【06】 七色の泡と、両手に変態
プールに入る前、まずは浴室に着替えることになった。爽香が更衣を終え、ドア越しに弾んだ声を響かせる。
爽香「ねぇ! お風呂もすごいの! ちょっと温まってからにしない?」
丹沢「そうだな。せっかく高い料金払ったんだ、元を取らないとな」
丹沢が頷き、由利も「賛成」と応じた。
広々とした浴槽にお湯を張った瞬間、脱衣所まで届く光に3人は息を飲んだ。
爽香「うわぁっ……! 浴槽が七色に輝いてる! オーロラみたい、インスタ映え確実じゃない!?」
由利「バカ言え、こんなとこの写真あげたら一発でバレるぞ」
由利の突っ込みに、丹沢が耐えきれず吹き出す。浴室の壁にはテレビ、蛇口の横にはバブルバス用の入浴剤。まさに至れり尽くせりだ。
爽香「うわっ、ジェットバスまである!」
丹沢「至れり尽くせりだな」
由利「……これ、ハマりそうだ」
水着のまま一番乗りで湯船に飛び込んだ爽香が、長い息を吐いた。
爽香「お先に! あぁ〜、生き返る……!」
爽香を挟むように、右に丹沢、左に由利がドボンと肩まで浸かる。
丹沢「あぁ……最高!」
由利「たしかに、これは気持ちいい……」
並んで天井を見上げる3人。爽香がふっと表情を緩めた。
爽香「こうしていると、嫌なこと全部忘れられるわ」
丹沢「『両手に花』の逆バージョンだな」
由利「なんて言うんだろうな、こういうの」
爽香「『両手に変態』じゃない?」
丹沢「誰が変態だ!」
ドッと弾ける笑い声。丹沢が勢いよくジェットバスのスイッチを入れると、四方から激しい気泡が湧き立った。
爽香「うわっ、第1ターンマークの引き波みたい!」
丹沢「さすが女子レーサー、発想が仕事だな」
由利「爽香、潜ってみる?」
丹沢の提案に、爽香は即座に湯の中に顔を沈めた。5秒後、ぷはっと顔を上げる。
爽香「……第1ターンマークで転覆した時とまったく同じだわ」
由利「どういう意味だ?」
爽香「何も見えないの。白い泡と水しぶきで、天地も分からない」
丹沢「そういう時って、どうするんだ?」
爽香「ひたすら、ハンドルを死ぬ気で強く握りしめるの。手放したら終わりだから」
由利「『命綱』じゃなくて『命ハンドル』か……」
爽香「そう! うまいこと言うじゃない」
丹沢は、市役所で初めて彼女に会った時のことを思い出していた。
丹沢「だからあの時も、テニスボール握りしめて握力鍛えてたんだな」
爽香「そうよ。習慣にしないと、選手生命に関わるんだから」
丹沢「よおし……じゃあ特訓だ!」
丹沢が唐突にシャワーヘッドを掴み、水圧全開で爽香の顔面に放水した。
爽香「きゃあッ!?」
由利「よし、俺も参戦!」
由利まで風呂桶でお湯を汲み、容赦なく爽香の顔へバシャバシャと浴びせかける。
爽香「ちょっと! 二人掛かりは反則!……息が、息ができないっ!」
丹沢「はははは!」
由利「容赦しないぞー!」
爽香「もうっ……あはははは!」
水しぶきの中で、爽香が弾けたように笑う。それにつられて男二人も声を上げて笑った。爽香にとってはがむしゃらな青春の一頁。そして男たちにとっても、疾うに忘れていた「青春」の熱量を思い出す瞬間だった。




