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調査の始まり


翌日午前9時、引き継ぎをして着替えをする為に事務所へ戻ると男性用の宿舎への扉は完全に施錠されて「窓ガラス破損のため一時立ち入り禁止」と張り紙がされていた。今日からはいったいどうするつもりなんだろうか。佐伯助役はもう仕事を上がって帰ってしまったようで姿が見えない。

更衣室に入るとしんどそうに着替えをしている者もいるが、仮眠室でしっかり休憩をとっていた者たちは「いつもどおり」といった感じで、本当に何も聞こえていない職員もいることを思い知らされる。その状況が更にあれはこの世のモノではないということを示しているようでもあり、自分ではどうすることも出来ない中で今にも入ってくるかもしれないという恐怖と焦燥感が私を支配していた。正直佐々木くんにはなんてことをしてくれたんだ。という気持ちがないわけではないが、見えない私でも声が聞こえるというだけでこんなにも追い詰められ、不安にになるのだから「もう入らない方が良い。」とまで言われた宿舎に入った佐々木くんの気持ちを考えると、この状況になってしまったことを責めることは出来ない。

そんなことを考えていると林田くんが私に話しかけてきた。

「あれってお祓いしたり出来ないんですかね。」

「実際何も感じていない人たちもいるし、ちゃんとしたお祓いって結構お金かかるらしいからね…。」

「そっかぁ…経費落ちないし無理かぁ…。

お祓いの話題で私はあることを思い出して彼に伝える。

「…あのさ、昔ここに神社が建ってたらしいよ。」

「神社潰して建てたってことですか?」

「いや、駅を作る頃にはもうなかったっぽい。」

話をしながら更衣室を出ると事務所で何やら女性職員数人が主任を囲んでいる。お疲れさまでしたー、と小声で言いつつ聞き耳を立ててその後ろを通るとやはり宿舎の話だった。元々は1階の男性宿舎で少し聞こえるだけで2階の女性宿舎への被害は少ないとは聞いていたが、窓が割れた影響で反響して昨夜は2階まで響いてきたらしく、窓の修理がいつになるのかを確認していた。

「確実に被害が拡大してるってことっすね。」

事務所を出ると林田くんがそう言って不安そうな顔をしている。窓を修理したからといってこの問題が解決するとは限らないし、修理されるまでの間数日で入り込んでこない保証はない。

「関係あるかは分からないけど、神社について調べてみない?」と私が言うと林田くんは嫌そうな顔をする。

「真相が近づくにつれて調べてる人が危険に晒されるホラーのお決まりパターンのやつじゃないですか。嫌っすよ。」

勧誘失敗だ。確かに林田くんはそういう危険に突っ込んでいくタイプではない。仕方がないのでまずは一人で調べてみるか、そう思い彼と改札前で解散したその足で駅から徒歩10分の市立図書館に赴いた。

地域の地図や歴史、写真を保管している可能性が一番高い。中に入ると平日の午前中だというのに意外と人は多い。パッと見た限りではその大半は高齢者であるが、思ったよりは賑わっている。そんな雰囲気だ。

私はまず最初に目に入った『✕✕市✕✕町の歴史』を手にとってその場で開いてみるが神社に関する内容は見られなかった。

何度も手にとっては戻す、を繰り返して本棚に置いてある地域に関するそれらしい資料は見つからない。あの神社があったという情報はそもそもデマだった可能性もある。

念のため他の棚も見ておこうと館内をゆっくり歩いていると高齢の女性に声をかけられた。

「あんた、そこの駅の駅員さんじゃない。」

「はい。そうです。こんにちは。」

「こんなとこで何してるの。」

「歴史とか、地域のこと調べたらもっと仕事に役立つかと思いまして…。」

「そうなの、熱心だねぇ。」

研修の際に佐伯助役が言っていたことを思い出して咄嗟に嘘を吐く。正直に「駅におばけが出るので調べに来ました。」なんて言ったらおかしな駅員がいると噂になってしまうかもしれない。

