烏の伝承を追う
その翌々日、宿舎の窓は無事に修理されていた。
悩まされてた声も私がこの駅にきた頃の状態に戻り、何も解決していないにも関わらず私は「平穏な日々に戻った」と感じてしまっている。
牧田さんからの連絡があったのはそれから2週間ほど経った頃だった。
18時50分、夜の食事休憩に入った時、彼からのメッセージが届いていることに気がついた私はおにぎりを頬張りながら片手で内容を見ると
『烏の件、他の地域でも気になる伝承がありました。○○県○○市の山沿いなんですがこの烏は「仕方がない」と言うので…。』
この「仕方がない」という烏は何かしょうがないさんと関係があるかもしれないということか。
○○県は新幹線に乗り継いで行けば2時間半ほどで着くが烏が移動する距離としたら遠すぎる気もする。
そう思いながら烏が移動する距離を調べて見ると1ヶ月100kmほどの移動をした例もあるらしい。
本気を出せば行けるのか?しかしこの烏が同じ烏だったとして、まだまだ謎は山積みだ。
頭を悩ませながら何度もメッセージを読んでいると追加のメッセージが届いた。
『この伝承の絵が○○県の博物館に展示されていて、見に行こうかと思っているんですけど佐藤さん一緒にどうですか?もちろん無理強いはしませんし、僕自身も旅行感覚で行くつもりです。』
うーん、この間知り合った人と旅行…気まずすぎる。
そう思っていると窓口がだいぶ暇になってきたのか林田くんがふらっと水分補給に休憩室へきたので声をかける。
「牧田さんから○○県の博物館行かない?ってメッセージ来たんだけど林田くんも一緒に行かない?」
「え?もうなんかそんな仲良くなっちゃってる感じですか?」
「うーん、まだそんなに仲良くなってはないんだけど、親睦的な…?」
彼に正直に例の件を調べに行くと言ったら確実に来ないので少し嘘を吐いた。
「ふーん、まあ二人だと気まずいっすよね。行こっかな。いつ休みにします?」
林田くんは嘘に気付いているのかいないのか、分からないが良い返事をもらえた。
即座に『行きます。林田くんも行きたいらしいです。例の件を調べるとは言わず親睦と言ってしまったので口裏合わせといてください!』と牧田さんに返信した。
2週間後、私たちは牧田さんの運転で○○県の博物館に来ていた。助手席に座っている林田くんはなんだか拗ねたような顔をしている。
「オカルト旅行なんて聞いてないっすよ〜…。」
「だって優樹は怖がりだからそんなん聞いたら来ないでしょ。まあ博物館で絵を見るだけであとは観光だよ。」
それを聞いて林田くんはじゃあいっか〜と少し機嫌を直したようで地域の名産品を調べ始めた。
博物館のなかに入ると綺麗なエントランスに小さなお土産ショップがあり、普通の博物館だ。
展示に進むと最初のエリアには主な農作物やこの町がどう発展したのか、土地の形状などが紹介されている。
次のエリアには私たちがお目当ての美術品の展示がされていて、県内の畑から見つかった土器や県内出身の偉人の肖像画などが大きなガラスケースに飾られていて純粋に楽しめるものだった。
美術展示の最後のガラスケースに見るからに古い絵、これが私たちの目当ての伝承の絵だ。
《大烏と|貧しい夫婦》と作品の名前が書いてあり、顔を覆って泣いている女性とその女性を抱き締めて慰める男性の後方に大きな烏が飛び去っていくのを描かれた絵だった。
絵の横に書かれた昔話に目を通してみる。
『町が発展するよりも昔、この地域には貧乏な夫婦が住んでおりその夫婦の1人娘はとても働き者で夫婦の自慢でしたが、ある日突然行方を眩ましてしまったのです。夫婦は必死になって娘を探しましたが一向に見つかりません。そこで夫婦は山に住む不思議な力を持った仙人のところへ行きました。仙人は悲しむ夫婦を哀れに思い、1羽の大きな烏を「この烏は必ず役に立つ。」と貧しい夫婦に授けました。
夫婦が烏を連れて村に戻ると烏は村の上空を飛び回り、「娘は今、東の村。」と言ったのです。夫婦は喜び、烏に娘は生きているのかと訪ねましたが、烏は残念そうに「もう、仕方がない。」と一言言うと東の空へ飛び去ってしまったので、夫婦は娘がもうこの世にはいないことを察して涙した後、烏を追って東に向かったというお話です。』
昔話を読んで林田くんが「は?これで終わり?その後どうなったの?」とやはりまた不満そうにしている。
こういう昔話は最後は結構うやむやというか、結局何?と言いたくなるような終わらせ方をしてくることも多い。
「ここから東の方に行ったなら✕✕県に烏と夫婦が来ていてもおかしくない。とはいえ、神社の烏が大きかった情報も今のところないですし関連があると確信できる内容ではないですね。」
牧田さんは残念そうにそう言った。念のために他のエリアもしっかり見学したがそれ以上は何も見つからず、我々は博物館を楽しんでご当地アイスを食べて早々に宿泊予定のホテルに向かった。
