァァァッ!」


「氷結の杭( )《コールドスパイク》!」


 先陣を切ってきた二匹に、氷の杭が突き刺さりまとめて床に転がる。


「でも……」


 魔法の扱いが苦手なイーゼルは、アルシアの様に魔法を次々展開したり、複数を同時に発動したりはできない。

 単発の魔法だけで獣の群れと戦うには、移動しながら引き撃ちで一匹か二匹ずつ対処するしかない。

 イーゼルは小さく震える足に鞭を打って、庭園の草むらを無理やり抜けて時計塔の前にでた。

 しかし、入り口の前にはまたしても、赤黒い光を放つ魔法陣が出現した。

 次は狂化したスケルトン。

 骸骨の頭に瘴気の結晶が突き刺さっている。


(大丈夫、数が増えてもやることは変わらない。背後を取られない様に動き続けながら、引き撃ちで倒していけばいいだけ……!)


 必死に自分を宥めようとするが、焦りのせいで魔法がすぐに霧散してしまう。


(落ち着いて……お願い……っ!)


 完全に足が止まっているのにも気づかず、魔物との距離はどんどん詰まっていく。

 焦りはだんだんと恐怖に置き換わって、イーゼルの思考は完全に止まり始めていた。


「あぁ……」


 やっぱり引き返すべきだった。

 いやその前、リラと一緒に戻って、アルシアと合流するべきだった。


(なんで焦っちゃったんだろ……ごめんね……)


 そうしている間にも間合いは詰まる。

 イーゼルは涙で滲んだ視界を、ただぼんやりと見ているだけだった。


 だがその時、不意に昔の記憶がよぎった。

 ずっと昔、故郷で魔法の勉強をしていた頃の記憶。

 エルフは魔法に長ける種族。

 故に、故郷の国では魔法が義務教育だった。


(氷魔法しか適性がなかった上に、初級魔法以外は扱えなくて、早々に勉強するのやめちゃったんだよね……)


 それでもいろいろ試しはしていた。

 氷魔法しか使えないなら、属性を絞って魔法の勉強をしたり、初級魔法の複数詠唱の練習をしてみたり。

 だがどれも望んだ結果は得られなかった。


(そういえば、魔導書に載ってた一番強い氷魔法の呪文、一生懸命暗記したりもしたな……)


 イーゼルは掠れそうな小さな声で、昔の記憶をたどりながら呪文を唱える。

 胸の前で祈るように指を組む。


(一度も成功しなかったけど……)


 急速に辺りの気温が下がっていく。

 ギリギリまで詰め寄っていた魔物も、突然の出来事にひるんでいるのか動きが止まっている。

 一気に魔力の密度が高まる。


「奇跡を起こして……! 氷結地獄( )《コールドゲヘナ》!!」




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