女性に目当ての本は読めた?と聞かれてこれは神社について聞くチャンスでは思った私は女性に神社について聞いてみることにした。

「この辺りに神社ってありますか?」

「神社?この辺にはないね。行きたいなら車で30分くらいの場所にあるけど。神社好きなの?」

「はい。ネットで調べたら今の駅がある場所に神社があったと出てきてどっかに建て直しされてたら行きたいな、と思ったんですけど。」

「あたしが子供のときにはもうそんなもんなかったけどねぇ。」

外れだ。仕方ない。大分前に大雨の被害にあったと書かれていたし。そうですかーとさりげなく女性から離れて本棚を眺める。

…待てよ、大雨の被害がいつなのか分かれば神社についての文献も探しやすくなるのではないか。

一旦スマホを取り出してこの地域に起きた大雨について検索をかけてみる。

すると、国のホームページで雨による災害の記録が出てきた。


1907年06月(明治40年) ✕✕町 ○○川の氾濫による洪水・浸水被害 死者、及び行方不明者:10名 家屋倒壊:127戸


この災害だろうか?市内では他にも災害記録があるが他にこの町が該当すると書かれた記録はないところを見ると有力な情報だと思い、念のためスクリーンショットを撮っておく。

しかし、100年以上前ともなると生きている人間からの証言は得られないと思った方がいいだろう。

この災害を記録している新聞や資料が残っていないだろうか。そう考えてネットでも図書館内でも探してみたが写真や詳しい記事などは出てこなかった。


今日のところは帰ろう。私は図書館を出て駅に向かう。

図書館での収穫はほぼないが、行かなければ災害がいつ起きたかも調べようとしなかったかもしれない。

他にこの地域について何か調べられることはないか、寝不足の頭で考えながら歩いているとすぐに駅に着いた。

改札を通ってホームに行くとちょうど電車が来た。

平日午前中の車内はほとんど貸し切り状態だ。

電車が走り始めて数分後、座席に座っていても吹き飛びそうになる程の勢いで急停止した。

すぐに車内アナウンスが流れる。それは急停止へのお詫びとこの電車で人身事故が発生したことを知らせるアナウンスだった。

昨晩、しょうがないさんの声が聞こえる職員は事務所の休憩室や窓口の休憩室に待避してしまった為、「しょうがない」を聞き逃したのだろう。

何か役に立てることがあるかもと思い、ほどんど人のいない車内を歩いて先頭車両まで行こうとした。3両目まで行くと「この先は立ち入り禁止」と殴り書きの貼り紙がされていて先頭車両にいた乗客も全員移動した後だった。窓の外を見てもこの先がどうなっているのかは分からなかった。

仕方がない、自分の勤務している駅に指示を仰いでみるか、と一応電話をかけると高木さんが電話に出た。当該列車に乗車していることを伝えてから何か手伝いをした方がいいか問うと「今のところはない、何かあったら電話するからとりあえず今は待機で。」と言って一方的に電話を切られた。実に高木さんらしい。


しばらく待っているが駅からの電話もなく、電車の外を見ると警察が救急車とパトカーが到着していた。

隣に座っているまだ2〜3歳であろう男の子が外を見ている。きっと働く車が好きなのだろう。こんな状況だが微笑ましく男の子とお母さんの会話に耳を澄ませていると男の子が突然「大きい、鳥さん。」と言い始めた。

何気なく外を見るが近くに鳥はいない。

男の子のお母さんもキョロキョロとして少しの間、鳥を探していたが見つからなかったようでしばらくすると男の子も興味がなくなったのか座り直してお母さんのスマホで動画を見始めた。


結局駅から何の連絡も来ないまま警察が現場検証を終えて1時間半ほどで運転再開して私は無事に家に帰れた。改札を出てすぐのコンビニで購入したインスタントの春雨スープに入れるためのお湯をケトルで沸かしながら、同様にコンビニで購入した明太おにぎりを頬張る。

こんなことなら図書館になんか寄らずにさっさと帰れば良かった。

おにぎりをひとつ食べ終わった頃にケトルのお湯が沸いたので春雨スープにお湯を注ぎ入れている時に不意に末田さんの話を思い出した。

彼が人身事故を起こしてしまった時のように今日、あの場所にもしょうがないさんはやって来ていたのだろうか。

今日も私が乗っている電車の外でご遺体を覗き込んで首を傾げていたのかもしれない。

勝手に想像してみてゾッとする。どんな姿なのか知らなくて良かった。知っていたら今一人の家に帰って呑気にコンビニ飯を食べることも出来ていないだろう。

明日も仕事だ。私は出来上がったスープを胃に流し込んですぐにシャワーを浴び、少しだけ休憩しようと15時過ぎにベッドに横たわった。


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