ホテルの部屋に入り、1時間半後の夕食までゆっくり過ごすことにした私たちは既に何を話したらいいのか分からず各々ベッドで目を瞑ってみたり、ネットサーフィンをしたり、好きなように暇を潰していると牧田さんが突然ベッドから起き上がり1人でぶつぶつ言いながら紙に一心不乱に何か書き始めた。
「あれは何やってるの?」
「たまに、ああなるんすよ。なんか考え事してるときに紙に書き出した方がうまく纏まるらしいっす。」
従兄弟の林田くんは幼い頃から見慣れた光景なんだろう。
18時半、夕食はビュッフェ形式だ。会場に入ると席に案内されて3人分のドリンクを頼んでから食事を取りに行く。
和食、洋食、中華、色々な料理が並んでいて家族連れやカップル、夫婦、友人同士、様々な人で賑わっている。
食事を取ってテーブルに戻るとまだ2人は戻ってきていない。
1人で食べ始めるのは違うよな、と思い2人を待つことにした。
スマホでも触ろうとポケットに手を入れようとした時、
「すみません、昼間に博物館にいましたよね。」と声をかけられて驚いて隣のテーブルを見ると高齢の女性が微笑んでいる。
「え、あ、はい。いました。」
「やっぱり!私もいたの。子供の頃からあの博物館が好きでね。皆さん歴史とかお好きなの?」
「は、はい、多分。」
ぎこちなく会話をしていると2人が食事を持って戻ってきた。昼間に博物館にいたんだって、と説明していると女性の旦那さんも戻ってきて5人で会話をしながら食べ始めた。
「家内は本当にあの博物館が好きでね。年2回は行ってるよ。」
やれやれといった感じの口調だが表情を見ると旦那さんは満更でもなさそうで、むしろ嬉しそうに言っていてよほど仲が良いことを伺える。奥さんのご実家の墓参りの度に博物館に訪れるらしい。何度もリニューアルして昔よりも見ごたえがあって毎年期間限定の展示も変わるから飽きないと奥さんも嬉しそうにしている。
「大烏の話。あれ実は、続きがあるのは知ってる?」と急に奥さんが話題を変えた。
「あれ中途半端で気になってました!続きあるんですか?」
一番あの終わり方に不満を持っていそうだった林田くんが食いついた。その反応が奥さんは嬉しかったのか上機嫌で続きを教えてくれた。
「東に向かった夫婦は途中の山道で喧嘩になるの。最初は軽い口論だったけど奥さんがどんどんヒートアップして最終的に旦那さんがカッとなって突き飛ばして運悪く奥さんは崖から落ちて死んじゃうのよ。」
「救いがないっすね…。」
「旦那さんは心の底から後悔して奥さんと娘さんのための小さな祠を作ってね。その横に家を建てて生涯そこに住んだんだって。」
「その祠って今はどこにあるんですか?」
牧田さんもここぞとばかりに食いついたが
「それは分からないのよ…。私もお参りしたいと思ったんだけどね。」と残念そうに奥さんは言った。
「あの話は救いがなくて俺は嫌いだね。烏はどこに行きやがったんだ。」といつのまにか酔っぱらっている旦那さんが烏に怒り出した。本当にこの夫婦はあの博物館が好きなんだろう。
奥さんが穏やかに旦那さんを宥めてしばらく食事をした後、じゃあお先に。と夫婦は部屋び戻っていった。
「あの話は本当なんですかね。ネットにはそんな情報は全くなかったので。」
3人になると牧田さんは疑うように言った。
確かに私も少しだけ調べただけだが続きは見当たらなかった。どこにそんな話があるのだろうか。
食事を終えて部屋に戻ってから大浴場に行くと先程の旦那さんが目を瞑って気持ち良さそうに湯に浸かっている。
体を洗って旦那さんの近くにさりげなく浸かって「先程はどうもー」と挨拶すると旦那さんは目を開けて「おおーどうも。」と言ってまた目を閉じた。
さっきの話の出所を探りたかったが1人だと結構寡黙な人のようだ。
私も目を瞑ってしばらく沈黙していたが林田くんたちが隣に浸かったので2人の会話に入る。
すると黙っていた旦那さんが思い出したかのように話し始めた。
「さっきの家内の話だけどよ。あれは家内が続きだと思ってる話なんだ。大烏と貧しい夫婦の続きって公表されてるわけじゃない。『山道の悲劇』って小噺だ。烏は出てこないが娘を探してる夫婦があの夫婦に違いないって家内は言うんだよ。」
「そうだったんですか。でも続きが本当にそうだったら面白いですね。」
ネットで出てこないのはそういうことか。と納得した。
その後少し話をして旦那さんと同じタイミングで上がってエレベーターで別れた。翌日は部屋で朝食を取ったのでその夫婦とはそれっきり会わず、私たちはチェックアウトして✕✕県への帰路に着いた。
高速道路を走る車中で林田くんが話し始める。
「俺、調べたんすけどあの話、✕✕県の話でした。祠は残ってないけどそれっぽい山道があるのが✕✕の山って話があるみたいで。」
「じゃあそれも調べないとね。」
「そうっすね。」
嫌がるかと思ったが意外な返事が彼から帰ってきて驚いた。
「このままじゃ、あまりにも救いがないっす。しょうがないさんがもし何か関係あるなら、なんかあそこにずっといるの、可哀想なのかなって。烏もどこ行ったのか気になるし。」
そう呟く彼を見て、この親睦オカルト旅行は大成功だったのかもしれないと感じたのだった。




