【02】『淫乱の友』ってどういうこと?
丹沢「ボートレースのことで相談? もちろんいいとも! ただ私は詳しくないから、強力な助っ人を連れていくね」
丹沢の言葉通り、爽香の狭いアパートにやってきたのは市役所の同僚・由利だった。
ペコリとお辞儀をした由利を見て、爽香は思わず首を傾げる。
爽香「由利さんと丹沢さんって、どういうご関係なんですか?」
由利「市役所の同期でしてね。『きんらんのとも(金蘭の友)』ですよ」
爽香「……インランノトモ?」
由利「『きんらん』です。金蘭」
爽香「どういう意味?」
丹沢「よく分からん。『淫乱の友』なら納得だが」
由利「お互いを深く理解し、固く信じあっている親友のことですよ!」
丹沢「へえ、由利さんって難しい言葉知ってるんだ。教養があるねぇ。いつから?」
由利「今日よう(・・)!(教養)」
爽香「あははは! バカねぇ」
丹沢「ウケたウケた!」
ゲラゲラ笑う二人を制し、爽香は本題に切り出した。
爽香「でね、相談っていうのは……あたし、何度走っても最下位ばかりなの。どうしたら勝てるか、何でもいいから意見を聞かせてほしいの」
丹沢が苦笑いしながら由利を促す。
丹沢「私は素人だからさ。由利さん、何か見えてる?」
由利「そうだね……爽香さんは第1ターンマークまでトップで到達してるのに、旋回が終わると5着か6着まで落ちてる。直線のスピードが出ているだけに、すごく勿体ない」
爽香「そうなの! 自分でも分かってはいるんだけど……」
由利「ターンの練習は?」
爽香「死ぬほどやってる! 全速ターンも、モンキーターンも一応できる!」
由利「じゃあ、内側を切り開く『差し技』は?」
爽香「理論は頭にあるけど……本番じゃ一回もできてない」
由利「なら、まずはそこから改善じゃないかな」
爽香「……やっぱりそこかあ。埼玉支部の先輩たちに頼んで、練習に付き合ってもらおうかな」
丹沢「ちょっと待って。埼玉支部って? 速水さん、福島出身でしょ?」
爽香「福島にはボートレース場がないのよ。全国に24箇所しかないから。一番北で群馬の桐生」
丹沢「へえ、なんで北にはないの?」
爽香「冬に水面が凍っちゃうからじゃない?」
丹沢「なるほど! 凍ったら走れんわな!」
爽香「だから埼玉に引っ越して、埼玉支部に入れてもらったの。先輩たちもみんないい人だよ」
由利「いい職場環境だなあ。丹沢の部署なんて最悪だぞ」
丹沢「それを言うな! 思い出したくもない!」
爽香「丹沢さん、仕事でそんなに大変なことあるの?」
爽香が尋ねると、丹沢は重い溜め息をついた。
丹沢「今回の住民実態調査もひどいよ。美浦市に住んでるのに住民票を移さない奴が多くてさ。母子家庭のはずなのに、突撃したら内縁の夫が居座ってたりね。手当や年金の不正受給だよ」
爽香「へえ、悪知恵が働くのねえ」
丹沢「調査に行くとキレられてさ。バケツで水をぶっかけてくる奴や、ホースで直撃させてくる奴までいるんだ」
爽香「うわっ、服がびしょ濡れになっちゃうじゃない!」
丹沢「いや、奴ら顔を狙ってくるから、服は意外と無事なんだよね」
爽香「顔……? 顔めがけて水が……」
爽香の動きが、ピタリと止まった。
爽香「……待って」
丹沢「え?」
爽香「それよ!!」
丹沢「どれ!?」
爽香「美浦市に公営プールはある!?」
由利「あるけど……」
爽香「今すぐ乗せてって! 連れていって!」
由利「車だからいいけど……えっ、今から!?」
爽香「思い立ったが吉日! 行くわよ!」
由利「……待てよ。まさか爽香さん、1マークの……?」
爽香「そう! まさにそれ!」
丹沢「ちょっと二人で納得しないで! 私にも教えてくれよ!」
爽香「ボートレースの最初のターンね、前を走る艇が巻き上げる水しぶきが顔面を直撃して、前が完全に真っ白になるんだよ!」
丹沢「なーんだ、そんなことか!」
爽香「『なんだ』じゃないわよ! こっちは顔に水が飛んでくる恐怖で握り込めないの!
これを克服しなきゃ、丹沢さんに10万円返せないんだから!」
丹沢「ワイパー付きのヘルメットでも買えば一発解決じゃないか?」
爽香「そんなのルールで禁止されてるわよ!」
丹沢「じゃあ、ボートレースの本部に投書しとくよ」
爽香「いりません! ……由利さん、あたしの言いたいこと分かるよね?」
由利「ああ。バケツで顔に水をぶっかけまくって、水しぶきの恐怖心を麻痺させる特訓だな」
爽香「大正解! 流石由利さん、話が早いわ!」
丹沢「私だって頼りになるぞ! 金も出したし!」
由利「金だけかい! 金をチラつかせるなんて、越後屋か!」
丹沢「人聞きの悪い! 顔が越後屋っぽいだけだ!」
由利「よし、とにかくプールへ行こう!」




